カルデア一行は周囲で人里を探したが日暮れまでに見つからなかったので、代わりに見つかった小さな林の中で野営をすることになった。
光己は未来から来た文明人だから宿屋で泊まる方が好みだが、時にはこうして皆でキャンプというのも悪くはない。
「自然の環境が違うからなあ……」
空気がきれいで美味しいし、夜には真っ暗い空に星々が数え切れないほど燦々とまたたいているのがとても美しい。21世紀日本の都会では見られない光景だ。
それに焚き火を囲んで美女美少女たちと歓談というのもまことに乙なものである。
「今は作戦会議なんて不粋な話題なんだけど」
自己紹介をすませた後は必然的にこうなる。司会は当然マスターたる光己なのだ。
「いや人理焼却とカルデアの説明からか。ちょっと長くなるけど先に聞いてくれる?」
「はい」
作戦会議の前提として、光己がマルタに魔術王のもくろみとカルデアの行動について話すと、マルタは聖女だけあって大いに賛同してくれた。
「なるほど、竜の魔女ですら手駒にすぎないというわけですか。そういうことならなおのこと、聖女、いえ、1人の人間として全力で協力させていただきましょう」
マルタは先ほどまでと違って、雰囲気や口調がだいぶ穏やかで丁寧なものになっていた。あのガラの悪さは狂化によるものだったのだろう。
「うん、ありがとう。んじゃ次はそっちの話してもらえる?」
竜の魔女陣営のメンツを聞きたいという意味だ。古来より、彼を知り己を知れば以下略なのだ。
もちろんマルタに否はない。
「ええ。まず首領……魔術王にとっては道具でしょうがそれは措いておくとして、ここでの最終目標は竜の魔女、狂った聖女ジャンヌ・ダルクですね。確かにジャンヌさんと肌と髪の色以外はそっくりですが、こうして見ると彼女が何者なのか、改めて疑問がわきます。
ルーラーに別側面の現界というのは考えにくいですが、仮にそうだとしても、ここまで人格が違うのは妙ですからね」
マルタも黒いジャンヌの正体は見当がつかないようだ。第一ジャンヌは生前には竜とのからみなんて無かったのに、なぜかのファヴニールを召喚できるほどの竜の要素を持っているのか?
「まあそのあたりは、今考えても仕方ないことですね。
次に側近としてジル・ド・レェがいます。将軍ではなく魔術師のような風体でしたが。能力はよく知りませんが、海魔を召喚するのを見たことがあります」
ジルは生前フランス軍で元帥を務めていたが、晩年には錬金術に手を出したり領内の少年を大勢殺害したりしており、今回はそちらの側面が召喚されたのだろう。
「ジルが……」
ジャンヌが沈痛な顔でうつむく。彼がフランスに害をなす動機が想像できて、しかも自身にはそれが無いだけにいたたまれないものがあるようだ。
人生経験が少ない光己には彼女にかけるべき言葉なんて思いつくはずもなく、マルタもあえて声をかけず説明を続けた。
「連中の中枢はこの2人だけで、あとは狂化させられています。
警戒すべき順に言うと、まずランスロット……かの円卓の騎士の中でも最高の騎士といわれた人物ですね」
「ランスロット……!?」
マルタの言葉が終わらぬうちに、普段おとなしいマシュが珍しく低い声で嫌悪のこもった呟きをもらした。
「ああ、穀潰し卿ですね」
「ちょ、マシュ!?」
光己は思い切り泡喰ったが、そういえばマシュに力を与えた英霊であるギャラハッドはランスロットの息子であった。その父は自分を捨てており、しかも不義密通の末に国が滅びる原因を作った人物とくれば、それは悪口や恨み言の1つや2つ出るというものだ。
ランスロットには功績が数多くあるので「穀潰し」という評価はやや不適当と思われるが、マシュの性格的に「謀反人」とか「間男」といったストレートで強い言葉は好まないのだろう。
「そうだ、先輩! もしランスロットと戦うことになった時はぜひ私を先陣に」
「は!?」
光己は噴き出した。
「いやいや、させるわけないだろ? ユーアーシールダー、マスターの護衛。アンダースタンド!?」
「はい、その役目には使命感を持っていますが、でもたまには攻めの手柄があってもいいと思うのです」
「なくていいからね!?」
光己にとって当然の主張であったが、マシュはなかなか引かなかった。
「そこを何とか!」
「ならないよ!? そりゃ俺も硬くはなったけど、最高の騎士と戦うのに護衛が抜けるとか意味不明だろ。
もしンなことやったら罰としておっぱい揉むからな」
「そ、それセクハラですよ先輩!?」
「え、命令違反をすれば
光己が動揺のあまり少しばかり本性を現すと、この瞬間を待っていた!とばかりに清姫が割り込んできたので収拾がつかなくなってしまった。人理修復という大任を請け負っている身とはいえ精神年齢は10代なのだから、時にはおバカなこともしてしまうのだ。
「……貴方たちその辺にしときなさい」
まあ(見た目&中身)最年長者の拳骨ですぐおとなしくさせられたのだが。
常識的に考えて、マシュの希望は危険なだけでメリットがないので当然のごとく却下され、会議はそのまま続行された。
「あと私が見たのは古代ギリシャのアタランテ、フランスのシュヴァリエ・デオン、ワラキアのヴラド3世、ハンガリーのカーミラ……そちらのエリザベートさんが大人になった姿、ですね。
アタランテは理由はわかりませんが、懲罰を受けている最中ですが」
「おお、アタランテってのは聞いたことあるな」
確か求婚者と競走して、彼が勝ったら結婚するが負けたら射殺すとかいうイベントを実施した過激な女性だと思ったが、それでも希望者が大勢いたあたり、アタランテが特に殺伐とした性格なわけではなく、そういう時代だったのかも知れない。少なくとも足が速いのと弓の達人なのは確かだろう。
「デオンってのは知らないなあ。ヴラドっていうと串刺し公か。カーミラは伯爵夫人ってだけだし、そんなに強くないと思っていいのかな?」
ヴラドは為政者としては強力だったが、アーサー王や項羽などと違って個人として超絶的な武力があったわけではないし、カーミラに至っては剣を持ったことさえないだろう。生前の能力そのままで現界するなら、戦乙女や十二勇士の敵ではないと思われるが……。
「それなら話は簡単なのですが、サーヴァントというのはそう単純じゃないのですよ」
まずサーヴァントは最低限のスペック保証がある上に、生前の逸話を宝具という形で再現できる。さらに知名度や当人の現地での認識のされ方にも影響を受けるため、たとえばヴラドやカーミラは本当に吸血鬼になっているのだ。
「マジか。そういう現象があるって話はカルデアで聞いたけど、実際に会った人に聞くと怖いなあ」
それではいくら生前のスペックが勝っていても油断できない。ある程度の指標にはなるが、過信は禁物だろう。
「それで、誰かデオンって人のこと知ってる?」
「はい、おそらくフランスでスパイをしていた人物だと思います」
マシュはやはり博学であった。18世紀末から19世紀にかけて、フランスの諜報機関に属し、外交官でもあり、美貌とフェンシングの腕前が特徴だったという。
「へえー。あれ、でもそうすると『今』よりだいぶ後の人だよな。未来の人がサーヴァントとして召喚されるってこともあるのか」
「そうですね、英霊の座には時間の概念はないといいますから」
「へえ……!?」
そうなると何か色々おかしなことになるような気がしたが、自分には関係ないことなので光己はスルーすることにした。
「まあ今の話だと、アタランテとデオンは今回と同じ手で勧誘できそうだな。ヴラドとカーミラは無理か」
「ええ、アイツはアタシが倒すから」
エリザベートの低くこもった口調は彼女の決意の強さを感じさせた。光己としても、エリザベートがあまり無茶をするのでなければ異議はない。
「そうですね、ですが勧誘にこだわって加減しすぎないように。私たちサーヴァントと違って、生身の貴方とマシュさんは死んだらそれまでなのですから」
「ああ、それはもう」
マルタに念押しされたが、光己もそれは重々わかっている。犠牲者もケガ人もなしで全部解決というのは虫が良すぎかも知れないが、仲間になるべく傷ついてほしくないというのは当たり前の気持ちだと思うから。
「そうですか、安心しました。あとはファヴニール対策ですが……」
ワルキューレ2人の必中宝具で頭部か咽喉に深手を負わせてから、タラスクと清姫で殴り倒すという作戦もあるが、竜2頭の持続時間が短いという問題があるので難しい。仮に倒せたとしても、それで4騎が疲れ切ってしまってはまずいし。
「やはり竜殺しが欲しいですね。
そういえば皆さんはリヨンに向かっていたようですが、もしかしてジークフリートのことを知っているのですか?」
「ああ、ラ・シャリテの街で運良くさ。生きててくれればいいんだけど」
「そうですか、なら方針は決まりですね」
マルタは光己たちに「竜殺し」がリヨンにいることを教えるつもりだったのだが、その必要はなかったようだ。ともあれ明日は予定通りリヨンに行くということで会議は終了したのだが、そこでマルタがふと光己の顔に目をとめてじーっと見つめた。
「ん、マルタさんどうかした?」
光己はマルタに対しては、彼女の年齢と貫禄からさん付けになっていた。
それはともかく何用なのだろう?
「ええ。マスターから竜……はっきり言うとファヴニールの匂いを感じるので気になりまして」
「おおぅ、さすがはドラゴンライダー……実はかくかくしかじかで」
マルタは清姫みたいに竜種というわけではないのに気づくとは。光己がその慧眼に感心しつつ、ファヴニールの血で無敵アーマーを得た経緯を説明すると、マルタは大仰に褒め称えてくれた。
「なるほど。人理のために邪竜の血を浴びたとは、まだ若いのに見上げたものです。貴方のような方が『最後のマスター』で良かった。
……そうだ、この際だからタラスクの血も浴びませんか?」
「ファッ!?」
と、思ったらとんでもないことをのたまったので、光己は思わず目を丸くしてしまった。
「タラスクも血筋はいいですから、害にはなりませんよ、多分。
もし何かあっても『
「ファァァッ!?」
ブラダマンテたちと格闘でやり合えただけあって、やはり凄女の方だったらしい。しかし光己はアーマーにもブレスにも一応満足していたので、また血の池地獄に入るのは勘弁願いたかった。
「いや気持ちは嬉しいけど、タラスクもむやみに血を流すのは嫌だろうしそこまでしてもらわなくても」
「今日会ったばかりだからって遠慮しなくてもいいですよ。といってもここじゃなんですし、ちょっと離れた方がいいですね」
「いや遠慮じゃなくてね!?」
「それじゃ行きましょうか。夕食前には終わりたいですからね」
光己がファヴニールの血を浴びたのは、半ば自分の命のためにやむを得ずなのだが、マルタは人理のために積極的にしたことと解釈したらしく、実に乗り気かつ善意100%であった。光己の手を引っ張って林の奥に連れて行く。
「アイエエエ! 血の池風呂! 血の池風呂ナンデ!?」
こうして光己は苦難を乗り越え、3度目のパワーアップイベントを果たしたのであった。まる。
夕食は街で買ったパン等のほか、さっき倒したワイバーンの肉とリヨンを縦断するローヌ川で採った魚の串焼きである。新鮮さはこの上なく、味付けは塩だけだったが十分美味だった。
「うう、まだ体が痺れる……清姫の時よりはマシだけど」
光己が強くなったからかあるいはタラスクの血に刺激性が少なかったからかは定かでないが、今回はわりとすぐ復帰できていた。グチりつつも、普段並みに肉と魚をかきこんでいる。
「とりあえず、無敵アーマーは『
傍からみればどうでもいいことだったが、当人にはこだわりがあるようだ。隣のマシュと清姫はどう答えていいか分からなかったので、あいまいに相槌を打ってごまかした。
そこにマルタが近づいて来る。
「ふむ、どうやら後遺症の類はなさそうですね。安心しました。もっとも多少のことなら私の祈りで癒せますが。
それで何か良い効果はありましたか?」
「うん、アーマーだけじゃなくて俺自身が強くなった気がするかな。具体的に言うと、幸運と宝具以外の全ステータスが1ランク上がったくらい」
「それはよかったですが、メタいですね……」
マルタは微妙にあきれ顔をしたが、しかしすぐまた、先ほどとよく似た意欲的な表情を見せた。
「しかしせっかくの優れた力も、上手に使えなければ猫に小判というもの。よろしければ私が護身術の初歩を手ほどきしましょうか? 人理修復の先が長いというなら、役に立つこともあるでしょう」
「ぶっ!?」
マルタが強くて、おそらくトレーナーとしても有能なのは分かっているが、この申し出は厄いと光己は直感で理解した。
美人でスタイル良くて露出も多い彼女だが、やさしい女教師との甘い課外授業とか、サブミッションで密着してウハウハといった美味しい展開はまず期待できない。どう考えても熱血スポ根的なハードトレーニングになりそうだ。
「いやサーヴァントだからって、そこまでしてもらわなくても……」
なので光己は速攻で辞退したが、まさか敵側に援軍が現れようとは。
「いい考えですね! 私も徒手格闘の心得がないわけではありませんので、お手伝いしますよ!」
「じゃああたしたちも! あたしたちは人理修復までいっしょにいるから長い目で教えられるしね」
「ではワタシも、役に立ちそうな忍術をいくつか」
「何とっ!?」
十二勇士や戦乙女や飛び加藤がマンツーマンで指導してくれるなんて話、聞く人が聞けば卒倒モノの椿事だろう。光己は一般人だからそういうことは意識していないが、善意120%のキラキラ輝く瞳には逆らえず、首を縦に振る以外の選択肢はなかったのだった。
なおマシュや清姫は教えられる格闘技能がないので黙っていたが、その分応援やマネジメントはしてくれることだろう。実にマスター冥利につきる話であった……。
今回でリヨンに着くはずなのに着かなかった……。
次回には竜殺しに会える……といいなぁ(ぉ