FGO ANOTHER TALE   作:風仙

210 / 262
第210話 王と王姉と叛逆の子と

 モードレッドといえばアーサー王(アルトリア)が大陸に出征した時、留守居役を任されておきながら反乱を起こして彼女の国を滅ぼした上に、王当人をも弑殺したという、普通に考えてアルトリアにとって不倶戴天の仇敵である。

 実はアルトリアは個人的にはモードレッドをそこまで憎んでいないのだが、彼女の出現が良い展開だとは思えなかった。

 

ブリテンの首都(ロンドン)につくられた特異点に亡国の騎士(あなた)が現れるとは……。

 貴方はブリテンを守るためにここにいるのか、それとも滅ぼすつもりなのかどちらですか?」

 

 アルトリアの虚偽も黙秘も許さない強い視線がモードレッドの双眸を射抜く。その王者の威風にモードレッドは一瞬気圧されて半歩下がりかけてしまったが、はっと気づいて踏ん張った。

 

「オ、オレは……」

 

 ただ思ってもみなかった邂逅に、言葉がすぐ出て来ない。

 モードレッドは以前はアルトリアの顔を見たら即斬りかかるというほどに憎悪に囚われていたが、ある聖杯戦争を経て今はかなり緩和している。ただそれでも愛憎、憧憬、ライバル心などが入り混じった複雑で根深い感情を抱いているので。

 だからお互い1人なら戦いを挑んでいたかも知れないが、この人数差でそうしたら袋叩きに遭うだけである。大半は知らない顔だが、盾ヤロウ(ギャラハッド)とモルガンまでいるのだからまずは話を―――。

 

「……って、何でモルガンと一緒にいるんだよ!?」

 

 2人は姉()とはいえ宿敵同士だったのに何故!?

 モードレッドが思わず半オクターブほど高い声で尋ねると、アルトリアは「ああ」と今気づいたような顔をした。

 

「それについては、貴方が私たちの敵ではないと分かったら教えましょう。

 ……で、どちらなのですか?

 ただし私が騎士王だからといって、ブリテンを守りに来たとは限りませんよ。悪逆なマスターに強いられて滅ぼす側に回ったという可能性だってあるのですから、守るつもりだと言えばこの場は切り抜けられる、などとは思わないように」

 

 アルトリアが心にもないことを言って揺さぶりをかけているのはモードレッドの本音を引き出すためか、それともやはり多少の憎しみや怒りはあって意趣返しをしているのか、その辺りはアルトリアの表情や声色からは読み取れなかった。

 

「なっ……!?」

 

 モードレッドは一瞬で沸騰した。まさか騎士王がブリテンを滅ぼす手伝いをさせられているなどと!

 

「……ッ、てめぇかあ!」

 

 そして目の前の連中をざっと見渡して、盾兵の後ろにいる東洋人らしき少年だけはサーヴァントではない、つまりマスターだと判断すると猛獣のような勢いで斬りかかった。

 しかし当然ながら、それを読んでいたアルトリアにあっさり止められてしまう。

 

「この程度の挑発であっさり暴発するとは何という軽率、短慮。

 そんなことで一国の王が務まると思っていたのですか?」

「う……」

 

 確かにそうなのでモードレッドは言葉に詰まったが、しかしここはモードレッドの本音とは微妙に違う所があった。

 考えてみればこうして父王と話ができる機会なんてめったにないのだから、言いたいことは全部言っておくべきだろう。

 

「でもオレは……王になりたいわけじゃなかったから」

「は!?」

 

 今度はアルトリアが不可解そうにぽかんと口を開いた。では何のために謀反を起こしたというのか?

 

「オレは……父上に認めて欲しかっただけなんだ、と今では思う。

 ただあの時は、それがかなわなかったから尊敬と憧憬が怒りと憎しみに変わったんだ。それで、父上が愛していた国を逆に穢してやろう、という」

(反抗期の子供か何かですか……)

 

 アルトリアはそう思ったが、それを言うのは避けた。

 

「十分に認めたでしょう。円卓の騎士に登用しましたし、最後には遠征の留守居役に抜擢したではありませんか。

 留守居役が端役だと思うほど貴方は愚かではないでしょう? いや愚かなのは私の目利きでしたが」

「それはそうだけど……」

 

 留守居役は能力と忠誠心を兼ね備えた者にしか任せられない大役で、確かに騎士としては認められたといえる。しかしモードレッドが真に欲しかったのはそれではないのだ。

 

「でもオレは、父上には息子だと認めて欲しかったんだ。王になるのはそのオマケみたいなもので」

 

 なので率直にそう言うと、アルトリアの目がすうっと細くなった。

 

「息子として、ですか。確かに貴方は、今も私を父上と呼んでいますね。

 では聞きますが、母親はどこの誰ですか?」

「母親?」

「父がいるのなら母もいるでしょう。ギネヴィアではないのは分かっていますが、では誰なのですか?」

 

 そう問われれば、モードレッドは答えざるを得ない。

 モルガンの顔をチラッと流し見てから、覚悟を決めて答える。

 

「……そこにいる母上(モルガン)だ」

 

 するとアルトリアの目が、今度はすごく危険な光を帯びたように見えた。

 

「なるほど。つまり貴方は、私は不倫で近親相姦して子供までつくった()れ者で、しかも妻が同様に不倫をしたら処刑する恥知らずでもある、とそう言うのですね。

 これほどの侮辱を受けたのは初めてです。楽には死なせませんよ」

「うえっ!? い、いや確かにそうなるけど!!」

 

 モードレッドは思い切り困惑した。

 今の話だけで考えればまさに父王が言う通りで怒るのは当然なのだが、そういうつもりではなかったのだ。

 

「ま、待ってくれ父上。これには複雑な事情があってだな」

「事情?」

「そう! 父上が不倫したんじゃなくて、母上が父上の寝所に忍び込んで、魔術で子、子種を奪ってきたらしいんだ。だから父上は悪くないと思う」

 

 モードレッドは途中でちょっとどもったが、ともかく最後まで言い終えた。

 しかしアルトリアは疑わしげな顔である。アルトリアは女だから子種など無いという問題もあるが、それはモルガンほどの魔術師なら何とかなるのだろうから、より根本的な話だった。

 

「……本当ですか?

 そこまでできたならその場で私を殺せばいいではありませんか。何のためにそんなまだるっこしいことを?」

「うーん。そう言われれば確かにそうだけど、でもあの陰湿でヒネくれまくった母上のことだからな。ひと思いにやっちまうより、父上がつくり上げたものを自分の子供に横取りさせる方がいいとか思ったんじゃねえか?」

「ふむ、考えられなくはありませんね」

 

 モードレッドの推測をアルトリアは否定しなかった。

 ただそれを聞かされたモルガンは激しくショックを受けた様子で、地面に両手両膝をついてうなだれていたが……。

 

(何をしたのだ、汎人類史(こちら)の私!? しかもそれを私に隠すとは何事だ!)

 

 どうやらこの辺の記憶はもらっていないようだ。

 カルデアに来た後でアーサー王伝説は一通り読んだから、モードレッドがアーサー王とモルガンが近親相姦してできた子だという説があるのは知っていた。しかしアルトリアは女なのだからその説は間違いだと思っていたのに、まさか事実だったとは!

 しかもその「子」の母親評が「陰湿でヒネくれまくった」だなんて……。

 妖精騎士たちもどう言葉をかけていいか分からずとまどっていたが、それを見たモードレッドは小さく首をかしげた。

 

「……? 母上は何を落ち込んでるんだ? 自分がやったことなのに」

「その辺も後で話しましょう。

 ……貴方の心情は理解しました。貴方を子だと認めるのは、子種を盗めば王家でも乗っ取っていいと表明することになりますから、少なくとも表向きは認められませんが」

「……う゛う゛」

 

 父王の言うことは一々もっともで、モードレッドには反論のしようがない。

 しかし彼は「少なくとも表向きは」と含みを持たせた。これはつまり、私的になら認めてもいいということではあるまいか。

 今はお互いサーヴァントの身で、国を治めてるわけではないのだし。

 モードレッドがそれを訊ねてみると、父は同意を示した。

 

「そうですね。といっても、まずは罪を償って余りある手柄を立ててからの話ですが」

「いいやっふー! 任せとけ父上、父上の敵はオレがみーんなぶった斬ってやるからよ」

 

 これも当然の話、というか何もせずに認めてもらうより張り合いがあるというものだ。モードレッドは意欲百倍、天にも昇る心地であった。

 

(ああ、今短慮を咎めたばかりだというのに……)

 

 一方アルトリアはかくんと肩を落としていた。

 相手はしょせん謀反人ということで、子と認めるのを餌に手柄を釣っているという解釈だってできるのだからもう少し冷静でいてほしいものだが、信頼と敬愛の証と考えれば嬉しくなくもない。謀反人だが。

 ……それはそれとして、まだ話は終わりではない。

 

「では話を戻しますが、貴方はここで何をしていたのですか?」

「え!? あ、ああ、そういえばそれ訊かれてたんだったな」

 

 真剣な口調で問い直されて、モードレッドも頭のネジを締め直した。

 父王の先ほどの言葉を思い出すに、王の子や騎士としての建前ではなく、モードレッド個人としての本心を聞きたいのであろう。ならばどう思われようと正直に語るしかない。

 

「オレは―――ああ、そうだ。

 このオレは、オレ以外の奴がブリテンの地を穢すのは許せねえ。父上の愛したブリテンの大地を穢していいのは、このオレだけだ。それだけは、他の誰にも任せやしない。

 そのために、ジキルの奴とも組んでよく分からねえ人形とかと戦ってたんだ」

「そ、そうですか……」

 

 モードレッドは父王に本心を述べるということで胸を張って堂々と言ってのけたが、これを聞かされたアルトリアの方は先ほど以上に肩ががっくり落ちていた……。

 まさかここまでヒネくれていたとは。これはどう考えても幼少時の環境と育て方が原因、つまり母親(モルガン)の責任であろう。

 アルトリアがチラッとモルガンの方に目を向けると、駄姉はさらなるショックで立つ気力もないようだった。追い討ちするのはさすがに気が引けたので、この場は放置してモードレッドに向き直る。

 

「まあ、いいでしょう……。

 先ほどはああ言いましたが、私たちはブリテンを滅ぼすために来たのではありません。マスターもむろん悪逆ではなく、ここの異変を解決し本来の歴史に戻すために来たのです」

 

 特異点が修正されたら現地サーヴァントはすぐ座に帰還になるし、仮に居残ったとしてもモードレッドがわざわざ恨みもない一般市民を殺して回るとは思えない。さしあたって、この場で成敗する必要はないと判断したのだった。

 

「おお、やっぱそうか、そうだよな! まったく父上も人が悪いぜ」

 

 モードレッドは一安心したらしくお気楽そうに笑っているが、親の心子知らずとはこういうことを言うのであろうか……。

 まあ魔術王が作った特異点では現地サーヴァントをカルデアに連れ帰ることはできないという話なので、それはつまりモードレッドとの付き合いはこの特異点にいる間だけということで本格的に教育指導する時間もないということだから、アルトリアはその辺深く考えないことにしたけれど。

 

「ええ、なにぶん重要な使命ですから。

 あとはモルガンの件ですが、こんな見晴らしの悪い路地で長話するのは不用心です。といって人がいる民家に押し入るわけにはいきませんから、どこかに手頃な空き家などはありませんでしょうか?」

 

 アルトリアがモルガン、はまだダウンしているので太公望に周辺の調査を依頼すると、彼が答えるより早くモードレッドが口をはさんできた。

 

「それならオレたちのアジトに来ればいいんじゃねえか?

 ジキルに聞かせたくない話なら別の部屋ですればいいんだし」

 

 そうなればなしくずしに一緒に異変解決をすることになる。モードレッドはそんな思惑だったが、カルデア一行にとっても現地サーヴァントと友好的に接触できるのは良い話だ。

 それでもアルトリアは一応、現地班リーダーに意向を確認することにした。

 

「マスター、行ってもいいと思いますがどうでしょうか?」

「そうだな、アルトリアが信用したのなら」

 

 光己もむろんアルトリアとモードレッドの関係は知っているが、その上でアルトリアが信用したのなら却下する理由はない。素直に承知した。

 その道中、モードレッドがルーラーアルトリアに話しかける。

 

「ええと、そっちの父上も父上なんだよな? 何か母上より年上に見える、いやそれ以前にどう見ても女なんだけど」

 

 モードレッドが知るアルトリアとルーラーでは容姿や雰囲気がだいぶ違うのだが、どういうわけかきっちり識別できるようである。

 それでもかなり当惑気味なのは無理もないことだったが……。

 

「ええ、私もアーサー王ですよ。ただし聖剣(エクスカリバー)ではなく聖槍(ロンゴミニアド)を使っていた世界の、ですが。

 聖剣には身体の成長や老化を止める作用がありましたが、聖槍にはありませんでしたのでこうして大人の身体になったのです。

 あと私だけでなく、そちらのノーマルも元々女性ですよ。男装していただけです」

「そ、そうなのか……!」

 

 情報量が多すぎてモードレッドは理解するのにちょっと時間がかかったが、まさか父王が女だったとは。確かにあの時代は女が王になるのは難しかったが、しかし聖剣の父王ならまだしも、こちらの父王のこの立派なボディで男装はかなり無理があるような気がする。それこそモードレッドと同じくらいゴツい全身鎧を着て兜をかぶって、声も変えないとすぐバレてしまいそうだが。

 すると内心が顔に出ていたのか、聖槍の父王が説明してくれた。

 

「そうですね。苦労しましたが、もしかしたら皆分かっていてスルーしてくれていたのかも知れません」

「あ、ああ、そうかもな」

 

 モードレッドにはこう答えるしかなかった……。

 

「ってあれ? 父上が女だったなら、義母上……紛らわしいな、ギネヴィア王妃はどうなるんだ?」

「ええ、彼女には要らぬ心労をかけました。もし私が男性だったら……いえ、その時はその時で、似たような心労を抱えることになったでしょうね」

 

 たとえばマーリンが女性、それも絶世の美女である上に、無駄に王に馴れ馴れしく接するとか。あの半夢魔が女性だったらそういうことしそうな気がする。

 あの時代のブリテンにおいては、初期設定が違っても結果は変わらないのだ……。

 

「そ、そうなのか……ち、父上もギネヴィア王妃も、オレが思ったより大変だったんだな」

「フフッ、ありがとうございます。

 ……そうそう。貴方を子と認めるのは、ノーマルと同じタイミングにしておきますね」

「マジか!? やったぜ!!」

 

 さすがに同情心を抱いたモードレッドが思わずいたわりの言葉をかけると、槍の父上も同じ条件で子供認定すると言ってくれた。

 サーヴァントになって良かった!

 

「でもあまり無茶はしないように……んん!?」

「どうかしたのか?」

 

 ただそこで彼女は不意に表情を鋭くしたが、何が起こったのだろうか。

 

「サーヴァントです。北側から1騎……こちらに接近中ですね」

「ええ。南からも魔術的な……生物ではないですね。モードレッド殿が言う人形でしょうか。これが結構多数」

 

 しかも後ろにいた東洋風の男も注意を促してきた。

 サーヴァントはともかく、人形の方は敵である。彼らが偶然同時に来ただけか、それとも両者が組んでいて挟み撃ちを仕掛けてきたのかは不明だが、戦闘は避けられまい。

 モードレッドがそう言うと、マスターの少年が指示を出してきた。

 

「マジか。じゃあえっと、妖精國組が南側に対応して、他の人は北側ということで。

 北側は先制攻撃は控えるってことでよろしく」

「妖精國? 知らん言葉だけど、オレは父上2人と一緒に北側ってことでいいんだな?」

「うん」

 

 ―――さて、人形とはいったい何なのであろうか?

 

 

 




 アルトリアとモードレッドが生前にお互いの事情をどの程度知っていたかはよく分からなかったのですが、ここでは「アルトリアはモードレッドの母親を知らなかった、もしくは知らないフリをした」「モードレッドはアルトリアが男だと思っていた」という設定だということでお願い致します。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。