オアシスの街からチェイテシンデレラ城に行くには、徒歩だと砂嵐がひどい砂漠を踏破した上で険しい山を越えて行くしかないが、空飛ぶ竜の背中に乗って行くなら楽なものである。カルデア一行は円形に連なる山脈をあっさり飛び越した。
山脈の内側には草木が
「いきなり城に押しかけることもできましたけど、森の中にもサーヴァント反応があったので寄り道してそちらに行ったんです」
「そうね、サーヴァントだけ弾くなんて罠仕掛けてきた相手なんだから、戦力や情報は多いに越したことはないわ」
カルデアと通信できないということは、やられそうになってもレイシフトで脱出といった非常手段は取れないということでもある。オルガマリーが光己の慎重策に同意したのも当然だった。
「それでどうなったの?」
「はい、2人と6人に分かれてましたのでまずは2人の所に行ったんですが……ゼノビアさんの時の失敗に鑑みて少し離れた所に着地したら、森全体に変な魔術がかけられてて堂々巡りになるようになってたという」
「まだ罠があったのね……それでどうしたの?」
「はい、その魔術の罠はメリュが切り裂いてくれたので困りませんでしたが、そしたらモレーが空中に平面映像出してアプローチしてきたんです」
これはよく考えたら恐ろしいことである。モレーは城内に居ながらにして光己たちの居場所を把握し、さらには魔術を届かせることができたということなのだから。
つまり仮にモレーの目的がカルデアのマスターの殺害で、光己が一般人のままであったなら、ここで攻撃魔術を喰らって死んでいたかも知れないのである。
(…………うーん、特異点修正の仕事って私が思っていたより厄介だったのね)
ヒナコは光己たちの話を黙って聴いていたが、その表情はあまりよろしくなかった。
もし我を張って自分がこの特異点に行っていたなら、不死身だから戦闘で負けて殺されることはないとしても、エリザベートやバーヴァン・シーを味方にできたかどうか怪しいし、ゼノビアには会えなかっただろうから、どちらに進んでいいかも分からない。仮に正解を選べて山脈を越えるところまで行ったとしても次は森の罠があったとなると、チェイテシンデレラ城とやらにたどり着くのはいつになっていたことか。
すると項羽が表情で考えを読んだのか、小声で話しかけてきた。
「うむ。彼には後ほど、改めて礼を述べねばなるまい」
「そ、そうですね。でもご安心下さい! 元々項羽様をお連れできるか、召喚用の素材を持ち帰れたら礼品を渡すと約束していましたから!」
「そうであったか。私は無一文でここに来た身ゆえ恩を返す手立てを計算できずにいたが、これで安堵した」
「それはもう、項羽様に居心地の悪い思いをさせるわけにはいきませんから!」
ヒナコはふんすと胸を張ったが、もし最初に依頼した時に光己がすぐ了承していたら無償でやらせていた可能性が高いことについてはつつましく沈黙を保った。
「―――まあ幸いというか何というか。モレーは妙に自信満々で、攻撃はしてきませんでした。
んで俺たちにはこの
「つまり人質ってこと? やっぱり周到ね。
それにサーヴァントを分割するなんて相当優秀な魔術師、いえ魔術使いだわ」
オルガマリーがちょっと青ざめた顔で感嘆と畏怖の声をもらす。
遠隔で聖杯を抜き取る技術までは持っていなくて良かったというところか。立香が阻止してくれるといっても、彼女は素人枠だからあまりアテにし過ぎるべきではないし。
「そうですね。もし彼女がポンコツでなかったら、3倍くらい苦戦してたかも知れません」
「ぽ、ぽんこつ!?」
優秀かつ周到な魔術使いには似つかわしくない単語を聞いたような気がするが事実だろうか。
「はい、優秀で周到なのは事実ですけど、言動や雰囲気には隠しようのないぽんこつ風味が……。
いえまあ、それもこちらを油断させる策だったという見方もあるんですが」
後の話になるが、モレーは土下座からの脱衣でこちらの気組みを乱しておいて背後から不意打ちという策を使ってきたので、後者の見方にも根拠はあるのだ。
「まあその時は顔見せだけで終わりまして、そのまま進んでさっき話した2人と対面したわけです。
それじゃバーゲスト、お願い」
「ふむ、私の番ですか」
バーゲストが光己のそばまで来ると、ゼノビアとシバは元いた場所に戻って行った。
なおバーゲストは特異点ではずっと鎧を着ていたが、今は黒い
身体の雄大さに対して服の生地が薄いのでとても肉感的に見える……のだが、光己の感覚では女ヘラクレスめいて筋骨隆々の上に迫力たっぷりなので色っぽくは感じなかった……。
「先ほどマスターが『2人と6人に分かれてました』と言いましたが、実は1つのグループで、その時はたまたま2人で外に出ていただけです。『白雪姫』に登場する姫と小人7人で、合わせて8人ということですわね」
「ずいぶん大勢なのね。みんなはぐれサーヴァントなの?」
「ええ、8人セットの設定だから8人で召喚されたのだと思いますわ」
「へえ……」
オルガマリーが感嘆の声を上げる。確かに理屈としては分かるが、自分で召喚するわけでもないサーヴァントにそこまでの設定を付けられるとは。
カルデアの召喚システムに応用できれば費用対効果が大幅に改良されそうなのだが。
「まあ希望的絵空事は置いといて……その8人はどんな人だったの?」
「ええ、まず白雪姫がそこにいる自称姫で、小人役が私、俵藤太、渡辺綱、宮本武蔵、ナポレオン・ボナパルト、シュヴァリエ・デオン、ロビンフッドの7人ですわ。
私と自称姫以外は汎人類史出身だったと思います」
「大物ばかりじゃない……」
オルガマリーは冬木の頃は日本のことはあまり知らなかったが、戦国時代から帰った後は勉強したのでそれなりに詳しくなっている。藤太と綱と武蔵は個人戦闘では最強クラスだし、デオンとロビンも得意芸が活かせる環境なら大活躍するだろう。ナポレオンは信仰補正がすごそうである。
バーゲストもメリュジーヌの同僚なら十分強いだろう。自称姫はまだ分からないが。
「ええ、皆優れた戦士でしたわ。それで逆にマスターはあの特異点は恐ろしい所だと思って顔をしかめていましたが。
私たちはあの特異点や迷妄の森をつくった何者かが森のどこかにいることは分かっていましたが、森は迷路になっている上に
「なるほどねえ……」
おそらくその主とやらもモレーの仕込みであろう。しかし
「それで、その魔物退治の最中に藤宮たちに出会ったというわけね」
「ええ、メリュジーヌが仲介を申し出てくれたので陛下の元に帰参することにしたのです」
帰参というと1度主君の元を去った者がまた戻って来て仕えるという意味があって、実際バーゲストはそういう趣旨で述べていた。生前にモルガンに叛いたのも、今帰参しようとしているのも、正しいかどうかはともかく恥じることではないと思っているので。
そこでチラッとモルガンの顔を横目で見てみたが、表情に変化は見られなかった。まあもともと表情豊かな人物ではなかったし、人前でもあるから何もおかしくはないが。
怒りや拒絶といった感じはしないから、帰参を断られることはないだろう。
「―――その後は、マスターたちは特異点を修正するために情報収集しているというお話でしたので、私たちの家に案内したわけです。俵さんたちは皆正統派の英霊ですから、マスターたちが特異点を修正にしに来たのであれば、協力するのに否はないでしょうから。
そこで今話した主の件とか、森は迷路になっているとか草木の成長が異常に速いといったことを説明したのですね」
「そんな罠まであったの」
主と迷路に加えて草木の成長を速める罠とは。おそらく木を切り倒すとか下草を刈るとかして目印を作るのを無効にするとかそういう意図があったのだろう。
「ええ、そのせいで私たちもあまり動けなかったのですわ。
自称姫が寝ていたので皆で出向くわけにもいかないという事情もありましたが」
「ああ、白雪姫ってそういう話だったわね。
でも今ここに来てるってことは、王子役のサーヴァントでも現れたの?」
「ええと、それは」
そこでバーゲストは一瞬言葉に詰まった。
ここのカルデアはまだ妖精國に行っていないそうなので、どこまで話していいかすぐには決めかねたのだ。
後でモルガンに確認するべきだが、さしあたっては、あの時メリュジーヌが語ったことの範囲内なら大丈夫だろう。
「……いえ。実は自称姫は生前はモルガン陛下と敵対していたのですが、汎人類史の味方というわけでもありませんでしたので、マスターは自称姫は起こさず眠ったままにしておくことにしたのですわ」
「ああ、それならカルデアの味方になる理由がないものねえ」
モルガンに敵対したからといって、汎人類史を助ける義理はない。確かにその通りだが、ならば何故自称姫はここにいる、いやその前に棺から出ることになったのだろう?
「…………それはですね。眠ったままにしておくことになったので皆部屋を出ようとしたのですが、その時ジャンヌオルタさんが棺に足をぶつけまして。それで棺が揺れた拍子に、自称姫の喉に詰まっていたリンゴの欠片が口から出てきたのです」
このあんまりな展開を説明するのはバーゲストもあまり気が進まないらしく、まさに苦虫を噛み潰しているような口調であったが、流れ的に語らないわけにはいかないので仕方なかった……。
(むうー。王子様、私を起こさないつもりだったんですね。ひどいです!)
ここで自称姫、本名アルトリア・キャスターはこんなことを思ったが、生前の自分が汎人類史の味方ではなかったのは事実なので追及はできなかった。光己はカルデアのマスターの役目を遂行しただけで悪気はなかったのだし、責めても得はあるまい。
……という結論に達したキャスターが沈黙を保っていると、バーゲストが声をかけてきた。
「では自称姫、自分のことは自分で話して下さい」
「自称じゃありませーん!」
キャスターとしてはここは譲れないのだった。
先ほどの件だって、王子様にその気がなくてさえ白雪姫が目を覚ます展開になるほどに逸話再現力だか世界設定力だかは有能だということでもあるのだ。つまり玉の輿に乗るためには白雪姫名義のままでいる方が圧倒的に有利なのだから。
「では王子様、ここからは私もお話しますね!」
まずは笑顔で媚びを売りつつ、彼の隣に座って軽く肩を触れ合わせてスキンシップを図る。逸話再現力がいかに有能であろうと、それに頼りっ放しで自助努力を怠る者に勝利はないのだ!
「うん、お願い」
光己は可愛い女の子が媚び媚びで来てくれるのは嬉しいのだが、自称姫はやっぱりまだ慣れていなくてわざとらしさが透けて見えるのが惜しかった……。
「えーと、今の話だと私がカルデアに来た理由が分からない方もいると思いますので最初に言いますと、ズバリ! 王子様のハートを射止めて玉の輿に乗るためです!」
「「!?!?!?!?!?」」
いきなりぶっちゃけたキャスターにオルガマリーやエルメロイⅡ世など常識派は思い切りびっくした様子で目をぱちくりさせ、清姫や景虎たちマスターLOVE勢には派手に柳眉を逆立てた者もいれば、(マスターは勇士を惹きつける魅力を備えてきたようですね、好ましい傾向です)と喜ぶ者もいたりとさまざまであった。
キャスターは室内の空気がざわついたことには気づいたが、それなりに修羅場をくぐった身なのでまったく動じず、本来は最初に述べておくべきことを口にする。
「あともしカルデアが妖精國と戦うことになったら中立で何もしないということで、王子様の了承ももらってますから! そこはご安心下さいね!」
「ああ、そういう問題もあるのね……」
そう言われて改めて異聞帯組の危険性に気づいたオルガマリーがチラッとモルガンに目を向けると、モルガンもそこはしっかり考えていたらしく普通に答えてきた。
「そうですね、私もそこの自称姫と同じ方針です。
……と口で言うだけでは信用できないでしょうし、むしろ鵜呑みにされる方が甘ちゃん過ぎて不安ですから、妖精國が発見されたら解決するまで妖精國組はまとめて軟禁でもしておけば良いでしょう」
これは「冬の女王」の発言としてはずいぶん弱気なものだったが、サーヴァント契約を解除して座に退去させるという簡単かつ確実に反乱を防げる手段を取らせないようにするための牽制である。モルガンが召喚に応じた時は妖精國出身者は自分1人だったのでそこまで警戒されまいと思っていたのだが、5人にもなったらさすがにそうはいかないので。
なお実際は妖精國は汎人類史に来させない方針なのだが、今はまだ伏せておいた。
それを聞いたオルガマリーが今度は清姫の顔を見ると、嘘発見少女も現界してから結構経つだけにこれは重要な問題だと判断してしっかり鑑定しており、こくりと小さく頷く。
「……そうね、検討しておくわ」
それを踏まえて、ただここで「ではそうします」と言ってしまってはそれこそ甘ちゃんなのでオルガマリーはそんな返事をしたのだった。