光己は全人類を救うために戦っている正義の戦士であるはずなのに、何故か仲間の手で血の池地獄に放り込まれたが、四半刻ほどで解放されて、今は食堂でちょっと遅い夕食を食べていた。
加害者の方は因果応報ということか、血を流しすぎて貧血で寝込んでいる。
「しかしひどい目に遭った……ファヴニールの血を飲んだ時よりだるいし痺れるよ。
これはもう、清姫の血とファヴニールの血がフュージョンして竜魔神藤宮光己爆誕!ぐらいのご褒美がないと割りに合わんな」
光己の厨二的なグチは、一般に日本(や中国)の竜は水の神として崇められているが、西洋のドラゴンは火や毒を吐き悪魔扱いされているという違いを下敷きにしている。反対の性質を持つ二者が融合して新たなモノが生まれるというのはよくある概念なのだ。たとえば錬金術で硫黄と水銀から黄金をつくろうとしたように。
もっとも清姫の竜モードは水の要素ゼロで100%火竜なのだが。
「あはは……そうなるといいですね」
マシュが乾いた声で相槌を打つ。清姫は一応光己のためを思ってしたことなので、マシュも止め切れなかったことに多少罪悪感があったのだった。
「でも清姫さんの竜の姿、何というか荘厳でしたね」
「そうだな。清姫は醜いんじゃないかって気にしてたけど、日本的な感性だとカッコいい部類に入るんじゃないかな。ファヴニールと一騎打ちするのは無理そうなのが惜しいけど」
青白い炎に包まれた竜の姿は実際印象深いものだったが、体格がファヴニールより一回り小さいのと竜モードはごく短時間しか保てないのが残念であった。これだと正面からぶつけるより奇襲担当的な扱いになりそうだ。
「でもこれで仲間ずいぶん増えたよな。また撮影会やりたいな」
新入り組だけを見てもオルトリンデと段蔵、そしてジャンヌ、清姫、エリザベートと女性陣はみな見目麗しい。服装もそれぞれに趣きがあり、まずジャンヌはあの立派なおっぱいにぴっちり張りついた衣とそれを強調する胴鎧、さらには大胆に太腿をチラ見せするスリットスカート。清姫は上品なデザインの和服でありながら、裾のつくりがワルキューレ2人のそれと似ていてこちらも太腿を見せつけている。エリザベートはノースリーブの上衣はまあ普通だが、スカートがほぼ水平に固定されており、あれではちょっと飛び跳ねたらパンツが丸見えになりそう、というか別次元ではホイホイ見せているような気がするが、それは措いておくことにした。アイドルだそうだし。
「……先輩?」
するとマシュが半眼で睨んできたので、光己はあわてて弁明を試みた。
「いや今はやらないって。エリザベートは男に免疫なさそうだから怒りそうだし、清姫にこういうこと振ったらモーション激しくなりそうだから」
清姫は可愛いが、彼女の求愛を受けるのは自分が安珍だと認めることになるのでかなりもにょる、というかぶっちゃけ彼女は怖い。まずはお友達でいたいところだ。
「まあ普通の写真だけならいいですが」
「うう、後輩が冷たい……」
などとだべりつつも食事を終えると、光己は男性部屋に帰って寝台に入った。
―――そして翌日は光己と清姫はまだ体調不良のため宿屋で静養、他のメンツが看護と巡回と情報収集を行った。その結果……。
「リヨンっていう街に凄腕の剣士がいて、街を守ってくれてたっていう話があったよ!
竜の魔女の大軍に襲われて生死不明らしいけど」
アストルフォが新しい情報を持ってきてくれた。
「リヨンか……けっこう遠いな」
ラ・シャリテからだと直線で約250キロだ。オルレアンとはほぼ正反対の方向なのでずいぶんな遠回りになる。
剣士が生きていると断定できるならともかく、生死不明では迷うところだ。
「その人の名前はわかる?」
「うーんと、確かジークフリートっていってた!」
「ファヴニール倒した当人じゃないか! 聖杯いい仕事してるな」
なら乗るしかない、このビッグウェーブに!
「まあ250キロなら往復でも2~3日だし、街に着いたらドクターに調査してもらえばいいから街中家探しまではしなくていいしな。
俺はまだ全快してないから今すぐオルレアン行くのは避けたいし」
「え、250キロっていったら片道10日はかかるんじゃないの?」
するとエリザベートが不思議そうに口をはさんできた。まあ確かに、普通に徒歩で旅をするならそれくらいの日程だ。
お嬢様っぽい風貌、というかガチ大貴族出身の彼女にはちと言いづらいことだが、言わねばならない。
「…………日程短縮のため、俺とマシュ以外のサーヴァントにはランニングでお願いしてるんだ」
「アンタアイドル使い荒すぎない!?」
予想できたことながらエリザベートが怒りの声とともにズビシと指を突きつけてきたので、光己は妥協策を考えることにした。というかサーヴァントでも貴族令嬢でもなくて、アイドルがアイデンティティーなのだろうか。
「じゃあ交代でヒポグリフの後ろ席に乗るってので手を打ってくれない?」
「うーん、仕方ないわね。往復で20日はさすがに時間の無駄だし、その間にジークフリートとやらが死んじゃうって可能性もあるしね」
こうして自称アイドルも納得してくれたので明日からの方針は決まったが、光己はそういうこととはまったく別に、不満というか要望を1つ持っていた。
「フランス、っていうかカルデアに来て以来、ちゃんとした風呂に入ってないんだよな」
「お風呂、ですか?」
「うん。カルデアの個室はシャワーだけだし、特異点じゃ濡れタオルで体拭いてるだけだからさ。日本人としては、たまには熱い湯につからないと心身の健康がね」
かわいく首をかしげたマシュに、光己は日本人の基本的欲求の1つを解説した。
「そうなんですか……しかしこの時代のヨーロッパは公共浴場もあんまりありませんからね」
「文化の違いだなあ……」
光己はうなだれたが、そこでふと一策をひらめいた。
「いや待てよ。昨日清姫が血の池地獄掘った穴を洗って、普通にお湯入れればいいんじゃないか」
つまりヒルドかオルトリンデに氷を出してもらって、それを清姫が適温に加熱すればお風呂になるというわけだ。この時代のテクノロジーで普通にやろうとすれば、川や井戸から水を引いた上で薪を用意して火打石で着火するという面倒な手順が必要なことを思えば、夢のような手軽さである。
「よろしい、ならばお風呂だ!」
さっそく光己は、男性の湯浴みということで同行を辞退したブラダマンテ・ジャンヌ・エリザベート以外のサーヴァントたちを引き連れて、清姫が掘ったまま放置してあった穴に向かった。血はヒルドがルーンで拭ってあるが、気分的な問題で土を少しかぶせてから氷を入れてもらう。
その後清姫が火を吹いて加熱するわけだが、沸くまで光己はすることがない。
「いや、そういえば無敵アーマーのチェックをまだしてなかったな」
成長中とはいえ、もし身につくものなら少しはできている頃だろう。光己は制服の上衣を脱ぐと、拳を握って腹をまずは軽く打ってみた。
「おお、感触はあるけどほとんど痛くない……じゃあもう少し強く」
少しずつ力を強くしながら試してみるが、やはり殴ったという感触がある程度の痛みである。さらにアストルフォに剣を借りて腕を軽く刺してみたが、肌の中まで刺さらない。
けっこう強く突いてみても平気である。
「おおお、無敵アーマー出来たか……苦労が報われたな。よし、『
「先輩、よかったですね!」
「うん、あたしもがんばった甲斐があったよ!」
「祝着至極に存じます、マスター」
「やったね、マスター!」
すると同席していたサーヴァントたちが満面の笑みで祝福してくれた。
マスターとしても思春期男子としても大変結構であったが、なぜか清姫だけは不満ありげな顔をしている。
「清姫、どうかした?」
「あ、いえ。ますたぁが堅くなったのはわたくしとしても嬉しいのですが、ファヴニールの血の効果が現れたのなら、わたくしの血の効果も何か出ていないのかなと思いまして」
「ああ、そっちか」
なるほど自分の血だけ効果なしでは面白くないということか。それは分かるし光己自身も欲しいが、真面目な話清姫の血の効能とはどういうものなのだろうか?
「ええっと、ますたぁがわたくしをより深く愛してくださるですとか?」
「惚れ薬じゃねーか!」
どうやら清姫自身にも分かっていなかったらしい。いや生前に実行していないのだからむしろ当然なのだが、見かねたマシュが口をはさんだ。
「最悪何の効能もない可能性もありますが、ここはジークフリートになくて清姫さんにあるものを考えてみてはどうでしょう」
「うーん、なるほど」
清姫のスキルといえば、人間形態でも使える炎のブレスである。ジークフリートが口から火を吐いたという逸話はないから、まずはこれを試してみるべきだろう。
「で、どうやれば吐けるの?」
「……えーと。こうすれば出る、という練習法のようなものはわたくしも知らなくて。こう激情が燃え上がるままに、ごおーっとナニかを吐き出す感じといいますか」
「うーん、ふわっとしてるなあ」
つまりは感情をこめたイメージングということか。清姫はブレスだけでなく扇から放出したり空中に火の玉を出して飛ばしたりもできるが、入門者である光己はまずはドラゴンっぽく口から吐く形から始めるのが順当と思われる。
「よし、いくぞ! おおおおぉぉ、くらいやがれぇー!!!」
雄叫びを上げて気合いを入れつつ、口の中に溜めた魔力を灼熱のイメージとともに吐き出す光己。最後の咆哮とともに、火炎放射器のごとく赤い炎が放出される!
「おお、やった!」
「……あまり熱くはありませんが、一応ちゃんとした炎ではあるようです」
「ま、初挑戦ですからね」
それでも炎を吐けたことには変わりない。感極まった清姫が光己に抱きついた。
「さすが安珍様! わたくし感激しました」
純粋に彼が強くなったのが嬉しいというのもあるし、同じ能力を持ったことで連帯感が増したとか、彼がそうなってくれたことの喜びとか、いろんな気持ちが噴水のように湧き上がって体が勝手に動いたのである。
「ああ、ありがとな清姫」
光己はそんな彼女を抱き返して、やさしく髪を撫でた。
仮にも「最後の」マスターなのだから、無敵アーマーや炎のブレスを得たからといって前衛に立って敵とどつき合いをするつもりはないのだが、ブレスが何かで役立つこともあるだろうし、何より清姫はヤンデレだが今は本心から彼の強化を喜んでくれているのだから。
むろん、意外とバストが大きくてやーらかいからなんて俗な理由ではない。
「ああ、ますたぁ……」
清姫は旦那様に感謝されたことがよほど嬉しいらしく、彼の首筋に頬ずりしてうっとりしている。光己はしばらく彼女のしたいようにさせていたが、やがてそっと引き離すと風呂の方に体を向けた。
「それじゃせっかくだから、あとは練習もかねて俺が沸かしてみるかな」
「ああ、安珍様……!」
わたくしがささげた力を自分から伸ばそうとしてくださるなんて、と清姫は瞳を潤ませて光己を見上げた。もっとも彼にそういうつもりはなく、単にせっかく手に入れた能力だから使えるようにしたいだけなのだが、これは清姫でなくても仕方ないところだろう……。
「ファイエル!」
そういうわけでブレスの練習である。最初はほんのり暖かいという程度の熱量だったが、続けていくうちに熱さが増してきた。まあ何とか炎のブレスを称してもいいという程度か。
やがて風呂の中の水が適温にまで温かくなる。
「よし、それじゃいい感じに沸いてきたからいよいよ入るとするか!」
「わーい、お風呂だー!」
「ん?」
「ん?」
光己が火炎放射を切り上げると、なぜかアストルフォが嬉しそうな声を上げた。思わず彼の顔をまじまじと見つめてしまったが、どうやらご相伴にあずかる気のようだ。
「別々に入っても時間の無駄だし、一緒でいいか」
2人で入れる程度のスペースはあるから構うまい。光己は承知したが、その直後にハッと気づいて後悔した。
(しまったぁぁ、アストルフォがいたら混浴できないじゃないか)
いやいなくても混浴は無理だろうが、背中を流してもらうくらいはできたかも知れないのに。しかし1度承知しておいて取り消すわけにもいかない、というか断る名目がなかった。
(……ハッ! しまった、1歩出遅れました!)
一方清姫も内心でほぞを噛んでいた。背中を流すどころか混浴する気満々だったのだが、男性に先を越されてはいかんともしがたい。あまり無理押しすれば皆にふしだらな女だと思われかねないのだ。
(く……あのアストルフォという方、理性が蒸発してるそうですが、それだけに行動が素早いですね、油断できません!
夜もますたぁの護衛という名目で同室ですし、なんてうらやましい)
そんなわけで、光己はアストルフォと2人で裸の付き合いをして親睦を深めたのだった。
今回はお風呂といっても竜の血関係の話がメインですので混浴はありませんでした。まだ会って日が浅いですし。
でもセプテム編の頃のローマはテルマエで混浴だったらしいので、ネロちゃまに気に入られればみんなで混浴ワンチャン?(ぉ