バーヴァン・シーはこれからカルデアのマスターとサーヴァントたちに接触するわけだが、敵だった者に世話になるのだからおとなしくしてろというのは仕方のない話だ。もともと人間はそんなに嫌いじゃなかったし、特に汎人類史の人間には文明の作り手としては好意を抱いているくらいだから、取り立てて苦痛というほどではない。
特異点を修正してカルデア本部に帰るために探索や戦闘をするそうだが、それは嫌なら参加しなくていいそうだ。
と言われても1人だけサボるのはきまり悪いし、そのせいでヒヨワな人間の魔術師が流れ弾でぽっくり死ぬようなハメになったら大変だ。多少は手伝ってやろうと思ったのだが……。
「何こいつ、私より魔力強いじゃない」
近づいてちゃんと見てみると、モルガンには及ばないが氏族長クラスではないか。もしかして汎人類史の人間というのは妖精より強い生き物だったのか?
……いや妖精國に来た「異邦の魔術師」はこの男の100分の1の魔力も持っていなかった。やっぱりこの男が特別、というかこの魔力の質は!?
バーヴァン・シーがはじかれたようにメリュジーヌの顔を見やると、同僚は我が意を得たりとドヤ顔を披露してくれた。
「やっぱり気づいたね。そう、このマスターこそは世界にたった1人の僕の同族、
1人ぼっちじゃなくなったんだから、宝具の名前も変えようかなと思ってる最中でね。『
雪の降る静かな夜の街で2人きり、マスターが僕の手をとって、指輪をはめてくれるんだ」
「何言ってんだおまえ」
唐突にイミフなことを言ってのろけ始めた同僚に、バーヴァン・シーは冷めた目と口調でツッコミを入れた。ほんの数十秒前まで真面目にしていたのに、頭のネジでも抜けたのだろうか。
「それより早く紹介してくれよ」
「つれないなあ、まあ仕方ないか。
マスター、こちらが生前僕の同僚だった妖精騎士トリスタン、本名はバーヴァン・シーだよ。モルガン陛下の義娘でもある。
性格はちょっと……いやかなり問題あるけど、陛下にお会いするまではおとなしくしてもらうよう話をつけたし、その後は陛下がさとしてくれるはずだから大丈夫だと思う」
バーヴァン・シーは「かなり問題ある」と言われてちょっと鼻白んだが、良い娘だなんて紹介される方が困る身だから否定はしなかった。
「……バーヴァン・シーだ。お母様に会いたいからよろしく頼む」
「んー」
光己の方もびっくりしていたが、確かにこの少女はいわゆる不良の娘という感じがする。この娘単体だとかなり扱いにくそうだから難しいところだが、モルガンとメリュジーヌが面倒見てくれるなら仲間にしてもいいだろう。
「分かった。カルデアのマスターの藤宮光己だよ。こちらこそよろしく。
モルガンに会いたいってことは、ここでサーヴァント契約してカルデアに来るってことでいいの?」
「……うん、頼む」
バーヴァン・シーは女王である母を呼び捨てにされてちょっとカチンときたが、ここで怒るわけにはいかない。素直に頷いた。
こうして無事契約締結までいったので、次はサーヴァントたちも紹介してもらうわけだが……。
「ジャンヌ・ダルクと申します。よろしくお願いしますね」
「ジャンヌオルタと呼んでちょうだい。この白いのと名前は同じだけど赤の他人だから」
「もう、オルタってばいつまでツンデレしてるんですか」
「だから違うっての!」
「……」
ジャンヌ2人の間柄がよく分からないのはまあいいとして。
「分かってるとは思うけど~♪ アタシが貴女の義妹役にして大正義アイドル、エリザベート・シンデレラよ~♪
何か顔も似てるし~♪ これからは仲良し姉妹でいきましょうね~♪」
「アイドルとかはどうでもいいけど、話すか唄うかどっちかにしてくれねえかな」
義妹役の娘は頭のネジがどうというレベルじゃなかったので、入れたくもないツッコミを入れてしまった……。
ただこの義妹役、ガラスの靴のつま先にトゲをつけるというのは新しい発想だ。おそらく一般的なものではなく彼女独自のセンスで、そこだけは褒めてやってもいいと思う。
「……それで、次は何するんだ?」
バーヴァン・シーはエリザベートとあまり長話してると頭が痛くなりそうな気がしたので、自己紹介フェーズは早々に切り上げてマスター=引率役に次のフェーズに移るよう求めた。
まあ無理もない要求であろう……。
「うん、ちょうどこのお屋敷の家探しするところだったんだ。何か役に立つものがあるかも知れないと思って」
「んー、まあいいんじゃないか?」
バーヴァン・シーには特に代案はなかったので、そろって屋敷に入ることになった。
鉄の門扉を開けて敷地に入ると草地で花も咲いている庭になっていて、その中央には噴水まで設置されている。
噴水の真ん中に女性の彫像が置いてあって、彼女が手に持った水瓶から水が流れ落ちているという凝りようだ。
石畳の通路の先に立っている屋敷も相当な大きさである。
「おおぅ、これはすごいな。考えてみれば王城の舞踏会に行けるくらいだから、庶民じゃなくて貴族とか大商人の家柄なんだろうな」
「アタシほどじゃ~♪ ないけどね~♪」
「さすがにバートリー家と比べるのは酷じゃないかな」
そう考えると、家柄を自慢したり威張ったりすることがほとんどないエリザベートはかなりフランクな性格といえるかも知れない。
そして玄関を開けると土間になっていた。西洋の家屋は日本と違って靴を脱がずそのまま入るようになっているが、ここでは靴についた土や泥を落としたり傘の類を置いたりする場所として用意されているようだ。
その壁際に靴箱があるのを見つけたバーヴァン・シーの目が肉食獣めいた光を放つ。
「つまりこの中には昔の偉いさんが履いてた靴が入ってるってことか? やっべ、マジ宝箱じゃん」
バーヴァン・シーは汎人類史の文明、中でも靴が好きで生前も集めたり作ったりしていたくらいである。今本場のレア物を発見したとあって、ワックワクな顔で靴箱の引き戸を開く。
中には彼女が期待した通りのものがいくつも入っていた。昔のものだから品質面ではやや難があるが、代わりにベリルに聞いていたものとは違う感性でデザインされている。
その中でも目を引いたのは、金色のヒールと銀色のヒールの2足だ。手に取ってみると妙に重いし冷たい。
「こ、これもしかして本当に金と銀でつくられてるのか!? す、すっげぇ!!」
さすがは可能性の世界、驚くべき発想である。実用性はなさそうだが、芸術品としての価値は高い。どんな職人がこんな奇抜なものをつくったのだろうか。
この特異点に召喚された時は心底面倒に思ったが、母に会える上にこんなお宝まで手に入るとは何という幸運!
しかしそこにエリザベートがチャチャを入れてきた。
「待ちなさい! 他の靴はともかく、その2足はアタシのよ」
「な、何でだよ。おまえにはそのガラスの靴があるからいいじゃねえか」
「だってそれ、シンデレラ物語の別バージョンで、シンデレラが白い小鳥に貰うものだもの。なら当然アタシのものでしょ?」
「むぐぐ」
2人ともシンデレラやその義姉として現界するにあたって、シンデレラ物語についてはそれなりの知識をもらっていた。それによれば、確かにエリザベートの言う通りなのである。
バーヴァン・シーは言葉に詰まったが、靴コレクターとして簡単に諦めるわけにはいかない。
「た、確かにそうだけどそこはそれ! 妹のものは姉のもの、姉のものも姉のものという感じで」
「ジャイ〇ニズムはやめなさいよ!」
「わーわー!」
「ぎゃーぎゃー!」
「……」
バーヴァン・シーとエリザベートが靴を取り合って口論している光景は顔が似ているだけに本当の姉妹ゲンカのようで大変微笑ましかったが、放置して腕力でのケンカに発展したらまずい。光己は気は進まないながらも、マスターとして仲裁に入ることにした。
「まあまあ2人とも! その靴はサーヴァントが実際に履いて歩き回れるものじゃなさそうだし、飾っとくだけなら共有でいいんじゃないかな」
「うーん、子イヌがそう言うなら仕方ないわね」
「そうだな、おま……マスターがそう言うなら」
バーヴァン・シーもエリザベートも相手の言い分に屈するのは癪だったが、マスターという共通の権威者が自分の主張も酌んだ上での和解案を出してきたなら歩み寄るしかなかった。これで口論は終わったが、バーヴァン・シーにはまだ懸念が残っていた。
「でもこれどうやって持って行こうかな。家探しするなら袋の1つや2つはあるだろうけど、それ持って探索や戦闘は無理だしな」
こういう時は今までならマシュが携帯しているダ・ヴィンチ製収納袋に入れておけたのだが、今回は来ていない。しかし代わりに似た能力を持っている者がいた。
「じゃあカルデアに戻るまで俺が預かっておこうか? その金の靴と銀の靴以外はお宝認定できないけど、全部一括で袋に……いや靴箱自体を入れれば済むか」
「……? 何の話?」
バーヴァン・シーには光己の言うことが理解できなかったが、彼が論より証拠とばかりに空中に黒い波紋のようなものを出し、その中に手を突っ込むと思い切り目を丸くした。
「手、手が消えた!?」
不可思議にも、彼が手を突っ込んだ波紋の向こうには何もないのだ。一体これは何なのか!?
その答えは数秒後に明らかになった。光己が波紋の中?から戻した手には、さっきは持っていなかったはずの金塊が握られていたのだ。
「こんな感じで、お宝を謎空間に保管しておけるんだよ。俺がお宝と認定できたものだけだけどね」
「すげぇ、お母様のマスターやってるだけのことはあるな……」
「子イヌってばそんな魔法も使えたのね! さっすがー!」
バーヴァン・シーとエリザベートが感嘆の声をあげる。特にバーヴァン・シーにとっては、当初の「ヒヨワな人間の魔術師」から「自分より強そうなドラゴンのリッチな大魔術師」まで評価が上がる一方だった。
そしてさらに閃きが舞い降りる。
「そ、そうだ! そういうことなら靴! お宝な靴ってないかな」
「ちょ、ちょっと待ったバーヴァン・シー。マスターがどうとか以前に初対面なんだから、あまりわがまま言っちゃだめだよ」
「分かってるって。くれとまでは言わねえよ」
収集家として外せない要望を出してみるとメリュジーヌが口をはさんできたが、さすがにそこまで無理を言う気はない。現界した時に得た知識によると、汎人類史にはかつてドラゴンが数多くいて、彼らは金銀財宝やマジックアイテムを集める習性があったらしいから、そんな彼らのお眼鏡にかなった逸品を見てみたいというだけである。
「うん、見せるだけなら」
光己も初対面の娘にお宝をプレゼントするほど気前良くはないが、サーヴァント契約した相手なら見せるくらいは構わない。忘れないうちに靴箱を「蔵」に収納しておいてから、リクエストされたお宝な靴を取り出す。
「といってもお宝レベルの靴って、剣や槍よりずっと少ないんだよな」
光己が知っているのはオーディンの子のヴィーザルがフェンリルを倒す時に使った硬い靴、伝令の神ヘルメスが持っている
「うん、今出せるのはこんなところかな」
そう言いながら光己がこれらを出して見せると、バーヴァン・シーは子供のように目を輝かせた。
「うっわぁ、すごい! 靴自体も光沢があって綺麗だけど、アッパーやヒールに宝石がついてるなんて贅沢ぅ! いやこっちの黒地に小さい宝石いっぱい付けて夜空みたいにしてるやつの方が手間かかっててすごいかな? うーん、これがリッチなドラゴンのお宝ってやつなのね」
バーヴァン・シーは宝石付きヒールについては手に持ってぴょんぴょん飛び跳ねるほどに高評価だったが、ウィングドブーツには辛口だった。
「でもこっちはただの毛皮のブーツよね。デザインももっさりしててつまんないし。鳥の羽がついてるけど、まさかこれで飛べますよーとか言うつもり?」
「うん、そうだよ。本当に飛べる」
「デジマ」
バーヴァン・シーは驚倒した。まさか靴で空を飛ぼうなんて酔狂な者がいるとは。
これが汎人類史の本気というものなのか!
「といっても靴自体にしか推進力がないから、空中でバランスとって思い通りに飛ぶのはかなり難しいんだけどね。
上手くなる前に転倒からの墜落で頭打って死ぬのがオチの欠陥、いや未完成品ってところかな」
だから自力で飛べる光己にとっては無用の長物なのだが、飛べないバーヴァン・シーにとっては超魅惑的なアイテムである。
「履きたい! ねえねえ、少しでいいから貸してくれよ。少しでいいからさ」
「へ!? うーん、サーヴァントでも硬い床に頭打ったら痛いだろうしなあ」
「それは自分のせいだから文句言わねえよ。ちょっとでいいからー!」
「むー」
服を引っ張っておねだりされても光己はすぐには首を縦に振れなかったが、そこにメリュジーヌが仲裁に入った。
「マスター、墜落しそうになったら僕が抱えるから大丈夫だよ。これから家探しもするんだし、あんまり長時間はやらせないから」
「んー、それならいいか」
ということで光己がウィングドブーツを床に置くと、バーヴァン・シーは今まで履いていたヒールを脱いでそちらに足を入れた。
サイズはちょうどぴったりだが、これはたまたまそうなのではなく、履く人の足の大きさに合わせて靴の内側が膨らんだりへこんだりして調整してくれているようだ。
「これも新しい発想だな……で、どうやったら飛べるんだ?」
「念と魔力を送るとその強さに応じた速さで靴が持ち上がるんだ。ただし一般人仕様だから、くれぐれもそーっとね。
サーヴァントがマジでやったら多分弾丸めいてカッ飛ぶ」
「それはそれで面白そうだけど、ここじゃ無理だなあ」
説明を聞き終えたバーヴァン・シーはそれに従って、まずは注意深く針穴に糸を通すように細かく念を送っていくと、やがて足の裏が下から押されるのを感じた。
「おおっ!?」
どうやら光己の言ったことは正しかったようだ。
しかしここではしゃいではいけない。冷静に、慎重に念と魔力を強めていくと、ついにバーヴァン・シーの体はゆっくりと宙に浮き上がった。
「やった……!」
ただこのままだと上昇しっ放しであり、停止するには微妙に出力を下げる必要があるようだ。上がったり落っこちたりと試行錯誤の末、バーヴァン・シーはどうにか空中で静止することができた。
あとは地面の上を歩くのと同じように足を動かせば前に進めるし、足裏の角度を調整すれば立ったまま進むこともできそうである。
とはいえこの精細な精神集中を維持するのは骨が折れることで、「空中でバランスとって思い通りに飛ぶのはかなり難しい」というのも事実のようだ。
「おお、空中で止まってる……こんな早くそこまでいくとは、シュミにかける情熱ってすごいんだなあ」
「さすがは~♪ お姉様ね~♪」
「誰がお姉様だ!」
まあそれは相応のコストというか、練習すれば楽になるはずだから良かったが、義妹役のボケについツッコミを入れたせいで出力が乱れてしまった。氷の上を歩いていて足が滑った時のように、脚が前に上がり身体が後ろに倒れこむ。
「きゃっ!?」
「おっと!」
幸い予告通りメリュジーヌが空中で抱き留めてくれたので、床に頭を打たずに済んだけれど。
「大丈夫かい?」
「ああ、ありがと。でもそこの駄妹役、精神集中してる時に変なこと言うんじゃねえ!」
「何ですって? 褒めたんだから喜びなさいよ!」
「わーわー!」
「ぎゃーぎゃー!」
「……」
バーヴァン・シーとエリザベートがまた口ゲンカを始めたが、光己は2度も仲裁するのは面倒なのでぼーっと見物していた。
とりあえず今回は、バーヴァン・シーはスカートが前面と背面はかなり短いので転倒した拍子にパンツ、細かく描写するなら布面積少なめの純白紐パンがばっちり見えたので貸し賃は回収できたというところか。
「ところでマスター。今気がついたのですが、これだけ大きい屋敷ですと家探しは相当時間かかりそうですから、先に西の砂漠にいるサーヴァントに会いに行っておきませんか」
するとその辺とはまったく無関係に、ジャンヌが次の行動について意見を述べてきた。
なるほど彼、あるいは彼女が味方になってくれる人なら、夜中に砂漠を彷徨わせておくのは申し訳ない。仲間にしてここに連れて来る方がいいだろう。空を飛んでいけば大した時間はかからないし。
敵対的な者だったとしてもそれはそれで、戦う時期が変わるだけだから無駄足にはならない。
「そうだな、家は逃げないんだからそうしようか。
それじゃ2人とも、そろそろケンカやめて。ジャンヌが見つけたサーヴァントに会いに行くから」
「へ!? あ、ああ。分かった」
「そうなの? まあアタシはどっちでもいいけど」
というわけで、一行は家探しの前に人探しに行くことにしたのだった。
本格的に探索に入る前に、トリ子とのコミュを入れてみました。エリちゃんとはケンカするほど仲がいい義姉妹に……なれるといいなぁ(ぉ