アルトリア・キャスターは
ただキャスターは今のところ光己に対してlikeはあってもloveはないのだが、それはこの際遠くの棚に上げておくことにした。
しかし王子様を突き飛ばしてしまったから、自分から戻るのは少々気まずい。善後策を考えていると空気を読んだのかバーゲストが迎えに来てくれたので、素直に善意に甘えてついていくことにする。
すると光己は鷹揚に許してくれたので、これ幸いとキャスターはこの件はまるごと水に流して話を元に戻した。
「それで、これからどうするんですか?」
「うん、さっきまでのお話通り所長たちが来るまで談話室で休憩とおやつだよ」
というわけで一同談話室に到着したら、いよいよ如意宝珠とやらのお目見えとなる。光己がいつもの黒い波紋を出し、そこから直径1メートルほどもある赤い珠を取り出した。
「大きいですねえ!?」
仏教の知識があって多少の先入観を持っていた玉藻の前や景虎がびっくりして目をぱちくりさせる。確か片手で持てるサイズだと思っていたが……?
「そりゃまあ、龍規格だからね」
「なるほど、言われてみれば」
そういえば竜種というのはたいてい人間より体がケタ違いに大きいのだった。それなら「手のひらサイズ」も大きくなるのは当然である。
「それで、どうやって食べ物を出すんですか?」
「そうだね、トレーを持って1人ずつ注文してくれればいいかな」
「分かりました」
というわけでサーヴァントたちが光己の前に並んで1人ずつ食べたいものを注文すると、その手に持ったトレーの上に魔法か手品のごとく望んだ料理が出現するのだった。しかもユニヴァース料理も妖精國料理もOKという都合の良さで。
「うーん、思考を感知して、それを魔力で物質化しているのでしょうか? しかしご飯という繊細で多様なものをこんなに簡単に作れるなんてすごいですね」
「むむ、汎人類史もなかなかやるようだな……」
キャスターは素直に感心していたが、バーゲストはちょっぴり対抗心を抱いたようだった……。
それはともかく無事全員に配膳したところで光己がいったん珠を「蔵」にしまおうとすると、また脳内に声が響いた。
(あれ、光己は食べないの?)
立香である。どうやら特異点から帰っても光己のニューロンに居座るつもりのようだ。
いや自分の意志で自分の体と行き来できるのかどうかはまだ聞いていなかったが。
(うん、今は食欲ないから)
光己がそう答えると、なぜか立香は食べることを執拗に勧めてきた。
(光己が食べないとみんな食べづらいんじゃないかな? だからこの前光己がもらった5つ星のメニュー見てスイーツ食べまくるべきだと思うよ)
(……?)
彼女の台詞の前半は妥当だが、後半は意味が分からなかった。なぜわざわざ「スイーツ」と指定するのか?
(それはもちろん、こうしてお話できるようになった、つまり回路がつながったおかげで、光己が食べたものはこの部屋で再現できるようになったからだよ。
さあ光己、メニューの最初から最後までじっくりたっぷり、詳細に味わいながら食べまくるんだ! さもなくばリヨグダコ神の怒りと呪いが降り注ぐであろう!)
(おのれ邪悪存在め!)
友人の強欲ぶりに光己は憤然と抗議したが、言われてみればサーヴァントたちにご馳走しておいて立香には何もなしというのは確かに不公平だ。メニューの最初から最後までというのは多すぎだとしても、いくつか提供するくらいは正当な報酬として認めるべきか。
(でもそれなら俺にも何か欲しいものだけど……)
(大奥の人たちに言えばくれると思うけど、あえて私に言うからには私から欲しいってことかな?
まあ光己も命がけでがんばって結果も出してるのは事実だし……そうだねえ。光己今回のお仕事でえっちな服持ってきたでしょ。あれ着てあーんしてでおやつ食べさせてあげようか)
(おお、マジか)
さすが幼馴染ヒロインだけあって男心が分かっている。光己は大変感動したが、それが魔術王を倒して立香がコフィンから出してもらった後というのは遅すぎるのではあるまいか?
光己がそう言うと、意外な答えが返ってきた。
(そうでもないよ。今言ったけど回路がつながったから、光己がその気になれば夢の中で会えると思う)
(マジか。分かった、それじゃ商談成立ということで)
これは良い取引をした、と光己はほくほく顔になったが、そこでふと気になったことを訊ねてみることにした。
(それはそうと、君も知っての通り俺はアルビオンっていうドラゴンになっちゃったわけだけどさ。化け物だとか怖いだとか思ってたりしない?)
それに対する答えはすぐさま返って来た。
(まさか。分かってて聞いてるんだろうけど、そんなこと思ってたら夢で会えるなんて言わないよ。
そりゃ頭の中身が変わってたら別だけど、あなたは何も……いや変わってるかな。前より強気というか一回り大きくなったっていうか)
立香が思うに、鍛えて強くなっただけでなく、何度も修羅場を乗り越えたり歴史上の英傑たちを相手にリーダーとして振る舞ったりしていれば、人間的に成長するのはむしろ当然である。ただ負荷が重すぎると成長する前に折れてしまったりもするが、今回は光己の思春期脳と中二病、そして何より彼に好意を寄せてくれるサーヴァントたちのおかげでその兆候はないのは嬉しかった。
(さすがにホントのハーレムつくっちゃうとは思ってなかったけどね)
(そりゃまあ、こんなすごい美女美少女たちを前にして1人に絞る方が失礼に当たるだろ)
(ものは言いようだねー。
それじゃそろそろ引っ込むよ。また後でね)
(うん)
というわけで、光己は立香のサービス、もとい彼女へのお礼のためにスイーツをほおばるのだった。
その頃モルガンとバーヴァン・シーはモルガンの個室で2人きりで向かい合っていた。
「お母様……私、私……!」
バーヴァン・シーはモルガンと会った時に何をしゃべるかはあらかじめ考えてあったが、いざ当人を前にすると口がうまく動かなかった。それでも必死に、ちょっとどもりながらも思いの丈をぶつける。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……私、全部見てたのに、目の前でお母様が酷い目に遭ってるの見えてたのに、なのに何もできなかった、見てるだけだった……!
私がベリルに騙されてなかったらあんなことにならなかったのに……それなのにお母様は何も怒ってなかったってメリュジーヌに言われて……!
だ、だからその……合わせる顔ないと思ってたけど、やっぱりちゃんと謝らなきゃって思って……!! あの、本当にごめんなさい……!!!」
バーヴァン・シーはここまでは一気に話したが、途中で涙があふれてきた上に、気持ちが乱れて頭の中も考えがまとまらず言葉が思いつかなくなってしまった。心の準備はしてあったはずなのに、と内心で自分を叱咤していると、モルガンがついっと1歩前に出て肩を抱いてくれた。
「そんなに自分を責めるな、バーヴァン・シー……。
事情は聞いているようだが、それなら分かっているだろう。私があの男に自由行動を許さず牢に入れておくか、せめておまえと接触するのを禁じていれば良かったのだ。
おまえだけが悪いわけじゃない」
「お母様……」
メリュジーヌが言った通り、モルガンは怒っていなかった。バーヴァン・シーが顔を上げ、潤んだ瞳で母の顔を見やる。
「それより事情を聞いてなお、おまえがまた私の所に来てくれたのが嬉しい。おまえが私を母と呼んでくれるのが、私はとても嬉しいのだ」
「お母様……」
モルガンのあまりにも優しい、しかも自分が来たのを喜んでくれている言葉に、バーヴァン・シーは感激のあまり頭が真っ白になって何も言えなくなってしまった。大して役に立ったわけでもない、それどころか足手まといになってしまった自分をここまで愛してくれているなんて。
ただじっと見上げながら口をぱくぱくさせていると、モルガンは髪と背中を撫でながら言葉を継いでくれた。
「ところで今おまえは『ちゃんと謝らなきゃって思って』と言ったが、それで用は済んだからさようならじゃないだろうな。当然これからも私のそばにいてくれるものだと思っているが」
「へ!? あ、う、うん! お母様がそう言ってくれるならいつまででも!」
バーヴァン・シーは涙で顔をくしゃくしゃにしながら、モルガンに思い切り抱き着いた。
2人はそのまましばらく抱き合っていたが、やがて落ち着いたところでバーヴァン・シーは確認しておくべきいくつかの疑問について訊ねることにした。
「それでお母様。メリュジーヌの奴が、お母様は汎人類史で人理修復を手伝って報酬としてブリテンの女王になるつもりだって言ってたけど本当なの?」
「ん? ああ、本当だ。メリュジーヌにも言ったが、私たちはもう異聞帯のブリテンには入れないからな」
「そうなんだ……」
まあそうでもなければモルガンが汎人類史の存続に手を貸す理由はない、いや異星の神が来る前にカルデアが負けたらベリルも死んで妖精國が汎人類史に来られなくなるからというのもアリかも知れないが、そういえばベリルはまだ生きているのだろうか?
いやそれより先に言いたいことは。
「でもお母様。私が言うのも何だけど、王様なんて大変な割にたいして感謝もされないどころかいつ裏切られるか分からない罰ゲームなんだから、もうやめてどこか田舎でのんびり暮らそうとか思ったりしない?」
「☆※△▼#*◇<>!?」
バーヴァン・シーの台詞は自分で「私が言うのも何だけど」と言ったようにとても控えめな口調だったが、それでもモルガンには巡礼の鐘を6
ブリテンの王であることが存在意義であるモルガンは考えたこともなかったが、そうではないバーヴァン・シーならむしろ自然な発想である。王とその娘でなければ、皆に裏切られて親子一緒に惨殺されることはなかったのだから。
モルガンは元々「バーヴァン・シーが幸福である生き方ができるのなら、そのために自分の
「…………そ、そうか。うむ、確かにおまえの言うことも一理あるな。妖精國は私が王でなければ保たない國だったが、
しかし私はブリテン島から王になるために招かれたのかも知れないとも思っているのだ」
「え、そうなの?」
そこで光己がアルビオンになった時に思ったことを話してみると、さすがにすぐ理解はできないらしくきょとんとした顔をされた。まあ当然のことで、さらに説明を重ねる。
「うむ。エルメロイⅡ世によれば、汎人類史ではアルビオンというのはブリテン島の古名でもあり、近世ではイギリス人とその国家の異名でもあったそうなのだ。つまり
しかも私は何もしていないのにおまえを含めた妖精騎士がこんな早々に勢揃いするなどと、ただの偶然とは思えん」
「へえー……」
バーヴァン・シーにはよくは分からなかったが、ともかく現状はモルガンにとってとても好ましい状況のようだ。しかしだからといって、ブリテン島に招かれたと決まったわけではないような気がする。
……という趣旨のことをバーヴァン・シーがなるべく差し出口にならないよう控えめな言葉を選んで訊ねてみると、モルガンもそこは自覚があるようだった。
「そうだな。だがもし本当に私がブリテン島に招かれたのであれば、人理修復した後に何かはっきりそうと分かる事件が起きるはずだ。
この場合はいわば世界の流れとか運命といったものが私の味方であるわけだから、おまえが危惧するようなことにはなるまい。むしろ汎人類史には『天の与うるを取らざれば
ついでにこうなれば光己やアルトリアも自分の王業に強く反対しないだろうという利点もあったが、モルガンはそこまでは口にしなかった。
「うーん、それは確かに……。
でももしそういう事件が起きなかったら?」
「その時は仕方ない。招かれたというのは私の思い込みに過ぎなかったわけだから、おまえの言う通りおとなしく田舎で隠居暮らしをすることにしよう。
……いや順序が逆か。事件が起きたらそれに乗って王業を始めるが、起きるまでは隠居暮らしという流れだな」
「お母様……!」
まさかモルガンが大して頭がいいわけでもない自分なんぞの提案を受け入れてくれるなんて。バーヴァン・シーは感激と感動と感謝のあまり、またモルガンに抱きついてしばらく離れられなかった。
そしてあと1つ、先送りにしたベリルについても聞いておかねばならない。
「それはそれとして、ベリルの奴は生きてるの?」
モルガンもそれを聞くと、緩みっ放しだった頬と気分を引き締めて真面目になった。
「うむ。いずれひねり潰す予定ではあるが、今はまだ生かしておいてある。
……そうだな。この辺の事情はバーゲストと予言の子にも説明せねばならんから、また後で話そう」
「あ、そっか。そろそろ時間だものね」
バーヴァン・シーが壁掛け時計を見てみると報告会が始まる時刻が近づいていたので、お話を切り上げて会場の談話室に赴くことにするのだった。