光己は音を出さずに空を飛べるので、逃げるとなればカボチャ騎士たちの頭上を飛び越していくことができる。それで彼らをやり過ごしたが、騎士たちが周到な性格であれば外にも留守番部隊がいるかも知れない。
(でもこれどういうことなんだ……!?)
最悪を考えるならこの特異点は魔術王がつくった罠で、サーヴァントをはじいてマスターだけを呼び込めば簡単に抹殺できるという計画だったのだろう。それなら光己が来てすぐに騎士たちが現れたタイミングの良さも納得できる。来た瞬間に襲われなくて良かったというところか。
(いやそれならそれで、魔術王ならもっと強い奴送るよなあ)
それこそ魔神柱を派遣すればいいのであって、魔術王がカボチャ騎士なんてトンチキなものを送り込む理由なんてないだろう。やっぱり単なる事故で、騎士が来たのも何か別件なのだろうか。
(何はともあれ、まずは外に出ないと)
先にジャンヌたちを呼ぶか、それとも見つかる前にとっとと単騎で脱出する方がいいか? なにぶん初めての事態だけに光己が少し迷っていると、騎士たちが戻ってくる足音が聞こえた。
もともと光己がいた所が一番奥で、そこにたどり着いたなら戻って来るのは必然である。
(呼ぶのは後にして、出口めがけてダッシュするしかないか)
光己が急いで騎士たちが最初に来ていた方向に飛んでいくと、幸いにして一本道でやがて出口が見えてきた。しかしその向こうにはいくつかの人影がある。
(ただでは通してくれんだろうなあ……ついに人を殺すことになるんかな?)
今日までにいくつもの特異点を踏破してきたが、自分の手で人間を殺したことはなかった。それをやらねばならぬ時が来たのだろうか。
いや手加減して峰打ちで済ませるという選択肢はある。カボチャ騎士はそんなに強そうには見えなかったし、スパルタクスに蹴られても平気だったのだから、彼らの剣で傷ついたりはしないだろうという自信もあった。しかし今は1人きりなのだから、甘く見て舐めプするのはよろしくないとも思う。
そもそも彼らが人間ではないという可能性もあることだし。
「ええい、やりたいんならやったろうじゃねえか!」
自分を鼓舞するために普段使わないやや乱暴な言葉遣いでそう叫ぶと、光己は
すると外にいた連中は中にいた何者かが飛んでくるのに気づいてはいても、出た瞬間に垂直上昇することまでは予測できなかったようで、光己が上空に離脱するのを見過ごしてくれた。
とりあえず5メートルほど上昇したところで一旦停止し、地上の様子を確認してみる。
「……何だあれ、骸骨までいる?」
そこにはカボチャ騎士が3人とカボチャをかぶった骸骨が5人ほどいて、光己の方をぼんやり見上げていた。得物が剣と盾、それに斧とフォークといった接近戦用の武器だけなので、上空にいる敵?には手を出せないようだ。
骸骨は人間じゃないのは明白として、騎士の方もよく見るとカボチャの目と口のくり抜きの奥は火が燃えているだけで人間の頭部はなかった。
「やっぱり人間じゃなかったか……というかあのカボチャ、ハロウィンの出し物のアレみたいだな」
事情はまだ分からないが、連中が追って来ないのならあえて今戦う必要はない。光己はとりあえず、洞窟の上の山の頂上に退避したのだった。
山はただの岩山で、木も草も生えていない寒々しいものだった。
それはいいが昼前に出発したのにもう夜で、しかも周りは砂漠のようである。ただ山のふもとの近くに、大きな一軒家がぽつんと立っていた。
いかにも怪しいが訪問するのは後にして、今一度近くに誰もいないのを確認してから「蔵」の扉を開けてまず短刀を取り出す。
そのまま波紋を出しっ放しにしておくと、待つほどのこともなくメリュジーヌが飛び出してきた。
「マスター! 良かった、無事だったんだね」
メリュジーヌは一目で分かるほど慌てた様子だったが、光己に異常がないのを確認するとほーーっと思い切り安堵して肩の力を抜いた。
「来てくれたか、さすがは俺のメリュジーヌ! ちょっと待って、お姉ちゃんとジャンヌオルタも呼んでから話しよう」
光己はまた「俺の」呼ばわりしているが、言う相手は選んでいるつもりである。事案については気にしていなさそうだが。
なお令呪3画で呼ぶ枠については、今はパスする方針だ。通信妨害されているから失敗するかも知れないし、異常事態だから令呪を温存しておきたいというのもある。
「むー。私がいれば他のサーヴァントなんていらないと思うけど、マスターの性格だと仕方ないかな」
実際メリュジーヌは「俺の」の件についてはむしろ喜んでいたが、他のことでちょっとつむじを曲げていた。最強の竜がいれば戦力は十分だと思うし、そうすれば2人きりでデート、とまでは言わないがロマン&ラブあふれる道行きになるのにと思ったのである。
しかし光己は基本的に慎重派で、それは自分たちを大切にしてくれていることでもであるのでそれを尊重したのだった。
「うん、特にお姉ちゃんはルーラースキルと結界と治療でどんな状況でも役に立つ汎用性があるからな」
なおジャンヌオルタも実力は十分だが、ジャンヌやメリュジーヌのようなオンリーワンのウリはないので、光己はあえて言及を避けていた。清姫かエリセもいれば合体技を使えるようになるのだが……。
というわけで光己がジャンヌとジャンヌオルタを呼び出すと、2人は事前に聞いていたより同行者が少ないことに訝しげな顔をした。
「うん、それを今から聞くところだったんだ。メリュジーヌ、マシュたちはカルデアに残ってた?」
「うん、みんな無事だったよ。計器によると、1度は出発したんだけど途中で跳ね返されたみたいだって。
でもマスターだけは普通に到着してたから、マシュたちのことを伝えるためにもってことで私がスタンバイしてたんだ」
それで「蔵」の扉が開く気配を感じたから飛び込んできたというわけである。レイシフトを妨害する仕組みをつくった黒幕も、
「そっか、良かった。ありがとな。
それでメリュジーヌ、1度戻って俺が無事だったって報告してくることはできる? 通信も邪魔されてて本部と話ができないからさ」
「うーん、それは目印がないから無理かな」
「むう、さすがにそこまで都合良くなかったか」
まあできないものは仕方がない。マシュたちが無事だったのが分かっただけでも良かったと思うしかないだろう。
あとはなるべく早く……いや聖晶石を探すミッションもあるからスピード最優先とはいかないが。
「じゃ、いつまでもここにいても仕方ないからそろそろ出発しようか。
お姉ちゃん、この近くにサーヴァント反応ある?」
「そうですね、そちらに見える大きな屋敷に1人、その西側の砂漠の中にもう1人いるようです」
「そっか、じゃあまず屋敷に行ってみよう」
特異点ではたいてい現地サーヴァントと会うことで事態が進むので、サーヴァント探知スキルは本当に重宝するのだった。
屋敷に行ってみると中世ヨーロッパ的な趣きを感じるつくりで、少なくとも3世紀の中近東のものには見えない。まあ砂漠の中に一軒家という時点で怪しいのだが、その正門の前で粗末な服を着た女の子が1人で
「1人~♪ 寂しく~屋敷の~お掃除~♪
お姉様とか~♪ お母様とか~♪ そういうのは何故だか見かけないのだけど~♪
気付いたらココにいたのだけど~♪」
気を紛らわせるためか、歌のように節をつけて独り言をいっている。その内容によると、聖杯や黒幕に召喚されたのではない普通の?現地サーヴァントのようである。
歌うのに夢中になっているせいか、まだ光己たちに気づいていないようだ。
それならちょうどいい。接触する前に真名看破をしておくことにした。
「真名はエリザベート・バートリー、ライダーですね。宝具は……ええと、何らかの理由で今は使えない状態のようです」
「そうなの?」
知っている人だったのは喜ばしいが、宝具が使えないとはどうしたことか。大貴族の彼女が粗末な服を着て掃除なんかしているのが関係しているのだろうか。
まあこちらのことを覚えていれば良し、覚えていなくても宝具を使えない状態なら脅威にはならないので、光己たちは普通に近ついてコンタクトを取ることにした。
それでも接近戦最強のメリュジーヌを先頭にしていく程度の用心はしていたが、するとエリザベートは光己たちのそんな思惑になど気づく様子もなく、普段通りの様子で声をかけてきた。
「つまり~アタシは~♪ 世界で~1番~美しい~シンデレラ~♪
……ってあら? そこにいるのは子イヌじゃないの」
しかも光己たちのことを覚えていたようだ。カボチャ騎士に会った時はどうしようかと思ったが、風向きが良くなってきたようである。
「いいわいいわ。役者が揃ったってコトなのね!
そこに~いるのは~誰かしら~♪ シンデレラに~どんな~御用~なのかしら~♪」
「……」
……と思ったが役者が揃ったとかシンデレラとか意味深な台詞はいいとして、何故いちいち会話に節をつけるのか。クラスが変わったせいか?
声は綺麗だが、間延びして微妙にイラつくのだけれど。
「どうしたの~♪ 何を黙っているの~♪」
「いやその、何で唄ってるのかと思って」
「そんなの見て分かるでしょうに。今はミュージカル路線で行くことにしてるのよ。
アイドルといえば歌! 歌といえばそう、ミュージカル! ミュージカル作品で大成するアイドルって、斬新だし素敵でしょう?
なのでアンタたちも要所要所で合わせるように! いいわね? い・い・わ・ね~♪」
「……」
光己はめんどくさくなってきたので彼女を放置して次に行こうかと思ったが、そうするとエリザベートは泣き出しそうなので大慈大悲の心をもって付き合ってあげることにした。
「なるほど~♪」
「そうそう。まさにそれよ、子イヌ!」
その後のエリザベートの説明によると、彼女は世界で1番美しいお姫様なのだが、今は屋敷の掃除中であるらしい。自分の才能に気づくこともなく、ひたすらに掃除をしているそうだ。
シンデレラに付き物の義母と義姉はいないと自分で言っていたのに何故そうしているのかは語ってくれなかった。
「そこに現れたのがyou! そう、1人の魔法使い!」
「ほえ?」
「知ってるわ。アタシに魔法をかけてくれるんでしょう?」
どうやらエリザベートの中では、光己がシンデレラ物語に登場する魔法使いということになっているようだ。
モルガンやワルキューレならともかく、光己に馬車やドレスを出せるわけがないのだけれど……。
「というわけで、さあ! 早く早く、ハリアップ!
何でもいいからやりなさい!
「しょうがないなあ」
エリザベートが執拗にねだってくるので、光己はダメ元でやってみることにした。
「よし、それじゃ日本で一般的なやつを。ンンンン急々如律令ですぞ」
「うさんくさい上に情熱が感じられない!! リテイク!!」
「なんてわがままなお姫様だ!」
しかしここまで来てやめるのも心残りなので、もう1度だけ真面目にやることにした。
くわっと気合いを入れて、それっぽい呪文を唱える。
「
「そう、そういうのでいいのよ! 愛の女神とかそれっぽいわ!」
すると驚くべきことに、エリザベートの全身が白い光に包まれ始めた。彼女のわがままに付き合って唱えただけの呪文が、まさか本当に効果を顕したというのか!?
「これはもしかして、俺には魔法使いの才能があったとかそういうのか!?」
「いえ。これはそういうのじゃなくて、彼女自身が
光己は思わずハイになりかけたが、サーヴァント鑑定の専門家によるとそういうことではないようだった。つまりそれもこれもエリザベートの役作りに過ぎなかったということらしい。
「まったく人騒がせな……」
などと光己がボヤいている間に、エリザベートは光の中でお召し替えを終えていた。水色の綺麗なイブニングドレスにガラスの靴は確かにシンデレラを名乗るに相応しい。
ただ上衣はキャミソール風なのに肩ヒモがないのと、スカートの前面がないのは童話のヒロインとしていかがなものかとは思うが。あれではちょっと激しい動きをしたら胸が露出しそうだし、股間はパンツ……いやあれは上衣と一体でボディスーツ的なものなのだろうか。だとしてもドレスとしてはいささか破廉恥だと思われるが。
あと靴の先端に鋭いトゲがついているのも問題……いやそこはエリザベート・バートリーだし、童話は原典はけっこうえげつないというからむしろ妥当なのかも知れない。
「やったぁ! いいわよ子イヌ、やるじゃない!
見なさいな。ふふふふ、このドレス姿!
「……」
どうやらエリザベートは自分で拘束解除したことに気づいていないようだが、指摘するのも野暮なので光己は黙っててあげることにした。
「さあ、分かってるわね子イヌ。これからチェイテ城、いえチェイテシンデレラ城を探し出すわ!」
「チェイテシンデレラ城」
何ぞそれ、と光己もジャンヌたちも思ったが、今のところ他に手掛かりはない。ここはエリザベートについていくしかなさそうだ。
「どこにあるかは分からないけど、きっとあるわ!」
「……」
3世紀の中近東にチェイテ城があるわけない……のだが、それを言ったら目の前の屋敷もあるはずのないものだ。意地悪を言うことはあるまい。
「だって、今は―――ハロウィンなんだからね!」
「……ほえ?」
光己たちはまた戸惑ってしまった。確かカルデアでは1月9日だったはずだが、時間移動するのだから季節がずれるのはむしろ当然かも知れない。ハロウィンと考えれば、さっきの連中の頭部がカボチャだったのも頷けるし。
3世紀の中近東にハロウィンなんてなかったという根本的な問題に目をつぶるなら。
「ところでアタシ、どうしてこんな所で箒を動かしていたのかしら?」
「いやそれは魔法使いが来る前のシンデレラらしく、義母や義姉の意地悪でやらされてたんじゃないの?」
「そう、そうだったわね。それじゃお城目指して出発よ!」
そう言うとエリザベートは意気揚々と歩き出したが、光己は思うところあってそれを引き留めた。
「あ、ちょっと待って。このお屋敷って、エリザベートの他に誰か住んでるの?」
「へ? ううん、いないわよ。まったく、お母様もお姉様も重要な登場人物なのに気が利かないわよね。まあアタシを虐げたりしたら十倍返しの拷問だけど!」
「物騒なシンデレラだなあ……」
まあ魔法使いポジである自分には関係ないし、それより話を早く進めたい。そう考えた光己は深く追及せず本題に入った。
「誰もいないってことは、エリザベートが出てったらこの屋敷は空き家になるんだよな。なら役立ちそうなもの持って行った方がいいと思うんだ」
3世紀の中近東にないものがあるということは、特異点なり黒幕なりが舞台装置として作ったものだろう。なら中にあるものを頂いていっても倫理上の問題はないというか、特異点修正に使えるのならむしろ推奨されることであるはずだ。
「そう、俺のお宝センサーがこの屋敷にはいい物があると言っているのさ。
今回は特に欲しい物もあるしな」
「んー、まあいいんじゃない? 本来アタシの家なわけだし、地図があるかも知れないしね」
「ありがと、それじゃさっそく」
家主の許可を得た光己が翼や槍を引っ込めて屋敷に入ろうとすると、それを待っていたかのようなタイミングで今まで話に参加せず周囲の警戒をしていたジャンヌオルタが制止してきた。
「待った。向こうから誰か来るわよ」
「へ!? ……って、さっき撒いたカボチャ軍団じゃないか」
騎士と骸骨は10人くらいずつとかなり多い。しかもよく見ると、その奥に人間の女性らしき人影が2つある。
「ちょっと待って下さい、あれサーヴァントです!
今まで気づかなかったということは、ついさっき現界したばかりなんでしょうか」
そうなればルーラーの出番だ。人影はカボチャ兵に隠れていて視認しづらかったが、どうにか見えたので真名看破を行う。
「ええと。まず黒い仮面をかぶった女性はカーミラ、アサシンですね。宝具は『
エリザベートさんに似た感じの赤い髪の方は妖精騎士トリスタン、アーチャーです。宝具は『
「「な、何だってーーー!!」」
エリザベートとメリュジーヌの驚きの声が唱和する。まさかこんなところで知り合いに出くわすとは!
「つまりお母様とお姉様は、アタシがチェイテ城に行くのを邪魔して、ハロウィンを台無しにするつもりってわけね! ますますシンデレラっぽくなってきたわ!
そっちがそのつもりなら、こっちだって黙ってないわ。さあ、衝撃のデビュー・ライブぶちかますわよ子イヌ!」
「ちょっと待った! カーミラって人は知らないけど、トリスタンは私が説得するから!」
さて、お母様(仮)とお姉様(仮)の運命やいかに!?