FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第21話 竜殺し

 その翌日、カルデア一行は予定通りリヨンを訪れていた。

 

「なんだ、これ……!?」

 

 そこは廃墟だった。

 建物は徹底的に破壊され、街路には瓦礫や木片が転がっている。殺された住人たちの遺体もそのまま打ち捨てられていた。

 生きた人間の気配はない。

 

「……恨むのはわかるけど、ここまでしなくたっていいだろうが」

 

 光己が珍しく吐き捨てるような口調で呟きながら、ギチッと拳を握りしめる。

 シャルル7世やコーション司教に復讐するのは理解できる。しかし何もしなかった人々まで、こうも執拗に殺して回らなくてもいいではないか。それとも何もしなかったのが罪だとでもいうのか?

 はらわたが煮えくり返るような、という慣用句そのままの気分が彼の全身を煮立てていた。

 

「……先輩」

 

 傍らのマシュがどう声をかけていいものか迷っていると、マルタがすっと近づいてきた。

 

「竜殺しを探しましょう。いえ、探してもらうんでしたか?」

 

 つとめて感情を抑えた言葉に、光己は冷静さを取り戻した。

 

「そうだな、さっそくカルデアに……っおぉ!?」

 

 台詞の途中で声が裏返ったのは、前方で倒れていた死体がむっくりと立ち上がったからだ。いわゆるゾンビである。見えるだけでも10体はいようか。

 

「ゾンビナンデ!?」

「なるほど、ヴラドやカーミラが吸血鬼だというのは事実のようですね!」

 

 吸血鬼に血を吸われた者が吸血鬼になるというのは有名な話だが、全員がそうなるわけではない。というかなる可能性は非常に低い。たいていはそのまま死ぬか、こうして生ける屍になってしまうのだ。

 まともな意識はすでになく、あるのは生者への憎しみだけである。のろくさとした動きで襲いかかってきた。

 

「マスターとマシュさんは下がって!」

 

 生身の2人が彼らに傷つけられたら毒を受けるかも知れない。マルタが手を振って、2人に後退を促した。

 代わりに清姫が前に出る。

 

「……貴方がたはもう救えません。せめて安らかに眠ってください」

 

 そう言いながら扇子を振って炎を飛ばす。ゾンビにそれを避けられるほどの素早さはなく、それぞれ火達磨になって燃え尽きた。

 

「……清姫、お疲れさま」

「はい、ますたぁ」

 

 清姫は仕事をしたのなら報酬を求めて騒ぎそうなものだったが、今回は空気を読んでおとなしくしていた。

 そして動く者がいなくなったので光己が改めて通信を試みたが、不調らしく返事がない。

 

「うーん、そうなると俺たちで探さにゃならんのだよな。といっても瓦礫ひっくり返して探すのは大変だし、どうしようか」

「では私たちにお任せ下さい。ルーンで探しますから」

「え、ルーンってそんなこともできるの?」

「はい」

 

 オルトリンデが頷いて、落ちていた石ころにルーンを描く。すると石は地面をすいーっと滑って行った。

 

「おお、やっぱルーンって便利だなあ」

「はい、どういたしまして。それに石が反応したということは、竜殺しがまだ生きているという証でもあります」

「なるほど」

 

 光己が感嘆しつつ、皆とともに石について歩いていく。

 どうやら街の中央に向かっているようだ。するとそこにある城の中にでも潜んでいるのか?

 

「その可能性が高いですね」

 

 どうやら無駄足にならずに済みそうである。しかし、そんな光己たちの前方に怪しい人影が現れた。

 黒いスーツのような服を着た長身の男性だが、顔の右半分を覆う白い仮面をかぶり手には赤く長い鉤爪を付けている。いや、赤いのは血の跡だろうか。

 隠しようもない狂気の気配がにじみ出ている。おそらくはサーヴァントだろうが、マルタ情報にはなかった人物だ。何者なのだろうか?

 

「……私はブラダマンテといいますが、どちら様でしょうか?」

 

 先頭のブラダマンテとアストルフォが足を止めて、とりあえず名前を訊ねる。すると男性は歌うようなリズムで語り始めた。

 

「人は私を―――オペラ座の怪人(ファントム・オブ・ジ・オペラ)と呼ぶ。

 竜の魔女の命により、この街は私の絶対的支配下に。さあ、さあ、さあ。ここは死者が蘇る地獄の只中。君たちはどうする?」

 

 やはり竜の魔女の手下だったようだ。マルタが出発した後に召喚したのだろう。

 しかし正体を隠すといった小細工をせず、馬鹿正直に所属を明かしてくれたので、カルデア組は即座に攻撃に移れる。

 

「ブッ飛ばすに決まってるだろ。やっちゃえフランス組!」

 

 光己はファントムを仲間にしたいとは思えなかったので、この街の惨状に特に憤りを感じているだろうブラダマンテ・アストルフォ・ジャンヌ・マルタに彼の退治を指示した。残りは敵の援軍に備えて待機である。

 まずは妥当な作戦といえよう。

 

「はい!」

 

 4人はぱっと散開したかと思うと、開いた手を握るように四方からファントムに襲いかかった。これは敵わぬと見たファントムがぱっと後ろに跳ぶ。

 

「歌え歌え高らかに……愛を希望を死を」

 

 空中でファントムがばっと手を振ると、建物の陰や瓦礫の下からゾンビがわらわらと現れてブラダマンテたちに向かってきた。彼は名乗りからすると俳優であって、吸血鬼でも死霊術師でもなさそうなのに、どうやってゾンビを操っているのか?

 

「マスター、そんなことより後ろからも敵が!」

「え!?」

 

 オルトリンデの声に光己がそちらを見ると、動く骸骨の群れが現れてこちらに迫っていた。おぞましさと恐怖に絶叫しそうになったが、口に手を当ててこらえる。

 

「ぐ、っく、この……!」

 

 光己は正直逃げたかったが、マスターとしてそれはできない。気力を振り絞って踏ん張り、サーヴァントたちに指示を出す。

 

「骨か……じゃあオルトリンデとエリザベート頼む!」

「はい」

「仕方ないわね!」

 

 骸骨兵は見た目はゾンビより細っこくて弱そうだが、パワーはそれなりにあり、しかも骨なので火炎・冷気・電撃・音声・毒などが効きづらい。重い武器で叩き壊すのが1番手っ取り早い―――なんてことまで光己が考えたわけではなく、骸骨兵たちがなぜか剣や槍といった武器を持っていたので、こちらもそれを持つ者を選んだというだけである。

 オルトリンデとエリザベートは槍を振り回して、骸骨兵を安物の陶器のように叩き割っていく。それはよかったが、骸骨兵の中には弓を持っている者もいた。

 少し離れた所から、光己たちめがけて10人ほどが一斉に矢を放つ。

 

「マスター!」

 

 段蔵がとっさに飛び出して自身の体を盾にしたが、すべては受け切れず、何本かが光己に命中する―――!

 ……が、まったく効いていなかった。制服にちょっと傷がついたがそれだけで、矢はあえなく地面に落ちる。

 

「……おおぅ。びっくりしたけど、防御力アップはやはり正義だった……というか、もしファヴニールの血を浴びてなかったら、この矢刺さってたんだよな。急所じゃなかったけど」

 

 矢が「当たった」のは肩と脛だったが、それでも常人のままだったならずいぶんと痛い思いをしていたことだろう。光己は自身の先見の明の正しさを改めて確認した。

 

「マスター、ご無事ですか!?」

 

 段蔵が振り向いて訊ねてきたので、安心させるため「大丈夫だよ、ありがとう」と普段通りの顔をつくって礼を述べる。

 

「俺より段蔵の方こそ大丈夫?」

「はい、これくらいでしたら掠り傷です」

「そっか、でも傷は傷だから応急……いやその前にこの矢何とかならん!?」

 

 2人が話している間にも矢は降ってきているのだ。光己があわてて周りを見渡しながら援護を求めると、ヒルドがルーンで結界を張ってくれた。

 

「はーい、っと! そんなに強い結界じゃないけど、スケルトンくらいなら入って来られないはずだよ」

「おお、相変わらずルーン万能だな……それじゃ改めて応急手当、と。

 これでいいかな?」

 

 白い光が段蔵の体を包むと、彼女の矢傷はきれいに消え去った。

 礼装の効果はサーヴァントにも有効のようだ。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 段蔵の表情や口調は普段と変わらないが、かなり感謝しているようだった。

 彼女が生きた時代、忍者はあまり待遇が良くなかったことが関係しているのかも知れない。

 

「ところで清姫は?」

「……あちらに」

 

 段蔵が指さしたところでは、弓を射っていた骸骨兵たちを清姫が炎をまとった大きな扇子で派手に薙ぎ払っていた。見た目はしとやかそうな10歳台前半の少女なのだが、バーサーカーだけあって骸骨兵を一撃でコナゴナにする剛力だ。

 

「骨の分際で安珍様を狙うなんてこの不届き者たちめ、消し炭になって散りなさい! シャアアアア!!」

「…………愛が重いってああいうのを言うんだな。ちぃ(ry

 しかしさっきの骸骨、本当に俺を狙ったのかなあ?」

 

 光己は清姫のバーサークぶりにちょっと引きつつ、彼女の台詞について少し考えていた。

 マスター1人を斃せば所属するサーヴァントも労せず斃せるのだから、マスターを最初に狙うというのはいたって順当な作戦である。まず挟み撃ちで護衛を減らしてから狙撃したというのなら、ファントムは頭のネジが外れた感じの雰囲気とは裏腹に、中々の頭脳派ということになるが。

 

「うーん、どうかなあ。スケルトンにそんな細かい指示、直接ならともかく事前に仕込んでおくのは難しいと思うよ」

 

 なるほど、誰それを狙えと指さして命じるならまだしも、マスターらしき人影が「もしいたら」優先的に狙うというのはそれなりの判断力が必要だろう。骸骨兵にそれがあるとは思えないから、単に弱そうなの、あるいは生身の者を狙ったというところか。

 しかし目もないのに……というか筋肉がないのに動けるのはまだしも、目も耳も脳もないのにどうやって周囲の状況を把握しているのだろう。

 

「……ま、いいか」

 

 まだ戦闘中なので、光己は今ここでは役に立たない考察は中止した。

 それよりファントムはどうなっているだろうか?

 

「―――無駄です。このような小細工で私たちは止まったりしません!」

 

 ジャンヌが旗を振るってゾンビを吹っ飛ばしながら叫ぶ。

 このゾンビたちはつい先日までこのリヨンの街で普通に暮らしていた人たちなのだが、それで攻撃できなくなるほどヤワな覚悟はしていないのだ。

 一方ファントムは多勢と直接やり合うのを避けて身軽に跳び回りつつ、得意の美声による歌で彼女たちを魅了しようとたくらむ。

 

「ラララ、ラ~~~~~♪」

「聖騎士にそんなもの通じませんよ!」

 

 しかし女性陣3人はそろって対魔力や弱体耐性が高く、歌に惑わされたりはしなかった。ゾンビの群れを突破して、ついにファントム本人に迫る。

 

「そりゃ!」

 

 こうなれば勝負の行方は明らかだ。最後にアストルフォの槍がファントムの胸を突き通すと、怪人は後ろによろめいて膝をついた。

 

「ぐああっ……ここまでか。

 しかし喝采せよ、聖女! おまえの邪悪は」

「うるさいっての! セェェェェーーーイッ!!」

 

 ファントムは最期に何か言い残そうとしたようだが、マルタは聞く耳持たずに杖で彼の頭をかち割ってとどめを刺した。

 どうせロクなこと言わないだろうという判断からだが、その宗教家というよりヤンキーのような言動に、光己とジャンヌが若干引いていたのは仕方のないことだろう……。

 

 

 

 

 

 

 ファントムが光の粒子となって消え去りゾンビとスケルトンも全滅すると、光己たちは竜殺しの捜索を再開した。

 ファントムがこの街で竜殺しを探していたのか、それとも何か他の目的があったのかは不明だが、そんなことより一般人の少年としては死臭がする街に長居したくないのだ。

 今の戦いの犠牲者たちに形ばかりの黙祷をささげた後、足早に城に向かう。

 石の導きに沿って進むと、城内の一室で1人の男性が倒れているのを発見した。銀色の肩当を付け黒い服をまとった剣士だ。

 

「―――いました! よかった、まだ生きているようです」

「でもだいぶへばってそうだよ。早く手当てした方がよさそう」

 

 ブラダマンテとアストルフォは急いで彼を助け起こそうとしたが、そうするより早く剣士は起き上がって斬りつけてきた。

 

「くっ、次から次へと……!」

「待って下さい、私たちはあなたと戦う気はありません!」

 

 ブラダマンテが盾で剣を受けつつ説得すると、剣士は現れた連中がこれほど大勢なのにもかかわらず、囲んで来ないことに気がついて剣を下ろした。

 

「すまない、俺の勘違いだったようだ。また竜の魔女の手下かと思ったが、君たちは違うのだな」

「はい、私たちは彼女と戦うために『竜殺し』を探しているのです」

「そうか、ならば君たちの目的は今叶った」

 

 剣士が着ている服はなぜか胸元から腹にかけて素肌を露出しているのだが、そこには光己と同じ竜のような紋様がある。これこそ彼がファヴニールの血を浴びた者、つまり英雄ジークフリートである確かな証拠だった。

 

「それじゃとりあえず、この街を出よう。また連中が来るかも知れないし」

「む、君はサーヴァントではないな。マスターなのか? いやその辺は後でいいか。わかった、そうしよう」

 

 光己が早々の脱出を提案すると、ジークフリートはすぐ了承してくれた。物分かりのよさそうな人物のようだ。

 そしてリヨンを出て、いったん昨晩泊まった林に移動する。

 

「それじゃ、まずは例によって自己紹介からいこうか。……と思ったけど、ジークフリートはだいぶ弱ってるみたいだな」

 

 光己の目から見ても、ジークフリートは座っているのも大儀なほどに衰弱していた。単に魔力不足という風でもなし。そういえばリヨンでも倒れていたが、何か理由でもあるのだろうか?

 すると剣士は面目なげにうなだれた。

 

「ああ、恥ずかしい話だが呪いをかけられたらしくてな。おかげでまともに戦うどころか、立って歩くのにも苦労している有様だ」

「呪い、ですか。見せてみて下さい」

 

 マルタが彼のそばに行って観察してみると、どうやら複数の呪いをかけられているようだった。解呪自体は洗礼詠唱というもので可能だが、かなり強力かつ複雑なため、マルタでさえ1人ではできない。

 

「もう1人聖人がいれば……って、いましたね」

「はい、そういうことならさっそく」

 

 しかし、幸い救国の聖女がいたおかげで解呪は無事に成功し、カルデア一行は竜殺しの剣士ジークフリートという心強い味方を迎え入れたのだった。

 




 マルタがいればゲオルギウスを探す必要なくなるのですな(^^;
 なお原作ではリヨンでファヴニールが出てきますが、ここではすでに顔見せしてますのでカットしました。

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