戦闘が終了すると、アルクェイドは槍を分解して虚空に還してしまったばかりか、槍で道路に空けた穴も修復してしまった。
「おおぅ、空想具現化って便利なんだなぁ……あと飛び道具に投槍を選んだところも
「それはもう、わたしはれっきとしたお姫様ですから!
でもマスターさんも分かってる人で嬉しいわね」
「……?」
光己が何を分かっているのかマシュやモードレッドには皆目見当がつかなかったが、多分異変解決とは何の関係もないことだろうからスルーしておくことにした。
「えーと、それで。ナーサリーとジャックとアタランテは逃がしちゃったけど、みんなお疲れさま。こうなったらいったん引き揚げるしかないと思うけど、アンデルセンさんはどうします?」
ついで光己がまず皆をねぎらってからアンデルセンに去就を伺うと、作家殿は何か不届きなことを言ってきた。
「ふむ。実は俺は店員じゃなくて、店主が寝てる間に裏口からこっそり忍び込んでただけなのでな。店主が目を覚ました時にここにいたら警官を呼ばれかねん。
助けてやったのに捕まるなんぞ、駄作にも程がある! なので同行させてもらうことにしよう」
「はあ!? 無許可で上がりこんどいて、あんだけ堂々としてやがったのかよ、おまえ!?」
「何を言う。『助けてやった』んだから当然の権利だろうが」
彼とウマが合わないモードレッドが渾身のツッコミを入れたが、アンデルセンは馬耳東風であった……。
光己は触らぬ神に何とやらという古人の教えを忠実に守ってこれをスルーし、ふと今思いついたことをマシュに語ってみた。
「ところでさ。ロンドン市も結構広いのにジャックとアタランテが都合のいいタイミングで俺たちの前に現れたのは、もしかして敵方にもルーラーがいて俺たちや他のサーヴァントの位置を教えてるんじゃないかと思ったんだけどどうだろう」
「なるほど、それはありえますね。フランスにも冬木にもいたわけですし」
「うん、だとしたら面倒になるよな」
そのルーラーも探知範囲は狭いはずだが、探知や真名看破ができるというだけで厄介なのは味方ルーラーの今までの役立ちっぷりを考えればよく分かる。むろん根拠のない当てずっぽうに過ぎないが、もし当たっていたなら優先的に倒すべきだろう。
「マスター、その辺の考察は安全な所に帰ってからゆっくりやる方が良いのでは?」
「ん? ああ、そうだな。それじゃ太公望さん、お願い」
「はい。では皆さん、僕のそばに集まって下さいね」
―――こうして光己たちはいったんジキル宅に引き揚げたのだった。
光己たちはジキル宅に戻ると、例によって彼への報告はモードレッドに任せて休憩と考察をしていた。
もっともいずれも根拠はないので結論が出る話ではなく、心づもりをしておく以上のことはできなかったが。
その間にアンデルセンが、モルガンが魔霧の発生源及び聖杯のありかを探知する作業のために閉じこもっている書斎に入ろうとして、バーヴァン・シーに鬼のような形相で止められていたりもする。
アンデルセンは書斎に入れないとすることがなくて暇を持て余したのか、今度は彼やナーサリー・ライムたちがどうやって現界したのか語ってくれた。
それによると彼もナーサリーも魔霧から現界、それもマスターの存在もなく、当然召喚の手順も踏まれずに現界したそうなのだが、いくつもの特異点で大勢のはぐれサーヴァントと遭遇してきた光己たちにとっては今更の話だった……。
「うーん、つまり黒幕が魔霧を作った目的の1つは、サーヴァントを現界させて手駒にするためってことか?」
とはいえジャックやナーサリーのような子供ならともかく、モードレッドやアタランテのような大人の強者を簡単に引き込めるかというと疑問だが、数撃ちゃ当たるという発想なのかも知れない。
しかし聖杯があるなら直接それを使って召喚すれば確実に手駒にできるわけで、やはり真の目的が別にあると見るべきだろう。
「いや待てよ。そういうことなら、そのサーヴァントに俺たちが先に遭遇すれば味方にできるのかな?」
そこで一策を閃いた光己が太公望に顔を向けると、軍師殿は選択肢を提供してくれた。
「そうですね、方向性としては間違いではないと思います。
ただ普通に街を歩いて探すとなると、
空を飛んで探すのは効率は良いですしジャックも手を出せないでしょうが、万が一アタランテに先手を取られたら非常に危険ですね」
「むう、どっちも問題点があるんだな……。
というかよく考えたら、濃霧が立ち込めてる外国の夜の街を一般人が出歩くのは不用心すぎるな。決まった目的地もないんじゃ疲れそうだし」
「一般人……?」
「……って誰のこと?」
モードレッドとアルクェイドが乾いた声でツッコミを入れたのはまあ当然といえるだろう……。
しかしアンデルセンの発言は方向性がちょっと違っていた。
「おまえが一般人か逸般人かはどうでもいいが、目的地が欲しいならくれてやるぞ」
「ほえ?」
今は特段の事件は起こっていないはずだが、何があったと言うのだろうか?
「おまえたちに聞いた特異点修正、いや正しくは聖杯戦争という魔術儀式に引っかかるものがあるというか……判断するには資料が足りない。
そこで、俺の考察を裏付けるための資料を集めるというのはどうだ?
要はお使いだな。体力のあるおまえたちにはもってこいの仕事じゃないか?」
「ほむ……でも資料を集めるといってもどこに?」
それで事態が進展するなら是非もないが、そんな都合のいい資料がどこにあるというのか?
「おいおい、ここはロンドンだぞ? であれば自ずと行き先は決まっている。
西暦以後、魔術師たちにとって中心とも言える巨大学院―――魔術協会、時計塔だ。
世界における神秘を解き明かす巨大学府がこのロンドンには存在している。活用しない手があるか?」
「ほむ、なるほど」
ただここで口をはさんできたジキルとモードレッドによるとそこはすでに確認済みで、真上にある大英博物館が入口だそうだが瓦礫の廃墟になってしまっていたらしい。
この特異点では珍しく建物が破壊されていたのは、魔霧計画の首謀者たちが反抗しそうな者を先手を取って潰したからであろう。
「破壊されていようが構わん。瓦礫でもな。
必要なのは記録だ。資料だ。重要な資料庫の類なら相当に頑丈な封印なりで守られているのはまず確実だ。そこまで俺を連れて行け」
「連れて行くのはいいとして、その頑丈な封印はどうするんですか?」
「そっちには肉体労働者だけじゃなくて、魔術を使う王妃と道士?とやらがいるんだろう?
ああ俺は当てにするなよ。あくまでしがない物書きだからな」
「……」
光己は色々呆れたが、そういえばモルガンが時計塔に行きたがっていたからいいかと達観することにした。
そして当座の行動が決まったので、バーヴァン・シーにモルガンを呼んできてもらって、その間にカルデア本部に経過報告をしておくことにする。
ビッグネームなサーヴァントが増えたのでオルガマリーたちは現場の判断を尊重してむやみな口出しは控えているのだが、それはそれとして現地組からの定期的な報告は必要だ。
光己が通信機のスイッチを入れると、スクリーンにオルガマリーとエルメロイⅡ世の顔が映った。光己の存在証明は24時間休みなしの仕事なので、幹部組が最低1人必ず管制室にいるようになっているのだ。
《今は特に異常はないと思ったけど、何か相談でもあるの?》
「いえ、ただの経過報告です」
光己がそう言ってモードレッドとジキル、アルクェイドとアンデルセンを紹介するとスクリーン上の2人は驚愕を露わにして噴き出した。
先刻の家族会議とやらの時にモードレッドの名前を聞いた時はアーサー王との相性が最悪だと思って心配したものだが、今度はそちら界隈では伝説的存在である真祖の姫君まで仲間入りしたとかどんだけぇ!?
《あ、あわわわわ……》
オルガマリーは冬木以降だいぶ落ち着いてきたとはいえ今回は衝撃が大きかったらしく、目を回してしまってまともに会話できない様子なのでⅡ世が応接することにした。
できればやりたくないのだが!
このアルクェイドといいモルガン一党といい、超抜級の人外をほいほい連れて来られると実に心臓に悪い。何しろどんな価値観や思考形態を持っているか知れたものではないのだ。
……そういえばヒナコや紅閻魔やワルキューレズや玉藻の前ズやカーマやクレーンも人間ではなかった。この「人理」継続保障機関、人外比率がちょっと高すぎではあるまいか?
いやこれだけ人外がいるなら、今さら吸血鬼の1人や2人たいしたことは……いやいや「人の血を吸う鬼」はまずいだろう! ネズミ算式に人間をグールやゾンビに変えられる点で他の人外とは危険度が違うのだ。
まあ魔術王がつくった特異点では現地のサーヴァントや生物はカルデアには来られないという話だし、そこまで思い悩む必要はないか……!?
《Ⅱ世、そういうの藤宮や宇津見たちの界隈じゃ『フラグ』っていうらしいわよ》
《その発言こそその『フラグ』なんじゃないかね!?》
表情で読まれたのかオルガマリーが不穏なことを言ってきたので、Ⅱ世はとりあえず年長者の権威で沈黙させた。
しかしトップが復帰したのなら彼女に話してもらうべきかとも思ったが、ここで交代するのも何なので自分で話すことにする。
《―――ああ、すまない。私はカルデアの副所長、エルメロイⅡ世という者だ。
失礼だが、貴女がかの真祖の姫、堕ちた真祖や死徒を狩っているというレディ・ブリュンスタッドということでいいのだろうか?》
「ええ、そうよ。といっても生身じゃなくてサーヴァントとしてだけどね。
そういえば生身のわたし、いやこの時代だと『私』かな。どうなってるのかしらね」
アルクェイドはそこまで言うとふと考え込むような顔をしたが、会話中なのを思い出してⅡ世に向き直った。
「ごめんなさい、話がそれたわね。
わたしはいつも通りお仕事に来ただけで、実際グールやゾンビが大勢いたから吸血鬼がいるのは確実なんだけど……マスターさんと話したらそいつが特異点の黒幕で聖杯持ってる可能性もあるって話になってね。もしそうだったらこの霊基の体じゃ辛いから共同戦線組んだってわけ」
《なるほど……》
真祖の姫君ともあろう方が同行してくれている理由は分かった。しかし最大の懸念はまだ解決しておらず、といって初対面でそれを聞くのはいかがなものかとオルガマリーとⅡ世が躊躇していると、アルクェイドの方が察して自分から話してくれた。
「ああ、大丈夫よ。わたしは人の血は吸わないから。堕ちた真祖を狩る者が人の血を吸ってたら示しつかないしね。
それにほら、もしわたしが人の血を吸う鬼だったら、マスターさんだって組むどころか退治しに来るはずでしょ?」
《そ、そうだな。感謝する》
彼女の最後のセンテンスは確かにその通りだ。現時点ではこれ以上藪を突っつく必要はなさそうである。
しかしこの姫君、思ったより雰囲気や口調が軽い。人類としてはありがたく思うべきなのだろうか……?
「ところで貴方たちって、今から130年くらい後の人なんだって?
ここの状況からたったの1世紀と少しで時間旅行したり通信したりできるようになるなんて、人類の進歩って凄いのねー」
《……そうだな。まさにこの産業革命の時代から、人類の科学は指数関数的な勢いで向上し始める。
良い面ばかりとは言えないが》
「そうねえ。まあその辺はわたしがとやかく言うことじゃないか。
それじゃそろそろ、他の人に交代しようかしらね」
アルクェイドは自分ばかり話していては良くないと思ったのか、1番近くにいたアンデルセンにバトンを渡した。
オルガマリーもⅡ世もアルクェイドが危険ではないと分かったなら特に長話する必要はないので、引き止めることもなくアンデルセン、その後モードレッドとジキルとも話をして、改めて異変解決に協力を依頼する。
モードレッドは「円卓の騎士」のイメージよりガラが悪い感じがしたが、アーサー王やモルガンとの仲は険悪ではないようで何よりだった。
そして現地勢との話が済むと、オルガマリーは光己に現在の状況を訊ねた。
《それで、敵の手掛かりとかはつかめてるの? 時間があんまりないようだけど》
「あ、はい。モルガンが聖杯のありかと魔霧の発生源の場所を調べてくれてるんですが、すぐにとはいかないようですので、アンデルセンさんの提案でこれから時計塔に資料を探しに行くとこなんです」
《ほう、時計塔にな》
するとⅡ世がメガネの端をキュピーンと光らせた。
《しかしミスター・アンデルセン。いかに異変解決のためとはいえ、余所者が簡単に貴重な資料を見せてもらえるとは思えないが?》
「そうだろうな。しかしモードレッドとジキルによれば時計塔の上に建っている大英博物館は瓦礫の山にされていたそうだから、おそらく地下は無人だろう。
魔術師に話を聞けないのは残念だが、資料を見るのを邪魔する者もいないということだ」
《なるほど、敵はそれなりの知識がある上で、目端も利く人物ということか……。
まあこんな手の込んだことをするくらいだから当然といえば当然か。ところでマスター》
そして急に光己の方に真剣きわまる顔を向けてきたので、未成年マスターはびっくりして思わず背筋を伸ばした。
「あ、はい。何か?」
《確かマスターは財宝の価値を鑑定するスキルを持っていたな。これぞアラヤの助け、もし貴重な書物や礼装の類があったら回収してきてもらいたい》
《ちょ、Ⅱ世!?》
その無法ぶりにオルガマリーが目を剥いて止めようとしたが、Ⅱ世は平然としていた。
それどころかオルガマリーを丸め込みにかかる。
《特異点を修正すれば無かったことになるのだろう? なら気にすることはない。
むしろ130年の間に失われたかも知れない貴重な資料を発掘すると考えれば、称賛されるべき善行だと思うが》
《ええ!? う、うーん、それはそうかも知れないけど……!?》
《それに貴女もこのような貧乏クジ、失礼、責任重大な仕事を毎日真面目に果たしているのだ。この程度の報酬はあって当然だろう》
《し、仕事を果たしてる報酬……!?》
オルガマリーは人理修復が終わったら功績を称えられるどころか罪を問われる身だと思っているので、報酬と言われるとつい心が揺らいでしまった。
《そ、そうね。それじゃ藤宮、もし機会があったらお願い》
「……アッハイ」
トップとナンバー2が揃っての依頼となれば、平所員としては頷くしかない。
なおその後ろでモルガンが(まさかオルガマリーたちの方から言い出してくれるとは手間が省けたな。
方針が決まると、時計塔に行くと聞いたジキルが行きたがったが人間である彼は魔霧に耐えられないので不可であり、フランとヒロインXXとバーゲストと一緒に留守番になった。残念そうにしているがやむを得ない。
「では、出発だ。かつての華やかなりし神秘の学府を訪ねるとしよう!」
アンデルセンがそう音頭を取って、都合11人でジキル宅を出るカルデア一行。
時計塔の入口は先の話に出たように大英博物館にあるが、そこに行くにはまず前回同様フランケンシュタイン宅まで土遁で行って、そこから北にしばらく徒歩という流れになる。
その途中、一行の前方50メートルほどの位置に突然、降って湧いたようにサーヴァント反応が現れた。
「なるほど、これが魔霧から現界するということですか……!」
ルーラーアルトリアの警告で一同が警戒態勢に入りつつ、慎重に接近する。先方がルーラーでなければ、こちらの方が先に発見するはずだ。
すると姿より先に声が聞こえてきた。
「さあ―――吾輩を召喚せしめたのはどなたか! キャスター・シェイクスピア、霧の都へ馳せ参じました。
と、言いたいところなのですが。どうやらこれは聖杯戦争による召喚ではない模様。
さあ、これは困ってしまいましたね。神よ、吾輩が傍観すべき物語は何処にありや?
答えはない。答えはない。ああ、神は私を見放したか。血湧き肉躍り、心震い魂揺らす物語は何処にありや!
…………、………………!!」
黄緑色の服を着て橙色の本を持った壮年の男性が、何やら大仰に独り言をいっている。
都合の良いことにわざわざ名乗ってくれたが、それによるとかの有名な劇作家、シェイクスピアであるようだ。彼は俳優でもあったから、この言動はむしろ自然といえるかも知れない。
「真名とクラスは名乗りの通りですね。宝具は『
「…………ハズレだ。次」
するとモードレッドが心底失望した面持ちで、道を変えることを一同に勧めてきた。
生前の知り合いではないはずだから、他の聖杯戦争で遭遇したことがあるのだろうか?
ところがその声が聞こえたのか、シェイクスピアの方から近づいて来た。
「おお、これは。異様の霧の中にて、今度こそ貴方とこうしてお目に掛かれようとは」
「やっぱり知り合いなの?」
光己がそう訊ねると、モードレッドはやはり不快そうに首を横に振った。
「知らん。こいつはハズレだ。
だが、本当に確認できたな。たった今、こいつは魔霧の中から現界してきた」
「マスターが存在しないことは不幸ではありますが、こうして貴方にお会いできました。これも運命でしょう。
今は貴方の物語を紡ぐとしましょう。噂に違わぬ物語を期待していますよ」
一方シェイクスピアはモードレッドの嫌悪感あふれる反応をまったく気にせず、当然のように仲間入りを表明してきた。
まあ確かに、劇作家なら「叛逆の騎士」を見たら創作のネタにしたいと思ってもおかしくはないが……。
「あー、敵ってわけでもなさそうだが……しかし、いよいよそうなると奇妙ではあるよな」
モードレッドはシェイクスピアが敵でないのなら、斬りかかったり追い払ったりするほどには嫌っていない様子である。
またそれとは別に、魔霧から現れたサーヴァントが黒幕の味方に付く付かないの基準がはっきりしない。現界した時点ではどちらの味方でもなく、当人の価値観によって去就を決めているのだろうか? それとも黒幕側が探し出して(多分強制的に)勧誘しているのだろうか。
ただこうして出会ってしまった以上、何もせずに別れてしまうのは好ましくない。黒幕側の仲間にされてしまう恐れがあるからだ。
しかし光己はそういうこととは別に、シェイクスピアに対して存念があった。
「シェイクスピアといえば、多分世界一有名な劇作家……しかしそんなことはどうでも、いやそれこそがまさに罪!
貴様はお姉ちゃんを事実と異なるあたおかな魔女扱いした劇をつくって彼女の名誉を深く傷つけた、よってこの場で処刑!」
「ファッ!?」
見ず知らずの異国風の少年にいきなり死刑宣告されて、シェイクスピアはいたく当惑した。
「ええと、何の話ですかな? 吾輩、貴方の姉君という方にはまったく心当たりがありませんが」
「ネタはあがってるからとぼけても無駄だぞ。ジャンヌ・ダルクという名前を知らないとは言わせん」
「ジャンヌ・ダルク……!?」
その名前ならシェイクスピアは確かに知っている。生前は少年が言った通りのことをしたし、別の聖杯戦争で彼女に対心宝具をぶつけたこともあるが……。
その弟なら怒るのは当然だろう。しかし彼女に弟、それもどう見ても東洋人風の弟がいるとは初耳だが。ましてやまったく時代が違うこの場所に。
シェイクスピアがそれを訊ねると、少年は憤怒を露わにしつつも答えてはくれた。
「血のつながりはないよ。お姉ちゃんがサーヴァントになってからの義姉弟……オルタも入れて三国志の劉備関羽張飛みたいなもんかな」
ジャンヌオルタがこれを聞いたら血相を変えて否定していたところだが、今は残念ながら短刀の中で待機中であった……。
「何なら今この場でお姉ちゃんに来てもらって、代わりに判決出してもらってもいいけど」
「なんと、彼女を呼び出せると!?」
どうやらこの少年、本当にジャンヌと知り合いどころかマスターであるらしい。シェイクスピアは顔中に冷や汗をだらだら流した。
ところがそこに助けの天使が現れる。
「まあまあ先輩! せっかく味方になってくれるんですし、ここは穏便に収めた方が異変解決のためになるのではないでしょうか」
マシュは読書好きなので、シェイクスピアに対しては好意的なのだ。
光己も慕ってくれている後輩にそう言ってなだめられては譲歩せざるを得ない。
「うーん、それはそうなんだけど……。
じゃあこうしよう。生前に書いた劇と同じ文量だけ、お姉ちゃんを褒め称える劇を書いてもらうということで。サーヴァントなら疲れ知らずで書き続けられるはずだし。
断るなら火炙りの刑かな」
「……むう」
シェイクスピアは少年が言ったことについては、多少悪いことをしたとは思っている。
それに面白そうな物語を間近で見る機会なのは確かなので、要求に応じることにした。
「……承知しました。ならばそのように」
こうしてシェイクスピアも仲間に加わったのだった。
その後は自動人形の他、
博物館はモードレッドとジキルが言ったように無惨なまでに破壊されており、その中の展示品も同じ運命を辿っていると思われた。
「まあ、首謀者がイギリス人じゃなかったら思い入れなんてないだろうしな……」
光己は歴史好きとしては残念に思うので、Ⅱ世も言ったように特異点を修正したら元に戻るよう祈るばかりである。
(それよりここに来たら呼ぶ声が強くなったような気がするんだけど、気のせいかな……?)
ただちゃんとした言葉ではなく、「呼ばれてる」「求められてる」という感覚しかないのが困りものだったが。しかも皆に相談する気にならないというのは、思考操作でも受けているのだろうか?
またそれとは別に気になったのは。
「ところでロボットは自動人形の上位機種なんだろうけど、本の方は魔本の劣化版か何かなのかな? 最初から攻撃が通用したし、変身もしなかったけど」
「前に来た時は、あんなのいなかったぜ。ふわふわした本なんざ」
モードレッドは宙に浮く本に見覚えはないようだ。
こういう時は魔術師の出番だろう。
「おそらく、魔術書の類が変質したものだろう。それこそ魔術協会に保存してあったものがな」
「……本が群れを成して襲って来る、か」
「……悪夢、もしくは地獄の如き様相でしたな」
モルガンの見解に、アンデルセンとシェイクスピアが不快そうな顔で感想を述べる。物書きとしては当然の反応だろう。
ただこの敵「スペルブック」が出現した時に、偶然にも地下階層への入口が形成されたので、瓦礫を掘り起こして入り口を探す労力が省けたのは幸いであった。
「それじゃ入ろうか。みんな慎重にね」
「はい!」
さて、魔術協会では何事が待っているのであろうか……!?
原作ではナーサリーの事件の後はスコットランドヤードに行っていますが、ここではジャックたちが逃げてすぐそうするのは不自然と思われるので後回しになりました。