地下に入ると、そこはまるでファンタジー系RPGのような
通路は石でつくられており、一定の間隔で魔術の燭台が灯っているので薄暗くはあるが外より明るいくらいである。
空気はやや湿っているが、地下迷宮ならこんなものだろう。
なおシェイクスピアは「叛逆の騎士」に加えて彼女と縁深いアーサー王やモルガン王妃、さらには東洋の大軍師や真祖の姫君といった錚々たるメンツと共に迷宮探索ができるとあって早くもウッキウキであった……。
「モンスターとか出そうな雰囲気だなあ。いや黒幕が送り込んだのが残ってるなら本当に出るんだろうけど」
さっき遭遇した自動人形とかスペルブックとか、その他諸々が居残っている可能性は十分ある。時計塔所属の魔術師が設置したトラップの類がまだ生きているということも考えられるし、よくよく警戒してかかるべきだろう。
「部屋の入口はどこもかしこも潰れていたり、瓦礫で埋まったりしていますね。
相当念入りに破壊したと思われます。近くには人の気配もありませんし」
「サーヴァントは……探知できる範囲内では存在しません」
魔霧はここにも入り込んでいるので、モルガンと太公望、そしてルーラーアルトリアの探知能力は地上にいた時同様かなり制限されていた。それでもすぐ近くまで来られれば分かるが、目的の書庫がどこかは分からない。
通路は一本道ではなく時々分岐や曲がり角があって、まるで初見の者を意図的に惑わせようとしているみたいでもあるし。
しかも光己たちが危惧した通り、ヘルタースケルターやスペルブックが時々襲ってくる。のんびり試行錯誤していられる状況ではなさそうだ。
「うーん、これは俺がやるしかないか。みょんみょんみょ~~~ん」
ふざけているように見えるが、これでも当人は真面目にやっているつもりである。
やがて災害救助犬が被災者の匂いを嗅ぎ分けるかのように、光己の感に当たりが来た。
「おお、これはグレートなお宝の香り……こっちだ」
「本当かあ……!?」
モードレッドは疑わしげな顔をしたが、父上たちと母上が当然のようについて行くのを見るに遊びや冗談ではないようだ……。
「マスターさんって面白い特技持ってるのねえ」
「確かに、雰囲気は凡人ぽいですが能力と運命には非凡なものを感じますな!」
アルクェイドは素直に感心しているが、シェイクスピアにはどことなく、というか露骨に愉悦のアトモスフィアがあった。
まあ度を越したらメリュジーヌあたりがシバくであろう……。
いくつの交差点と曲がり角を越えた後、光己は1つの扉の前で足を止めた。半ば以上瓦礫で埋まっていたが、太公望なら仙術でどけることができる。
扉の向こうは更衣室のようだった。ロッカーがいくつも並んでいる。
光己はその中の1つを開けようとしたが、当然カギがかかっていた。
「では私が」
お宝が入っているものだけにかなり強力なロックで、それでもモルガンが秒で開けてしまったけれど。御年6千歳の神域天才妖精だけあって、近代の魔術師の魔術など歯牙にもかけないようだ。
「ううむ、簡単すぎて逆に面白みがない!」
とはシェイクスピアの感想である。もっと起伏が激しい、当人の職業通り劇的な展開が好みなのだろう。
「これがお宝なのですか?」
ロッカーの中に吊られていた服を見たマシュがそう訊ねると、光己は大きく頷いた。
「うん、パルミラで見つけた服と同類のものみたいだな」
3着あって、1着めは白を基調にしたノースリーブワンピースとアームカバーとヘッドドレスである。リボンがいくつもついていて可愛いデザインだ。
ただしワンピースはミニスカなのはともかく、胸の真ん中から下は幅15センチから40センチほど透明になっていて同梱の純白パンツが丸見えという、まるでネロが監査したかのような仕様であった。
2着めは美しいデザインの白い冠とワンピースだが、どうもアイリスフィールの「天の衣」の類似品のようである。肌の露出はこちらの方がかなり多い。
3着めは黒いイブニングドレス風の服だが、何だか禍々しい感じがする。腰から下は肌を完全に隠している代わりに、そこから上は下着並みの露出度の高さだ。
「アインツベルンってえっちな服つくるのが趣味なのかな? 大変けっこ、もといけしからんな!
本部に帰ったらまたシバさんに鑑定してもらおう」
「それはアイリスフィールさんに失礼……とは言い切れないのがつらいですね」
さすがのマシュもこのえっちさを前にしては擁護できないようだった……。
これらは光己的に大変貴重な財宝なので、マシュに任せず自分の「蔵」に収納せねばならない。いつものように黒い波紋を出すと、モードレッドがどんな魔術なのか訊ねてきた。
「何だそれ?」
「謎空間に物を収納しておくオリジナル魔術だよ。ただし俺がお宝だと認定できる物だけなんだけどね」
ドラゴンの特殊能力だと言うと無用の警戒心を買うかも知れないので、オルガマリーとエルメロイⅡ世が考えてくれた体裁である。魔術師は基本的に己の魔術を隠すものなので、こう言えば深く追及されまいという意図もあった。
「へえー。そう言や今もこの服探知なんてしたし、財宝に特化した魔術ってことか?」
「うん、そういうこと」
「なるほど、城攻めする軍に同行する財宝発見役と考えれば需要あるのかもな……」
彼は頑丈だから流れ弾くらいでは死なないだろうし、敵のアジトの隠し部屋に隠された財宝を探す役とか、そういうニーズはありそうである。現に今役に立った……この露出が多い服が何の役に立つのかは知らないが。
「それじゃ次行こうか」
光己は服を波紋の向こうに入れると、もうこの部屋に用はないとばかりに出立を促した。
確かに正論ではある。一同は部屋を出て、光己の誘導に従って次の目的地に向かった。
そこは倉庫めいた場所で、いかにも重要な物を保管してありますよという雰囲気が漂っている。その分セキュリティの魔術も先ほどの部屋よりずっと強力だったが、やはりモルガンが解除してしまった。
「書庫ではなさそうですが、礼装はありそうですね」
「うん、さっそく探そう」
捜索の結果、魔力をこめると爆発する火薬や精霊が宿った木の根などいろいろなマジックアイテムを見つけたが、中でも特にレアっぽいのは、柄は長いのに刃が小さめの鎌、鉢植えに植えられた花、長い棒の先端に月を模したようなパーツが付いた杖の3点だった。杖についてはアルクェイドが見覚えがあるような顔をしたが、多分気のせいであろう。
「なかなかの収穫でしたね。では次に行きましょう」
「うん」
お宝を奪取、もとい置き捨てられた魔術道具をすべて回収すると、一行は部屋を出て次なるお宝エリアに向かった。
そここそは当初の目的地である書庫で、扉の上にそう書かれたプレートも貼られている。入ってみるとまさに図書館のように本棚が並び、たくさんの書物が収蔵されていた。
「我が夫、どうですか?」
「うん、当たりの気配が多すぎて入口からじゃどの辺が1番か分からないくらいだな」
「よろしい、ならば全部お持ち帰りです。本に持ち出しさせないための魔術がかけられていますが、こんなものはちょちょいのちょいです」
「そうだな、後でゆっくり精査すればいいか」
入手した物を手で持って運ぶ必要がない、つまり欲しい物は全部丸ごと持って行けるので、良い物だけ選ぶとかそういう考えは光己にもモルガンにもまるでなかった……。
「……」
ちなみにバーヴァン・シーはモルガンが光己を「我が夫」と呼んでそれなりに仲良くしている様子にちょっと微妙な顔をしていたが、バーヴァン・シー視点だと彼は人を裏切るような性格ではなさそうだし、ブリテンの象徴のような存在でリッチで強い大魔術師なので、今のところケチをつけるほどの不満はないようである。
「ではさっそく」
そしてモルガンが数十冊分の盗難防止魔術を一括で解除し、解除済みの本を光己が「蔵」に入れる流れ作業をしていると、太公望が警告を出してきた。
「皆さん、敵が大勢近づいて来ています。本を持ち出そうとしているからかどうかは分かりませんが……」
「むう。協会の防犯システムか、それとも黒幕の置き土産がまだ残っていたか……?
室内で戦うわけにはいかんし、ここは手分けするしかないな。我が夫、指示を」
「うん。えーと、この部屋にもまだ何かあるかも知れないから何人かは残すとして……単純に妖精國組が残るってことでいいかな。
他の人は部屋の外で防戦お願い。指揮は太公望さんで」
「分かりました」
特に問題のない配置なので迎撃担当になった太公望たちは急ぎ部屋の外に出て行ったが、1人シェイクスピアだけは動く様子もなく何やら悩みを口に出していた。
「片や、神秘の園の深奥にて知識を集め! 片や、並み居る強敵を前に扉を守らんとする!
片や、知の戦い! 片や、武の戦い!
なかなかにこれは、そう、まさしく、心踊る
嗚呼、吾輩はどちらにて立ち居振る舞うべきか! どちらの様子をこの目にし、本として記し残すべきか!」
「いいからおまえはこっちで戦え! 来るぞ!」
当然のようにモードレッドに外に引っ張られて行ったが、そろそろこの劇作家はかなりの問題児であると一同認識し始めていたりする。
太公望が言ったように敵はやたら多く、比率はスペルブック9にヘルタースケルター1というところか。前者が空中をふわふわ無軌道に動きながら攻撃魔術を放ち、後者がその前に立って護衛するというチームワークを発揮している。
特に厄介なのは「サンダーブック」で、放つものが稲妻、つまり秒速30万キロメートルなので発射された時に照準が合っていたら武闘派サーヴァントでも躱せないのが痛かった。
もっともアルクェイドは対魔力がA+もあるので、魔本が放つ稲妻など衣ずれで起こる静電気ほどにも効かない。爪を一振るいするたびに紙屑にしていた。
それを阻もうとするヘルタースケルターも、真祖パンチや真祖キックで簡単にスクラップにされている。
「たん、たん、たーん、と! あーあ、まるでお人形ね。見た目はゴツいのに」
「ええと、もうこの方1人でいいんじゃないでしょうか……?」
とマシュがちょっと肩を震わせながら呟いたのも分かる活躍ぶりだったが、他にもアルトリアは対魔力Aに「聖剣の鞘」の治癒力が加わって頑健無比な前衛になっているし、太公望とモードレッドも相応の撃墜数を挙げていた。
「おお、かの騎士王と叛逆の騎士が肩を並べて魔物退治するという伝説の一場面のような戦いを特等席で見られるとは! 惜しむらくは敵が2人の時代にそぐわぬつくりものということですが、実に執筆意欲が高ま……あだっ!? 吾輩非戦闘員ですので、あまり狙わないで欲しいのですが」
「奇遇だな、実は俺もだ。セイバーにシールダー、もう少し気合いを入れて守ってもらいたいものだな」
「うるせぇ、オレは守る者なんかじゃねえんだよ!」
「そう言われましても、挟み撃ちですから背後には手が回らなくてですね」
なお作家勢2人は安定の観客ムーブであったが……。
そのせいもあって魔力面はともかく精神面で疲れてきた頃、例によってルーラーが警告してきた。
「またサーヴァントが現界しました。しかもこの階、かなり近くで……こちらに向かっているようです!」
「この状況でですか!? 魔霧から現界した直後なら、敵と決まったわけではないのが救いですが……」
せめて終わってから来て下さればいいのに、とマシュは小さくぼやいたが、そのサーヴァントは盾少女のそんな願いを完全にスルーして一直線に近づいて来る。そして一同の視界に入った。
足まで届きそうな紫色の長い髪を風にたなびかせた長身の女性である。おそらくは大変な美女なのだろうが、大きな眼帯を付けているので容貌をさだかに描写することはできない。
黒いベアトップを着て、同じく黒いアームカバーを付けニーハイブーツを穿いている。鎖が付いた大きな釘のような武器で戦っているが、ヘルタースケルターとスペルブックに前後から襲われて苦戦しているようだ。
「真名、メドゥーサ。ライダーです。宝具は『
さらにあの眼帯は石化の魔眼を封じている『
メドゥーサといえばゴルゴン3姉妹の末妹で、姿を見た者を石に変えてしまうという危険な怪物だ。しかしルーラーたちに異状がないのを見ると、彼女が看破した通り眼帯で石化能力を封印しているのだろう。
人間に対しては敵対的だろうから眼帯を外される前に退治するのが良策と思われたが、アルトリアは違う考えを持っていた。
「確かに彼女は反英雄ですが、人間皆を殺したいとか滅ぼしたいとか思っているわけではありません。私たちは彼女の姉2柱との縁もありますし、黒幕の手がまだ伸びていないのなら説得できると思います」
「おや、アルトリア殿は彼女と知り合いですか? ならお任せしましょう」
太公望としても戦わずに済むならそれに越したことはない。すぐに一任すると、アルトリアは1歩前に出て大きな声で呼びかけた。
「ライダー!」
「……セイバー!? いえ1人じゃないですね。こんな所で何を!?」
「私たちはここの異変を解決しに来ているのですが、それに反対でないならこちらに来て下さい」
反対でないなら、というのは中立でもいい、無理に協力しなくてもいいという意味である。
実際メドゥーサは気がついたらこの迷宮にいた身で状況が何も分かっていないので、異変解決とやらに協力を求められてもすぐには返事しづらい。アルトリアの申し出は受け入れやすいものだった。
「分かりました。貴女なら騙し討ちはしないでしょうし、とりあえずそちらに行きましょう」
メドゥーサはそう答えると、猫のような身軽さで通路の壁や天井を三角跳びしてアルトリアのすぐ前までやってきた。
ただ挟み撃ちで攻撃魔術を乱射されていたのでかなり傷ついており、今すぐ共闘するのはきつそうである。
「マスターがもうじき来ると思いますので、詳しい話はそれからにしましょう。
とりあえずマシュ―――こちらの盾兵の後ろに」
「そうですか、助かります」
メドゥーサが軽く頭を下げてマシュの後ろに下がると、東洋風のちょっとうさんくさい感じがする若い男性が治癒魔術をかけてくれた。相当な技量のようで、メドゥーサが受けた傷があっという間に癒えていく。
「ありがとうございます。それでそちらのマスターはどこにいるのですか?」
見ればこの場にいるのはサーヴァントばかりで、マスターらしき者はいない。すぐそこに扉があるから、マスターはその向こうにいて彼らは侵入されないように守っているというところか?
「こちらの書庫の中ですよ。そろそろ来ると思いますが……」
太公望がそう言ったまさに直後、扉が開いて4人の男女が現れた。
「お待たせ、本は全部回収……って、まだ敵来てるの?
いやそれよりこの女性は?」
驚いた顔をしているこの少年がマスターのようである。メドゥーサは自己紹介することにした。
「はじめまして。気がついたらここに召喚されていたライダー……メドゥーサです。そちらのセイバーとは別の聖杯戦争で顔見知りでしたので、あの本と機械に襲われていたのを助けてもらいました」
「え、メドゥーサ!?」
すると少年はさらに驚いた顔をしたが、人を石にする恐ろしい怪物だからではなく、別の理由みたいだった。
「あー、これはこれは。お姉様方には大変お世話になりました」
「へ、姉様たちが……?」
メドゥーサが知る姉2柱は勇者や英雄をからかったりもてあそんだりはするが、世話をするなんてことは考えられない。もしかして皮肉的な意味でだろうか?
その疑問が顔に出ていたのか、少年は説明をしてくれた。
「いやいや、普通の意味でですよ。他の仕事場でのことなんですが、ステンノ神には情報をもらったり他のサーヴァントを紹介したりしてもらいましたし、エウリュアレ神にも聖晶石というアイテムをもらいましたから」
「ええっ、あの姉様たちが……!?」
メドゥーサは驚愕した。まさかあの姉2柱が人間に普通にご利益を与えるとは、どういう風の吹き回しなのだろうか!?
「もちろん捧げ物は出しましたし、ステンノ神からは試練を課されましたけど、それは神話的に考えて普通だってことでネロ帝も納得してましたから、特に問題はなかったですよ」
「えええー……」
もしかしてこの少年は勇者っぽくないから、逆に親切にする気になったとかそういうのだろうか。なら自分にももう少し手心を加えてくれても……なんてことをメドゥーサは思ったが、今度は口にも顔にも出さなかった。
「あ、もしかしてお姉様方とは不仲だとか?」
「滅相もない。大変良好です」
しかし隠し切れなかったのか軽く追及されたので、その疑惑は全力で否定しておいた。
「……それで長話してる状況ではないようですが、これからどうするのですか?」
「ここに来た当初の目的は達成したんですけど、別の目的がまだありますのでそれを取りに行くつもりです。具体的には
メドゥーサさんは俺たちから離れると黒幕に捕まって手下にされる恐れがありますので、手伝ってくれとまでは言いませんが同行して下さるとありがたいのですが」
「……黒幕?」
そういえばアルトリアが異変解決をしているらしいがその関係だろうか。
まあ目的もないことだし、一緒にいた方が良さそうである。
「そうですね。姉様たちのお知り合いとなれば私もぞんざいにはできませんし、とりあえずついていきましょう」
「ありがとうございます」
こうして光己とメドゥーサのファーストコンタクトは姉2柱のおかげでスムーズに終わったが、2人の話を聞いていたマシュがちょっとしんどそうに訊ねてきた。
「先輩、まだ宝探しするんですか? 目的は達成したと思いますし、敵がまだ大勢来てますけど……」
「うん。せっかくここまで来たんだから、途中で引き返すのはちょっとね。
でも確かにこの魔本は厄介か……」
アルトリアたちは苦戦している様子はないが、敵が次から次にやってくるので休憩もできずにいるようだ。さらなる前進を求める以上、何か貢献をしておくべきだろう。
「うーん、どうするかな……おお、いい手があった」
光己はぽんと手を打つと、「蔵」からパルミラでも使った炎の剣を取り出した。
魔本といっても紙だから火には弱いだろうという発想である。迷宮の壁や床は石造りだから、よほどの高熱を出さない限り大丈夫だろう。
「おおおぉぉお、喰らいやがれーーー!」
そしてこのたびは見栄えではなく威力重視で炎の波涛を飛ばす。そちらはアルトリアとモードレッドが担当していた方だが、見えていた魔本が全部燃え尽きた。
ヘルタースケルターは多少溶けながらも残っているが、彼らだけなら数が少ないので大した脅威ではない。
「よし、これならいけるな。ともかくこの場を離脱しよう!」
「は、はい!」
「何ですか今の火力!? もしかして現存する宝具だとか、そういうのですか? そもそも何で1人のマスターにこんな大勢のサーヴァントがついてるんですか?」
メドゥーサはいろんな疑問が頭に浮かんでいたが、今はとにかく彼らについて戦場離脱するしかなかったのだった。