砂漠というのは寒暑の差が激しい所で、昼間はとても暑いが夜は氷点下にまで寒くなることもあるという。またその厳しい環境にもかかわらず意外といろんな生物がいて、有名なサソリなどは刺されると人間でも死亡してしまう猛毒の種類もいる。
まあサーヴァントは暑さ寒さは感じるが熱中症や風邪にはならないし、通常の生物の毒くらいは平気だが、マスターは大丈夫だろうか?
「うん、礼装があるから大丈夫だよ。いや空飛んで行くんだったな。
ただクレーンに発注した変身しても破れない礼装はまだできていない。ロンドンに行く時までには完成する予定だが、今はこれまで通り事前に脱がねばならなかった。
「何、服を着たまま変身すると破れちゃうの? 面倒ねえ」
「マスターってのも大変なんだなあ……」
光己がその辺の事情をエリザベートとバーヴァン・シーに話すと、2人は人間がドラゴンに変身するというファンタジーな現象に驚きつつも、その不便さには同情してくれた。
実際サーヴァントが宝具で変身する場合にはそんな不都合はなく、着たまま変身して服がなくなったように見えても、元の姿に戻ると服も元通りになっているのが普通なので。
「じゃ、みんな向こう見ててね」
みんなに向こうを向いてもらってから、服を脱いで「蔵」に入れた上で竜の姿に変身する。なおその際に周囲の魔力を吸収せずに済むようになったので、彼女たちに迷惑をかけることはない。
「うわ、でっかいわねえ。しかも服っていうか、革のバンドにメタルなパーツまで付けてるなんてやるじゃない」
「それにすごいパワーだな」
魔力の強さや密度は人間の姿の時と変わらない。つまり総魔力量はどうなっているのか……計算したら怖いことになりそうなので、バーヴァン・シーは考えるのをやめた。
「それでマスター、寒くないですか?」
「うん、平気。気温が低いのは感じるけどね」
ジャンヌが心配して訊ねてくれたので、光己はそう答えて安心してもらった。
考えてみればアルビオンが地球誕生の頃から存在していたのであれば、
「で、どこに乗ればいいの?」
次はジャンヌオルタがそんなことを聞いてきた。
そういえばハーネスや強化ワイヤーは財宝認定できなかったので持って来ていない。といって単に背中に座るだけでは風で落っこちそうだし、どうしたものだろうか。
「そうだな、翼の縁にでも捕まって伏せてればいいんじゃないかな? ロンドンの時までにはダ・ヴィンチちゃんに何かつくってもらうから」
「んー、それしかなさそうね」
こうして5人がドラゴンの背中に乗り込むと、慣性制御により羽ばたく必要もなく巨体がふわりと浮き上がる。初見のエリザベートとバーヴァン・シーは驚くばかりであった。
「すごいわねえ。これもドラゴンの魔力ってやつかしら」
「昔はこんなのがいっぱいいたって、汎人類史もたいがいハードな環境だったんだな」
まあ光己は数多いる竜種の中でもいろんな意味で超レアなのだがそれはさておき。今夜は風が強くて砂嵐がひどかったが、慣性制御飛行で突っ切る分にはたいした支障はない。
ジャンヌのナビに従ってターゲットに接近していくと、夜目が利く光己は地上で女性らしき人影が歩いているのを発見できた。
「あれだな。もう少し近づいてから着地しようか」
「そうですね。気をつけて下さ……い!?」
ジャンヌがそう言い終えるのとほぼ同時に、地表で金色の光がきらめくのが見えた。
そこから同じ色の、無数の光の矢が飛んでくる。
「こ、この派手な攻撃は宝具か!?」
光己は急加速すれば避けられなくはなかったが、そうするとジャンヌたちが反動で振り落とされてしまう。やむを得ず、頭と胸だけは翼でかばいつつ飛来する矢をそのまま受けることにする。
「―――っと、今回は平気だったな」
しかし身体に当たった矢はまったく痛くもかゆくもなく、掠り傷ひとつ負わなかった。戦国時代で「
「……話し合いに来たマスターにいきなり宝具をぶつけるなんて、邪悪の権化とかそういうやつだよね。滅殺してくるからここで待ってて」
「待った待った! これはこっちにも落ち度あるやつだから!」
するとメリュジーヌが据わった眼で矢の発射元を睨みながら飛んで行こうとしたので、光己は慌てて制止した。考えてみれば見知らぬ巨大なドラゴンが予告もなく接近してきたら、先制攻撃したくなるのもやむを得ない。
「むうー。それはまあ私たちは最強の竜だから恐れられるのは仕方ないけど、ちょっと甘いんじゃないかなあ」
「怒ってくれるのは嬉しいけど、今回はケガしなかったから」
「仕方ないなあ。マスターがそこまで言うなら、今回はおとなしくするよ」
「うん、ありがと」
光己としても殴り返したい気持ちはあるが、今は探索を始めたばかりだし戦力と情報が欲しい。今回はこちらにも非があるので飲み込んだのだ。
とはいえ忍耐や寛容にも限度はあるが、地上のサーヴァントは宝具がまったく効かなかったことで戦意を喪失したのか、攻撃はしてこなかった。
もう少し近づいて光己が着陸すると、まずはいつも通りジャンヌが真名看破を行う。
「真名、ゼノビア。アーチャーです。宝具は『
ジャンヌは仕事はちゃんとやったが、その最後の方で顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げた。
ゼノビアは22、3歳くらいの褐色の肌の長身でやや筋肉質な女性……なのはいいが、着ている白いドレスとおぼしき服が肩から腿にかけてほとんど消失しているのだ。布面積とても少なめの黒い下着、あと黒いドレスグローブとタイツを着てはいるが、それ以外は肩から太腿まで素肌丸出しだなんて露出が多すぎるにも程がある!
金製と思われる立派なティアラと首飾りを付けているところから見て上流階級のようだが、これも金色の鎖が首や手足についているから囚われの王族とかそういう立場なのかも知れない。服装が破廉恥なわりに風格を感じるし。
「うん、情けは人の為ならずとはこのことだな!」
一方光己はたいそう喜んでいた。またしてもこんな美人でサービスがいいサーヴァントに出会えるとは!
両手に剣と槍を持っているし、かなり鍛えてそうで腹筋も少し割れてるから相当な武闘派ぽいが、それを補って余りある美貌とスタイルの良さ、特におっぱいが大きい!
「あ、そういえばゼノビアってこの時代の女王だったっけ」
今回は予習する時間を取れなかったが、ゼノビアはそれなりに知名度が高いので光己は彼女の名前を知っていた。確かローマ帝国に負けて虜囚になっていたが、鎖を付けているのはそのせいだろう。フランスでのジャンヌと同じご当地枠だろうからこの特異点についての知識も持ってそうだし、ぜひとも味方にせねばなるまい(建前)。
「よし、ここは俺に任せろ。我が三寸不爛の舌をもって、みごと口説き落してみせよう」
「助平心が仇になって振られる未来しか見えませんので、私が行ってきますね」
「……」
せっかくやる気を出したのに敬愛するお姉ちゃんに即ダメ出しされて光己はいたくヘコんだが、誰もフォローしてくれないので引っ込んでいるしかなかった。哀しみ。
「じゃあアタシも行くわ! アイドルが行けば勧誘成功率大幅アップよ!」
(そうかあ……?)
エリザベートがジャンヌと一緒にドラゴンの背中を駆け下り出したのを見て光己とバーヴァン・シーはまったく同じことを思ったが、かたや今ダメ出しされたばかりであり、かたや異聞帯出身の上新入りでまだ状況をよく理解していないと自覚しているので口には出さずにいた。
一方ゼノビアは巨大な竜が(彼女視点では)突然襲いかかってきたので自衛のために射撃したがまったく効かなかったので進退に窮していたが、なぜか竜は反撃して来ず、代わりに少女が2人その背中から駆け下りてきたのでびっくりした。
「竜が人を乗せていたのか? いや2人ともサーヴァントのようだな。するとドラゴンライダーというやつか?」
どうやら人喰いドラゴンに襲われたのではなかったようでゼノビアはほっとしたが、そうなると自分は敵意のないサーヴァントに攻撃してしまったことになる。まずは謝罪をせねばなるまい。
「済まない、野生の竜に襲われたと勘違いして射ってしまった。この通りだ」
ゼノビアがそう言って深く頭を下げると、少女2人は鷹揚に許してくれた。
「いえいえ。こちらも不注意でしたし、マスターも怒ってはいませんので気にしないで下さい」
「感謝する……っと、そのマスターはどこに? ああまだ竜の上に残っているのか」
ゼノビアはマスターにも詫びておくべきだと思ったのだが、いきなり宝具をぶつけてきたサーヴァントの前にほいほい姿を見せる方が不用心で浅慮である。この場は目の前の少女に言付けしておくしかなさそうだが、その少女は何かとんでもないことを言ってきた。
「いえ、この竜がマスターなんです」
「え!?」
ゼノビアは背筋がゾッと冷えるのを感じた。
それはつまり竜がサーヴァントを複数使役しているということで、ドラゴンライダーよりずっと危険な存在である。何が目当てで我が国に侵入してきたのか!?
ゼノビアが恐怖がこもった目で竜の顔を見上げる。それに気づいた光己は、とりあえず自己紹介しておくことにした。
「ドーモ、はじめまして。カルデ……いや大奥王の藤宮光己です」
「な、なんだ……と……!?」
第一印象が大事と判断した光己は母国に古くから伝わる奥ゆかしいアイサツをしたのだが、なぜかゼノビアは凍りついたような顔になって返礼をしてくれなかった。
これは光己が(相手が王様なら、こっちも王を名乗っておくか)と軽い気持ちで言ったのに対して、ゼノビアがそれを(人語を話しサーヴァントを使役するほど知能が高い竜が国家を形成して、しかも王自ら攻めてきたというのか!?)と誤解したからである。
その辺庶民出身の光己には想像がつかなかったが、竜で国を滅ぼそうとしたことがあるジャンヌオルタには理解できた。
「マスター、大奥王なんて言うから『ドラゴンの王が攻めてきた』って勘違いされたのよ」
「あ、ああ、そういうことか」
他国に攻め滅ぼされた国の王なら、そうしたことに敏感なのは当然だ。光己は真意を話しておくことにした。
「あー、俺たちは侵略や征服をするつもりはないですよ。この特異点を修正しに来ただけで、それが済んだら帰りますから」
なおカルデア本部にはブリテン島を征服するつもりの者が1人いるのだが、彼女は中近東に関心はないから大丈夫だろう……。
「そ、そうか。ならいいんだ」
竜が本当のことを言っているという証拠はないが、嘘をついている証拠もない。むしろ先に殴ったのに殴り返して来なかったのだから穏健派なわけで、ゼノビアはいったん信じておくことにした。
「ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな。私はゼノビア、生前はこの辺りを支配していたパルミラ帝国の王だった者だ」
合わせて自己紹介もすると、少女2人も名乗ってくれた。
「ジャンヌ・ダルクと申します。よろしくお願いしますね」
「ららら~、アタシは、スーパーミュージカルアイドル~♪ エリザベート・シンデレラ~~♪
そう~♪ この特異点の~♪ 主役~なのよ~♪」
「……エリザベート、だと!?」
エリザベートが今回も節をつけながら自己紹介すると、ゼノビアは無駄に時間を喰ったことにイラついた……のではなく、エリザベートが何かやらかしたと思っているらしく急に柳眉を逆立てた。
「おのれ、やはりおまえたちがこの事態の元凶だったのか!」
「なになに!? ホントに知らないんだけどアタシ!」
「それで誤魔化せるとでも思っているのか!」
「ま、まあまあ落ち着いて下さい! 私たちもエリザベートさんとはついさっき出会ったばかりですが、まずはその『この事態の元凶』について話してくれませんか」
しかしジャンヌが割って入ると、聖女的オーラ漂いまくりの彼女に対してはゼノビアも悪党とは思わなかったらしくいったん怒気を静めた。
「……そうだな、確かにそれが先か。
ともかくこの砂漠……麗しきパルミラ帝国の異常は、私が正さねばならない。なんとしても。
そのために召喚されたのだろうからな」
「その異常とは?」
「ああ。まずこの砂漠は私が覚えているものとは何か
それに国土の半分は、奇妙な森になっているとも聞く」
「メルヘンな城、ですか」
もしかしてそれがエリザベートが言う「チェイテシンデレラ城」なのかも知れないとジャンヌは思ったが、今はまだ伏せておいた。
「とはいえもちろん、ここは間違いなく私の国パルミラだ。それは感覚的に理解できている」
「つまり『元凶』によって国土が歪められている、というわけですか」
「そうだ。歪んでいるなら正さなくてはならない。何者かに襲われているなら守らねばならない。
具体的に言うと! あの邪悪な城を! 完膚なきまでに叩き壊す!」
それはゼノビアにとっては当然の主張だったが、納得できない者もいた。
言わずと知れたエリザベートである。
「そこまでする必要は~♪ ないんじゃないかしら~♪」
「私の領地、私の国に、あのような悪趣味かつメルヘンな城を置き続ける訳にはいかない。
有効射程距離に入り次第、バリスタで跡形もなく吹き飛ばしてやる……!」
どうやらゼノビアのメイン武器はアーチャーらしく
なお光己が問答に参加せず沈黙しているのは、お姉ちゃんの言いつけを忠実に守っているというのではなく、ゼノビアの肢体を見ることに専念しているからだけである。不自然に凝視していると思われない程度に眼福を享受しているのだった。
「せめて穏便に引っ越しという訳にはいかないかしら? あれ、一応アタシのお城!」
「人の土地に勝手に上がり込んできた以上、敵対したと認識しても仕方なかろう」
「まあまあ2人とも! 特異点が修正されれば無かったことになる、つまり城は勝手に元の場所に戻るか、本来存在しなかったものなら消滅しますから破壊も引っ越しもする必要はないと思いますよ」
ジャンヌがそう言ってまた仲裁すると、特異点修正については詳しくないゼノビアはいったん矛を収めた。
「そういうものなのか?
……まあ、今はジャンヌの顔を立てておこう。しかし私は民を守るため、慈しむためならば一切の妥協をせず、叩き潰す。
かつて愚かなローマの皇帝から民と国を守ったのと同じようにな」
「―――」
ゼノビアの言いようは苛烈なものではあったが、民と国を守ろうとする姿勢はジャンヌにとって好ましいものだった。
なお光己は(確かゼノビアって自分からローマにケンカ売って、しかも負けたんだから「愚か」と評するのはちょっと……)なんてことを思ったりしたが、ゼノビアはなかなかに迫力があるので無益なツッコミを入れるのはやめておいた。
「そういうことでしたら、私たちと一緒に来ませんか? 1人でいるよりは有利だと思いますよ」
「そうだな。協力して事態の解決にあたろうではないか」
ゼノビアとしては竜とそのサーヴァントが味方になるのは大変に心強いし、彼らが本当にパルミラ帝国に侵攻しないか見張っていられるというメリットもある。素直に頷いて、カルデア一行に加入した。
「しかしおまえたち、こんな夜中にどうやって私を発見したんだ? 竜というのはそれほど感覚が鋭いものなのか?」
「いえ、私はルーラーですので近くにいるサーヴァントの存在を探知できるのです。貴女が1人で砂漠をさまよっていたようなので、放置しておくよりは接触してみようということになりまして」
「ルーラー……現界した時に得た知識にはあるが、本当に存在したとはな」
「はい。ところで私たちはここから東にある屋敷から来たのですが、砂嵐が吹く中で長話するのも何ですし、いったんそこに来ませんか? 私たちもそこでやり残したことがありますので」
「ふむ、特に支障はないな。ついて行こう」
「ありがとうございます」
こうして、ゼノビアは竜の背中に乗るという人生初の体験をしながらシンデレラ屋敷を訪れることになったのだった。