ヒナコは怨敵レフ・ライノールにしかるべき報いを与える決意はしたものの、それはそれとして聖晶石を作るのにそんなに時間がかかるのなら、どうやって20人ものサーヴァントをたった5ヶ月半で召喚したのだろうか?
その問いに対しては、意外な答えが返ってきた。
「いえカルデアで、正確にはカルデアで用意した聖晶石で召喚したのは……えっと、まず冬木の後のオルトリンデと加藤段蔵の2人と、あとはオケアノスに行く前に玉藻の前を召喚して……つまり3人だけよ。
あと特異点にいた現地サーヴァントにもらった石で召喚したのが3人で、残りは現地サーヴァントがそのままカルデアに来てくれたケースね。これが1番多いわ」
「なるほど、それは確かに」
ヒナコは
正統派の英雄や賢者なら、世界を守るために巨悪と戦っていると聞けば程度の差はあれ手助けしてくれるだろう。項羽も当然そうだから、自分が説得すれば間違いなく味方になってくれるはずだ。これなら2ヶ月も待つ必要はなさそうである。
―――いや都合よく項羽が特異点にいて、しかも遭遇できればの話なのだけれど。まあそうでなくても、今オルガマリーが言ったように現地サーヴァントに石をもらえばカルデアで召喚することもできる。希望が出てきた。
「あとは……そうね。爆破テロの後の経緯を話しておきましょうか」
「そうね、それは聞いておくわ」
その後オルガマリーがこの5ヶ月半のことを話してくれたが、それはもう目を覆わんばかりの有様だった。
施設の損壊はともかくスタッフの生き残りは20人足らず、しかも特異点修正に赴くマスターは数合わせの未成年のド素人1人を除いて全員重傷で凍結処置になったというのである。
しかしそのたった1人のド素人が複数のサーヴァントの助けを得てとはいえ、フランス、ローマ、オケアノス、さらに別枠で謎の無人島に日本の戦国時代に別の時代の冬木の特異点まで修正してきたとは大したものだ。
さらには閻魔亭での詐欺師退治でも主導的な役割を果たしたとは、カルデアは本当に良い人材を発掘したものだと思う。
「それにしても、並行世界では私までクリプターになってたとはねえ……」
カーマがいた世界では、異星の神の工作によりAチーム=クリプターは7人全員がそちらに寝返ってしまったらしい。それはまあ汎人類史にそこまで執着はないが、異聞帯にどんな魅力があったのだろうか。
でも今こうして自分が解凍された以上、この世界では異聞帯は6つしか来ないはずだ。なるほど、オルガマリーたちが自分を解凍したのはこの世界に来る異聞帯を減らすためという意図もあったのか。納得である。
「さて、今話すことはこのくらいかしらね。
それじゃ一応所員たちにもう1度顔見せしてから、サーヴァントたちに紹介するということでいいかしら?」
「そうね、それでいいわ」
そんなわけでヒナコはオルガマリーたちと一緒に事務方の仕事場を回ってから、光己たちがいる談話室を訪れた。
「さっきはそこまで気が回らなかったけど、男女比率がえらく偏ってるわね……」
英雄豪傑といえば普通は筋骨逞しい大男だと思うのだが、ここにいるサーヴァントはエルメロイⅡ世(諸葛孔明)を除けばうら若い女性ばかりである。大丈夫なのだろうか。
……と思ったが彼女たちは自己紹介によればアーサー王やワルキューレという強者なのだそうで、なるほどそれなら各特異点で魔神柱や敵対サーヴァントを打ち倒してきたのも理解できる。
しかし納得しがたいこともあった。
「藤宮といったわね。20人以上もサーヴァントを招いてるのに、なぜ項羽様がいないの?
中国、いえ世界史的に見ても並ぶ者なき英傑でしょう」
「!?」
いきなり変な難癖をつけられて光己はびっくりした。
「……項羽様!? あ、えっと、そっか。芥さんは虞美人だから、項……項王は夫なわけですね」
項羽を呼び捨てにしたらヒナコは怒りそうなアトモスフィアがあったので、光己は「項王」と呼ぶことにした。史記に採用されている由緒正しい呼び方だから問題あるまい。
しかし妻とはいえすごい入れ込みようである。中国史上最強クラスというなら客観的にも事実だと思うが、まあそこを突っ込むのは無粋だろう。
「うーん、そこはそれ。英霊召喚で誰が来るかは縁や相性の要素が強いって聞きましたから……芥さんがご自分で召喚すれば来てもらえるのでは?」
何しろ妻であり、しかも死別の後2千年以上もの長い間想い続けていたのであれば確実だろう。石が3個あれば1発ツモと考えるのが普通だが……。
(でもこの人、なーんか危なっかしい感じがするんだよな)
たとえば気合いを入れ過ぎて空回って、逆に宿敵の劉邦や韓信が来てしまうとか。爆死して血涙を流すハメにならないと良いのだけれど。
いや自分の100倍以上も生きてきた人生の大先輩にそんな心配をするのは不遜というものか。だって若く見積もっても2200歳以上というのはおばあさんどころじゃな―――ハッ!
「今何か変なこと考えなかったか後輩?」
「我が夫!?」
「滅相もない! お2人とも大変若々しくてお美しいと存じますですハイ」
なぜかとても剣呑な視線が2対も飛んできたので、光己はとっさにおべっかを使ってごまかした。
嘘ではないから清姫のセンサーにも引っかからないはずである。
確かにそれは通過できたし、ヒナコもモルガンもこんなささいなことにいつまでも粘着するほど陰険でもなかったが、今回は思わぬ方向にカムチャッカファイアしてしまった。
「……我が夫?」
ヒナコが訝しげなまなざしをモルガンに向けたのだ。まあいずれは知られることなのだけれど。
実際ヒナコにとっては、異聞帯の精霊、いや妖精の女王が汎人類史の一般人の少年を夫と呼ぶ理由など見当がつかないわけだし、先ほどメリュジーヌも「
「ん? ああ……そうだな。同じことを何度も語るのは面倒だが、同郷の
モルガンはちょっと
「貴女はいろいろ忙しい身でしょう。あとは私たちが引き受けますので、貴女はもう自分の仕事に戻っても宜しいですよ」
「そう? それじゃお願いするわね」
オルガマリーは本当に忙しいのか、それともこんな話にまで付き合っていられないと思ったのか、まだ同行していたロマニたちと一緒に引き揚げていった。
それを見送ると、モルガンは改めてヒナコに向き直った。
「さて、これで時間を気にせずに話せるな。
といっても元は単純な話で、妖精國で体裁上ベリル・ガットを夫ということにしていたから、それを踏襲しただけのことなのだが」
「ああ、政略結婚ってやつね。でもここでそれを引きずることはないんじゃない?」
モルガンが女王だったのであれば、クリプターにもそれなりの身分を与えないとまともに会話もできない。それは分かるが、カルデアのマスターにそうする必要はないと思われるが。
というか美人が思春期の男子にそんな呼び方を続けていたら、先方がその気になっても仕方ないからむしろ避けるべきだろう。
「いや、今は体裁だけでなく実質的にも夫婦になるつもりでいるからな。この呼び方で支障ない」
「ほ、本気!?」
コフィンから出てからまだ半日と経ってないのに、何度驚かされればいいのか。ヒナコはそろそろ驚き疲れ始めていた。
だってモルガンが星の内海から来た妖精だというなら、ヒナコ自身と同じく不老不死同然だろう。定命の者と仮に結ばれたとして、その幸せな生活は(感覚的には)あっという間に終わってしまうというのに……それでもなおというほど深く愛しているのだろうか!?
その考えが顔に出ていたのか、モルガンはそれは勘違いだと言ってきた。
「どうやら目利き違いがあるようだな。我が夫がド素人の一般人だという色眼鏡を外してよく見てみろ」
「え!? え、ええ」
言われた通りヒナコが虚心坦懐に光己を観察し直してみると、確かにガワこそ人間だが、中身は全然違っていた。
「な、何コイツ……!?」
こんなナマモノ見たことない。しかもこの人間の姿そのものが擬態みたいなもので、本性はもっと桁違いにヤバい奴だ。
……いや待て、そういえばよく似た奴が1人いた。
そいつは探すまでもなく、いつの間にか光己の後ろからべったり抱きついていた。番とか妹とかいうのは本気だったのか。
「そこまで分かるんだ、なかなかの眼力だね。
そう。僕はアルビオンの遺骸から生まれた『竜の妖精』……のサーヴァント、マスターは元はただ人だったのが、竜種の血とサーヴァントの影響でアルビオンにまで至った真竜。そこに何の違いもありはしないよね」
「いや違うでしょ」
ヒナコは思わずツッコミを入れてしまったが、あっさりスルーされた。
というかこのツノ娘、彼が元はただ人だったと言ったか? いやそれはそれで「ド素人の一般人」と符合しているのだけれど。
つまり何か。この後輩はせっかく定命の者として生まれたのに、酔狂にも竜の血なんぞを飲んだあげく、幻想種になってしまったというのか。
「こ、この馬鹿者ーーー!!」
気づいた時には、ヒナコは光己の胸倉を掴んで怒鳴りつけていた。
「せっかくただの人間に、人間の社会の中で普通に生きて普通に死ねる存在に生まれたのに、わざわざ人の姿の人にあらざる者になるなんて!
分かっているのか!? おまえにはもう安息の場所なんてない。アルビオンとかいうのがどんな存在なのかは知らないが、おまえは取返しのつかないことをしてしまったのだ!」
ヒナコの手も声も震えている。愚かな選択をした(とヒナコは思っている)光己への怒りだけではなく、彼女自身の境遇への怒りと悲しみもこもっているのだ。
突然のことで光己は呆然として答える言葉を知らなかったが、ヒナコの後ろから彼女の肩を強くつかむ者がいた。
「待て。おまえの怒りと悲しみは私にもよく分かるが、今の言葉は聞き捨てならんな。
私では我が夫の安息の場になれないと言うつもりか?」
妖精國にたった1人の(最後にはもう1人現れたが)「楽園の妖精」として、さまざまな苦難を体験してきたモルガンにはヒナコの気持ちは痛いほど理解できたが、だからこそ彼女の言葉を認めるわけにはいかない。逆にヒナコは思わぬ横槍に戸惑ったが、その間にモルガンの尻馬に乗る者が続出する。
「うん、陛下の仰る通りだね! 汎人類史がどんな所か詳しくは知らないけど、僕がいる限りマスターを不幸にはさせないよ」
「むしろ愛の神がついてて不幸になる理由の方が分かりませんね。甘く見ないでもらえますか?」
「愛はすべてを解決するのです!」
「え、あ、それは」
ヒナコ自身も短い間とはいえ項羽や蘭陵王や紅閻魔といった人たちに救われた経験はあるので、モルガンたちの主張を否定することはできなかった。
「人間世界に居場所がなくなってもヴァルハラに来てもらえば済むことだしね!
何なら芥さんも来る? ご夫婦で来てもらってもいいよ!」
「……」
その上ヒナコ自身までヴァルハラなんて魔境に招待されて、二の句も継げなくなってしまった。
どうやら負けのようである。
「いい仲間を持ったわね、大事にしなさ……って、ちょっと待った。
モルガンが自称妻でメリュジーヌが自称番で、カーマと清姫も主従や友人っていうより恋愛感情ぽい感じするわね。おまえ一体誰を選ぶつもりなの? 4人中3人は事案だけど」
……しかし別の問題に気がついて、またぐわーっと吠え立てるヒナコ。
普段は他人の恋愛事情に軽々しく首を突っ込んだりはしないのだが、今回は話の流れでつい聞いてしまったのである。
光己の方はすでに平常心を取り戻しており、常日頃からの信条でもってヒナコの問いに答えた。
「無論、全員です! あとヒルドたちも景虎もXXもルーラーも大奥王の王妃になることが決まってるから、末永く大切にするつもりですよ」
「こ、こいつこんなのほほんとした顔して女の敵だったのか!? てか大奥王って何だ」
光己が意外とモテてることにもびっくりしたが、この男はいったい何を言っているのだろうか。
「人理修復に成功したら、そのご褒美として大奥国を建国してそこの王になるってことですよ。そのくらいのボーナスはあっていいですよね?」
「何だそういうことか。変な言い方をするな」
なるほど功績を立てたら恩賞をもらうというのは当然の主張だ。
現代ではほとんどの国で一夫多妻や一妻多夫は認められていないと思ったが、どのみちサーヴァントは婚姻届なんて出せないだろうから法律的な話は意味がない。単に男の夢を実現するというのを、言葉の上で飾り立てているだけのことのようだ。
合意の上であるなら、部外者が騒ぎ立てるのは野暮というものか。
いや事案の問題は残っているが、考えてみれば女神や竜が人間の幼女の姿をしているからといって人間のモラルを当てはめる方が不合理だ。まして精霊が熱弁すべきことでもない。
「…………まったく、とんでもない後輩を持ったものね。
まあいいわ、せいぜいよろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「ええ、じゃあまた後で」
ヒナコはまだ話すことがあったような気がしたが、初対面であまり長話するのも何なので、今はいったん部屋を辞することにしたのだった。