光己たちが1日の仕事を終えて帰る途中、またジャンヌが閻魔亭の中とおぼしき場所にサーヴァントの反応を探知していた。
「またか!? うーん、ただのお客さんだったらいいんだけど」
「その辺りは当人と会ってみないと何とも」
「だよなあ」
クレーンも信長たちも単なる旅行客だったが、今回はそうではなく光己たちがまだ知らない真相にかかわってるとか、そういう可能性だってゼロではないのだ。
ここはクレーンの時と同様、偶然を装って接触して探りを入れる他なさそうである。ジャンヌのおかげで接触前に名前が分かるのがせめてもの救いだった。
まずはロビーで全員集合してから、認識阻害で身を隠しつつジャンヌの探知にそってターゲットに接近する。
「この感覚だと、温泉から出て亭内に戻ってくるところみたいですね」
「ちょうどいいわ、私たちは温泉に行くところということにしてすれ違いましょう」
そんな計画のもと、まずは今回も曲がり角の先からジャンヌが真名看破を行う。
廊下の向こうから現れた、湯上りらしく浴衣姿でほこほこと白い湯気を立たせている若い女性の名は―――。
「真名ネロ・クラウディウス、セイバーです。宝具は『
「ネロ陛下!?」
光己は思わず目を丸くして素っ頓狂な声を上げてしまった。またも知り合いに出くわすとは!
彼女なら閻魔亭に悪さを働いたり人理に害がある特異点を作ったりはしないだろう。つまりただの客なわけで、光己はさっそくローマでともに戦ったマシュや段蔵たちと一緒に挨拶に向かった。
「ネロ陛下! お久しぶりです。観光で来られたのですか?」
「むう!? 誰か知らぬがいきなり馴れ馴れし……いや」
するとネロは光己たちのことを知らないかのように不快そうな返事をしたが、すぐに険阻さは消えて、真顔でじっと見つめてきた。
「知らなくは……ないな。名前は思い出せぬが、何故かそなたたちのことは懐かしく感じる。
済まぬな、どうやら余はそなたたちのことを忘れてしまっているようだ」
光己たちの態度から見て、彼らはネロにとってかなり親しい間柄だったようだ。なのに名前も何も思い出せないことに残念さと一抹の寂しさを感じつつもとりあえず謝罪すると、代表者らしい少年は逆に謝ってきた。
「あ、いえ……そうですね、なかったことになるのなら忘れてても当然でした。こちらこそすみません」
「……? やっぱり知り合いだったのか。どういう関係だったのだ? 何故そなたたちが覚えていることを余は忘れているのだ?」
サーヴァントが現界する時は、他の聖杯戦争で体験したことの記憶を持って来られることもあれば来られないこともあるという。だからネロがこの少年たちのことを覚えていないこと自体はおかしくないが、今彼は「なかったことになる」と言った。
それはつまり、普通の聖杯戦争とは違う特殊な場所で会ったということだ。それはいったいどこなのか?
「うーん。所長、どうしましょうか?」
「そうね、貴方が話してもいいと思うなら、私は反対しないわ」
光己が即断できずにトップの指示を仰ぐとそのまま丸投げし返されてしまったので、ちょっとだけ悩んだ末後くされだけはなさそうな正直に話すルートでいくことにした。
「それじゃお話しますけど……もしかしたら不愉快な内容になるかも知れませんが、いいですか?」
「ふむ、そなたの腰が引け気味なのはそういうわけか。だがここまで聞かされてやっぱやめになる方が落ち着かんからな。洗いざらい聞かせてもらおうではないか」
「はい、それじゃあ……でもここで長話するのも何ですので、俺たちの部屋に来てもらえますか? もちろん信用してもらえればの話ですけど」
「今さら何を言っておる。そなたたちは余がそなたたちのことを忘れていたのを残念がっていたであろう? なら余と険悪な関係だったはずがないし、これから害するとも思えぬが」
「ああ、なるほど」
言われてみればその通りだ。光己はネロとの最低限の信頼関係はできたと解釈して、彼女をお部屋にご招待した。
例によって大勢集まると狭苦しいが、まあ仕方がない。
「ええと、それじゃどこから話しますかね。そもそも俺たちが何者かというところからでしょうか」
というわけで、光己は自分たちが「魔術が関わる異常事態を解決している組織」に所属していて、ただ今回は迷い込んだだけだが理由あって女将の手伝いをしていることをまず話した。
生前のネロには話していないことを今こうして話していることにいくらかの不思議な感じと―――それ以上に彼女が自分たちのことを忘れてしまっていることに寂しい気持ちはあったが、これは特異点を修正すればそこで起こったことはなかったことになるという推測が事実だったことの証明でもある。それにも関わらず彼女が懐かしがってくれたことをむしろ喜ぶべきだろう、と前向きに考えることにした。
「ああ、そういえばここは迷い里なのだったな。余は異国の
「テルマエ! その単語久しぶりに聞きました。
実はここは俺の故国でもあるんですが、陛下から見てどうでしたか?」
ネロは一般的な古代ローマ人の例に漏れず風呂好きであり、光己に水を向けられるとさっそく評論家のように語り始めた。
「ほう、そうなのか! しかしだからといって採点を甘くはせぬぞ。下手なお世辞は浴場文化の発展を阻む害毒であるがゆえな!」
そう言うとネロはふんすと荒い息をついてドヤ顔で背をそらした。
そのさまは尊大というより、子供が無邪気に何かを自慢しているような微笑ましさを感じさせる。彼女の人柄のなせる業だろう。
―――なお思春期少年的には、その拍子に立派なお胸がぷるんと揺れるお宝映像の方に目を奪われていたが。
彼女に限らず女性サーヴァントはたいていブラジャーをつけていないので、着慣れていない浴衣が着崩れるとバストの谷間が見えるのでとても眼福だった。
パンツの方は穿いているかどうか分からない者が多い。エリセは褌ぽいのを常時見せてくれているが、他の娘たちは(段蔵やブラダマンテのようなレオタード的な服の者を別とすると)意外とガードが固いのだ。
「……とは言ったが。『テルマエ☆エンペラー』と讃えられた余の厳正にして的確な鑑定眼を以てしても、ここの温泉は五つ星を付けざるを得ぬ!
まず湯が良い。肉ではなく霊基の身となったこの体にも染み入るような心地よさ、遺憾ながら、これほどの湯には生前込みでも1度か2度しか入ったことがない。
湯舟の中に
鑑定眼を誇っただけあって、ネロの分析はかなりいい線いっていた。光己が閻魔亭が毎年神々に
「そうであったか! やはり余の眼力は確かだったが、異国の神もやるものよな」
そして湯質の話はここまでとして、浴室の方に話題を移した。
「何といっても、岩山の頂上を水平に切り取って露天の浴場にするという発想が奇抜すぎる!
壁と屋根に囲まれた普通の浴場にはない開放感よな。雨の日は入れぬという欠点はあるが、昼は山や滝の絶景、夜は満天の星々を眺めながら湯に浸かるのは格別だ。そこにこの国の地酒とつまみが加わるともうたまらぬ!
ただ惜しむらくは、湯舟が2つしかないことか」
「うーん、それは確かに」
光己たちがメディオラヌム市で入った浴場でも、
「まあここの場合は、岩山の頂上を切り取って作ったという立地上やむを得ないことではある。それゆえ減点の対象にはせぬ。
総合で五つ星というわけだな」
「おおー。ローマ皇帝に満点をもらえたとは光栄です」
「なに、余も久しぶりにテルマエの話ができて楽しかったというものよ」
ネロはそこでふっと我に返ると、壁掛け時計をチラッと見上げた。
「むう、話し込んでいたらもうこんな時間か。
そろそろ夕食が来るゆえ余は部屋に帰るが、そなたたちの予定はどうなっておるのだ?」
「はい、ちょうどお風呂に行くところだったんです」
「そうか、ではしばしの別れだな。本題を聞き損ねてしまったが、また後でゆっくり聞かせてくれ」
ネロがそう言って席を立ったので光己たちも見送りに立った時、エリセが光己の後ろから上着の裾を引っ張ってきた。
「光己さん、また色紙とカメラ貸してくれないかな」
ネロにとって光己たちは初対面(に近い)らしいが、話がはずんでだいぶ打ち解けたように見えたので、今ならサインとツーショットをもらえるのではないかと考えたのだ。
なおエリセはネロのことを世間一般で言われているような暴君だとは思っていない。今見て話した印象でも暴君とはほど遠いし、歴史に詳しいので彼女の悪評はキリスト教を弾圧したからだと知っているのだ。
その弾圧も、当時はキリスト教の方が異端の宗教だったのだから時代的には特におかしなことではない……というか、異端や異教の弾圧ならキリスト教の方がよっぽど。
あとは身内を何人も殺したとか元老院と敵対したとかだが、その辺は政治的対立のためでやむを得ない事情もあり、暴君とまで貶められるほどのものではない。
「ん? ああ、いいよ」
光己は特に考えることもなく、盟友になった彼女のために「蔵」の扉を開いた。
……。
…………。
………………。
その頃カルデアではほとんどの者は就寝していたが、モルガンとメリュジーヌはモルガンの部屋で話をしていた。
思い出話ではなく、今後についてのことである。
「―――ふむ、そういえばなぜ私が汎人類史を救うのに協力しているかはまだ話していなかったな」
メリュジーヌが冬木でモルガンに会った時疑問に思ったことなのだが、人前では聞きづらい内容なのでわざわざ夜中に彼女の部屋を訪ねたのだ。
「結論を最初に言うなら、この汎人類史でブリテンの王になるためだ。
私には汎人類史の『私』の記憶もあるから、ここのブリテンもまた愛すべき、奪還すべきものなのだ」
「は、汎人類史の陛下ですか。
では妖精國が汎人類史に出現した時はどうなさるのですか?」
メリュジーヌにとって今のモルガンの台詞は寝耳に水そのものだった。モルガンが汎人類史のブリテンの王になるのはいいとして、妖精國と汎人類史は並び立てない宿敵のはず、出会ってしまった時はどうするのか?
「うむ、そこだ。出会ってしまったら殺し合うしかない、ならば出会わなければよい」
「!? そ、それは確かにそうですが、それでは妖精國は滅んでしまうのでは?」
「その通りだが、汎人類史に来ても、いや『来る』という表現が正しいかどうかは分からんが、とにかく来ても妖精國の寿命は延びないのだ」
「!?」
メリュジーヌにはさっぱり理解できないレベルの話だ。何故そうなるのだろうか?
「仮に妖精國が汎人類史、それに続く他の異聞帯と異星の神に勝ったとしても、妖精國が滅びる要因自体はそのままだからな。延命にはつながらない。
逆にどこかに負ければ当然滅びる。失うものはあっても得るものはない戦いだ」
「そ、それは確かに……」
言われてみればその通りだ。
ケルヌンノスと奈落の虫を倒さない限り妖精國の安寧はないわけで、それは汎人類史に来る来ないは関係ない。なら来ない方がマシというのはよく分かる。
しかしここには自分たちがいる。妖精國に加入してこうした情報も与えれば、勝ち抜くことができるのではなかろうか。
それを述べてみたが、回答は実に厳しかった。
「私たちが妖精國につこうとしたら、その場で契約を切られて退去になるだろうな。私が我が夫の立場ならそうする。
よしんば我が夫が許したとしても、アルトリアたちは許すまい」
「……」
メリュジーヌはぐうの音も出ない。
「もっともそれ以前の問題として、私たちが妖精國を助けることはできないのだがな。
よく思い出してみろ。カルデアは現時点でもこれだけ大勢のサーヴァントをかかえているのに、妖精國に来たのは『異邦の魔術師』とマシュ、あとは名も知れぬ小娘の3人だけだったろう?
汎人類史の普通のサーヴァントは、私とおまえも含めて妖精國には入れないのだ」
「……」
メリュジーヌのHPはもうゼロである。どうしろというのか!
「つまりどうしようもないのだ。まあ我が夫が完全成長すればすべての敵を打ち倒せるかも知れないが、頼めるわけがないな」
「陛下や僕に、汎人類史のために『自分の手を汚して』妖精國を潰してくれと言うのと同じですからね……」
本当になすすべがない。出会わないのがお互いのために最善というのを認めるしかないようだ。
「この件については了解いたしました。
それで、出会わないようにする方法はあるのですか?」
「うむ。異星の神が来襲するのを阻止できれば1番いいのだが、彼についての情報はほとんどないから難しい。
しかし妖精國を来させないだけなら、ベリル・ガットを殺せば済む。
彼によれば異星の神にとって異聞帯はギリシャのものだけが本命で、他はおまけのようなものらしいからな。ベリルがいなくなっても計画はそのままで、妖精國抜きで人理漂白が行われることになるはずだ」
「ベリル・ガット……陛下が夫ということにしていたあの男ですか」
「ああ、妖精たちに殺されては困るのでな」
そこでモルガンはふっと息をついて呼吸を整えた。
「ただ彼を含むクリプターは全員1年後に裏切ることが分かっているとはいえ、今はただの怪我人だからな。異聞帯を減らすために殺すといっても、我が夫やオルガマリーたちは納得しないかも知れん」
「ではマスターたちには知らせず内密に?」
「そうする手もあるが、万が一発覚したら面倒なことになる。どちらにするか決めかねているところだ」
「なるほど……」
確かにそれは簡単には決められない問題だ。幸い時間はあるから、ベリル殺害を納得してもらえるだけの信頼関係を築いてから説明してもいいわけだし。
「まあそれとは別に、私には奴を殺す正当な理由があるのだがな」
「え!?」
そこで突然、モルガンはメリュジーヌがびっくりするほど剣呑な顔をした。
「おまえは知らぬだろうが、最後に私を直接手にかけたのはカルデアではなく、スプリガンとオーロラの一党だ。
むろん奴らが普通に叛いたのであれば片手で返り討ちにできるが、奴らはバーヴァン・シーを人質に取っていたのだ」
「……ッ!?」
そんなことがあったのか。しかしバーヴァン・シーは仮にも妖精騎士なのに、簡単に人質に取られたりするものだろうか?
「そうだな。あの時はそこまで気が回らなかったが、今思い返してみれば、バーヴァン・シーには抗戦して傷ついた痕はなかった。代わりに体が腐っていたのだ!!」
「く、腐って……!?」
「ああ、あれはまず間違いなくベリルの魔術によるものだ。
おのれチンピラめ、自由行動などさせず牢にでも入れておけばよかった!
絶対に許さんぞ。今すぐこの世に生まれたことを超後悔させてくれる!!!!」
モルガンは話しているうちに怒りが昂ってきたらしく、夜叉のような顔つきでドアに向かって早足で歩き出した。メリュジーヌが慌てて横から抱き止める。
「へ、陛下! お気持ちはお察ししますが、今行動に移すのはまずいのでは!?」
「………………そうだな。すまん、私ともあろう者が取り乱した」
するとモルガンは正気に戻ったのか、ふうーっと荒い息をつきながらもまた席に戻った。
しばらく沈黙して感情を落ち着けているようだったが、やがて普段通りの口調で話し始める。
「まあそういうわけだ。分かっているだろうが、このことは絶対に口外せぬように。
それともしおまえが汎人類史のブリテンに興味がないのなら、私の征服事業を手伝う必要はないぞ。好きにするがいい」
そして寛大にも自由まで与えてくれたが、メリュジーヌは
「まさか。今度こそ、最後までお仕えする所存です。
でも叶うなら、マスターもともにいられるようにしていただければこれに過ぎる喜びはありません」
「うむ、それは私も常に心を砕いていることだ」
「ありがたき幸せに存じます」
これでメリュジーヌがモルガンの部屋に来た用件は終わったので、夜も遅いことだしそろそろ退出しようとしたところで―――何かすごくピーンとくるものを感じた。
「ん、どうかしたか?」
するとさすがモルガンは鋭くて訝しげに訊ねてきたが、今は時間が惜しい!
「いえ、何でもありません。ではもう深夜ですので、これにて失礼致します」
「そうか、まあ今日はいろいろあったからな。ゆっくり休むがいい」
「はい、陛下もよい夢を」
なので早々に挨拶を済ませると、無礼にならない程度の早足で部屋を出て―――即座にテンションをMAXまでぶち上げる!
「また来たよこの感じ! これはマスターがどこか遠くにいて、しかもそこに行ける
ついで
今回ネロを出したのは原作イベントで実際に出てるからでもありますが、「1度会った人が自分たちのことを忘れている」という話を書いておきたかったからでもあります。皆が皆覚えているのも何ですので。