仮面の男たち3人は、ありていにいって当惑していた。
見たこともない奇天烈な格好をした宇宙刑事とやらが現れたと思ったら、今まで想像したこともない難癖をつけて「竹取の翁」を眠らせて拉致してしまったのだ。どうすればいいのだろうか?
刑事とやらは今こちらに背中を向けているから、先ほど彼女の仲間がしたように後ろから襲いかかるという手はある。しかし彼女も犯罪の取り締まりをしている者ならそれなりの戦闘力はあるはずで、今の
それに単なる知人(ということになっている)が取り調べを受けるのを邪魔するために刑事を襲うというのはいかにも短絡的で、仮に彼女を斃せても紅閻魔に疑われるのは必定だ。
ところで3人の中で積極的に詐欺行為を働いているのは頭目の猿長者だけで、蛇庄屋と虎名主は従っているだけである。なのでここで紅閻魔に話しかけたのも猿長者だった。
閻魔を騙しているくらいだから、神罰とかそういうのは恐れていないのだ。
「紅女将。まさかとは思いますが、あの宇宙刑事と名乗る方が翁を連れ去ったのは貴女の差し金ですかな? 借金を返せないからといって、部外者に頼って踏み倒しを図るなど……」
これは紅閻魔に取り調べの邪魔をさせるための言いがかりだったが、当人にとっては事実無根の冤罪である。相手が客なので声を荒げたりはしなかったが、低くこもった口調で反論した。
「変な邪推はやめてくだちゃい。紅はそのような卑劣な真似はしまちぇん。
第一あの刑事様が言っていた竹取の翁様の罪は、閻魔亭とは何の関係もない内容だったではないでちか」
「なるほど、それはそうですな。
しかし女将は今年は利息すら満足に支払えない状況なのですから、ここで罪滅ぼしのひとつもしておくのが人の、いや閻魔の道というものではないですかな?」
「……そ、それは」
真面目で人が好い紅閻魔にはこの論法が刺さったらしく、ちょっとひるんで口ごもった。
そこに先生の危機を救わんと、生徒が颯爽と認識阻害の圏内から出て紅閻魔のそばに駆け寄る。
「た、玉藻!? もしかしてあの刑事様はお前様の」
「いえ、
玉藻の前はとぼけた口調でそんなことを言ったが、ひょっとしたらこれが正解なのかも知れないとも思っていたりする。何しろ閻魔亭は神々に
「しかし状況的に考えて、先生が疑われるのは致し方ないこと。ですので取り調べの邪魔まではせずとも、経緯を見させてもらうくらいはしておくのが後々のためかと」
この提案は言葉通りの意味もあるが、先ほどのヒロインXXの合図を受けて、仮面の男3人が自称竹取の翁の仲間かも知れないと思ったからでもある。清姫が激怒していたから翁はやはり詐欺犯だったと判明したが、それを暴いた時に3人が閻魔亭の中で暴れたら建物が壊されてしまうので、あらかじめ外に誘導しておこうという趣旨だ。
(猿、虎、蛇の妖怪が一つ所にいるってことは、つまり
鵺というのは平安時代後期の京都に現れた妖怪で、鳥のトラツグミに似た気味の悪い声で鳴いて人々を恐れさせたといわれている。その時は玉藻の前も知っている源頼光の子孫の頼政に退治されたというから目の前にいるのは多分別の個体だが、雷獣だともいわれるからそれなりに強いだろう。亭内で戦うのは避けるべきだった。
「そちらのお三方も、そこまで仰るくらいならここに残っているより取り調べに立ち会うべきではありませんか? 無論お三方が余計なことをして刑事さんを怒らせてもかばい立てはしませんが」
「うーん、それは確かにそうでちね」
「なるほど、仰る通りですな」
玉藻の前の提案は紅閻魔にとってはごく順当なものであり、猿長者たちもあまり離れているといざという時に「合体」できないから翁の近くにいた方がいい。意見が一致して、5人は閻魔亭の外に出るとXXたちの魔力の気配を探って彼女たちの後を追った。
なおその少し後ろには、今も認識阻害で姿を隠したままのスルーズたちが続いている。カルデアと信長一行28人のうち12人で、詐欺師たちが何らかの理由で閻魔亭に戻ろうとした時にそれを阻む役どころだ。
―――玉藻の前たちがXXたちに追いついたのは、野草がいくらか生えているだけの空地のような場所だった。竹取の翁はすでに目を覚まさせられており、XXがその正面に立っている。
いつもの彼女と光己なら事前に翁を強化ワイヤーで縛り上げているところだが、このたびは夢の中なので持って来ていない。
まあ光己と清姫と土方と沖田を含む12人が認識阻害の向こうに隠れているので、いざという時の制圧力は十分だろう。先ほどヒルドとオルトリンデが開けた扉を通って先回りしていたのだ。
「それで、貴方はどうやって龍の首の珠をはじめとする5つの宝を手に入れたのですか?」
「……いきなり眠らされた上に何かの犯人のような尋問をされるのはいささか不本意ですが、それで疑いが晴れるならお答えしましょう。
そもそも私には、龍から珠を奪えるような腕力はありません。宝は私自身が手に入れたのではなく、
なので強盗殺龍とか言われても困りますな」
まあそう来ますよねえ、とXXはヘルメットの内側で薄く笑った。
「なるほど、この国に伝わっている昔話ですね。かぐや姫の美しさに惹かれて求婚した貴公子たちに、姫は宝物を持ってくれば妻になると答えたとか」
「よくご存知ですな。その通りです」
「そうですか。しかしその昔話によれば、本物を持ってきた公達は1人もいませんでしたが」
「昔話のことですから、事実と多少異なっていても仕方ないのでは?」
誰も持って来られなかったのと全員持ってきたのとでは180度違うのだが、それを追及しても水掛け論になるだけなのでXXはスルーしてやることにした。
もともとこうして翁を尋問しているのはようやく追いついてきた紅閻魔たちに聞かせるためであって、翁がどんな詭弁を弄そうと最後には「貴方は姫が宝物を要求する行為に関わっていた上に、最終的に珠を自分のものにしています。よって強盗殺龍の実行犯ではなくても
なお共謀共同正犯というのは、複数人が共同で犯罪を実行した時に、直接手を下したのではない者も実行犯扱いになるというもので、手下の犯罪で首領を裁く時などに使われる理論である。
「なるほど、確かにそれはありますね。しかしこの国の当時の貴族たちの通例では、一夫多妻はあっても一妻多夫はありませんでした。つまり宝物は1つはもらえても、5つ全部は手に入らないのでは?」
「!?」
この宇宙人ずいぶんとこの国のことを調べ上げている。翁は少し焦ったが、このくらいなら言い逃れは可能だ。
「確かに普通はそうですが、公達たちは姫を愛するあまり、夫になれなくても宝は譲ると申し出て、姫もそこまで言うならばということで受け取ったのです」
「ほほぅ。それはまた愛深き話ですが、そこまでしてしまうと後で他の女性とお付き合いする時に苦労するでしょうね。
まあそれはどうでもいいこととして、姫はその中の誰と結婚したのですか? まさか全員振るわけにはいかないでしょう」
「……」
これは盲点だったらしく、翁はぐっと口ごもった。
XXの言う通り、宝を全部受け取っておいて誰とも結婚しないというのはいくら何でも無理がある。翁は誰かの名前を言わねばならないが、そんなもの覚えているはずがなかった。
500年前に紅閻魔を騙す前に「竹取物語」は一通り目を通したが、その後は見もしなかったのだから。
ちなみにXXも公達たちの名前は知らないので、もし翁がそれっぽい名前を出してきたらこの件ではこれ以上の追及はできなくなるのでラッキーな展開であった。
一方清姫は翁の作り話連発にガチギレ怒髪天で、光己が後ろから羽交い絞めにして必死で取り押さえている。さっさと諦めて白状すればいいのに、と心の中で祈っていた。
「竹取の翁様……!?」
口ごもっている翁を見つめていた紅閻魔の瞳に疑念の色が宿る。愛した姫の夫の名を言えないとは?
その視線に気づいた翁が、苦し紛れの言い訳を口にする。
「……い、いやこれはお恥ずかしい。私も歳なもので、500年も経つと人の名前も思い出せなくなってしまったようで」
「そうですか、確かに500年は長いですよね。でも昔話では、結婚したがらない姫に向かって、翁が自分の余命は今日とも明日とも知れないから早く結婚してくれと言う一幕があるのですが、これについてはどう思われますか?」
「そ、それは先ほども言いましたが、昔話と事実の食い違いなのではありませんかな?」
翁はそろそろボロが出てきたが、XXは昔話絡みのことは深く突っ込まない方針なのかこれもすぐに流した。
「ああ、そういえばそうでしたね。
ところでいくら500年が長くても、大事な家宝のことなら忘れないでしょう。たとえば貴方が持っていた龍の首の珠の大きさや形や色、権能はどうでしたか?」
「そ、そんなことを聞いてどうしようというのです?」
翁は当然そんなことは知らない。なので言わずに済むよう抗弁を試みたが、XXには通じなかった。
「貴方を告発した竜種の方は竜が持っていた財宝については詳しくて、今挙げた珠の特徴を聞けば、実際に存在したものかどうか分かるのだそうです。
つまり貴方が適当なことを言ってごまかそうとしたら、本物を持っていなかった証拠になるのですよ」
「…………」
万策尽きて黙り込む翁。頃は良しと見たXXは、いよいよ今まで温存していた最終兵器を投入することにした。
「うーん、本当に物忘れが激しくなってるんですねえ。
それでは仕方ありません。これ、我が銀河警察謹製のスペース自白剤というお薬なんですけど」
そう言って、どこからか取り出した白い錠剤を翁にかざして見せる。
「ス、スペース自白剤!?」
聞くだに怪しげなお薬を見せつけられて翁は思わず1歩引いてしまったが、XXはかまわず続けた。
「ええ。これを飲めばどんな強情な容疑者でも、夢心地ですべてを白状するという便利なアイテムです。
もちろん無実なら何も恐れることはないのですが、そうは言っても得体の知れない薬なんてやっぱり怖いですよねえ。
そこで同じものを2錠用意してあります。貴方がどちらか好きな方を飲んで、私は残った方を飲む。
これなら安心でしょう? ええ、貴方が真実を語っていたのなら」
「!?」
翁の顔が仮面の下で青ざめる。
なるほどその方式なら、無実の者は薬を飲まないとは言わないだろう。しかし自分が飲んだら、夢心地でいる間に紅閻魔が500年分の恨みを込めて斬りかかってくるのは確実だ。
といって飲むのを断るのは、自分にはやましい所があると言うも同然である。どうやらここでの
「―――は。ははは。はははははは!」
翁がやにわに雰囲気を変え、高笑いを始める。
今まで一応は品良くしていたのが、別人のように野卑になった。
「とうとうバレちまったようだなァ!
そうさ、宝なんざ初めから持っちゃいなかった! 一から十まで嘘ッぱちよ!
だが許さねぇ、許さねぇ……
しかし次は怒りに身を震わせ始める。過去にも何か似たようなことがあったのだろうか?
「ほんっとうに―――。
むかつくガキどもだぜ、テメェらはよぉ!!!!」
そして霊基の質が急速に変わっていく。本当に別人、それも魔性の者になろうとしているかのようだ。
「ああむかつくぜ、むかつくぜぇ!
せっかく純朴なガキを騙して楽しんでいたのによぉ!
なんなんだよテメェらは! コドモの遊びに割って入ってくるんじゃねえよ!」
「……。刑事をガキ呼ばわりしておいて、コドモの遊びがどうとか都合が良すぎるんじゃありませんかねえ」
XXはあきれ顔でツッコミを入れたが、変身中に攻撃することは控えていた。最後まで紅閻魔に見てもらう必要があるので。玉藻の前やヒルドとオルトリンデも同様である。
やがて彼女たちの目の前で、翁はなぜか猿長者とまったく同じ姿になった。どうやら紅閻魔の同類の「お
恐らくはさるかに合戦の猿なのだろう。それなら「数にものを言わせ」が納得できる。
「うるせぇガキ!
だが正体がバレちゃあここまでだ。蛇! 虎! 帰ってこい、元に戻るぜ!」
「…………まあ、そうなるわよねぇ」
「…………」
すると蛇庄屋は困ったような口ぶりで、虎名主は無言のまま、最初からいた方の猿長者とともに元竹取の翁に吸い込まれた。
4人が一体となり、黒い影と化して膨れ上がっていく。
「やっぱり蛇と虎も仲間でしたのね。なら最終形態は」
玉藻の前が小声でごちる。彼女が最初に予想したように、黒い影が最後に形を取った姿は。
猿の面、虎の体、蛇の尾を持つ日本の妖怪「鵺」であった。