カルデア一行がシンデレラ屋敷にたどり着くと、ゼノビアはまた訝しげな顔をした。
「あれがおまえたちが言っていた屋敷か? ううむ、見たこともない建築様式だな」
「アタシの生前の頃だとすると~♪ 今より千年以上未来の外国のものだし~♪ シンデレラ物語が書かれた頃だと~♪ もっと未来に~なるわね~♪」
「おまえは唄わずに普通に話せないのか?
……しかしそうなるとあの屋敷も元凶が用意したものなのか? 何のために?」
ゼノビアには事情がさっぱり分からない。城を叩き壊せば済むと思っていたが、そんな単純な問題ではないのだろうか。「奇妙な森」の件もあるし。
「それで、おまえたちはあの屋敷に何用が?」
「家探し~するん~だって~♪ 何か~役に立つ~ものが~あるかも~知れないから~♪」
「なるほど、元凶の手掛かりが残っている可能性はあるな。安全が確認できたなら、拠点としても使えるし」
ゼノビアはパルミラ帝国の民と国を愛しているが、この屋敷は「人の土地に勝手に上がり込んできた」ものなので家探しに反対はしなかった。
「……ん? するとその間、この竜は外で留守番なのか?」
「子イヌはいつでも人の姿に戻れるそうだから~♪ 一緒に入るんじゃないかしら~♪」
「そんな芸当までできるのか……いや待て。『戻れる』ということは、人間が竜に変身していたということか?」
ゼノビアは家探しの間ドラゴンが1人寂しく外で待機になるのを気の毒に思ったのだが、どうやらそういう問題ではないらしい。ドラゴンがサーヴァントを使役しているのではなく、竜に変身できる人間の魔術師がサーヴァント召喚もできる、ということなのだろうか。
「そうですね。もともとマスターは魔術師ですらない、普通の人間でしたから」
「本当か!? うーむ、それが事実ならよほどの素質があったか、過酷な修練をしたのだろうな」
エリザベートの代わりにジャンヌが答えてくれたのを聞いてゼノビアはそんなことを思ったが、ある意味事実である。
「……ん? するとさっきこの竜、いや藤宮が大奥王と言っていたのは何なんだ?
どこかの国の王が変身の魔術の修業をしたということか?」
「それはマスターが趣味で自称してるだけで、領土はないし国民も……まだ1桁だよ。
正しい称号は『未来のブリテン王配』だね」
「ちょ、それはまだ決めてないって」
「何なんだ一体……」
何かぐだぐだして面倒になってきたので、ゼノビアはこの件について深く考えるのをやめた。
ジャンヌが言った通り、着陸してサーヴァントが背中から降りると光己は人間の姿になった。ゼノビアの感覚では、若くして竜に変身する大魔術を習得した達人とは思えないほど一般人的なアトモスフィアの少年だったが、それを口にするのはやめておいた。
「ようやく中に入れるな。着いて早々にいろいろあったし、まずはお茶でも飲んで一服しながらゼノビアさんの話聞くか」
光己は今回のレイシフトの前に「蔵」に水や食糧を入れておいたので、人理のために苦楽をともにしてくれる
(しかしゼノビアさんのこの格好はどういう意味があるんだろうなあ)
とりあえずリビングらしき部屋に入ると、光己はお茶の用意をしつつ、ゼノビアの顔やカラダをチラ見しながらそんなことを考えていた。
一般的にサーヴァントは全盛期の姿で現界するといわれる。なのに虜囚の時の姿で現れたのは、もしかして露出や緊縛が好きな変態さんなのか!? もしそうなら遠慮なく凝視してあげるのだが、さすがにこの解釈は間違ってそうだ。
(直接聞くわけにもいかんしなー)
初対面の男性が訊ねるにはセンシティブ過ぎる話柄である。ある程度仲良くなるまでは、無難にいく方が良さそうだ。スタイルがいい美人さんが下着姿を見せてくれているだけでも大変結構なことなのだし。
もっとも女性のジャンヌたちでも聞きづらいことではあるし、当のゼノビアも自分から吹聴したいわけでもないので、今は棚上げという形になっていた。
「……これは未来の異国の飲み物か? ちょっと苦いが、気分が落ち着くな」
「俺の母国の裏世界の老舗の旅館で購入したものです。表世界じゃどこ探しても見つからない逸品ですよ」
「ほう、そんな珍しいものか。なら心して頂かねばな」
ゼノビアは日本の高級茶に好感を持ったようだ。一方バーヴァン・シーは「どこ探しても見つからない」と聞いてぴたっと手を止めた。
「そ、そんなレア物なのか? なら私が飲むよりお母様にお土産にしないと」
「カルデアの食堂にもうたくさんあるから、その心配はしなくていいよ」
「あ、そっか。むしろここにしかない物を探した方がいいんだな」
「うん、ただマスターも探し物してるからそっちが優先だけどね」
バーヴァン・シーの親孝行ぶりにメリュジーヌは以前ならちょっと羨望を抱いたところだが、今は自分にも家族がいるので外面も内面もいたって穏やかなものだった。
「……では先ほどの続きを話すとするか。
城の位置は
まず1つめ、この砂漠はある特定のルートをたどらなければひどい砂嵐で進めない。
2つめ、砂嵐を越えても、先ほども話した東西に長い山脈、高い岩山がある。これを越えるにはかなりの労苦を伴うだろう。
しかし幸い、山の中腹に洞窟がある。岩戸に閉ざされていたから私もまだ入ってはいないが、隙間に空気の流れを感じたから山向こうまで続いているはずだ。もし岩戸を開けることができれば、城への道は拓けよう。
そして3つめ……まあ、これは我らにとっては大した障害ではないだろうな。風の便りで聞く限り、このあたりには多くの盗賊たちがいるらしい。出会ってしまえば邪魔をされるかも……というところだ」
ゼノビアはここまで一気に話したが、ふと重大なポイントに気がついた。
「…………いや、竜の背に乗って飛んでいくなら全部無視できるのか?」
王としては国内に盗賊がはびこっているのは看過できないが、枝葉にかかずらうより根幹を枯らす方が先決だ。空を飛んで山越えするのが時間も手間も省けて良いと思う。
「ほむ」
光己は彼女が言う「風の便り」が具体的にどこから来たのか、またこんな砂嵐がひどい砂漠で盗賊がどこを襲っているのか気になったが、おそらく近辺にオアシスの街でもあるのだろう。しかしゼノビアは手掛かりとして重視していないようだから、すでに探索済みでこれから訪問しても意味はないということか。
―――だが情報はなくても物品はあるかも知れない。たとえば聖晶石を売っているとか。
光己がその辺のことを訊ねてみると、ゼノビアは小さく首をかしげた。
「ふむ。確かに街はあったが……買い物をするのはいいが、金は持っているのだろうな?」
パルミラ帝国にも貨幣はあったし、ゼノビアは新しい通貨を発行してもいる。光己たちは異国どころか未来からの客人のようだが、それをちゃんと持っているのか?
すると光己はフフンとドヤ顔で笑みを浮かべた。
「そりゃもちろん。いや
そう言いながら、「蔵」から砂金を無造作に手づかみで出して見せる。何しろ「解呪済みの
「ふむ、確かにそれがあれば好きなだけ買い物できるか……」
ゼノビアが納得すると、今度はバーヴァン・シーがまたおねだりしてきた。
「なあなあ、それで買い物するんだったら私にも少し分けてくれないか?
お母様にお土産買っていきたいんだ。その分仕事は余計にやるからさ」
「ほむ」
何という孝行娘ぶりだろうか。光己はいたく感銘を受けた。
「そういうことならもちろんOKだよ。でも無茶してケガしたら逆に怒られるだろうから、ほどほどにね」
「え!? あ、ああ、ありがと……」
予想外の回答にバーヴァン・シーはびっくりしてどもってしまった。何というか、汎人類史のマスターは誰も彼も意外性というものがある。
「―――さて。それじゃみんな湯呑みがカラになったみたいだし、そろそろお楽しみの家探しといこうか!」
「楽しみにしてるのは~♪ 子イヌだけだと思うけど~♪」
「何故!?」
かの
「まあいいや。それじゃ万が一に備えて、チーム分けはしないで皆そろって探索しよう」
「子イヌって~結構用心深いわよね~♪」
こうして家探しを始める光己たち。今いるリビングの他にも、当主の部屋、夫人の部屋、娘の部屋、大広間、厨房、浴室、倉庫等たくさんの部屋があり、その1つ1つの机の引き出しやらタンスの中やらを調べて回るわけだからかなり時間がかかる。
まあオアシスの街で買い物するのは明日だからどのみち今夜はこの屋敷に泊まるので、多少時間を喰っても支障はないが。
そして長き探索の結果、一行はいろいろとお宝を手に入れてリビングに戻っていた。
「結局罠はなかったな。まあゲームじゃないんだから
「シンデレラの家に~♪ そんなものあるわけないでしょう~♪」
それはともかく発見したのは、まずパルミラ帝国のものではないが金貨や銀貨がたくさんと、当主の所持品であろう立派な剣と甲冑、夫人のものらしき高価そうな装飾品や宝石の類、紫色の毛玉を紐でつないだ衣類らしきモノ、これも衣類と思われるコウモリの翼がついた布、そして聖晶石が1個である。
地図は残念ながらなかったが、ゼノビア情報があるから問題あるまい。
「ふっふふ、やはり俺のセンサーは確かだったな。さっそく石を見つけてしまうとは」
「あと1個ね。街にあればいいんだけど。
ところでこの剣と鎧と変な服みたいなの、けっこう強めの魔術がかかってるわよ」
光己が悦に入っていると、ジャンヌオルタがそんなことを言ってきた。
どうやら当主は単なる貴族や商人ではなく、魔術の品にも手を広げていたようだ。「魔法使い」が来たのもその縁かも知れない。
「服はいわゆるコスプレ用のやつだよ。俺の見立てでは、毛玉のはマシュに、翼付きなのはアイリスフィールさんにピッタリだな。絶対着てもらおう。
性能とかはカルデアに帰ってから、ダ・ヴィンチちゃんかⅡ世さんに鑑定してもらえばいいだろ。
後はごはん食べてお風呂……は無理か。濡れタオルで体拭いて寝るだけだな」
「蔵」に入れる食糧は長期保存できて調理不要のものを選んだので、缶詰や瓶詰の他、燻製や干物やドライフルーツ、あとはいわゆる栄養調整食品などである。
カルデアの食堂で紅閻魔がつくる料理と比べると味気ないのは否めないが、特異点でちゃんとしたものを食べられるだけでも御の字と考えるべきだろう。
「……しかしもう夜中なのに全然眠くならないな。出発したのが午前中で着いたら夜だったから当然なんだけど。
でも明日からは本格的に探索だから、せめてベッドで横になっとくか」
レイシフト初日の季節差や時差にはまだ慣れないが、嘆いても仕方がない。光己がそろそろお休みしようと当主の部屋に向かうと、メリュジーヌが当然のようについてきた。
「いくら竜が強くても1人はよくないからね。夜通し護衛するよ! 一緒のベッドで」
それは護衛になるのかと光己は一瞬思ったが、せっかくの好意なので甘えることにした。
「そっか、じゃあお願いしようかな」
「やったあ」
するとメリュジーヌは嬉しそうに微笑みながら腕を組んできた。
「ところで私たちは世界で2人きりの同族なのに、呼び方が他の人たちと同じなのはつまらなくない? 私たちだけの特別な呼び方が欲しいなあ」
「ほむ」
そういえばこの少女は普段は王子様か騎士のように振る舞っているが、実はかなり寂しがりで甘えん坊なのだった。ここはマスターいや同族として応えてあげるべきだろう。
「そうだなあ。あまりひねっても何だし、メリュ、って略するだけでも親しげな感じになると思うけど」
「わー、それいいなあ! じゃあ私は、えーと、お兄ちゃんって呼んでいい?」
「んー、いいよ」
「わーい、『お兄ちゃん』ありがと!」
呼び方を変えると気分も変わったらしく、メリュジーヌは今まで以上にべったり光己に貼りついてきた。
「んー、メリュは甘えんぼだなあ」
それはまあいいのだが、光己がベッドに入ってもメリュジーヌは予告した通りついてきた。
「ほんとに一緒のベッドで寝る気?」
「竜は2日や3日寝なくても平気だよ。それよりせっかく2人きりなんだから、徹夜でいちゃいちゃしたいな」
「俺は寝たいんだけど……」
「だめ」
「ちょ!?」
呼び方の上でも妹になったメリュジーヌは、己の欲求にさらに素直になったようだった。
…………。
……。
翌朝。光己はちょっと疲れた様子なのにメリュジーヌは心身ともにすこぶる充実した感じで幸せそうだったり、メリュジーヌが光己を「お兄ちゃん」と呼ぶのを聞いたジャンヌが微妙な表情をしたりしていたがそれはさておき。一同は朝食を終えると、予定通り西のオアシスに向かった。
そこは砂漠の街らしく、砂を固めてつくったような建物が並んでいる。緑の草木もそれなりに生えていた。広さ的に見て数千人くらいの規模であろうか。
ただ街を囲む外壁の上に、いかにも急造っぽい木製の柵や
「昨日話した盗賊への対策だな。私がいるから普通に入れるはずだ。
ただ竜が間近まで近づいたらパニックになりかねんから、少し遠めの場所で人間の姿に戻ってくれ」
「分かりました。ところでお姉ちゃん、あの街にサーヴァントはいる?」
「いえ、今はいないようです」
「よかった、それじゃそろそろ着陸するか」
さて、砂漠の街では何が起こるのであろうか……?