FGO ANOTHER TALE   作:風仙

198 / 301
第198話 祈りを捧げ、地に呪いを3

 光己は他の特異点(えんまてい)ラスボス(ぬえ)に謝って来られた経験があるが、それと今回はだいぶ状況が違う。モレーは何を考えているのか?

 

「すいません、出来心だったんですぅ! 生前は真っ当に騎士団総長してたのに、あの忌まわしきフィリップ4世とクレメンス5世のせいで無辜の怪物くらって悪魔崇拝者にされたんで、つい魔が差して思い知らせてやろうと思っただけなんですぅ!

 この気持ち、ローマ教会会議で堕天使扱いされたことがあるウリエル様ならお分かりになるんじゃないかと」

 

 モレーは土下座のまま熱弁を振るっているが、どこまで本心なのかは大変疑わしかった。清姫がいれば鑑定できるのだが、いないものは仕方がない。

 しかし確かに、モレーの言い分にも一理はある。金目当てで異端扱いされ財産を奪われむごい殺され方をしたのなら、仕返しの1つもしたくなるのは当然だろう。

 とはいえ彼女を陥れた2人は彼女が処刑されたその年の内に死んでしまったという話だし、まして時代も地域も違う所でやらかすのは筋が通らないし動機としても弱い。

 

「というか、具体的には何がしたかったの?」

 

 そこでまずその根本的な疑問を訊ねてみると、モレーはそこは語ってくれた。

 

「それはもちろん、フランス王家への復讐。そして全人類の堕落と、我が神である深淵の聖母への回帰ですぅ。素晴らしい野望でしょ……いえ! もう諦めましたので何とぞお情けを!」

「…………」

 

 光己の感覚では、フィリップ4世個人への復讐ならともかく、フランス王家全部にまでターゲットを拡大するのはちとやりすぎに感じられる。まして全人類の堕落だなんて言われては、彼女にどんな事情があろうとシバいて阻止するしかない。

 いや本当に諦めたのなら、無辜られた身なわけだし必要以上に痛めつけたくはないが……。

 光己が決めあぐねていると、強硬派、いや残虐派が意見具申してきた。

 

「マスター、小難しいことは分からねえけど、要するにコイツは人類の敵なんだろ?

 なら人類の味方であるマスターとしては、とっととドタマかち割っちまえば済むと思うんだけど」

「そんな簡単に済ませちゃダメよ~♪ 大拷問するって~♪ 決めたんだから~♪」

 

 バーヴァン・シーとエリザベートの義姉妹である。この2人はモレーの事情なんてどうでもよくて、姉の方はめんどくさいことは早く終わらせて母に会いたいし、妹の方はイラつかされたのでお返ししたいのだった。

 

「そういえばこの娘そんなこと言ってた!?

 いやでも決めるのはウリエル様のはず! あたし生前はまともにしてましたし、この特異点に来てからだってそこまで悪い……少なくとも生きた人間には迷惑かけてないってことでどうかお慈悲を!」

 

 モレーとしては「血の伯爵夫人」に拷問されたあげく妖精に頭蓋骨粉砕されて果てるのは嫌すぎるし、そうなっては野望も達成できない。額を床に擦りつけて哀願した。

 その様子を見た光己は彼女が無辜であるという同情もあって、半分信じてしまう。バーヴァン・シーの意見通りいきなりモレーの頭を叩き割るのが最善手なのだが、鵺の時と違ってモレーは見た目はほぼ人間だし、彼ほど野卑なふるまいをしていないというのもあったので。

 といってもモレーの野望は完全に潰しておかねばならないが、幸いそれは光己の元々の役目とほぼ一致していた。

 

「うーん、それじゃ降参の証として、聖杯と令呪差し出してもらおうかな?」

 

 それを聞くとモレーはフフッと薄く嗤った。勝ち筋が見えたと踏んだのだ。

 

「ええと、ウリエル様。令呪はともかく、聖杯はなくしちゃったから持ってないんですぅ。

 本当ですよ、何なら身体検査してもらってもいいです」

 

 言うなりゆらり立ち上がると、妖艶に微笑みながら服を脱ぎ出す。

 むろん光己の言葉遣いを聞いて、今は彼の意識が前に出ていると判断しての行動だ。案の定少年は食いついてきた。

 

「何と!? いやはっきり言って怪しいけど、確かに検査は必要だな」

「マスター!? てかあんた命令されてもないのに何で脱ぐのよ。悪魔崇拝者だからって痴女じゃないでしょうに」

 

 思わず身を乗り出した光己を、ちょっと顔を赤らめたジャンヌオルタが慌てて押さえる。他のサーヴァントたちも戸惑った様子である。

 そこにモレーは一瞬の隙を見出した。

 

(勝機!)

 

 モレーの魔力が半分ほどに薄れ、代わりに光己の1メートルほど後ろにまったく同じ姿の彼女がもう1人現れる。カルデア勢は皆元のモレーが脱いでいるのに気を取られて、その異変にまだ気づいていない。

 光己の後ろから首を掴んだり仮面をかぶせたりできるほどには近づけないが、聖杯を奪うだけならもう少し離れてもいいし、背後からの方がやりやすいだろうという計算だった。

 彼の心臓の真裏の方に手をかざし、小声で呪文を唱える。

 

「いあ! いあ! 聖杯よ、我が手に戻れ!」

 

 すると今まで休眠状態だった聖杯がわずかに活性化し、モレーの手に吸い寄せられ始めた。しかしそれはごくわずかな距離で、すぐにぴたっと止まってしまう。

 

「あれ? まだ気づかれてないはずなのに?」

「瞬間移動……いえ分身ですか!」

 

 その直後、分裂したことがバレたのか白い服の娘が旗槍で突きかかってきた。やむを得ず、いったん後ろに跳んで避ける。

 当の光己には、脳内で女の子が注意を促していた。

 

(光己、後ろにいる敵が何か引き抜こうとしたみたいだよ。今回は私が止めたけど、貴方もガードして!)

(立香か!? 分かった、でもどういうことなんだ!?)

(それは後で。まずはコレの制御を奪うから)

(確かに何か魔力を感じるけど、そんなことできるのか?)

(まっかせて! いくよ超必殺。極上! グレイル・ドライヴァー!!)

 

 立香が何かヒサツ・ワザの名前らしきものを口にしたが、おそらくただの演出で、実際はノートパソコンのキーボードを叩いているだけであろう……。

 しかしその効果は覿面(てきめん)で、謎の魔力源は元の位置に戻るとまた休眠状態に戻り、光己には存在を感じられなくなった。

 

(おお、マジでできたみたいだな……つまりモレーは今の魔力源をかっぱらおうとしてたわけか?)

(そうみたいだね。正体は分からないけど、結構すごい代物だと思うよ)

(ほむ……するとまさか聖杯!? いやさすがにそれはないか)

(その辺は当人に聞いてみればいいんじゃない?)

(そだな、それじゃまた後で)

(うん、気をつけてね)

 

 光己が脳内会話を終えて後ろを見てみると、モレーがもう1人いてエリザベートとバーヴァン・シーに追いかけ回されていた。

 つまり土下座と脱衣で注目を集めつつ緊張をゆるめておいて、その隙にエリザベートを分裂させた魔術を自分に使って分裂し、それで背後を取って魔力源を盗もうとしたという所か。おそらくは魔力が半分しかないはずなのに2人相手に捕まっていないあたり、何だかんだでラスボス張っているだけのことはある。

 

(手の込んだ偽装降伏しかけてきたわけだからもう情け無用でよさそうだけど、何を盗もうとしたかは聞いとくべきか……)

 

 光己は追われている方のモレーはスルーして、脱衣しようとした方の彼女に顔を向けた。ところがモレーはすでに服を着直してしまっているではないか! これは減点1である。

 

「それで、何がしたかったの?」

 

 なのでとりあえず普通に訊ねてみると、モレーは作戦失敗したとあってガクブルしながら教えてくれた。いやこれも演技かも知れないけれど。

 

「それはもちろん。あたしが求めていた聖杯が、気付いたら、なぜか消えちゃっててね?

 あれこれ探して、あれこれ呪詛なんか仕掛けたりして……ついこの前、ようやく判明した。聖杯は、カルデアのマスターさんの中にあると」

「ほむ、やっぱり聖杯だったのか」

 

 しかし何がどうなっていつの間にそんなことになったのか。世の中分からないものである。

 

「だから、わざわざこんな騒動を引き起こさなきゃいけなかったんだよねー。

 貴方の背後を取る所までは読み抜いてたんだけど、まさかその最後の一手で失敗するとは思わなかった。やっぱり熾天使パワーなのかな?」

「いや。ウリエルとは別の、俺の中の人のファインプレイだよ。誰かは教えてあげないけど」

「ええー、中の人が2人もいるなんてそんなのずるい!

 というか、その聖杯は()()()()()()()()なんだから()()()くれると嬉しいなー、なんて思うんだけど」

 

 モレーは最後のあがきなのか、言葉を選んでいるようだ。しかし当然のことながら、カルデアとしてはモレーに限らず黒幕側にどんな事情があろうと聖杯は譲れない。

 

「絶対にノゥ!

 というかさっきも言ったけど令呪もよこせ! さもなくば宝具8連打だ!」

「8連打って……いやそれより、令呪を渡すって手首切り取るってことだよねえ。それはちょっと」

「いや、俺はケガさせずに令呪だけ奪えるけど……でも手を触れる距離まで近づくのは不安があるな。

 ……おっとその前に。令呪はどっちのあんたが持ってるんだ?」

「あっちの追われてる方。だから令呪が欲しいなら、あの2人止めなきゃいけないねえ」

「……むう」

 

 利敵行為ではあるが、だからこそモレーはじらさずすぐ答えたのだろう。

 仕方ないので光己がエリザベートとバーヴァン・シーに声をかけて攻撃をいったんやめてもらうと、追われていたモレーは意外な素早さで脱いでいたモレーの所に戻って融合し1人に戻った。

 しかもその間にカボチャ兵が部屋に入ってきていて、彼女たちの前で隊列を組む。完全に仕切り直しされてしまった。

 

「うむむ、さすがにしぶとい……」

 

 とはいえこちらは失ったものは特にないが、分裂状態から1人に戻るのは意外と簡単らしいことや、光己の体内に聖杯があることが分かった。人質も奪還できたし、有利にことを運んでいるといって良かろう。

 

「でも聖杯奪うのに失敗したんだから、もう諦めた方がいいんじゃないか?」

 

 モレーは普通に戦っても勝てないと踏んだからこそ奇策に走ったのだろうから、それが功を奏さなかった以上勝ち目はあるまい。光己はそう考えたのだが、しかしモレーはこの期に及んでなお不敵に笑ってみせた。

 

「ふっふふ、それはまだ早いかな。だって『自分にやれることを最大限やる』って決めたんだから。これだけはやりたくなかったけど仕方がない」

「そうはさせるか!」

 

 モレーにはまだ奥の手があるようだ。光己は炎を飛ばして妨害しようとしたが、それよりモレーが腰に吊るした2つの仮面の片方をかぶる方が早かった。

 

「あたしは人間をやめるぞ! カルデアのマスターーーッ!!」

「何っ!?」

 

 モレーがかぶった骨製らしき仮面の端から太い針が何本も飛び出し、モレーの頭にぐさぐさと突き刺さる。あれではサーヴァントといえども即死と思われるが、まさかあれで人間をやめる、つまり死ぬことによって「森の黒山羊」に転生するとかそういう流れか!?

 やがて仮面がぱらぱらと風化して崩れ落ちたが、モレーはしっかり生きていて、転生とか変身といった異変の兆候は見られなかった。

 

「……??」

「ああ、人間やめるって言ったのは単なるモレージョークだよ。

 本当はただのドーピング剤。ひと時の超パワーを得る代わりに、後で結構な筋肉……いやエーテル体痛でのたうち回るって代物さ。だから使いたくなかったんだ」

 

 不思議顔をした光己にモレーは親切に解説してくれたが、それは彼女が魔力を集める時間を稼ぐためでもあった。前置きの詠唱を省いて、速攻で宝具を開帳する!

 

「何人生き残れるかな? 『13日の(ヴァンドルディ)―――がっ!?」

 

 ……が、途中で胸に激痛が走り中断させられてしまった。

 

「アッハハハハッ! 残念だったな、そうそう何度もやらせるわけねえだろ!?」

 

 バーヴァン・シーが先に宝具を使ったのだ。殺傷力はさほどでもないが、矢弾を射たないのでカボチャ兵が何人並んでいても素通りして当てられるのだった。

 

「いや、まだ魔力が散っていない! ここは私も行く、『砕けよ黄金の枷鎖、黄金の恥辱(オーセンティック・トライアンフ)』!!」

「あーもー仕方ないわね、『幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)』!!」

 

 ゼノビアの宝具は矢を乱射するもので、カボチャ兵を倒しつつモレーたちも攻撃しようという意図だったが、それを察したカーミラがモレーの前に宝具を展開して彼女に矢が当たるのだけは何とか防ぎ止めた。

 カーミラの宝具は本来は女性特攻の拷問器具を現出させるものだが、硬い棺でもあるので盾代わりに使ったのである。

 

「すまない、助かったよ。うぐぐぅぅ……『13日の金曜日(ヴァンドルディ・トレイズ)』!!」

 

 モレーが苦悶の呻きを上げつつも今度は開帳を成功させ、先ほどより段違いに強力な濁流がカルデア後衛組に襲いかかった。

 しかしこれだけ前振りがあれば、防御担当も準備が間に合う。

 

「では今度は私が。『きみをいだく希望の星(アラウンド・カリバーン)』!!」

 

 小人たちの家での戦いの時と同じく、金色の光のドームが光己たちを囲む。モレーの感覚ではさっき旗槍娘が張った結界より貧弱に思えたが、なぜかドームの向こうは遠い異世界のようで、実際モレーが放った黒い濁流は光の膜を破れそうな気配さえなかった。

 

「何あれ……?

 でもあんな変わった結界、そんな長時間張り続けられるわけない。根気比べだよ」

「うーん、確かに」

 

 アルトリア・キャスターの結界宝具は中から外に攻撃できないので、貝のように閉じこもって濁流が消えるまで待つしかない。果たしてどちらが先に音を上げるのか?

 ……しばらく経って。モレーは重傷を負っている上に聖杯を完全に奪い取られたのでやはり持続時間は短かったが、彼女にはそれを補う手段があった。

 

「令呪を以て命じる。あたし、宝具の開帳を続けて!」

「ちょ、そんな手アリ!?」

 

 まさか自分に令呪を使うとは。それはまあ、モレーもサーヴァントだから令呪の対象にはできるけれど……。

 微妙に出力が落ちかけていた濁流が力を取り戻したのを見て、光己とキャスターも延長戦に応じる覚悟を決めた。

 

「しょうがない、こっちも使おう。令呪を以て命じる。姫、宝具の開帳を続けて!」

「は、はい!」

 

 これで光己は令呪を使い切ってしまったが、一緒に戦っているサーヴァントたちに裏切られる心配はまったくない。一方モレーは今日までに令呪を使っていなければあと1画残っているが、項羽たちが彼女の目的に賛同しているとは思えないので、モレーが令呪を使い切ったら裏切られる可能性は十分ある。果たして使うだろうか?

 

「ううううううーーん……使うか使わざるか、それが問題だ……」

 

 実際モレーは悩んでいた。

 モレーは光己を注意深く観察していて、彼の手の甲に令呪はもう残っていないのを確認していた。だから最後の1画を使えば妖精娘の結界を押し切れると計算したが、そうすると先ほど令呪で縛ったカーミラはともかく、項羽と武則天が寝返らない保証はない。

 何しろこちらは悪魔崇拝者で、向こうは人類を救うために戦っている正義の味方なのだから。2人にいくらかでも人類や故郷を愛する気持ちがあるなら、モレーが令呪を使った直後に襲いかかってくるだろう。

 しかし使わなければ宝具を耐え切られて、その後は反撃でやられるだけである。早くもエーテル体痛で全身がピシピシ痛くなってきたし。

 

「えーいっ、どっちにしても分の悪い賭けなら、全部出し切る方に張ってやる!

 持ってけドロボー! 追加の令呪だぁー!!」

 

 そして令呪の効果が切れる寸前に、なかばヤケクソでそう叫びながら最後の1画を切った。それを聞いた武則天がさすがに驚く。

 

(むう、こやつ妾や項羽が叛くのを恐れておらんのか? いや危険は承知の上で、あえてそちらを取ったのか)

 

 実際武則天は聖杯も令呪も失って負けそうなモレーにいつまでも従う義理はないのだが、しかしモレーが体の負担が大きいのか口や鼻、そして首の傷から血を流しながらも必死で宝具を制御している姿を見ると横から刺す気にはなれなかった。

 

(そういえば妾も皇位に即くまでは、あんな感じでなりふり構わずやっておったのぅ……)

 

 だからまあ、そういう奮闘を邪魔するような無粋はやめておこうと思う。

 カーミラも横槍を入れるつもりはなさそうで、カルデアに内応しているはずの項羽も動く様子はなかった。

 

「項羽王?」

 

 それに疑問を抱いたバーゲストが小声で事情を訊ねてみると、項羽も小声で説明してくれた。

 

「心配は要らぬ。私が寝返らずとも彼らはあの宝具を凌げるが、逆に私が寝返ってモレーを討てば、その後私とそちらの主導者が契約するのが間に合わず私がそのまま退去になる恐れがあるのだ」

「……そうなのか」

 

 バーゲストは項羽が高度な未来推測能力を持っていることは知らないが、彼の言葉から嘘や迷いは感じられなかった。なので自分も手を出さず、黙って戦況の推移を見守ることにする。

 

「―――王子様、モレーが最後の令呪を使ったみたいです! どうしましょうか」

「むう、あっちも勝負かけてきたか……」

 

 キャスターのちょっと焦った面持ちでの報告に、光己も新しい方針を決めることを強いられた。

 

「これは逃げるしかないか? でも俺とシバさんで7人は無理……いやお姉ちゃんとジャンヌオルタに短刀に戻ってもらえば5人だから、3人と2人に分ければ何とかなるか……?」

 

 といっても黒い濁流はかなり波が立っていて光のドームの上にも結構かかっていたりするので、単に上に飛べば無傷で脱出できるというわけでもない。逆に言えば、ある程度のダメージを覚悟すれば抜けられるということでもあるが……。

 ちなみにエリザベートはもう合体して1人に戻っているので、カウントも1人分になっている。

 

「でもこの呪い、なかなか強力ですよ。サーヴァントでも浴びたらかなり痛いと思いますし、まして王子様にはキツいんじゃないかなと」

 

 キャスターは光己の無敵アーマーのことをまだ知らないのでこう言ったが、光己としてもなるべく無理はしたくない。しかしそういうわけにもいかなさそう―――と思った時、救いの手ならぬ声がまた脳内に響いた。

 

(大丈夫だよ光己、今聖杯から魔力引き出せるようになったから。それを彼女に送れば宝具の持続時間延ばせるでしょ?)

(おお、マジか! さすが俺の立香、さっそく頼む)

(誰彼かまわず俺の扱いするの良くないと思うなあ)

 

 とか言いつつも、立香は言った通り聖杯から魔力を引き出して光己に送ってくれた。これでキャスターへの魔力供給量が増えたので、宝具を展開し続けてもらうことができる。

 

「さすが王子様! これならまだまだ保ちますよ」

「よし、勝ったな! 風呂入ってくる」

「それはまだ早いんじゃ……」

 

 光己のジョークの出来はともかく、これで延長合戦はこちらの勝ちだ。カルデア勢がそう判断した時、モレーも己の敗北を悟っていた。

 

「うーん、あの娘そろそろ限界だと思うんだけどなあ……って、そっか、聖杯か!

 あちゃー、今まで使わずにいたのはこういう勝負所が来るのを待ってたからかあ」

 

 まさか令呪を無駄打ちさせる策だったとは。いやこの推測は外れなのだが、ウリエルの疑似サーヴァントなら聖杯の魔力を適量引き出すくらいすぐできるはずと考えるならむしろ順当な判断だった。

 

「これはもう打つ手なしだねえ……負けたかな。

 まあもともと人間の良心も神の愛も信じ切れず、異端に走っちゃった身だしね。英霊の器なんかじゃなかったし、聖杯に逃げられるのも当然か。

 でもやれるだけのことはやり切ったんだから、後悔だけはないかな」

 

 そして魔力も尽きると、宝具の効果が切れて濁流が消えていくのを眺めながら意識を失ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 モレーは気絶するとそのまま膝から崩れ落ちたが、武則天が後ろからさ支えて倒れないようにしていた。

 濁流が完全に消えてカルデア側も結界を解除したところで静かに訊ねる。

 

「どうやらこちらの負けのようじゃが、そなたたちこの娘をどうする気じゃ?」

「さっき言った通り令呪はもらうかな。カルデアに虞美人がいるんで、項王は連れて帰りたいから。

 実はそういうことで話ついてて、そうだとバレない程度に八百長してもらってたんだ」

「何、虞美人じゃと!?」

 

 虞美人が実在して、しかもカルデアにいると聞いて武則天はさすがに驚いた。

 

「うーむ、それなら内応しても仕方ないか……ぶっちゃけ妾も項羽もこの娘に尽くす謂われはないからの。

 そういえばそなた、『ケガさせずに令呪だけ奪える』と言っておったな。つまりこの娘を無駄に痛めつける気はないということか?」

 

 これはモレーを意味もなくいたぶったりするのなら抗うという意味である。武則天は生前は酷い拷問で大勢殺害していたが、だからこそたまには誰かを苦痛から救うムーブもしてみたいと思ったのだ。

 まあ単なる気まぐれでもあるが。

 

「エリザベートは痛めつける気満々ぽいけど、俺としては無辜られた人を必要以上にシバく趣味はないかな。

 負けを認めてたし魔力もすっからかんみたいだから、令呪取り上げたら退去になると思うし」

「ふむ、それなら構わんと思うがどうじゃ?」

「そうね、この状況で悪あがきしても意味ないしいいんじゃない?」

 

 光己の返事を受けて武則天が同僚に訊ねてみると、異存はないようなので素直に降伏することにした。

 

「そうか、では妾たちは手を引こう。後は任せた」

「分かった。それじゃシバさん、お願い」

 

 光己は令呪を奪うためには手で触れる必要があるが、こちらからは接近せずシバの煙の手でモレー1人だけを運んできてもらうという用心深さを見せていた。武則天やカーミラにはそれにケチをつける筋合いもなく、穏便に気絶したモレーを連れてくることができた。

 さらに念には念を入れて、ジャンヌオルタとゼノビアにモレーが本当に気絶しているか確認してもらった上で、2人がかりで両腕を押さえていてもらう。

 

「ここまですれば安心だな。それじゃ予告通り、令呪もらおう」

 

 モレーの右手の甲に自分の右手のひらを重ねて、冬木でもやったように彼女の令呪を奪い取る光己。

 モレーの令呪は3画とも使い切られているが、サーヴァント契約の媒介としては意味がある。つまり今モレーの令呪を奪った光己は、彼女と項羽たちとの契約を解除し自分と契約し直したことになるのだ。

 

「項王、どうですか?」

「……うむ。モレーとの間にあった魔力のつながりが汝に移行したのを知覚した」

「よかった。それじゃカルデアに帰ったら虞美人にマスター権譲りますので」

「なんと、我が妻もマスター適性を持っているというのか。……承知した、宜しく頼む」

 

 これで項羽を連れ帰るという当初の目的を達成できることになった。光己は深く安堵しつつ、抱き合わせで契約してしまった武則天とカーミラに顔を向けた。

 

「ええと、お2人は来ませんよねえ?」

「そうじゃな、このたびは敵であることを貫かせてもらうとしよう」

「当ッ然! 絶対にノ……いえイエスと言わせていただくわ」

「分かった、それじゃ契約解除で」

 

 当然ながら2人はカルデアに来る気はないというか、仮に来てもらえても扱いが難しいのは分かり切っているわけで。光己はむしろ安心しつつ、一応それは顔には出さずに2人との魔力パスを断ち切った。

 するとさっそく武則天とカーミラ、そして戦力も魔力も失ったモレーの姿が薄れ始める。

 数秒遅れて、光己たちカルデア勢も同じように退去が始まった。

 

「おお、これで修正終了ということか……しかしいつもながらせわしいな。

 それじゃメリュとバーゲストと項王、こっちに来て。

 エリザベート、またどこかで会ったらよろしくな。

 ナポレオン帝、いろいろありがとうございました。英霊の座で俵公たちに会ったら、カルデアのマスターが感謝していたと伝えていただければ幸いです」

 

 特異点修正に伴う退去はいつもながら別れを惜しむ時間をあんまり取ってくれないので、光己が早口で挨拶すると2人も笑顔で応えてくれた。

 

「ええ、またマネジメントお願いね!」

「こちらこそ面白い冒険をありがとうだメートル! またいつか会おう!」

 

 ―――こうして、初のハロウィン特異点は無事修正されたのだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。