モルガンたちが別室に去って行くと、妖精騎士3人は一様に心配そうな顔をした。
「ううむ。
バーゲストのこの発言は当然モルガンとモードレッドがこの場にいないからこそで、しかも同僚以外に聞こえないよう小さな声でのものである。
「彼女が言ったことが事実なら、それは多少ヒネくれても仕方ないしね……」
メリュジーヌはモードレッドにやや同情的であった。王にもらった
「アルトリア王が3人もいるから荒事にはならないとは思うけど」
「お仕置きはされるみたいだけどな。
それより問題は、あの女が私の姉妹……なのはいいけど、お母様の娘ってことなんだよな」
バーヴァン・シーとしてはモードレッドと姉妹になるのはそこまで嫌ではなかったが、母の寵愛を半分奪われるようなことになるのは耐えがたい。いっそ決裂してくれればいいのにとか思っていたりする。
「うーん、その辺は僕たちにはいかんともしがたいことだからねえ……」
最強の竜でも妖精関係や人間関係はどうにもならないんだなあ、と改めて自覚せざるを得ないメリュジーヌなのだった。
モードレッドはモルガンには不信と嫌悪を抱いているが、アルトリアには信頼と敬意を抱いている。なのでつかみの部分はアルトリアが話すことにした。
なおアルトリアはマシュに通信機を借りて、カルデアにいるオルタとリリィもスクリーン越しに参加してもらっている。モードレッドはそれぞれ特徴ある5人もの父上に注目されて幸福絶頂、特にリリィの可憐さにはハートを思い切り撃ち抜かれてもう失神寸前であった。
「何を呆けているのですモードレッド。貴方に説明するためにわざわざ時間を取ったというのに」
「!? おっ、おう。大丈夫、オレは常在戦場だぜ父上」
「……」
ここに清姫がいたらモードレッドに火を吹きつけていたところだが、アルトリアは面倒くさかったのでスルーした。
「……まあいいでしょう。
時間も惜しいですので簡潔に言いますと、ここにいるモルガンは私たちが知るモルガンではなく、妖精國ブリテンという遠い平行世界から召喚されてきたモルガンなのです。妖精の騎士3人が彼女のことを『女王』といっているのが証拠といえば証拠ですね。
しかしモルガンはどういうわけか、私たちの生前の頃のブリテンのことを現界時に与えられる一般常識以上に知っていたのです。だから逆に、自分がやったことのはずのモードレッドの事情を知らなかったのがむしろ不思議なのですが……」
そして当人に水を向けると、モルガンは渋々といった様子ながらも話し始めた。
「うーむ、こうなっては話さざるを得んか……。
確かに私は異聞帯に生まれた身だが、生前に汎人類史出身のサーヴァントだった私と融合していたのだ。だから
「融合、ですか。どういう経緯で?」
「こちらの私は妖精國でベリルに召喚されたのだが、素直に従ってやるほどお人好しではなかったのでな。それよりたとえ遠い平行世界であろうと、ブリテンの王になりたかった。
そのためにカルデアのレイシフトを解明して、自分自身の情報を過去の『私』に送信したのだ。『
「な、何か途方もないことしてますね……」
「さすが母上、って言うべきなのか?」
アルトリアはその離れ業と自身を犠牲にしてまでという執念に冷たい汗を流し、モードレッドは専門用語が多かったこともあって半分くらいしか理解できず唸るばかりであった。
それでもこれでここにいるモルガンが
アルトリアがそれを問うと、モルガンは当然ながらものすごく嫌そうに、しかしここまで来て黙秘するわけにもいかず白状した。
「……単に、自分に都合が悪い情報は送らなかっただけだと思う。
この分だと、もらっていない情報が他にもあるかも知れんな……」
政治や戦争は綺麗事だけで片付くものではないから、多少の悪行や権謀術数はやむを得ない。しかし弟ならぬ「妹」の子種でホムンクルスを作るというのはさすがに性根がヒネくれ過ぎていて、現地の自分に引かれてしまって王になる意欲まで削がれてはまずいと判断したのだろう。
あるいは単に、いくら自分とはいえあまり外聞が悪いことは隠しておきたかっただけかも知れないが。
「な、何だとぉ……」
言外に「おまえをつくったのは自分自身にも言えないようなことだ」と言われたモードレッドが怒り心頭になるのは当然だったが、それをやったのは目の前にいるモルガンではない。モードレッドはかろうじて剣を抜くのを自制した。
「おまえにとっては許しがたい話かも知れんな。
私自身がやったことではないが、言い訳はせん……黙って殴られてやる趣味はないが、河原で殴り合ったら
モルガンは魔女めいた服装や技能とは裏腹に元祖魔猪の氏族であり、実際にこの方法で友人をつくってきた実績がある。モードレッドはこちらのモルガンをかなり嫌悪しているようだから和解とまではいかなくても、多少わだかまりを解くぐらいはしたいと思ったのだ。
一方モードレッドはいかにも魔術師然とした、というか本当に魔術師であるモルガンがまさかの殴り合いを提案してきたことに当惑して、とりあえず父上に意見を仰いでみた。
「えっと、ち、父上……?」
「そうですねえ。モルガンにも考えがあるんでしょうから、貴方にその気があるならやってもいいと思いますが……。
しかし魔術も武器もなしの素手の殴り合いだとしても、人様の家でやることではありませんからね。といって外もああですし、機会があったらでいいんじゃないですか?」
「なるほど……」
確かにその通りである。モードレッド的にはうだうだ抱え込むよりシンプルに分かりやすく発散する方が好きなので、モルガンの提案を受けることにした。
「よっしゃ、そういうことならやったるぜ。もちろん勝とうが負けようが後くされなしだよな?」
「当然だ」
―――これでモルガンとモードレッドの話はひとまず終わったが、家族会議の議題はもう1つ残っていた。
「あとは私のお話ですね。こちらも後くされなくお仕置きしてあげましょう!」
「うえっ!? ま、まだその話覚えてたんだ父上」
「当たり前でしょう。もう逃げ場はありませんよ」
「へるぷみー!」
モードレッドは助けを乞うたが誰も応じる者はなく、他の父上4人と母上の前で実年齢的には妥当ともいえるお尻ぺんぺんの刑に処されたのだった。
モードレッドたちがジキルたちの所に戻って経過を簡単に報告すると、バーヴァン・シーがものすごく心配そうな顔で母娘バトルを止めてきたが、モルガンに「気持ちは嬉しいが、自分で蒔いた種は自分で刈らねばならんからな」と言われるともう止められなくなってしまった。
「で、でも立会はするからな! 特にモードレッド、勝負がついても殴り続けるようなマネはするんじゃねえぞ」
「分かってるって。そのくらいの作法は知ってるよ」
モードレッドは自分だけ釘を刺されたことよりモルガンとバーヴァン・シーの仲の良さにちょっともやもやするものを感じたが、それは口には出せなかった。
するとその辺の微妙な空気を読んだのか、ジキルが別の話を始める。
「それはそうと、王と王妃にお願いするのは心苦しいのですが、ひとつ依頼したいことが……」
「遠慮は要りませんよ。どうぞ」
アルトリアが寛容に続きを促すと、ジキルは依頼の内容を語り始めた。
ロンドンの市中にはジキルの協力者が何人かいるのだが、その中の1人であるスイス人
なおフランケンシュタインも小説の登場人物だが、今回はそのモデルとなった魔術師の孫であるらしい。
「ふむ、分かりました。
ただ敵の襲撃を受けた可能性を考えるなら、ここにも留守番を残した方が良さそうですね。幸いこちらにはサーヴァントが大勢いますし」
というわけで汎人類史組と妖精國組から1人ずつ、アルトリアとメリュジーヌが残ることになった。非常時の通信用にマシュの通信機をアルトリアに持たせたまま、都合9人で出発する。
「ヴィクターのじいさんは、少なくとも昨日までは無事だったんだけどな。
まあ行けば分かるだろ。何事もなければ、普通に歩いて1時間くらいだ」
モードレッドによるとフランケンシュタイン宅はジキル宅から3キロか4キロくらい離れたソーホーにあって、そこは例の人形やホムンクルスの縄張りらしい。
といってもサーヴァントさえいなければ連中が何体現れようとこのメンツの敵ではないのだが、目的地まであと1キロくらいになったところでほぼ同時に2ヶ所で1騎ずつ探知された。
片方は距離と方角から見ておそらくフランケンシュタイン宅と思われる地点、片方は右側にほぼ90度方向違いの、これも1キロほど離れた場所である。
「うーん。本来ならサーヴァント探知は半径10キロまで可能なはずなのですが、魔霧のせいで精度が落ちているようです。
マスター、どうなさいますか?」
「や、1キロでも100メートルでも、先に分かるだけでも助かってるから気にしないで。
しかしどうするか……二手に分かれるってのはあんまりしたくないんだけど」
二手に分かれてもなお人数は勝っているが、光己は敵の単騎突撃で守りを突破されて攻撃を受けた経験が何度もあるのでなるべく固まっていたいのだった。
まあこういう時こそ軍師の意見を仰ぐべきだろう。さっそく太公望に訊ねてみた。
「太公望さん、どうすればいいと思う?」
「そうですねぇ。右側のサーヴァントのことがまるで分からないのなら、どちらが正解だとも言えません。ですからマスターが分かれるのが嫌なのでしたら、全員でまっすぐフランケンシュタイン殿宅に行ってしまってもいいかと。
……霧がこれほど濃くなければ、土遁の術を使っても良かったのですが」
土遁の術とは「封神演義」でよく使われている高速移動術だが、ワープではなくあくまで高速移動なので、今現在のように目的地が遠くないのに術者が正確な位置を知らず、しかも濃霧で視界が狭い上に敵がいる可能性があるような場所では使いづらいのだった。
ちなみに太公望はこの術が得意で、ドアを閉めた車の中と外を一瞬で行き来できるほどの腕前である。
「おお、土遁の術! フランスやローマの時にあれば便利だったのになあ。
まあ負けそうになってもほぼ確実に逃げられるってのはポイント高いか」
「えぇ、あの戦争の時はよく逃げたり逃げられたりしたものです。懐かしいなァ!
帰り道でなら使えますので披露しますよ」
「おお、それは楽しみ」
しかし今は普通に徒歩で行くしかないようだ。いや今まさにフランケンシュタインが襲撃を受けている真っ最中なのかも知れないのだから、全速力で走っていくべきである。
そこで光己が武闘派サーヴァントのダッシュに自力でついて来たことにモードレッドがまた驚いたりしつつ、ようやく目的地についてみると屋敷の門の前に大柄な道化師風の男が立っていた。異様な形と色をした大きな
一行が足を止め、ルーラーアルトリアは真名看破を行った。
「真名、 メフィストフェレス。キャスターです。宝具は『
「マジか」
メフィストフェレスといえばまたもや小説の登場人物で、有名な悪魔である。小説通りの存在であれば、間違いなく人類の敵だ。
しかしそうと決まったわけではない。今少し近づいてから、先頭のモーレッドが声をかけてみる。
「おい、そこのカカシ。それともリビングスタチューか?
どっちでもいいや。おまえさ、アホみたいに匂うぞ。血と臓物と火の匂いだ。あと、じいさんの好きだった元素魔術の触媒。ここまでぷんぷん匂ってくる。
殺したな、おまえ。ヴィクター・フランケンシュタインを」
距離が近づいたおかげで、モードレッドはメフィストフェレスはすでにフランケンシュタインを殺した後だと看破できたようだ。
その今にも斬りかかりそうな怒気と殺気をこめた詰問に、メフィストフェレスは恐れるどころか楽しげに答えた。
「ええ、ええ―――真名を看破されてしまったからには、もはや言い逃れはしません。
確かに、確かに。かの
残念なことです。彼は『計画』に参加することを最後まで拒んだ。
ですのでまあ、始末すると同時に、彼の協力者、つまり貴方様がたが様子を見に来るのをこうして待っていたのですよ!」
つまりメフィストフェレスは「計画」とやらに参画していて、それに協力しなかったフランケンシュタインを殺害した上で、こうしてモードレッドたちが様子を見に来たところを殺害するつもりということらしい。
「それがまさかこれほど大勢とは思いませんでしたが、そちらには哀れにもマスターがいる模様。
ようくお守りなさい。でなければ、あっという間に……」
「御託はいい。そのニヤけた口元を今すぐに止めろ」
モードレッドがメフィストフェレスの長広舌を遮るように斬りかかる。何しろ彼がマスター狙いだと明言した以上、それこそ宝具を使われては万事休すだからだ。
「おおっと!」
メフィストフェレスは素早く横に跳んでモードレッドの斬撃を回避した。
「いやはや、貴方様は血の気の多いお人であるようだ! 殺しますか、私を! 殺せますか、私を!
しかし我が宝具はすでに
光己たちを囲むようにして脚がある懐中時計めいた物品、つまり魔術回路やサーヴァントの霊基にバグを仕込んで呪う爆弾が30個ほども出現する。ただこれはイメージ映像に過ぎず、実際は真名を発動すれば即ターゲットの体内に仕込めるものだ。
「ではさようなら。『
「させませんよ!」
しかしその寸前、ヒロインXXが額からビームマシンガンをメフィストフェレスの口元を狙って乱射する。一瞬遅れて、バーヴァン・シーも黒い
「うぐがっ!?」
真名解放の途中に口や鼻や喉に強打を喰らっては発動は難しい。むしろ気絶あるいは死亡してもおかしくなかったが、そこは有名な悪魔だけあって設置済みの爆弾をその場で、つまり時計を爆発させるだけの力は残っていた。
「うわっ!?」
その爆発でモードレッドたちが困惑している間に「光己たちから見て左側に」逃走を図るメフィストフェレス。
人数差を考えれば妥当な判断だったが、彼女たちに背中を向けたがゆえに、そちらから小さなパイナップルのようなものが飛んで来るのは見えなかった。
「あじゃぱーっ!?」
「爆弾には爆弾! 試作品だから退去させるのは無理だろうけど」
悪魔を祓うには聖なる力!という発想で光己が投げつけた「聖なる手榴弾」の爆発によりメフィストフェレスは背中にも重傷を負ったが、それでも死力を振り絞ってどうにか逃げ帰ったのであった……。
「うーん、また逃げられたか……まあ今回は準備して待ち伏せされてたみたいだから仕方ないか」
頑丈にも1人だけ無傷だった光己が、礼装の機能でサーヴァントたちを治療しながらそうごちた。真名発動まではされなかったからか、あるいはメンバーが皆対魔力が強いからか退去や重傷まで至った者はいないが、人数差を考えれば痛み分けというより敗北に近い。
「うーん、面目ない……」
軍師として登用されながら待ち伏せを見破れず引っかかってしまったとは。太公望は肩をすくめて縮こまっていたが、不意にはっと顔を上げた。
「って、この気配!? 右側からキョンシーに似た気配の魔術的存在が4桁単位で近づいて来てますよ!?」
「先ほど話した右側のサーヴァントもです! もしかしてジキルとの話に出た、吸血鬼のサーヴァントがグールやゾンビを引き連れて来たのでしょうか」
「デジマ!?」
これはあれか、こちらがメフィストフェレスと戦っている間に吸血鬼とアンデッドの軍団で横から殴るという策だったのか?
挟撃は免れたが、戦うしかなさそうだ。
「みんな、やれる!?」
「はい、いけます!」
マシュたちが再び戦闘態勢に入る。今度は数こそ多いが、挟み撃ちや待ち伏せでないだけまだ楽というものだ。
そこでルーラーが小さく首をかしげた。
「あれ、サーヴァントの動きがちょっと変ですね……この感じだと、建物の屋根の上を跳び移ってこちらに来てるように思えます」
「……? アンデッド軍の大将として本陣に控えてるんじゃないってこと?」
「はい」
建物の上を跳び移っているのなら軍の先頭に立つということでもなさそうだし、どういうつもりなのだろう? 光己たちが訝しみつつも待機していると、やがてサーヴァントはアンデッド軍を追い越して一行の前にしゅたっと降り立った。
20歳くらいで金髪紅眼のものすごい美人で、白い薄手のセーターと紺色のミニスカートに黒いタイツと現代的な服装をまとっている。明るく天真爛漫そうな雰囲気だ。
「こんにちは! 吸血種を殺す吸血種、アルクェイド・ブリュンスタッドです!
見たところ、貴方たちもあのグールやゾンビの敵なんでしょう? わたしもそうなんだけど、さすがに1人であの数はメンドいからもし良かったら共闘しない?」
何とサーヴァントはアンデッド軍のボスではなく、それと敵対している者だったようだ。吸血種を殺す吸血種というのはよく分からないが、事実だとしたらこの女性も吸血種ということになるけれど……?
そんな疑問が光己たちの顔に出ていたのか、女性はいたって明るい口調で弁明してきた。
「大丈夫よ、安心して? 吸血鬼だけど血は吸わないから! 絶対可憐な淑女なので!」
これも真偽のほどは分からないが、嘘は言ってなさそうに見える。光己はとりあえず信用することにした。
「分かった、そういうことならこちらこそよろしく。
それでブリュンスタッドさんは前衛と後衛どちらが希望?」
彼女は堅苦しいやり取りは好みじゃなさそうなのであえてフランクに話してみると、女性はぽんと手を打って満足そうに笑った。
「わあ、物分かりいいのね。ありがと~!
「おお、実に頼もしげ……」
こうして謎の吸血鬼、アルクェイド・ブリュンスタッドとの一時共闘が成立したのだった。