翌日カルデア一行は予定通りリヨン目指して出立したが、夕方頃になって泊まる所を探していると、前方にワイバーンの群れを見かけた。
偶然なのか発見されているのか、彼らはこちらに向かっているようだ。数は10頭ほど、今なら接触を避けることもできるが……。
「でもワイバーンってことは、竜の魔女の手下の可能性高いよな。これから人里襲うのかも知れないし、倒しておいた方がいいか」
「そうですね、では態勢を整えましょう」
空を飛んでいたヒルドとオルトリンデとヒポグリフが地上に降りて、光己とマシュとアストルフォとエリザベートも降りる。光己はマシュの後ろに下がって、ブラダマンテとアストルフォとジャンヌとエリザベートが前衛に立ち、ヒルドと段蔵と清姫がその後ろから援護する。オルトリンデはマスターの背後を守るという布陣だ。
ワイバーンの方は相変わらずこちらに接近中である。
「でもワイバーンだけなのかな? 誰か引率がいるんじゃないかって思うけど」
ワイバーンは人間しか食べないというわけではあるまいし、誰かが誘導しないとわざわざ街を襲ったりしないのではないだろうか。光己がそう言うと、マシュが意見を出してきた。
「ではドクターに依頼して生体反応を見てもらいましょうか」
「そうだな、そうしよう」
引率がいるならおそらくサーヴァントで、ワイバーンの背中に乗っているだろうから、調査の範囲内に入れば分かるはずだ。光己がカルデアに通信を入れると、今回の担当らしいオルガマリーの顔がスクリーンに映し出された。
「―――そういうわけで、サーヴァントが空中にいるかどうか調べてもらえますか?」
《空中ね、わかったわ……ええ、いるわね。1騎だけだけど油断はしないように》
「はい」
なにぶんカルデアの生体反応調査では、サーヴァントの真名や敵味方といったことは分からないので、人数は少なくても警戒を緩めるわけにはいかないのだ。先日光己たちがやったように、いきなり宝具ブッパしてくる可能性もゼロではないのだし。
とはいえ彼(または彼女)がワイバーンに乗っているからといって、必ずしも竜の魔女の手下と決まったわけではなく、味方あるいは中立という線もあり得るので、こちらからブッパはできないのがつらいところだった。
幸いワイバーン上のサーヴァントは空から宝具は撃って来ず、光己たちの手前10メートルほどの位置に普通に着地した。真ん中のワイバーンから、女性が1人ふわりと身軽に跳び下りる。
「……こんにちは、皆さま。今度は先制攻撃してこなかったのですね」
どうやらラ・シャリテにも来ていたようだ。
歳の頃は20歳台前半くらい、落ち着いた雰囲気だがちょっとキツめな印象を受ける美人である。片手に十字架を模したと思われる大きな杖を持ち、赤と白と青を基調にした修道服っぽい服を着ているが、カラフルすぎる上に肌の露出が妙に多いのに加えて金属製の籠手まで付けているので、キリスト教関係者というわけではないかも知れない。
(上乳と胸の谷間見せつけて、しかもまた激深スリットだと!?)
光己は驚きを禁じ得なかった。女性サーヴァントは本当にみんなサービスがいい!
雰囲気的になかなか強者ぽいし味方になってもらえれば頼もしそうだが、彼女の今の台詞からすると、やはり竜の魔女の手下みたいだから難しそうだ。
オルトリンデの宝具で受けた傷の痕はない。光己は知らないがこの女性は聖職者どころか聖女であり、祈りによってケガや不調を癒すことができるのだ。
「でもこの人数相手に1人で挑んでくるなんて、よほど自信があるんかな?」
だとしたら相当な大物である。光己はちょっと血の気が引くのを感じた。
するとそれに気づいたのか、後ろから小声で別の見解を聞かせてもらえた。
「いえ、彼女は死ぬつもりで来ているように見えます」
勇士鑑定家のオルトリンデである。表情や雰囲気で察したのだろう。
「死、ぬ……!?」
衝撃的な単語をすぐ受け止め切れず、光己はとまどってしまったが、女性は気づかなかったのか少し近づいてから話しかけてきた。
「もう夕方ね。このフランスもあの夕日のように沈み落ちるのか、それともまた日は昇るのか」
「―――何者ですか、貴女は」
ジャンヌがその正面に立って、鋭い口調で問いかける。当然すでに戦闘態勢に入っていた。
「何者……?
そうね、私は何者なのかしら。聖女たらんと己を戒めていたのに、こちらの世界では壊れた聖女の使いっ走りなんて」
女性の物憂げな表情を見るに、彼女は自発的に竜の魔女に従っているのではなく、嫌々従わされているだけのようだ。強制的に服従させるというのは光己の技量だと令呪を使っても難しいのだが、そこは聖杯を持っているサーヴァントということか。
それと彼女は自称か他称かは不明だが聖女であるらしい。
「壊れた聖女……」
「ええ、彼女のせいで理性が消し飛んで狂暴化してるのよ。
だから貴女たちの味方になることはできないわ。気を張ってなきゃ、貴女たちを後ろから攻撃するサーヴァントが味方になれるはずもないでしょう?」
(ああ、それで「死ぬつもり」なのか)
光己はようやくオルトリンデが言ったことを理解した。つまり自分たちと戦って死のうということなのだろう。それなら仲間と来るより1人の方が都合がいいが、カルデア側の人数相手に単独で出撃なんてそうそう認められないと思われるが……。
「では、どうして出てきたのです?」
「……監視が役割だったけど、最後に残った理性が、貴女たちを試すべきだと囁いている。
貴女たちの前に立ちはだかるのは“竜の魔女”。究極の竜種に騎乗する、災厄の結晶。私ごときを乗り越えられなければ、彼女を打ち倒せるはずがない。
いえ、貴女たちは先日はうまく退けたけれど、奇襲はそう何回も通じないわ」
なるほど、監視だけなら少人数の方がバレにくいからということで派遣されたわけか。これでいろいろ辻褄が合った。
「だから私を倒してみせなさい。
我が真名はマルタ。さあ出番よ、大鉄甲竜タラスク!」
しかし辻褄が合うのと納得できるのとは別である。光己はマルタが動く前に待ったをかけた。
「異議あり! 別にあんたを倒したからってファヴニール攻略法がひらめくってわけでなし、無駄な消耗はしたくないんだけどな」
マシュの後ろからとはいえ、戦闘態勢に入った武闘派サーヴァントに堂々と異議を申し立てるとは、光己は無敵アーマーとブレスを得たからか多少気丈になったようだ。
竜の魔女に従いたくないのなら、言い方は悪いが自決でもしてもらえばいいと思う。しかもただ倒してみせろというだけで情報提供もなしとか、聖女を称したわりにちょっと薄情ではあるまいか。
「ンなこと言われなくたってわかってるっつーの!
でももういいかげん衝動を抑えるのが限界なのよ。1人で来たから倒しやすいっていうだけで御の字だと思いなさい」
「逆ギレしたあ!? しかもガラ悪い」
「GUOOOOーーーッ!!」
そしていつの間にかマルタの後ろに控えていた巨大なカメのような生物、いや彼女の言葉が事実ならタラスクという名の竜が跳躍し、カルデア勢をその巨躯で押し潰そうと躍りかかる。
「わあっ!?」
光己たちはとっさに散らばってタラスクの落下を回避した。なお光己当人は、オルトリンデが裾を掴んで引っ張り下げている。
タラスクがさらに前進し、マスターを守ろうと立ちふさがったマシュに前脚を叩きつける。
「くぅっ……重い」
それを盾で受けたマシュは脂汗を流しながらうめいたが、むしろ体重がトン単位はあるだろう巨竜の一撃を受けて、その場に踏みとどまれたことを称賛すべきだろう。長くはもたないと見た光己は急いで作戦を考えた。
「ええい、そっちがその気ならこっちだって!
ブラダマンテとアストルフォはマルタを抑えて! ヒルドはその間に睡眠のルーン効くまで連打!
オルトリンデはタラスクに以下同文! あとの人たちはタラスクを抑えて」
「はい!!」
マルタ担当になった3人が迂回して、まずはブラダマンテが短槍を構えて正面から肉薄する。マルタは杖から魔力弾を放って迎撃してきたが、ブラダマンテはそれをかわして格闘の間合いに入り込んだ。
「とおーう!」
「甘い!」
そして胸元めがけてまっすぐに突きを入れたが、マルタはそれを左手の籠手で払いのけた。同時に杖が振り下ろされ、ブラダマンテはとっさに左手を上げて盾で防いだ。
「つ、強い……!?」
マルタといえば祈りで竜を鎮めた聖女として有名で、ブラダマンテもその名を知っていたが、その高名な宗教家が自分と張り合えるほどの武力を持つとはこれいかに?
その戸惑いの隙にマルタは1歩踏み込んで左ストレートを放とうとしたが、アストルフォが横合いから槍を突き出してきたため逆に後ろに下がった。
ごく短時間の攻防とはいえシャルルマーニュ十二勇士2人を相手に真っ向から戦えたマルタは聖女というより凄女だったが、次の手を考えようとしたところでふっと眠気が襲ってくる。
「……ッ、何これ……!?」
意識が遠のき、脚がよろめく。何事が起こったのか。
(あ、そういえばあの男の子、睡眠のルーンとか言ってたわね……)
マルタは「信仰の加護」と「対魔力A」のスキルにより優れた弱体耐性を持っているが、横合いから強力な魔術を連打されれば多少は効く。それでも何とか騎士2人を相手に防戦していたが、ルーンを何度もおかわりされていいかげん眠気で集中力が鈍ったところで、その加害者に背後を取られた。
「やあっ!」
「くっ、しま……」
槍の柄で後頭部を強打されて意識を失ったマルタが最後に見たのは、同じ作戦で眠らされてしまった相棒の姿だった。
「……はっ!?」
マルタが目を覚ました時、彼女は魔術で強化されたワイヤーで、全身を蓑虫のごとくぐるぐる巻きに縛られていた。
タラスクはまだ眠っており、ワイバーンは退治されたらしくそのあたりに倒れ込んでいる。
「えっと、これはいったい……?」
「ああ、ジャンヌがマルタは助けたいっていうから話ができる機会をつくろうと思って」
ジャンヌはマルタのことを、血を流さずに災厄を鎮めた偉大な先達として大いに尊敬しており、彼女が竜の魔女に積極的に協力しているならともかく、強制されているだけなら何とかして助けたいと光己に頼んだのだった。無論、光己もマルタが敵対をやめてくれるなら異議はない。
「まさか、最初からそのつもりで?」
「いや、頼まれたのはあんたを気絶させた後だよ。ヒルドが刺さずにどついたのは、単に殺気がない方が避けられにくいと思っただけだってさ」
「まあ、そうなるわね」
マルタが名乗った後ジャンヌ→光己→ヒルドで話が通った形跡はなかったから、たまたまヒルドがファインプレーだったということだろう。
助けようとしてくれるのは嬉しいし、それができたなら全力で味方になるが、悲しいかな、マルタ自身に竜の魔女のくびきから逃れる手段はない。
というかあったらとっくにやっている。自決や反逆による返り討ちも含めて。
「それで、具体的にはどうする気?」
なのでマルタがそう訊ねると、先ほど戦った少年(少女?)がずいっと前に進み出てきた。
「ぱんぱかぱーん! そこで取りいだしましたるはボクのこの宝具『
なんと魔術を破却するっていう、まさに誂え向きのアイテムなんだよ!」
「そしてこれが私の『
これでまずあなたと竜の魔女とのサーヴァント契約を切って、あなたが消える前にマスターと契約し直せばオッケーというわけです!」
ついでもう1人の少女がそう補足してきた。
なるほど魔術を破る宝具が2つもあるなら、サーヴァント契約でも狂化でも解除できるだろう。マルタ自身が抵抗すれば別だが、今回は超乗り気なわけだし。
「それじゃ、お願いしようかしら」
「うん、まっかせてー!」
こうしてマルタは竜の魔女の手下を辞め、この特異点のみの仮契約ながらカルデア一行に加入した。大変喜ばしいことだったが、このたびも清姫だけがなぜか不満顔している。
「清姫、どうかした?」
「あ、いえ。マルタさんが味方になったのは良いことだと思いますが、彼女だけ契約してもらえて羨ましいなあ、と」
「あー、それかあ」
気持ちは分からないでもない。しかし清姫との契約には問題があった。
「今マルタと契約した時に魔力けっこう持ってかれたからなあ、今すぐは無理だ。
というか、この先マルタと同じパターンで味方にできるサーヴァントが出てくるかも知れんから、必要ない契約はするべきじゃないと思うんだよな」
「うーん、やはりますたぁは思慮深くていらっしゃる……!」
清姫は残念そうに爪を噛んだが、なにぶん彼が言うことは真っ当すぎて反論の余地がない。それに清姫を嫌ってのことではないのは分かるので、今回は引き下がらざるを得なかった。
「ごめんな。何かで埋め合わせするからさ」
「はい、ますたぁ……」
こうして言質、もといやさしい言葉ももらえたことだし。
「それじゃみんな無事ですんだことだし、いろんな話は後にして先に寝るとこ探そうか」
「そういえば人里を探している最中なんでしたね。もうだいぶ暗いですし急ぎましょう」
―――というわけで、ドラゴンライダーな聖女を仲間に加えた光己たちは、リヨンへの旅を再開するのだった。
眠らせる系の魔術って凶悪ですよね。ゲームだと攻撃してこなくなったり与ダメージがいくらか増えたりする程度ですけど、リアルだと決まったら勝ち確ですから。どうしろと(ぇ
そしてこの先邪ンヌの手下は何人裏切るのか(酷)。