光己たちが男風呂から出て待っていると、ほどなく女性陣も扉を開けて現れた。
「あら、今日は貴方たちの方が早かったのね」
「はい、続けて待たせちゃうのは悪いですから」
「そこまで気にしなくていいんだけど、それじゃいったん部屋に戻ってひと休みしましょうか」
「はい」
と光己は頷いたが、その時エリセが自分の顔をじっと見つめているのに気がついた。
「エリセ、どうかした?」
「え!? あ、ううん、何でもない……」
しかしエリセは光己に話しかけられると慌てて逃げてしまった。
浴場でオルガマリーから聞いた彼の経歴が気になって観察していたのだが、まだ本人に訊ねる勇気はないのだった。
人間の姿をしている時は魔力が強いだけののほほんとした一般人にしか見えなくて、人類のために人間をやめたというほど覚悟ガンギマリの男とは思えないのだが、気遣いさせないために演技しているとかそういうのなのだろうか?
アルビオンとかその辺の話も重大だが、エリセはなぜかそちらの方が気にかかったのだった。
「?」
なお光己自身の認識では人類のためというより自分の命のためという理由が半分以上で、まして人間をやめるつもりなんて無かったのだが、そもそもエリセの微妙な内心を察せるほど鋭くないので彼女が逃げ出した理由なんて分からない。しかし追いかけて問いただそうと思うほど無神経でもないので、とりあえず放置することにした。
「俺のこと嫌いになったって感じじゃなかったし、そのうち言ってくれるだろ」
そんなわけでエリセはそっとしておくことにして、予定通りひと休みしてからクレーンも誘って大広間に赴く光己たち。すると信長たちはもう来ていて、配膳もだいたい終わりつつあった。
「おお、来たか!」
「はい、お待たせちゃいましたか?」
「なに、遅刻したわけでなし気にするな。それよりこの芸風が違いすぎる肉の山はそなたたちの差し金か?」
座布団の前に並べられた料理は見た目にも細やかで芸術的な和風料理なのに、部屋の隅に置かれた台の上に積まれた骨付き肉からは野性味しか感じない。どんな意図で用意されたのだろうか。
するとちょうど配膳を手伝っていたタマモキャットが光己より早く答えた。
「うむ、これはご主人たちが今日狩った魔猪をアタシがここの厨房を借りて調理したものなのだな。
その名も新鮮な魔猪のマンガ肉欲張りセットだ! 焼き加減と調味料をいろいろ変えて七色の食べ応えを実現した自信作なのである」
「ほほう、猪とな」
信長は興味深げに頷いた。生前は狩りの時などに食べたことがあるが、このような調理法は初めて見た。
「して、どのように食すのだ?」
「うむ、原始人のごとく大口開けてかぶりつくのが作法である! ほっぺに脂がつくとか気にするな!」
ただキャットは顔や手に脂がつくのが嫌だという人にも配慮はしている。各人の膳に乗せず、部屋の隅に置いて欲しい人が取りに行くようにしたのがそれだ。
「うっはははは、それは宮中や殿中ではとてもできん食い方じゃの。じゃが気に入った、今夜は無礼講じゃ!!」
信長が勝手に無礼講にしてしまったが、酒が入ったらいずれそうなるメンツなので早いか遅いかの違いでしかないのであった……。
ある程度時間が経つと、28人はいくつかの集団に分かれていた。
がっつり飲み食いする集団は、景虎を筆頭に10人超とわりと大勢である。1番飲んでいるのが景虎で、1番食べているのが土方だ。
「このたくあんとマンガ肉とやら、単品でも鬼のように旨いが交互に食うとお互いに味と食感を引き立て合うな。口の中がくどくなってきたら酒で流すと無限に喰える……!
雀、たくあんお代わりだ!」
「うむ、飯を手づかみでかぶりついて食うなど城の外で悪童どもと遊んでいた頃以来じゃの! 懐かしいな、もう1つ食うか」
「ご飯もお酒も美味しいですねえ~~。いっぱい食い溜めしておきましょう!」
「いくら飲んでもお医者殿に止められないって最高ですねぇ! あ、雀さん一升瓶をもう1……いえ3本ほどお願いします!」
「は、はい、ただいまお持ちするチュン!」
鯨飲馬食してもまったく体調が悪くならないチートたちが無礼講とあって、今や蛮族の宴会もかくやという狂乱の宴になっていた……。
オルガマリーやマシュたち生身勢やあまり飲まない組は巻き込まれないよう少し離れて、普通に食事をしていた。マンガ肉にかぶりつきはしないが、ナイフで切り分けて食べている。
「料理としての方向性は全然違うのに、食べ合わせは悪くないのよね……。
あの肉球の手でこんな料理を作れるなんてほんとすごいわ」
「キャットさんに来ていただけて良かったですよね! 玉藻の前さんはちょっと苦労しておいでですが」
「うーむ、実際私より上手なのが少々納得いかない……」
玉藻の前はちょこっとプライドが傷ついているようだ。まあ魔猿退治や資材調達の代わりに女将の手伝いをすればまた上達できるかも知れないが。
ちなみにオルガマリーはあらかじめ計画した通り、クレーンの隣に座って親睦を深めていた。ここではあまり働いてない彼女だが、やる時はやるのである。
「―――なるほど、魔術的な効果を持った服を市場に放出したせいで魔術協会に目をつけられたと」
「ええ、あの時は本当にやっべ!と思いました」
「災難でしたね。部外者にとっては理不尽としか思えない話ですが、魔術師にとって神秘の秘匿は重大ですから。
そうだ、それならもう1度カルデアに来ませんか? 今度はトップ承認済みですから大手を振って所内を歩けますし、ファッション的な服も魔術的な服も需要はありますから」
クレーンはカルデアにいたことがあるので、エリセの時と違って事情を説明する必要がない。なのでさりげなく今思いついた風を装って、ついに勧誘の王手をかけた。
「うわ、本当ですか!? ぜひお願いします!」
「良かった、歓迎しますわ」
それはクレーンにとっても願ったりかなったりなお話で、当然迷わずOKした。何しろ聖女様姉妹やダイヤの原石たちと同じ屋根の下に住めて、あわよくば自分が作った服を着てもらえるかも知れないのだから!
―――こうしてオルガマリーが無事ミッションを成功させた頃、光己は先ほど龍馬と約束した通り羅刹の件を話していた。
「温泉旅館に来て温泉に入れないなんて、看板に偽りアリにも程がありますよねえ。でも事情を聞いたら閻魔を名乗ってる女将でも退治しきれない羅刹が居座ってるという話でしたので、なら貸し切りの時間を作ってもらうのと引き換えで倒すなり追い払うなりするという交渉をしたんです」
「なるほど。これだけ大勢のサーヴァントがいるのなら、倒せない敵なんてほとんどいないだろうからね。
しかも高すぎない程度の対価は要求するとは、なかなかしっかりしてる」
「いえいえ、自分の欲求が先にあったことですから」
なお光己のそばにはいつもの清姫とカーマ、あと彼を避けるのはやめにしたエリセもくっついていた。彼の武勇譚?に興味があるようだ。
傍目には浴衣姿のロリっ娘3人を侍らせて喜んでいる高2男子という絵面だが、それは事実だ。
龍馬の方にはお竜と沖田オルタがいる。お竜は基本的に龍馬のそばにおり、沖田オルタはあまり酒を飲まないので。
「それで、その羅刹というのはどんなやつだったんだい?」
「ええ、正確には温泉に居座ってたのは羅刹本人じゃなくて羅刹の残留思念で、これがまた残留思念のくせにうちのランサー5人と渡り合えるほどの達人でして。
しかもそれが二刀流の剣士でしたから、もしかして宮本武蔵かなんて思ったくらいですよ」
まあ宮本武蔵なら剣の鬼だろうから、酒はともかく美少年や美少女にうつつを抜かしたり現実逃避で温泉に引きこもったりはしないと思う。せっかくだから名前を聞いておけばよかったか。
「へええ、温泉旅館にそんな強者がいたなんて世の中は広いな。
それでその後どうなったんだい?」
「普通に鍔迫り合いしててもラチが開きませんでしたから、何とか隙つくって宝具5連発してもらったんですが、それでいったんは消えたのにまた影が集まって復活した時はマジでビビりました」
「す、すごいな」
沖田オルタは話だけで冷や汗を流してしまった。剣術にはそれなりに自信があったが、これはもはや剣技がどうこうというレベルではない。上には上がいるものだ。
「で、これはもう普通じゃ倒せなさそうですから必死に知恵を絞りまして。羅刹は『私の理想の美少年美少女世界をつくる』とか言ってましたから、まずカーマの魅了の矢で精神的に無防備になってもらってから、俺と清姫とジャンヌオルタの三位一体の必殺技でやっと倒したというわけです」
「ひ、必殺技!? それは宝具のようなものか」
そういえば光己はオケアノスでも訓練を怠っていなかった。ついに何かの奥義に開眼したのだろうか、さすがはマスターだ!と思わず身を乗り出す沖田オルタ。
「うん、アルゴノーツと戦った時にポルクスの剣を奪ったのを覚えてる? あれのおかげで
「こ、こすも……!? それはどういうものなんだ」
「簡単に言うと邪〇眼を開いて一時的にパワーアップするって感じかな。それを3人同時にやって魔力を同調共鳴させることで、3人別々に攻撃するよりはるかに強い技を出せるって仕組みだよ」
「す、すごい……!!」
素直な沖田オルタは全部真に受けて、感動で目を潤ませた。彼はオケアノスで別れた後そんなに経ってないように見えるのに、まさかそんな秘術を会得していたなんて。尊敬の念がますます深まってしまう。
龍馬とお竜は何かを察した風で、生暖かい目で光己を見ていた。ただ必殺技とやらで羅刹を倒したこと自体は嘘ではなさそう、つまりなまじ実力が伴っている分尚更病は深いのだろうと思ったが指摘はしないだけの大人の分別を持っていた……。
(こ、
一方エリセは彼の口調と2つのパワーワードに激しく心揺さぶられるものを感じていたが、今は
オルタはエリセが何か動揺したらしいのに気づきはしたが、自分がとやかく言うことではなさそうなので構わなかった。
「……うん、決めたぞ。マスターがこんなに頑張ってて強い敵とも戦っているのに、私だけ遊んではいられない。
マスター、私もカルデアに入って一緒に戦いたいのだが、受け入れてもらえるだろうか」
「え!?」
いきなりだったので光己は驚いたが、元々彼女のことはできれば勧誘したいと思っていたところである。一も二もなく了承した。
「そりゃもちろん! こっちから誘いたいと思ってたくらいだから、喜んで」
「良かった、それじゃよろしく頼む」
オルタはほっとしたのと喜んだのが半々くらいの表情でそう言ったが、そこでふと飲み食い組の方に顔を向けた。
「……でも茶々様があの様子では、今日はお別れは言えないな。明日にしよう」
「茶々君と仲いいの?」
「うん、いろいろ良くしてもらっている。ちょっと心配だが、信長様がいれば大丈夫だろう」
「そうだな、茶々君はちょっと誘えないし」
彼女はどう見てもお姫様気質というか実際生前はお姫様だったので、特異点でサーヴァントや魔物と戦うのもカルデア本部で裏方仕事するのもお願いしにくい。まして初対面の相手にボランティアでなんてハードルが高すぎる。
「うん、茶々様を魔神柱や海賊と戦わせるのはちょっと」
「だよなー。あと沖田さんは……土方さんが怖いから、こっちから言うのはナシだな!」
確か新選組には「局を脱するを許さず」という怖い規則があったはずだ。つまり沖田は土方を置いてカルデアに来るのは難しいが、土方を誘うのは怖いのでこの2人については高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するしかないだろう。
「要するに、行き当たりばったりということ?」
「ちょ、それ言っちゃらめぇ」
するとエリセが突っ込みを入れてきた。人の思考を読むとは、さては彼女もサトリ妖怪なのか!?
まあそれはともかく。土方と沖田をこちらから誘わない以上、龍馬とお竜を誘うのもナシだろう。先方から言ってくれば別だが。
―――実は龍馬は沖田オルタやアサシンエミヤと同じ「抑止の守護者」なので、カルデアの本当の仕事を話せば加入してくれる可能性が高いのだが、今回はなぜかオルタやエミヤの時と違ってお互いピンと来るものがなかったのだ。二人一組だからか、あるいは白髪で褐色肌という共通点を持たないからかも知れない。
「あとはXさんか。今飲み食いしまくってるから、あとで所長とXXと相談してから決めよう。
というわけで、沖田ちゃん加入祝いだ。かんぱーい!」
「うん、乾杯だ」
こうして沖田オルタもカルデアに来てくれることになったのだった。
次回は第166話で予告した通り、別タイトルで男湯の話を書きます。