何はともあれ妖精國の予言の子、本名アルトリア・キャスター、自称白雪姫もカルデアに加入するということで話がついたので、光己たちは部屋を出て藤太たちに事の次第を報告した。
「なるほど……確か童話では姫は王子についていくことになっていたな。その通りになったというわけか」
「
綱はその流れを聞いてちょっと恐れをなしたようだが、光己たちはキャスターの名誉のために彼女の玉の輿狙いや泥仕合のことは伏せていたので、まあ致し方のないことだろう……。
「しかし童話にはまだ続きがあったんじゃなかったかな。継母の女王が姫と王子の結婚式に招かれて殺されるという流れだったはずだが」
「そういえばシンデレラの義姉も酷い目に遭ってたな。早い内に妹側に寝返って良かったってとこか」
デオンが小さく首をかしげながら所感を述べると、バーヴァン・シーもこくこく頷いた。
「うーん。あんまりむごたらしいことはしたくないけど、やっぱり継母の女王役のサーヴァントもいるのかな?」
あるいは光己がシンデレラの魔法使いと白雪姫の王子を兼任しているように、義母と女王もカーミラが兼任しているという可能性もなくはない。もしそうだったらさすがに同情を禁じ得ないが。
まあそれは実際に出会った時のこととして、ここでの用は済んだからそろそろお暇するべきだろうか。藤太たちにカルデア入りを誘えるほど親しくなったとは思えないが、せめて写真とサインは欲しいものだけれど。
……なんてことを光己が考えていると、ジャンヌが近づいて注進してきた。
「マスター、皆さん。サーヴァントが接近しつつあります。東から2騎、北から1騎ですがどうしましょうか?」
「んんっ!? まさかついに元凶が本気になったってことなのか!?」
これは偶然とは思われない。この特異点をつくった元凶が、カルデア側が順調に戦力を増やしていることに危機感を抱いて決戦を挑んできたと解するべきだろう。
「家の中に残ってるのは得策じゃないですよね。外に出て迎え撃った方がいいと思うんですが」
「そうだな。単純に
光己が藤太に相談すると、逆に問いを返された。
サーヴァントの人数は、バーゲストと白雪姫を移籍済みと考えるならカルデア側が9人で
光己がそう言うと、藤太は大きく頷いた。
「うむ、それでよかろう。あと贅沢を言うなら、この家の建物を守る担当が欲しいところだが」
「それなら私が。宝具は結界ですので」
するとキャスターが自薦したので、そういうことになった。実はデオンも立候補する気だったのだが、結界宝具を持っていると言われれば是非もない。
そういうわけで一同が家の外に出て待っていると、やがてがさごそと草をかき分ける音とともに、まずは東側からカボチャ兵と、鉄の仮面をかぶって紫色メインのワンピースぽい服を着た女性が大勢現れた。カボチャ兵は兵士らしく剣や斧などのちゃんとした武器を持っているが、紫衣の女性の得物は
ついで北側からは魔獣の群れが襲ってきた。サーヴァントは手下たちの後ろに控えているようで、まだ姿は見えない。
「これはどう考えても敵だな。姫、頼む」
「はい!」
友好的あるいは中立のサーヴァントなら、わざわざ大勢の手下に先行させたりしないだろう。光己が戦闘不可避と見て予定通り結界を依頼すると、キャスターは屋根の上に飛び乗って宝具を開帳した。
「……
すると家を囲む形で金色に輝く光のドームが現れる。一見は紙のように薄い光の幕で頼りなく思えたが、しかし幕の向こうはまるで遠い異世界のように見えた。
何しろこれは「対粛正防御」という特殊な結界で、しかも中にいる者の毒や病気や呪いなどを癒してくれる優れものなのだ。
似た効果のジャンヌの宝具と比べると、防御力は勝っているが、ケガまでは治せないとか結界の内外の出入りができないといった短所があるので状況に応じて使い分けるということになるだろう。
これで背後の安全は確保された。カルデア新入りのバーゲストは典型的なパワーファイターで、大きな剣を振り回してカボチャ兵を叩き割り、紫衣の女性兵をぶった斬っていく。
両者とも生身の生物ではなく魔術的につくられたものらしく、行動不能になると煙のように消えていた。
左右のメリュジーヌとジャンヌも彼女に劣らぬ戦果を挙げているし、後衛のアーチャーたちからの支援もある。今のところは圧倒的有利だった。
「無力だな、本当に!」
「無礼者ーぉ!」
しかし敵方もやられっ放しではなく、まだ幼いが権高そうな女の子の声とともに、大きな魔力の針が10本ほども飛んで来る。
「チッ!」
バーゲストの技量なら打ち払うことも避けることもできたが、一太刀で全部打ち払うことはできず、避ければ後衛の光己たちに当たってしまう。やむを得ず、バーゲストは片手で剣を振って半分ほどはたき落し、残る半分は鎧と籠手で受けた。
「刺さったか……だが痛手ではないな」
針は鎧や籠手を貫通したが、身体に刺さったのは1センチくらいだ。毒もないようだし、この程度なら問題はない。
とはいえ手下の後ろから何本でも飛ばせるとなれば面倒な相手だ。これとは別に宝具も持っているはずだし、なるべく早く接近戦に持ち込みたいところである。
「……見えました! あの紫色の髪の少女が武則天、アサシンです。宝具は『
「武則天……中国唯一の女帝か!」
そこにジャンヌが真名看破したのと、その名前に驚いた様子の光己の声が聞こえた。ジャンヌはスキルで情報をすっぱ抜いただけのようだが、光己は当人のことを多少は知ってそうである。
「マスター、武則天とはどういう奴だ!?」
「ああ、今言ったけど中国の……いやそういう話じゃないか。
彼女は政治力はあったけど、武術や魔術の心得はなかったと思う。密告や拷問で有名だから、手下と宝具もその逸話が再現されたものじゃないかな」
「なるほど、綱や武蔵とは違うタイプか」
武則天とやらは生前から強かったのではなく、サーヴァントとしての現界にともなうスペック保証や逸話再現の力で戦うスタイルのようだ。ならば戦いの駆け引きは未熟なはずだが、こちらもサーヴァント戦自体に慣れていないので油断はできない。まだ姿を見せていないもう1人のサーヴァントもいることだし。
「このタイミングで来たということは白雪姫の継母の女王か? 隠れていれば助かったかも知れないものを、わざわざ自分から童話を再現しに来るとはな!」
そこで役柄を探るのを兼ねて軽く挑発してみると、皇帝だっただけに煽り耐性は低いのかすぐ乗ってきた。
「何をー!
確かに
「ふむ、確かに」
言われてみればその通りである。しかも「小人」と「小癪」をかけているあたり、光己が言った通り政治方面では知恵が回る人物のようだ。
とにかく役柄は確認できた。この方向でもう少し話してみることにする。
「だが王子はすでにここに来ている。おまえに勝ち目はないぞ?」
「なんじゃとぉ!? いかに妻を守るためとはいえ、他国の王を謀殺という穏やかでないことを仕出かしたあの王子か。よし、聖神皇帝たる妾がじきじきに躾をしてくれる」
「確かに穏やかではないが、両国の併合まで見据えての行為なのかも知れんぞ!?」
白雪姫の立場で考えれば、女王は自分を何度も殺そうとしてきたのだから仕返ししたくなるのは当然だし、そうでなくても生きているのを知られたらまたいつ殺しに来るか分からないので放置はできない。夫となった王子も気持ちは同じだろうが、他国の王をだまし討ちなんてしたら国際問題になるのはもちろん、戦争になる可能性も高い。女王の意見は妥当といえよう。
ただ白雪姫は女王の国の王位継承権を持っているはずなので、王子が姫と結婚するのは女王の国を攻め取る格好の口実にもなるのだ。最初は単なる一目惚れだったとしても、王子たる者が結婚までするにあたっては、そうした計算があってもおかしくはない。
―――まあ童話にそんな政治的な考察を持ち込む方が野暮というものかも知れないが。
「ほう、脳筋そうな見た目のわりに賢いようじゃな。妖精役でなかったら登用したいところじゃの」
「それは光栄だが、生憎私が仕える王は1人しかいないのでな」
「そうか、残念じゃの。ところで王子はどこじゃ?」
といっても目の前の妖精役が素直に答えるわけはないので、さっさと自分で敵陣を見回して探す武則天。すると後衛の中に1人だけ、男性でしかもサーヴァントではない者がいるのを発見した。
(あれが
恨みはないが、妾の敵となってしまったからには致し方ないの)
ただ彼を含めた後衛組はL字型の擁壁のような形をした白い煙の上に乗って宙に浮いているので、酒壺に沈めることはできなかった。先ほど旗槍を持った娘に真名と宝具を暴かれたからか、対策を取られたようだ。
なお
ただ現在の状況では、距離の関係で彼をいきなり攻撃できるのは魔力針だけだった。
「刑の執行じゃ!」
武則天は魔力を溜めると、20本ほども針を出してバーゲストに全力攻撃する―――と見せかけて光己の方に飛ばした。人間の魔術師、まして狭い足場の上では避けられるはずもなく、助かるとしたら左右のサーヴァントが己の身を盾にするしかあるまい。
……と武則天は計算したが、少年は素早く煙の陰から盾を取り出して体の前にかざした。
それだけなら驚くほどではなかったが、その盾が当たった針すべてを子供が投げた石ころか何かのようにはじき返すとは。
「何じゃと!?」
武則天には知るよしもないが、この盾を含む武具一式はシバの女王の鑑定により、伝説の騎士アーサーがとある強敵と戦う時に使った特別な品であることが判明しているのだ。敵の攻撃を受けるとなぜか簡単にパーツごとに分離して脱げてしまうが、個々のパーツ自体は非常に硬いので盾単品として使う分には有効である。
なお武具の内訳はこの盾と鎧と槍と剣の他、なぜか手榴弾もついていた。
この手榴弾もまたアーサー王が別の冒険で使ったものの複製品らしいが、今は本人がいないので真偽のほどは確認できない。
「無駄無駄無駄ァッ!
最後のマスターに同じ技は2度も通じぬ、今やこれは常識!!」
ギルガメッシュと戦った時は彼が強すぎて言えなかった台詞だが、今回はしっかり言えて光己はご満悦であった。
なお今は光己は「最後の」マスターではないのだが、そこはスルーである。
「おのれ、ちょっと攻撃を防いだ程度でこの聖神皇帝に対して不敬な!」
「そちらこそこの大奥王に対して不意打ちとは無礼千万! 天罰が下るぞ」
「……そなたがか!?」
武則天はカルデアのマスターとやらの礼を失した発言を叱責してみたが、それへの返事によると彼もどこぞの王であるらしい。しかし王らしい威厳とか教養とかそういうのがまるで感じられないので、たぶん血筋だけのぼんくら王なのだろう。なので会話は打ち切ってさっさと討伐することにする。
とはいえこの距離では飛び道具はもう通じないし、かといってうかつに近づいたらこちらが敵の前衛にやられてしまう。そこで同僚、という名の互いに多少の親近感はあるが利用し合うだけの関係の同行者に頼ることにした。
「義母役! そちらはどうなっておる!?」
わざわざ役柄名で呼んだのは別に悪意あってのことではなく、サーヴァントとしての真名を敵の前で口に出すと戦闘スタイル等がバレる恐れがあるからに過ぎない。サーヴァントの人数はこちらの方が少ないので、細かい点にも気を遣っているのだ。
いや白雪姫の継母やシンデレラの義母の名前がしっかり決まっていたらそれを使えたのだけれど……。
「あー、応援は無理ね。この娘小さいのにやたら強い」
森の中だから敵後衛からの支援攻撃があまり来ないのはいいが、代わりにこちらも包囲して一斉攻撃といった効果的な戦術がうまく使えないのでプラマイゼロなのである。兵士は頭がカボチャだけあって知能が低いし。
「でもカルデアのマスターは素人に毛が生えたようなものだから、こんな燃費の悪そうな娘を長時間戦わせ続けることはできないはずよ。魔力切れになった時がチャンスね」
(いつの話してるんだろう……)
メリュジーヌは敵の迂遠さにいっそ哀れを催したが、真実を教えてやるほどお人好しではなかった。なおメリュジーヌは竜の炉心を持っているので、マスターの負担はむしろ少ない方である。
とはいえカボチャ兵と紫衣の女性兵合わせてぱっと見200体以上というのは確かに多いが、今までの経験から考えてこれくらいならまったく問題ない。
……と思いきや。女性兵側にいるジャンヌから注意を促す声が聞こえた。
「皆さん、気をつけて下さい! またサーヴァントが1騎、かなりの速さでこちら側に接近しています」
となれば敵の援軍だろう。残念ながらメリュジーヌの位置からでは見えないが、武則天の後ろの方から黒い人影が木の陰を縫うようにして駆けてきていた。
ちょうど冬木で戦った分裂アサシンと似た感じの若い女性で、骸骨の仮面もつけている。本当に武則天の仲間らしく、その傍らにさっと降り立った。
「すみません、遅れました」
「遅いぞー! だが間に合ったから良しとしよう。さっそくそなた得意の毒を、連中に存分にぶち込んでやるがよい」
「……お客様のご依頼とあれば」
この仮面の女性こそ、女王に毒りんごを提供した毒物職人である。毒を用いた暗殺術に長けていた。
「―――真名、静謐のハサン。アサシンです。宝具は『
「何だと!?」
だとしたらたとえば剣で斬って返り血を浴びるのもNGということか。さすがのバーゲストも久しぶりに戦慄を覚えるのだった。