武則天が逃走すると、カーミラも同様に撤退していった。メリュジーヌは追撃するかどうか迷ったが、今回は光己とジャンヌが援護に来なかったのと、まだ北側に敵がいるのでやめておくことにする。
エリザベートやゼノビアと一緒に本陣に帰還して、リーダーに経過を報告した。
「終わったよ。カーミラは逃がしちゃったけど、こちらもみんな無事だったからいいよね」
「お母様ったら~♪ 逃げてばかりなんて~♪ 根性ないわね~♪
次はヤキ入れて~♪ あげないと~♪」
「いや、友軍が退却を始めたのだから仕方ないだろう……。
カボチャ兵は意外と頑強だったが、攻撃面は大したことなかったしな」
エリザベートは
「うん、気にしないで。3人ともお疲れさま」
「うん。それで北側の応援には行くの?」
「そりゃもちろん。バーゲストは大丈夫?」
「うむ、もういける。妖精騎士として汚名を返上せねばな」
光己がバーゲストに体調を訊ねると、鎧の剣士は大きく頷いた。
武則天の宝具は実際避けにくいものだったとはいえ、事前に内容を聞いていたのにあっさりハメられてしまったとは迂闊すぎる。旧主の元に帰参するにあたってはこの特異点での出来事が土産話になるわけだから、功績どころか失態しかないとなったら文字通りお話にならないのだ。
「そっか、じゃあそろそろ行こうか」
光己がそう言って音頭を取ると、それに合わせたように屋根の上から女の子の声が聞こえた。
「あのー、王子様、家を守る役そろそろ誰かに代わってもらえませんか?」
「へ? ああ、確かに宝具使いっ放しは疲れるか」
光己たちには見えていなかったが、北側では魔物軍がなかなか強くて藤太たちは抑え切れず、家を壊す、あるいは中に押し入ろうとする魔物に何度も結界に体当たりされていた。なのでアルトリア・キャスターはひと休みすることもできず、ずっと結界を張り続けていたのである。
「それじゃお姉ちゃん、タイミングを見計らって交代してあげてくれる?」
「分かりました」
そして藤太たちの攻撃で家のそばにいる魔物がいなくなったのを見定めると、キャスターは宝具を解除して屋根の上から飛び降りた。
代わりにジャンヌが飛び乗ると、すぐに宝具を開帳して家の守りを再開する。
ところでキャスターの服はミニスカートの上に布地が薄いので、高い所から飛び下りると舞い上がってしまう。それに気づいてあわてて手で押さえた時には、タイツの内側の可愛らしい純白パンツを光己にしっかり見られてしまっていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! お、王子様のえっち!!
……い、いや待って。逆に考えるんだ、責任を取ってもらえばいいと考えるんだ!」
「いやいや、自分の不注意でパンツ見られたくらいでご成婚というのはさすがに無理があるんじゃないかな。いいもの見たとは思うけど」
「うぐぅ~、王子様厳しい」
キャスターは顔を真っ赤にしつつも逆転の発想でタナボタを狙ってみたが、王子様は可愛い女の子が好きっぽい言動のわりにガードが固かった。やはりお金持ちたる者、その辺の教育はしっかり受けているのだろうか。それともモルガンの入れ知恵か?
「おのれ陰険女王! でも私は絶対負けないぞ!」
「……?」
光己はキャスターが武則天を罵ったと思ったのでなぜ今頃と訝しんだが、今はもっと急ぎの用事があるのでそちらを訊ねた。
「それで姫、魔力は大丈夫? 戦える?」
「え? あ、はい、そうですね。何かたくさん魔力が流れ込んできてますので、さしあたって後方支援なら大丈夫です」
これがマスターを持ったサーヴァントというものか、とキャスターは不思議な気分を味わった。
ただ逆に言うとキャスターがもらった魔力、それにメリュジーヌたちが使っている魔力も最終的には光己が提供しているわけだから、マスターというのもなかなか大変なものみたいである。
(あれ……? だとしたら
魔力量は光己の100分の1以下でしかなかった彼女が、サーヴァント戦に使う魔力を全部賄えたとは思えない。多分あの手の甲の怪しい紋様を通じてカルデア本部から供給してもらっていたのだろうが、そんな(当人にとっては)大量の魔力を短時間に出し入れするのはあんまり健康に良くなさそうである。
実際戦闘の後でつらそうにしていたこともあったし。
(やっぱり王子様の方が適任だよね……)
リツカには精神面でも戦闘面でもお世話になったが、やはり彼女にはキツいのではないかと思う。もし一時召喚で呼べるサーヴァントの人数が召喚者の魔力量に比例するなら、光己は1千人くらい呼べるわけだし。
それならモルガンの分身の術だって楽勝だし、ケルヌンノスを倒すためにキャスターが命がけでロンゴミニアドを使う必要もない。
(……ってあれ? ロンゴミニアドっていえば、もともとリツカは妖精國を滅ぼすためじゃなくて、ロンゴミニアドを手に入れるために来てたんだよね。でもカルデアにモルガンがいるんだったら、もう行く必要ないんじゃ)
……と思ったが、モルガンは最後の方では汎人類史を滅ぼそうとしていたし、ケルヌンノスはともかく奈落の虫は汎人類史にも害を及ぼすだろうから、やはり対決は不可避のようだ。まったく、あの魔境はどこまで詰めば気がすむのか!
「ところで王子様、サーヴァントの一時召喚はしないんですか? それとも常駐サーヴァントが多いと魔力の負担が大きくてできないとかそういう事情がおありとか?」
「あー、一時召喚か。うん、モルガンにも言われたけどまだ研究中なんだ」
「え、そうなんですか」
残念、今はまだサーヴァント大隊は編成できないようだ。
それはともかく、北側戦線の応援に行かねばならないのであまり長話はできない。キャスターがいったん口を閉じると、光己もメリュジーヌたちも移動を始めた。
北側では藤太・綱・武蔵・デオンが前衛で、ナポレオン・ロビンが後衛を受け持っているようだ。藤太はアーチャーだが、森の中では弓は使いづらいのであえて前に出ているのだろう。
まずは先頭のバーゲストが東側の経過を報告し応援に来た旨を告げた。
「東側は終わったから来てみたが、そちらはどうだ?」
「オーララ! 強い方を受け持ってもらったのに助けてもらうハメになるとは面目ない。
こちらに脱落者はいないが、ちと押され気味ではあるな。連中、前に戦った時より微妙に強い感じがする」
「なに、こちらも敵サーヴァント3人の内2人に逃げられたから威張る気はない。しかし前より強い、か……」
やはりサーヴァントが大将として率いているからだろうか? 魔物にも影響力があるとは相当な強者、あるいは魔術師だと思われる。
この新情報に対してリーダーは何か特別な判断をするだろうか? バーゲストが足を止めて光己の指示を待っていると、代わりに生前の反乱仲間の声が聞こえた。
「なるほど、そういうことならここはパワーをバゲ子に!」
「いいですとも!」
つまりキャスターはこちらの前衛もバフスキルで強化しようと提案したわけだが、すると王子様もノリよく魔術礼装のスキルでさらに上乗せしてくれた。
これでバーゲストは攻撃力大アップの上に強力な魔術障壁をまとったので、きっとメテオのごとき破壊力を見せてくれるに違いない。
「いや、さすがに隕石とまでは……」
バーゲストはキャスターの心の声が聞こえたのかそんなことを呟いたが、援護には感謝した。実際技も力も大幅強化されたので、迫りくる魔物の群れに自分から突っ込んで次から次へと斬り捨てる。
「ぬおおおぉっ! よし、いけるな。このまま叩き潰してくれる!」
バーゲストの感覚でも確かに魔物はちょっと強くなったというか行動が攻撃的になっているような気はしたが、それ以上に自分が強くなって優勢なのですっかり意気軒高になっていた。とはいえバフの効果はそう長くは続かないので、早い内に敵サーヴァントを見つけたいものである。
そこでジャンヌにより精細な探知を依頼しようとした時、彼女は今家を守る役をしているので会話ができないことに気がついた。
「うーむ。予言の子の魔力も有限だから交代するのは致し方ないのだが、やはり作戦ミスというべきなのだろうか? いやないものねだりをするのは真っ当な作戦ではないし、やむを得ない事と認識すべきか……」
しかし敵サーヴァントも相手に援軍が来たのはもう気づいているだろうから、そろそろ逃げるなり決戦を挑むなりしてくるはずだ。普通の感覚なら退却一択だろうが、その予想に反してバーゲストの前に(彼女にとっては)異国風の鎧を着て赤いマントをはおった男性剣士が現れる。
光己かエルメロイⅡ世ならそれが古代中国のものだと分かったのだが、バーゲストが現界する時もらった知識ではそこまで識別できない。
容貌魁偉でいかにも強そうで山をも引き抜きそうな迫力を感じるが、同時に機械のような冷静さも備えていそうに見える。
「ほう、この人数差で逃げずに、しかも私の前に来るとはな! わざわざ声を上げたり派手めに戦ったりした甲斐があったというものだ」
無論バーゲストは臆したりせず、いきなり剣士に斬りかかった。バフが切れる前に戦闘を始めたいのと、武則天の時のようにこっそり宝具を使われるのを警戒したのだ。
名誉ある騎士として当然のことながら、同僚が来て横から手柄をかっさらわれる前にケリをつけたいなんて私欲はあんまりない。
「速攻で叩き潰す! はぁぁぁっ!!」
裂帛の気合いと共に、バーゲストが大上段から剣を振り下ろす。並みのサーヴァントなら真っ二つになるその一撃を、剣士はがっちりと受け止めた。
本人の腕力はもちろん、得物も一級品のようである。
「なるほど、見た目に恥じぬ程度の力はあったというわけか。
だがこれを受け切れるか!?」
必殺を期した渾身の一撃で小揺るがせることすらできなかったことにバーゲストはちょっと衝撃を受けたが、すぐに意識を切り替えてまばたきも許さぬ超速の乱撃に移った。
彼女はかの円卓の騎士ガウェインの力の一部を借り受けており、技量の面でも一流なのである。
「ぬう!?」
典型的パワーファイターに見えるバーゲストが軽妙かつテクニカルな剣技を振るい始めたので剣士はいささか驚いたが、それも最初だけのことで的確に彼女の剣を防いでいた。耳障りな金属音が断続的に響き渡り、森の空気が激しく軋む。
しかも驚くべきことに、剣士はバーゲストの動きを分析あるいは学習しているかのように、だんだん反応が早くなり受ける動作に余裕が出てきたではないか。
(こ、この男……!?)
自信家のバーゲストもさすがに少し焦ってきたが、そうこうしている内にバフの効果が切れてしまう。
すると剣士は彼女の技と力が落ちたのを瞬時に見抜いて、鋭い横薙ぎの一閃でバーゲストの側頭部を襲った。
「くぅぅっ!」
バーゲストはとっさに真後ろに跳び退いて、その致命の一撃を回避した。
それにしてもこの剣士、こちらがバフを受けているのに気づいていて、それが続いている間は防御に徹して、切れると同時に反撃に移ったというのか!? だとすれば恐るべき観察眼というべきで、バーゲストは冷や汗が背筋をつたうのを感じた。
しかし同僚に援護を求めはせず、まして退却などしなかった。
「そう、これでこそ本当の戦いというもの!
私は妖精騎士ガウェインという者。勇猛なる剣士よ、貴公の名を伺いたい」
先ほどは急襲したが、強者同士の名誉ある戦いを行うに当たっては、まず名乗り合っておくのが礼節というものだろう。相手の名を知らぬでは勝っても手柄にならないし、負けた時も覚えていてもらえなくなってしまう。
剣士もいったん剣を引き、落ち着いた口調で名乗りを返した。
「妖精……なるほど、『7人の妖精』の1人ということか。
私は項羽。かつては西楚の覇王と呼ばれていた者だ」
「覇王……つまりどこかの国の王だったというのか?
西楚というのは聞いたことがないが、王がこれほどの者ならきっと武を重んじる国柄なのだろうな」
光己やジャンヌたちがこの場にいたら即座に仲裁に入っていたところだが、残念ながら戦闘の音や魔物の鳴き声が大きいせいで2人の会話は後衛まで届いていなかった……。
―――だがしかし。今が正念場とばかりにガイアの精霊の加護と願いと祈りが霊験を
「わああああ、待った待った待ったー! ふ、2人とも剣を引いて!!」
2人はびっくりしてとりあえず1歩引いたが、バーゲストの方は少々不満げであった。
「何事かと思ったらメリュジーヌか。助太刀は要らんぞ」
「そういう用事じゃないよ。そちらの人のつが……妻がカルデアにいるんだ」
「何!?」
これにはバーゲストより項羽の方が驚いて、思わず身を乗り出した。
実は項羽はその戦士然とした外見からは想像しづらいことに未来予知じみた演算能力を持っているのだが、あくまで既知のデータに基づいた予測なので、関連情報がまったくないことについては対象外なのである。
「虞が、我が妻が汝らの陣営に所属しているというのか? それは真か」
「うん。……と知らない人が口で言うだけじゃ場合によっては信用してもらえない可能性も考えて、ちゃんと証拠も用意してあるよ」
「何と!?」
何という用意周到さか、しかも妻はここに自分がいることを想定していたというのか!? 夢にも思っていなかった展開に項羽はまたも驚いた。
ただそれなら虞はなぜ自分で来なかったのか、何か特別な事情でもあるのか!? 疑問は尽きないが、それを訊ねるのは目の前の蒼い少女が言う「証拠」を見せてもらってからでも良かろう。
「して、その証拠とは?」
「僕たちのリーダーが手紙を預かってるんだ。ちょっと待ってて」
少女はそう言うと、踵を返してわたわたと飛び去って行った。
後に残された項羽とバーゲストがお互いちょっと居たたまれない思いをしつつも待っていると、やがて少女が何人かの男女を連れて戻ってくる。
「お待たせ。これがその証拠だよ」
少女はさすがに項羽のすぐそばまで近づいては来ず、少し離れた所から数枚の細長い木の板を投げてきた。
実際これはヒナコが項羽宛てに書いた手紙で、彼が
しかしこんな物まで事前に用意するあたり、ヒナコの項羽に向ける愛情と再会を望む気持ちは本当に深いもののようだ。
「うむ、これは確かに虞が書いたもの……!」
木簡に墨で書かれた文字は、間違いなく楚漢戦争の頃何度も見た妻の筆跡で書かれたものだった。それによると彼女は項羽のサーヴァントに会うためにカルデアという組織に所属しており、今回は自分でこの特異点に来たかったがまだ他のサーヴァントと契約していないため1人では危険なので、別のマスターに代理を頼んだということらしい。
そのマスターと契約すれば、特異点修正と同時にカルデアに来られると書いてある。
「これで信用してもらえるかな?」
「うむ。虞がいて、しかも世界を救うために戦っているというのであれば拒む理由はない。
……しかし私は自力では今の主導者との契約を解除できぬ。今こうして会話したり、攻撃を手控える程度のことはできるが、契約解除してそちらの主導者と契約し直すというのは無理である」
「何てこったい!?」
項羽のあまり抑揚のない、しかし無念さがにじみ出るような回答に光己も頭をかかえた。ブラダマンテが来られていればその問題は解決できたというのに!
あの自称ジェーン、当社比1.5倍くらいシバいてやる!と光己は改めて決意を固めたが、実際そうする以外に項羽を連れ帰る方法はない。
「ええと。サーヴァント契約してるってことは、マスターは令呪持ってるはずですよね。気絶させればそれ分捕って俺との契約に変えられますので、この場は負けたフリして撤退してもらうってのはどうですか?
項王ほどの武人にとっては不愉快かも知れませんけど、奥様に会うためということでひとつ」
この場で移籍できないのなら、いったん帰ってもらって黒幕の所で再会するしかない。光己がそう提案すると、項羽もそれしかあるまいと同意した。
「承知した。汝の配慮には感謝するが、もはや王ではなくなった我が身には不要である。
ただここには私の相方として、サーヴァントではないが強力な怪物が同行している。人を喰らう悪鬼ゆえ手心を加える必要はないが、姿を変えたり見えなくしたりする能力を持っているので注意せよ」
「デジマ!? あー、えーと。ありがとうございます」
変身と透明化とはまたずいぶん羨ま、もとい厄介な能力を持っているものだ。こちらも合流して人数は増えたとはいえ、まだ楽観はできないようである。