サーヴァントは目の前にいる者がサーヴァントかそうでないか識別することができる。なのでレオタードの少女は、目の前にいる2人のうち少女はサーヴァントだが少年の方は違う、つまり少女のマスターの魔術師であろうと判断した。
レオタードの少女は魔術師は嫌いだったが、今回はどうやら命を助けられたようだし、2人とも善人そうに見えるので失礼な態度は取れない。まずは普通に礼を述べることにした。
「貴方がたが助けて下さったんですか? ありがとうございます」
「どう致しまして。見たとこケガはしてなさそうだけど大丈夫?」
「はい、戦闘したわけじゃありませんからケガはありません。というか貴方の方こそ大丈夫ですか?」
見れば少女の方はごく普通にしているが、少年は顔が真っ青で今にも倒れそうである。初対面の行き倒れをそこまでして助けてくれたとなると、感謝を通り越してちょっと申し訳なくなってくる。
「あんまり大丈夫じゃないけど、やりたくてやっただけだからそんなに恐縮しなくていいよ。でも今あげた分だけで足りた? また力尽きて倒れたりしない?」
光己としてはせっかく苦労して助けたのにすぐ死なれてはたまらない。ずっと面倒見るとまでは言わないが、しばらく動ける程度までは回復してほしかった。どうやら悪党ではないみたいだし。
もちろん彼女がサービスがいい美少女だからなんてのは理由の10%程度に過ぎない。過ぎないんだったら!
レオタード少女はそこは正直に答えざるを得ない。
「うーん、意識が戻ったという程度ですからこのままでは正直……。
やはり何か恒常的な魔力供給源がありませんと」
本来サーヴァントが召喚される時は、マスターなり聖杯なりからちゃんと供給を受けるものなのだが、彼女は気がついたらこの街にいた身で、聖杯からの供給もなぜか無かったのである。少年の行為は嬉しかったが、これだけではわずかに延命したに過ぎない。
「うーん、なるほど」
つまり彼女を助けるにはその手のマジックアイテムを与えるか、光己がサーヴァント契約を結ぶしかないということのようだ。しかし光己はそんな便利な物持っていないし、リリィを召喚した時のことを思い出すに、彼女と契約したら本当に死んでしまいかねない。
光己は立ち往生したが、幸い今回はそこまで深刻な話ではなかった。
「いえマスター。すでに現界しているサーヴァントと契約するのであれば、1から召喚するより負担は少ないですよ。
この方かなり枯渇してるようですので、それなりにはきついと思いますが……」
もっともリリィが気まずげに顔をそらしたあたり、結構な覚悟が要りそうではあったが……。
しかし命に別状がないならやってもいいが、その前に彼女がここにいる理由と目的は聞いておくべきだろう。
「ところで貴女はここで何を? って、そういえば自己紹介もまだだったな。俺は藤宮光己、こっちはセイバーのリリィさん」
「アルトリア・ペンドラゴンと申します。ですが王位に就く前の修業中の身ですので、リリィとお呼びください」
リリィがそう名乗って軽くお辞儀をすると、レオタード少女は思い切り目の色を変えた。
「アルトリア……!? ということは聖剣の騎士王、アーサー王……!? あの名高きお方が今目の前に!? サ、サイン下さい」
「サイン!? い、いえ私はそんな大層な者ではありませんから……」
いきなり両手を握られサインをねだられてリリィは閉口した。王の責務を終えた後の自分ならともかく、今はサインを書くような身分ではないと本気で思っているのだ。
ここは話をそらそうと彼女の名前を訊ねると、レオタード少女は自分の非礼に気づいてあわてて謝罪した。
「こ、これは名乗りもせずに不躾を! 私はシャルルマーニュ十二勇士が一人、
聖杯は尊いものだと聞いていますが、私はそれで願いをかなえたいというわけではありませんので、何故ここに現界したのかはわからないのですが、アー……いえリリィ様が正義をなすならば、お手伝いするのはやぶさかではありません」
やぶさかではないどころか、積極的についてくる気満々にしか見えない。その曇りない純真な瞳に光己は抗弁するすべを持たなかった。
「まあリリィが悪いことするとは思えないし、問題はないか……」
「ああ、そういえばリリィ様はどうしてここに?」
ブラダマンテがまた顔を向けてきたので、リリィは光己に話したことをもう1度説明した。アーサー王が人に迷惑をかけていると聞いた少女騎士が首をかしげる。
「うーん、別側面とはいえアーサー王がですか? しかし王なら、短期的には悪いことに見えても大局的には差し引きプラスというようなことなのかも……」
たとえば生前のアーサー王には軍を維持するために村1つを干上がらせたという故事があって、それだけを見れば暴君の所業だが、そのおかげで敵を撃退できたのなら悪政とはいえない。だって戦に負けたら軍の後ろにいる街や村も略奪狼藉を受ける、つまりただ干上がるより酷いことになるのだから。
いやまあそんなことにならないよう常日頃から備蓄を準備しておくべきだとか言って非難するのは簡単だが、当時のブリテンは侵略と凶作が続いていたというからそんな余裕はなかったのだろう。
「どちらにしても私がリリィ様に同行するのに問題はありませんね!
では契約をお願いします!」
「お、おう」
この娘明るくて元気で真っ直ぐで正義感が強くて行動力もありそうなのはいいが、その分単純で猪突猛進タイプで騙されやすそうな感じがする。しかも美少女だからなおさら危険だ。そんな印象を受けた光己は、少なくともここでは俺がどげんかせんといかん!と妙な使命感にかられて、彼女の希望通り契約することにした。
考えてみればリリィも同じタイプだし。
「で、契約ってどうやるの?」
「あ、それを知らないということは魔術師じゃないんですね!」
ブラダマンテにとっては喜ばしい話だったがさすがに口には出さず、契約の手順だけを教えた。といっても両者に合意があるなら特に難しいことはなく、向かい合ってある文言を唱えるだけである。
座ってやるのも何なので、2人は立ち上がって向かい合った。
ブラダマンテは女性としては背が高く、光己より数センチほど低いだけである。またレオタードの股間のVカットがかなり際どく、それにしても臀部が良い! 鼠蹊部と太腿も実に素晴らしかった。つまり頭の天辺から足のつま先まで抜群ということかさすが聖騎士!と光己は改めて感嘆した。
口に出すとセクハラになるので沈黙を保ったが。
「それじゃ、えーと。
―――告げる!
汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に! 聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら我に従え! ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」
「はい、マスター!」
光己の言葉にブラダマンテが応えた直後、彼の右手の甲に再び熱い痛みが走る。契約は無事成立したようだが、この紋様(令呪というらしい)は共用になるらしい。
同時にまた生気を大量に吸い取られて、光己が膝からぐらりと崩れ落ちる。
「危ない!」
しかしリリィとブラダマンテは強力な戦士だけあって反応は速く、彼の前と後ろから身体をささえて彼が倒れるのを防いだ。
「……っと、あ、ありがとな」
光己はとりあえず礼を言ったが、背中に当たっているリリィの胸甲はともかくブラダマンテの乳房が自分の胸板でたわんでいる感触は至高だった。事情が事情とはいえ、こんな美少女2人が前後から抱きついてくれるとは!
(それにこう、何ていうかいい匂いがする……!)
光己は別の意味でくらくらしてきたが、ブラダマンテに「大丈夫ですか?」と声をかけられると我に返った。
もちろん、ここでどさくさ紛れに彼女の体をさわるとか、そんな心躍ることは……しない。
「あ、ああ。やっぱり生気抜かれちゃってな。何とか立てるからもう大丈夫だよ」
「はい」
すると2人は離れてしまったが、まあ仕方がない。
「でも本当にありがとうございます。偶然見かけただけの行き倒れにここまでしていただいて」
「いや、ブラダマンテがいい娘だからしただけだから、そんなに気にしなくていいよ」
実際彼女が聖杯とやらで悪しき欲望を満たそうとする反英雄だったなら、逆にとどめを刺すことだってあり得たのだ。光己とてやることがある身、悪党を助けるために生気をささげて動けなくなるわけにはいかない。リリィにも迷惑がかかるだろうし。
「はい。それでマスターはここで何を? 魔術師じゃないのなら、聖杯戦争の参加者ではないと思うのですが」
「ああ、もちろんそんなんじゃなくて事故で来ただけだよ」
と光己は初対面だけにカルデアという固有名詞は伏せつつ、爆発事故で失神して気がついたらこの街にいた旨を説明した。
よく考えたらマシュは下半身を大きな瓦礫に潰される大ケガをしていたから見つけてもすでに死んでいるかも知れないが、それならそれで彼女の最期の願いをかなえてやれなかったのだからせめて遺体に手を合わせるくらいはしてやりたい。
「といってもここに来てるかどうかはわからないから、いつまで探すのかってのはあるんだけど」
「なるほど、それは大変でしたね……」
ブラダマンテも実は人を探している身なので、光己が言うことはよく理解できた。
ただ彼はもう顔色真っ白なので、あまり無理はさせられない。
「では私がマスターを抱っこしてしばらく歩いてみるというのは?」
「うーん、そうするしかないかな」
現状では骸骨はともかくあの黒い影や正規サーヴァントと遭遇したらすぐ逃げるべきなので、光己がのたのた歩いているのは好ましくない。男子としては気恥ずかしいが、やむを得なかった。
そして3人がしばらく歩いていると、何やら硬い物がぶつかり合うような音が聞こえた。
「これは剣や槍や盾で戦っている音ですね。見に行きますか?」
ブラダマンテは現役の騎士だけあって、この種の識別は早かった。光己としては悩ましいところで、とりあえず遠くからこっそり覗いてみることを提案する。
「うーん、まずは様子を窺うべきかな?」
「はい、わかりました」
少女2人も光己の体調を考えれば正々堂々にこだわれないので、まずはリリィが偵察に出る。
そこでは黒っぽい軽甲冑を着て大きな十字型の盾を持った少女が、例の骸骨たちと戦っていた。自身の背より大きな金属盾を軽々と振り回している時点で人間ではなくサーヴァントであり、骸骨たちはかんたんに叩き割られ吹っ飛ばされて、当初は10体ほどもいたのがすぐに全滅してしまった。
周囲に動くものがないことを確認して、ふうっと息をつく。
「戦闘終了。何とかなりました……しかし先輩はここにいるのでしょうか。いるのなら早くみつけないと……」
物憂げにつぶやきながら、もう1度周りを見回す。しかしやはり人影はない。
何しろ彼女の「先輩」は、この骸骨1体倒すことすら難しいだろう、まじり気なしの一般人なのだ。早く見つけないと殺されてしまうのは確実、いやもうすでに殺されているのではないかと思うと、気が重くなるばかりなのだった。
リリィはその様子を気配を殺してじっと観察していたが、盾の少女がこちらに向かって来るのを見ると、光己のところに戻って彼女の容貌などを報告した。
「うぅん……?」
それを聞いた光己が首をかしげる。
背格好や髪の色などはまさに彼が知っているマシュなのだが、彼女はケガをしていたはずだし、まして盾を振り回せる腕力など持っていない。おそらく別人だろうが、ただスルーするのは気が引けた。
「…………そうだ、物陰からその娘に向かって俺の名前を連呼してみてくれ。それでマシュかどうかわかるだろ」
この方法なら、顔を合わせて誰何しなくても、盾の少女が光己の知人かどうかすぐわかるというわけだ。今は知らない人との接触は避けたいので、こんな策を考えたのである。
自力で歩けないほど弱っているわりにはなかなか知恵が回るようだ。あるいは先ほどの使命感のおかげかも知れない。
「なるほど、では行ってきます」
リリィが素直に承知して彼の策を実行すると、盾の少女は実に分かりやすく狼狽した。
「えええっ、先輩!? どこのどなたかは存じませんが、先輩のこと知ってるんですか?
あの、私はマシュ・キリエライトと申しますが、先輩のことをご存知ならぜひ教えていただきたいのですが……!」
しかもご丁寧に自分の名前も名乗ってくれたので、盾の少女の正体は明白となった。
こうして、光己とマシュは無事生きて再会することができたのだった。
オルガマリーは出て来ない方が幸せのような気がするんですよねぇ。原作通りならアレですし、仮に生き残っても腹心に裏切られて傷ついてるでしょうし職員には好かれてませんし、人理修復に成功しても認められるどころか査問くらって爆破テロの責任問われるのは確実という……。
でも彼女が生きてればコヤンスカヤたちがカルデアを乗っとるのは難しくなりますから、全体的には生き残る方が望ましいという考え方も。むむむ。