鵺は神気を奪われるのと精神攻撃の痛烈なダブルアタックを受けていたが、実はこれが効いているのは頭脳担当の「猿面の怪」だけである。胴体の「虎面の怪」は腕を刺されている痛みだけで、尻尾の「蛇面の怪」に至ってはダメージゼロだ。
何故なら神気は猿が独占運用しているし、虎と蛇はアルビオンを見て「高貴な竜神様が自分たちを処罰しに来た」と思っており、受け入れるとまではいかなくても因果応報であるとして諦めていて、光己を恨んではいないからである。
「グギャァァァ! ……ってコラァ虎に蛇! 頭のオレ様がこんなに苦しんでるのに、なんでグズのテメェらは平気な顔してやがるんだよォォ!」
だから猿に口汚く罵られても、その理由自体が分からなかった。
「何を言っている……? 確かに腕は痛いが……そこまで泣きわめくほどの……ものではあるまい……?」
「アタシなんて痛くもかゆくもないものね。位置関係的に攻撃もできないけど。
それでこれからどうするの? このまま神気全部取られちゃったらもう勝ち目ないわよ」
「クッ、この役立たずどもがァ!」
猿は頭脳役を請け負っているからこそ威張れている立場なので、いくら痛みで頭が回らなくても2人に作戦を考えてもらうわけにはいかない。自分で知恵を絞るしかないのだった。
その様子を見た土方が首をかしげる。
「……何だあいつら? 仲間割れとまではいかんが、痛がってるのは1人だけなのか?」
「あの光はマスターへの悪意に比例した痛みを与えるものですからね。痛がってない2人はマスターに悪意持ってないんですよ。
頭踏んづけられて腕刺されて神気奪われてるのに何で悪意がないのかは分かりませんが」
沖田は土方の疑問には答えを出せたが、彼女にも不審に思っていることはあった。
「でもマスター、戦国時代やオケアノスで見た時より縮んじゃってますけど、何かあったんでしょうかねえ?」
「あの後また別の特異点に行った時に別のドラゴン喰ったのよ。それがすごい大物だったから、化学変化っていうか進化してああなったってわけ」
「へえー、さすがマスターやりますね!」
ジャンヌオルタの解説で沖田は事情を理解したが、反応の単純さからいってあまり深く考えてはいなさそうである。まあ江戸末期の日本人がアルビオンなんて知っているはずがないから、妥当といえば妥当なのだが……。
(……ッチクショウ! こうなったら詫び入れるフリだ。それで足どけさせて、その隙に逃げ出そう)
その間に猿はようやく打開策を考えついていた。ムカつくガキどもに頭を下げるのは業腹だが、生き延びるためにはやむを得ない。
「ま、待ってくれ! 分かった、オレが悪かった! 反省してるから許してくれ。もう悪さはしねえと誓うから」
500年の詐欺プレイで鍛えた迫真の演技力で訴えかける猿面の怪。しかし今回の標的は紅閻魔ほど甘くはなかった。
「えー、おまえみたいな奴がそんな簡単に更生するわけないだろ。
という名目で神気は根こそぎ吸い取る! しぼりカスだッ! フフフフフフフフ」
「テッ、テメェ……」
「ん、『テメェ』? やっぱり反省したなんてウソだったな」
「こ、この……!」
猿怪はダブルアタックがよほど不快なのか、竜の挑発に耐えることができなかった。なので彼の攻撃は止まらなかったが、やがて意外なところから援護が入る。
「マスター! 神気を奪うのは結構ですが、とどめまでは刺さないで下さいましね!」
「ん!? あー、それはそうだな。分かった。
まあ俺もこいつ自身の魔力は吸いたくないしなー」
先ほどこの場に来るように勧めた狐が制止してくれたのだ。
竜の言いようはちと腹が立ったが、ありがたくはある。最終的に神気はすべて吸い取られたが、助かる道はできたはずだ。
竜が足を外して、何か分からないが精神的な痛みもやんだので顔を上げると、目の前に紅閻魔が立っていた。その傍らには例の刑事と狐の女と、何人かの英霊どもが控えている。
「一から十までお膳立てされた上で最後のお裁きだけすることになってお恥ずかしい限りでちが、だからこそしっかりやるでち。
……猿面の怪異様。まずは閻魔の代理官として理由を問うでち。なぜこんな事をしたのでち。
おまえ様がそこまで思い立ったのは、さるかに合戦で殺された復讐からでちか?
ただ己らしく生きたというのに、悪役として在り方を定められたからでちか?」
「―――」
猿怪は紅閻魔がこの期に及んでなお情状酌量しようとするお人好しぶりを心の中であざ笑ったが、それを態度に出したらまた竜と英霊どもに袋叩きされるのは目に見えている。先ほどは反省したフリを見破られたが、今度はうまくやらねば。
「そう、そうなんだよ! オレはただお伽噺の悪役として悪役らしく振る舞っただけなのに、大勢でよってたかって潰しに来て……誰だってそんな目に遭ったらちっとはグレるってもんだろ。
でももう懲りた! もう悪事はしねえから見逃してくれ。なっ、なっ!」
「嘘、でございます」
ところが今回はもっと嘘に敏感な者がいたので、カマかけすらされずにバレてしまった。
その直後に太い丸太のような何かに頭をぶっ叩かれ、鵺はまた顔を地面に打ちつけた。
「痛ぇっ!?」
鵺が痛む顔と頭をさすりながら起き上がって上を見ると、先ほどの竜とはまた別の黒い竜がこちらを見下ろしていた。どうやら尻尾で叩かれたようだ。
「閻魔様のお裁き受けてるのに嘘は良くないな。これにはお竜さんもおこだぞ」
「竜が大勢いるからって、無理に対抗しなくてもいいのに……」
お竜がさっきの戦いで竜が何頭も出てきたことに触発されて、自分も真の姿を皆に見せつけたくなったというのが動機らしい。まあ抑止力が上がったわけだから問題はないだろう……。
「いやいや、そんなことないですよ。天逆鉾で封じられていた『まつろわぬ神』と会う機会なんてめったにないことですから」
光己は歴史好きな上に自分も竜なので、日本史に記録が残るほどの竜と対面するのは大変エキサイティングなイベントである。とりあえず握手してもらった。
「お竜さんの凄さが分かるとは、おまえは若いのに見所があるな。翼が3対も生えてるだけのことはある。
カエルを食べるともっと強くなるぞ」
「ほむ、カエルとはなかなか通な嗜好で……いやカエルはヘビに捕食されてるわけだから、竜的にはむしろ普通なのか」
などと竜2名は暢気に会話を楽しんでいたが、その下にいる猿怪はもう生きた心地がしなかった。神気を全部取られた今、どうあがいても彼らを倒すどころか逃走さえ無理なのだから。
そこに紅閻魔がまた尋問してきた。
「……なるほど。猿面の怪異様が悪事を働いたのは、復讐や在り方のせいではない、と。つまりただの愉快犯ということでちね。
では最後に1度だけ訊きまチュ。地獄の法廷に出て、しかるべき罰を受け罪を償う気はありまちか?」
「―――」
猿怪にはそんなつもりはまったくない。なぜ辛気くさい地獄なんぞに出向かなくてはいけないのか?
ただそれを素直に言ったらボコられるだけだし、嘘をついても同じことだ。ではどうすればいいかと悩んでいると、(猿視点では)ボンクラな手下どもがロクでもないことを言い出した。
「そうだな……もう紅ちゃんに迷惑を……かけたくはない……ちょうどいい……潮時か……」
「アタシには紅閻魔ちゃんに付く理由はないけど、完全敗北した猿面に付く理由もないしね。いつまでも尻尾なんてつまんないって思ってたところだったし」
「なっ、テメェら裏切る気か!? オレがいなきゃ何もできないグズのくせによぉぉ!」
猿面の怪が顔色を変えてわめき散らす。何しろこの猿、頭脳役ということで威張っているが、その実胴体と尾が居なくなったら彼自身も何もできなくなるのだ。
「テメェ、テメェら―――!
蛇面! 虎面! なんでテメェら、揃いも揃ってオレの足を引っ張りやがる!? 名前もねえ、行き場もねえ、やる気もねえ! そんな三下を喰ってやったのは誰だと思ってやがる!」
「……」
猿怪が口を極めて蛇怪と虎怪を罵るが、2人からの答えはなかった。もはや問答をしても無駄だと見切ったのだろう。
代わりに口を開いたのは紅閻魔だった。
「蛇面様と虎面様は裁きを受ける気があるようでちね。良い心がけでち。
しかし猿面様にはもはやかける言葉はありまちぇん。鬼の強面も震え出す、刹那無影の雀の一刺し―――
「何が閻雀だ! こうなったらテメェを冥途とやらの道連れにしてやるよぉ!」
紅閻魔が刀の柄に手をかけると、猿怪はもはやこれまでと開き直ったのかいきなり彼女に飛びかかった。しかしカルデア一行にとってそれは当然予測できていたことであり、ジャンヌが旗槍の柄で鵺の顎を力任せにかち上げる。
「ゲハッ!?」
ジャンヌは一見はお淑やかそうな美人だが、実はゴリゴリの武闘派である。鵺は体ごとひっくり返って、背中から地べたに転がった。
無防備にさらされた土手っ腹を、おまけで竜2頭の尾が太い鞭のように引っぱたく。
「ギャンッ! ゲフッ、ガハ」
「これまででち。罪科あればこれ必滅の裁きなり。『
最後に紅閻魔が容赦なく猿面の首を打ち落と―――そうとしたところで、不意に物言いが入った。
「ちょっと待ったぁーーー!」
「ジャンヌオルタ様!? なぜ止めるでちか!?」
さっきは思い切り鵺と戦っていたのに何故? まさか鵺を助命したいわけでもないだろうにと思ったが、無論ジャンヌオルタが考えたのはまったく違うことである。
「いえ、止めたわけじゃないわ。これさっき鵺の雷防ぐのに使った刀なんだけど、とどめはこれで刺してほしいのよ」
そうすると「鵺の雷を防いだ上に、閻魔が鵺にとどめを刺すのに使った」という他にない逸話がつくというわけだ。
実はまだ銘を付けていなかったのだが、「
「…………
紅閻魔はちょっと生暖かい気分になったが、ジャンヌオルタの希望を聞いても誰が困るわけでもない。重々しく頷いて、彼女の刀を預かった。
「では改めて。『
今度こそ閻雀の一閃が振るわれて、猿面の首が落ちた。
紅閻魔の剣により、怪異3人は地獄に送られて正式に裁判を受けることと相成った。猿面には情状酌量の余地はないが、蛇面と虎面には多少の温情があるだろう。
ジャンヌオルタが愛刀にグレートな逸話とカッコいい銘がついてうきうきな様子を見てエリセがちょっと羨ましがっているが、それはそれとして光己が紅閻魔に声をかけた。
「これで事件解決ですね。今なら鵺から奪った神気を何割かは返せますけど、どうします?」
それは紅閻魔にとってはありがたい申し出だと思われたが、逆に看過できない者もいた。
「いやいやそれは賛成できないかな。マスターはともかく、あんな悪い妖怪がずっと持ってたモノを神々に捧げるなんて良くないと思う」
ヒルドである。ワルキューレ3姉妹は光己を成長させる機会をおめおめと逃がしたりはしないのだ。
「それにマスター。ここで神気を返したら、閻魔亭にいる理由がなくなるからすぐに帰還になっちゃうかも知れないよ?」
それはつまり混浴がおしまいになるということである。光己はコンマ3秒で了見を翻した。
「まったくその通りだな。最初の話の通り、奉納日までお手伝いして売上アップに貢献する方が今後のためになるし」
「………………」
紅閻魔がいくら素直で善良といっても今の光己とヒルドの本心くらいは読めたが、2人が言っていること自体は妥当である。それに一見の客にここまでしてもらっておいて、神気まで返してもらうのはいささか申し訳ない。
「分かりまちた。ではその方向でお願いしまチュ」
カルデアの他のメンバーにも閻魔亭に残ることに反対の者はいなかったので、改めて奉納日まで手伝うことが確認された。
これで光己は竜モードでいる必要がなくなったので、人間モードに戻ることにした。するといつもは余剰の魔力が体外に放出されるのに、今回はそれがないことに気づく。
(あれ、何かいつもと感じが違うな……?)
ただ魔力量がそのままで人間の姿になると、魔力の密度が何百倍にもなったり体重が何十トンもあるままだったりで大変なことになりそうだが、そういうことにはなっていないようだ。つまり総魔力量自体が、変身の前後で増減している模様である。
つまり今後は変身するたびに体外の魔力を吸収したり体外に魔力を放出したりする必要がなくなったということか。
ついでに竜としてレベルアップして、「蔵」の中のこれまで使えなかったアイテムがいくつか使用可能になったような気がした。
(うーん、どういう仕組みかは分からんけどこれが「神気」の神通力ってやつか……)
何にせよ不都合なことは何もないので、光己は気にせずに受け入れることにした。
変身が終わって服も着たら、信長たちは閻魔亭に戻らずに帰るそうなので、このまま見送ることになる。
ちなみにケガをした清姫や茶々はとっくに治療済みだ。
「いろいろお世話になりました。またお会いしましょう」
「うむ、今回もなかなか面白い体験じゃった。また会おう!」
まず代表者のオルガマリーと信長が挨拶すると、メンバーの中で親しい者たちも別れの言葉をかわした。
「それじゃマスター、今回は新選組の局中法度でご一緒できませんが、またお会いしましょう!」
「うん、いろいろありがと。またいつか」
「茶々様、どうかお元気で」
「うん、オルタもそっちの皆と仲良くするのだぞ!」
「それじゃ過去の私。何があっても強く生きて下さいね」
「つまりあまり幸せじゃない未来が待ってるってことですか!? まあいいです、そちらはもう幸せそうですがお元気で」
そして最後に紅閻魔が前に出て、お帰りになるお客様に一礼する。
「お客様、ご来亭ありがとうございました。またのおいでをお待ちしておりまチュ―――!」
これにて一件落着。めでたしめでたし!
なおヒロインXの希望は無事かなって、信長一行は次回来亭時は大幅値引きになったらしい。
あとはエリザベート来襲とかを書いてカルデア帰還になる予定です。
なお次回は別タイトルの第2話になります。