第176話 芥ヒナコと紅閻魔
1月2日は朝会に続いて新年会兼歓迎会が行われた後、クレーンたち新入りサーヴァントに施設の案内や規則の説明、個室の割り当てといった庶務的なことをして過ぎていった。
そして3日からは2班に分かれての慰安旅行である。それぞれ2泊3日で、2班がカルデアに戻ったのは7日の木曜日だ。
この時紅閻魔も同行してきたので、所員たちは「明日からはメシが超美味くなる!」と大喜びだった。
「舌斬り雀の紅閻魔、ここでご奉仕する運びとなりまちた。
今後ともよろしくでち」
「「おおーーーっ!!」」
それはもう、彼女の自己紹介に大歓声で応えるくらいには。
実際紅閻魔は特異点に派遣するより本部で食堂を担当してもらう方が貢献度高いだろうし、空いた時間に研修してもらうこともできるから、クレーン同様後方支援組に回すべきである。
なお彼女はサーヴァントではないので、もし特異点で万が一のことがあったらカルデアに戻って来られずそのまま死亡となる。その意味からも現地班入りはあり得なかった。
仕事始めは明日なので、恒例の新入りへの事情説明や構内の案内は最低限にしていよいよ翌日。紅閻魔はあまり用はないと思うが管制室の中を見せていた時、紅閻魔がふとコフィンが並んだ一角を見て首をかしげる。
「アニムスフィア様、あの金属の箱が並んでいるのは何なのでちか?」
「あれはコフィンといいまして、レイシフト……藤宮やサーヴァントたちが特異点に行く時に使っているものですが、何か気になることでも?」
「……ええと、レイシフト、でちか? の時に使うということは、今は用がないのでちよね? でも確かに知り合いの気配を感じるのでちが」
「…………」
それはオルガマリーにとってあまり触れたくない話題だが、知り合いと言われてしまっては隠すわけにもいかない。沈痛な面持ちで爆破テロについて説明すると、紅閻魔も悪いことを聞いてしまったという風に表情をこわばらせた。
「これは不躾なことをしてしまいまちた、申し訳ありまちぇん。
カルデアの皆様は、そんな状況でも笑顔で人理を取り戻すために戦っているのでちね。感心しまちた。
それにおかげでいい話ができまチュ。ぐっちゃんは精霊でちので、身体を爆破されても自力で再生することができまチュ……つまりコフィンから出しても大丈夫なのでち」
「ぐっちゃん!? 精霊!?」
まったく予想外な展開にオルガマリーが目をぱちくりさせると、紅閻魔は説明が急すぎたのを理解して言葉を重ねた。
「ぐっちゃんというのは虞美人様のことでち。地球の内海から生まれた端末とか言っていまちたが、当人も細かいことは知らないようでち」
「虞美人というと、楚の項羽の愛妾であったというあの虞美人か!?」
オルガマリーは虞美人といわれても見当がつかなかったが、諸葛孔明の疑似サーヴァントであるエルメロイⅡ世は知っていた。思わず早口になって確認すると、紅閻魔はこっくり頷いた。
「はい、その虞美人様でち。場所は……ええと、ここでちね」
そしててくてく歩いて行って、「芥ヒナコ」と書かれたネームプレートが貼られたコフィンの前で足を止めた。それを見たⅡ世がはっと表情を改める。
「芥ヒナコ……なるほど、芥雛子、で
本名そのままではいろいろまずいので、アナグラム的にいじってそういう偽名を作ったのだろう。これで紅閻魔の発言に信憑性が出て来たが、問題はヒナコがAチーム=クリプターの一員であるということだ。
汎人類史の敵になるかも知れない不死身同然の精霊を復帰させるのは得策か、それとも愚策か!?
「うーむ。マスター適性とレイシフト適性は当然あるはずだが、今はマスターに不足してはいないからな……」
特異点にマスターを複数送り込むとその分存在証明の手間が増えるので、現在の人員ではカバーしきれない。それでアイリスフィールも控えの留守番になっている状況なので、今新しいマスターを増やす必要はない、というか無意味だ。
つまり今ヒナコを復帰させてもプラスになることはないのだが、そういう機械的な損得勘定だけで動いた場合、必要になってから助力を乞うても断られる可能性がある。何しろ人間ではないのだから、人理のためにという論法は効き目がないのだ。
「レディ芥の人類に対するスタンス次第、か? カーマ神とレディ・モルガンにも意見を聞いてみるべきか」
クリプターになる前のヒナコが汎人類史に友好的だったのか敵対的だったのか、まずはそれを確認するべきだろう。あとクリプターが減った時に異星の神の動きが変わるのかどうか、その辺りも重要な判断材料だ。
最悪の場合、気絶させてからまたコフィンに放り込んで凍結処置してしまうという手もあるが、永遠にそうしていられるわけではないし。
「これは今ここで決めていい問題じゃないな。レディ紅の案内を終えてから、関係者を集めて十分討議した方がいいだろう」
「そうね、ずいぶん
オルガマリーとⅡ世はそう言って顔を見合わせるのだった。
その頃光己は体育館でいつも通りトレーニングをしていた。基礎のワークを終えて、モルガンが作った分身と組手に入るところである。
光己はスペックだけならA級サーヴァント並みになったので、攻撃もする訓練だとヒルドたちでも危険があって相手ができなくなっていたのだが、分身といういくら殴っても問題ない練習相手を用意できるようになったのでさっそく導入されたのだった。
なお分身は基本的には外見も能力も本人と同じなのだが、外見が同じだと光己がやりにくいので適当なモブにして、能力も適宜削ってコストを下げている。
1度アルトリアの姿にした時はまた姉妹ゲンカになったが、まあ大したことではない。
今回は猿っぽい獣人で、武器の類は持っていない。それを見た光己がニヤソと笑う。
「ふむ……よし、今回はフウマカラテの
「闇の技……? 面白そうですね」
「うん、でもどうして翼と武器出さないの?」
光己のいつもの中二風な予告にモルガンは普通に興味を持ってくれたが、メリュジーヌは彼が人間モードのままなのが面白くないようだった。
せっかく自分と同じ武器を使えるようになったのだから、技を磨くのもそちらにしてほしいのである。
「あー、それは今言った通りこれはカラテの、それも接近戦用の技だからだよ。
「むうー」
実際メリュジーヌ自身も狭い所では
「では我が夫、行きますよ」
モルガンがそう言った直後、獣人が動き出した。両手を振り上げて、まさに野生動物のような俊敏さで光己に急接近する。勢いのまま、彼の肩口に掴みかかった。
光己はそれをガードせず、斜め後ろに跳んで避ける。
すると獣人はさらに追ってきた。光己が今度はやや早いタイミングで体を振って真横に動くと、獣人は当然そちらを向いて―――びくっと上体を震わせて一瞬、動きが止まった。
「!?」
「イヤーッ!」
そうなるのを見越していたかのように光己が前に踏み込み、獣人の腰に蹴りを入れる。
体がくの字に曲がったところへ、顔面に掌打を叩き込んだ。
「グワーッ!」
「さらにたたみかける! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
「グワーッ! グワーッ! グワーッ!」
獣人は体格は光己と同程度ながら、自身より一回り大きなゴリラを殴り倒せる体力があるのに、いまや敗北待ったなしのサンドバッグ状態だ!
その様子を見ていたメリュジーヌが、ちょっと不思議そうな様子でモルガンに訊ねる。
「……陛下。マスターの掛け声はいいとして、なぜあの獣人は打たれる度に律義に『グワーッ!』なんて悲鳴を上げているのですか?」
「いや、私もそんなことさせてはいないのだが、分身が勝手に言っているのだ。
あれが
「忍者ってそういうものだったでしょうか……?」
メリュジーヌはもっと不思議そうに首をかしげたが、お互い汎人類史のことは英霊の座経由の知識しかないので実際のところはよく分からないのだった……。
「それでメリュジーヌ。我が夫が攻撃に回る直前に獣人が動きを止めたが、あれは一体何だったのだ? 我が夫の口元が光ったのは見えたが」
「はい、あれはマスターが細いブレスを吐いたのが獣人の眼に当たったのです。
いえ、初めから眼を狙っていたのでしょう」
「なるほど、それで闇の技か」
つまり目潰しか。なかなか考えられた技だと思う。
まず眼という小さな的を狙う以上、接近戦用になるのは必然だ。間合いが開いていると、当てた直後の隙を突くのも難しくなるし。
また眼は脆弱な器官なので、ブレスの威力は低くてもいい。つまりタメは短くて済むし、吐く時のモーションも少なくて済む。今光己がやったように格闘戦の最中に牽制に使うとしたら非常に有効だろう。当たれば片目を潰せるし、外れても相手はずっと警戒していないといけなくなるのだから。
「……む、そろそろ決着か?」
2人が話している間に、獣人はもはやKO寸前になっていた。そうと見た光己がついっと前に踏み込む。
ついで両手のひらで獣人の頭を挟むようにして叩いた。
「!!」
さほど力がこめられていたようには見えないが、なぜか獣人が動かなくなる。
そして数秒後。獣人の眼や耳や口から血(のように見える魔力の流れ)が噴き出し、膝からがくっと床に倒れた!
機能停止すると消えるようになっていたのか、そのまま文字通り雲散霧消してしまう。
一方光己は、手を向かい合わせた姿勢のまま感極まる様子で突っ立っていた。
「ようやく実戦レベルで習得できたか。闇の技から魔の技につなぐコンボ、カッコ良すぎるな……。
そういえば名前つけてなかったな。死を告げる虹の光、という意味で
目潰しブレスといえば済むところを大仰な名前を付けたがるあたりが邪〇眼持ちの邪気〇持ちたる所以であった……。
なおこの技自体はオケアノスの時点ですでに習得していたのだが、ブレスの性質が変わったので練習し直して、今ようやく十全に戦闘で使えるレベルに再構築したというわけである。
「おっと、1人でひたってちゃいかんな。モルガン、いつもトレーニング手伝ってくれてありがと」
「どう致しまして。役に立てたなら私も嬉しいです」
光己がきちんとお礼を言うと、モルガンもやわらかく微笑んだ。
モルガンは誰かに感謝してもらえることをとても喜ぶ
「さすが
「わ、カーマ? うん、そうだな、ありがと」
「えへへー」
カーマは光己にべったり抱きついて嬉しそうに笑いつつも、モルガンの方には勝ち誇ったような視線を向けていた。2人は似た過去と心情を持っていて仲良くできる下地はあるのだが、今のところ両者とも歩み寄るつもりはないのである。
(こ、この幼女……!)
モルガンはこめかみにピシリと井桁を浮かべつつ、女王たる者人前ではしたない真似はできないので、どうやりこめてやるべきか考えていると、光己のサーヴァントの中で唯一の男性が体育館に入ってきた。
「良かった、2人ともここにいたか。カーマ神にレディ・モルガン。すまないが所長室に来てくれないだろうか」
「私とカーマだけか?」
「ああ、異聞帯の関係でちょっとな。だから館内放送で呼ばずに直接呼びに来たんだ」
「分かった、すぐ行こう」
そういう用件なら仕方がない。モルガンは光己の訓練を切り上げて、こちらもあまり面白くなさそうなカーマとともにⅡ世の後について所長室に向かうのだった。
「……クリプターの1人が精霊だったと?」
「何考えてたんでしょうねえ前の所長さん」
事情を聞いたモルガンとカーマは一様に驚いた顔をした。
人理を守るための組織に人間でないものを、しかもAチームなんて重要なポジションで招くとは。いや自分たちも人間じゃないのだが。
というかモルガン的にはベリルのような男を入れていた理由の方がもっと不明だったが、今はまだ口にしないことにした。
「それで、私たちに何を聞きたいのだ?」
「ああ、まだ聞いていなかったが妖精國には当然クリプターがいたのだろう? そいつが洗脳とか暗示とか、そういうので操られていたかどうかを確認したくてね。
それと、クリプターが減ったら異星の神が作戦を変えるかどうかも知りたい」
「なるほど」
妖精國のことはなるべく話さないつもりだったが、これは教えても良かろう。
「妖精國に来たのはベリル・ガットという男だが、私が見た限りでは精神操作を受けた形跡はなかった。カルデアとクリプターの内輪事情も、少しだが語っていたしな。
とはいえ7人中6人が事前に解凍されているような事態になったら、さすがに警戒するかも知れないが」
「そうですねー。私はそこまで細かいことは知りませんけど、今モルガンさんが言ったことに間違いはないと思いますよ」
「ふむ……」
2人の意見を受けてオルガマリーたちが考え込む。
爆破テロの前の芥ヒナコは無口で物静かで読書好きな人物で、他人に無関心で不愛想だが、悪党という風でもなかった。
人間嫌い的なアトモスフィアが多少あったが、人付き合いは悪くなかった。長命の精霊だけに疎外や迫害を受けたことがあって、それでも人間との関わりを一切やめるというほどには嫌っていないという感じだろうか。
そのままの彼女でいてくれるなら、コフィンから出しても問題はないが……。
「ぐっちゃんにヒネくれた所があるのは認めまチュ。
でも今カルデアにいる人たちには、そんなにつらく当たったりはしないと思いまチュ」
人間の所員もサーヴァントたちもヒナコ=虞美人を迫害したりしないだろうから、虞美人の方も多少ヒネた言動はしても本格的な敵対まではしないだろう。実際爆破テロの前まではそうだったというし、友人がカルデアに協力しているとなれば尚更のはずだ。
「分かりました。では芥ヒナコの凍結処置を解除することにしましょう。
紅閻魔さんにも同席をお願いします」
「はい、もちろんでち」
こうしてヒナコがコフィンから出されることになった。
目潰しブレスは第96話で、目は狙っていませんが1度使っておりまして、それを再度習得し直したわけですね。中二病的な理由でw