アルクェイドは光己とのテレパス接続を切ると、マシュたちに向こうで起こったことを報告した。
「先輩は無事だということですね? 良かった……」
「お兄ちゃん……良かったぁ……」
マシュとメリュジーヌは安堵のあまり、全身の力が抜けてへなへなと地面にしゃがみ込んでしまった。
アルトリアとモルガンが2人を抱え起こしつつ、気になったことをアルクェイドに訊ねる。
「貴女もお疲れさまでした。しかしレディ・アヴァロンというのは……?
確かにマーリンにはガニエダという妹がいましたが、あえて偽名を名乗る理由はないと思うのですが」
「さあ? わたしはマーリンもそのガニエダって人のことも知らないから何とも」
「そうですね、すみません」
なるほどその通りなのでアルトリアは軽く謝罪したが、まあ無償でマスターを助けてくれたのだから深く詮索することはあるまいと考え直した。
しかし光己は精神面は無事で済んだとはいえ、身体面は竜モードはあの遺骨になるということなのだろうか? 竜の炉心たる心臓がないのでは、高速飛行もブレスぶっぱもできないと思われるが。
体長2キロは大き過ぎてかえって不便そうだし。
「そうねえ。でもあんなのに取り込まれて無事帰って来るだけでも幸運なんじゃない?」
「それもそうですね。高望みはやめておきますか」
とアルトリアがいったん締めた時、空気の振動ではなく、空間自体を震わせているかのような声が響いた。
「フッフッフ」
何やら得意げに笑っている。何なのだろうか?
「俺は手に入れたぞ。ドラゴンの体を手に入れたぞ!」
そしてさらに激しく宙を揺るがせつつ、くわっとポーズを決めた、ような雰囲気がした。
「俺は! 俺は!
最後にカッコつけて決め台詞を吐く。どうやら光己の中二病が発症しただけのようだ……。
「えーと、つまりわたしみたいに同族殺しになったってこと?」
「いや、むしろ親類みたいな感じなんだけどね……」
しかしアルクェイドが軽くツッコミを入れると、あっさりトーンダウンしていつもの調子に戻った。1度テレパス回路をつないだからか、親密度が上がって掛け合いのテンポも良くなったようである。
ただ光己が親類とは言っても遺産のことまでは口にしなかったのは上出来といえよう。
「ところで立香って娘は『人間の姿に戻る能力は無事だった』って言ってたけど、いつごろ戻るの?」
「あー、うん。ちょっと待って、聞いてみるから……うん、いいみたいだから戻るよ」
と光己は答えたが、実際に戻って来る様子はない。いや何かを引きずっているような音が聞こえるから、体が大きくなった分時間がかかっているのだろう。
やがて空洞の岩壁に埋まっていた背骨があった所から人間の姿に戻った光己が落ちて来た。
なお服はちゃんと着ている。ミス・クレーンの技術は確かであった。
「おおぅ!?」
空洞の天井は非常に高く、常人が落っこちれば即死を免れない。サーヴァントでも場合によっては大ケガしかねないが、光己の体は生き返ったアルビオンの骨+αという地上最硬級の物質でできているので平気―――ではあったが、ヴァルハラ式トレーニングを受けている身でもあるので、とっさの判断で背中から翼を出して慣性制御で軟着陸した。
「おぉ、俺もスペックオンリーじゃなくてワザマエも育ってきた感じがするな……」
そして自分の成長に少しばかり感慨にひたっていると、正面から女の子に抱きつかれた。
「お兄ちゃん! 良かった、本当に戻って来られたんだね。お兄ちゃん、お兄ちゃん……!!」
メリュジーヌは泣いているようだ。そういえば取り込まれていた時間は結構長かったから、相当心配させてしまっていただろう。
「うん、心配させてごめんな。もう大丈夫だから。
……あー、そういえば。戻って来られたのは立香とブリュンスタッドさんとレディ・アヴァロンのサポートのおかげだけど、それでもギリギリだったからな。メリュのチョコのおかげでちょっとでも強くなってなかったら本当にヤバかったかも。
改めてありがとな、メリュ」
「お、お兄ちゃん……!」
メリュジーヌは感動に潤んだ瞳で兄の顔を見上げた。実際光己が強くなるために頑張って作ったものだが、それをちゃんと覚えていて、口に出してくれるなんて。
「うん……うん! お兄ちゃんの役に立てて良かった……!」
メリュジーヌは全力で光己に抱きついて当分離れない勢いだったが、光己の方はリーダーとして彼女ばかりに構っているわけにはいかない。
彼女の髪を撫でつつも、自分を見つめているサーヴァントたちに声をかける。
「みんなにも心配かけて済まなかったけど、本当にもう大丈夫だから。
それじゃ、ここにはもう用はないからそろそろ帰ろうか」
この洞窟は強い幻想種が出没するので、用がないなら速やかに退散するべきである。光己の提案はまったく正しかったが、それを止める者がいた。
「いや、用ならまだあるんじゃないかな。命の恩人を皆に紹介していないじゃないか」
「ほえっ!?」
人の気配なんてまったくなかったのに。光己が声が聞こえた方に振り向くと、これまたすっごい美人が微笑みながら立っていた。
身の丈は155センチくらいか。整った顔立ち、銀色のふわっとした長い髪、
服装は白い長袖ワンピースに黒いサイハイストッキング(多分ガーターベルト付き)、魔術師らしく手に杖を持っているが、スカート丈がやたら短くてちょっと動いたらパンツが見えそうだった。光己的には何の問題もないどころか歓迎だが。
「レディ・アヴァロン!? レディ・アヴァロンナンデ!?」
星の内海に帰ったとばかり思っていた彼女がいつの間に。光己が驚愕を顔と声で表すと、レディ・アヴァロンはおかしそうにクスッと笑った。
「おやおや。私とキミの仲―――具体的にはそう、身体的には指1本触れてないけど、精神的にはどろっどろに溶け合ってお互いを深く感じ合って、(光己が危機を乗り切ったという)悦びに浸った仲じゃないか。今後とも手助けするのは当然だろう?」
「言い方ァ!」
光己は寝落ちしないよう助けてもらっただけで、Hなふれ合いはしていない。というかそこまで深いふれ合いですらなかったはずだ。
なのにレディ・アヴァロンのこの表現では誤解されるではないか! 現にメリュジーヌはすごく剣呑な眼を彼女に向けているし。
「……冗談はともかく、キミの旅路に興味が湧いたのは事実だよ。ついて行ったら迷惑かな?」
「いえ、レディ・アヴァロンほどの方なら歓迎ですが」
それはそれとして、彼女が美人かつ優秀な魔術師なのは事実だ。ちょっとおちゃめを言う程度は受忍範囲内だろう。
気になることもあるし。
「ところで女性の夢魔といえばアレだ、サキュバスってやつですよね。そっちの方はできるんですか?」
「フフッ、それを聞くとはやはり思春期男子だね。
それはもちろん、キミが望むなら至福の一夜を過ごさせてあげるよ。対価はもらうけど、キミの魔力量から見れば誤差のようなものさ」
レディ・アヴァロンは本気なのかどうかきわどいことを言ったが、その肩に黒い刃物がぽんと置かれた。
「
「お、おおぅ!? そう言うキミはモルガン
え、ええと。彼を我が夫って……もしかしてそういう関係?」
レディ・アヴァロンが両手を上げつつもそう訊ねると、モルガンは特に表情も変えずに頷いた。
「今の所は政略結婚のようなものだがな。それでも他人に弄ばれるのは非常に不愉快だ。
いや今回は我が夫も話に乗っていたが」
なのでモルガンはあまり強くは咎めなかった。ただ彼女の先ほどの台詞は、レディ・アヴァロンの人間性あるいは夢魔性をあまり信用していないことの現れだとはいえるだろう……。
「……で、何故名を偽っている? 我々と誠実に付き合う気はないということか?」
「ぶっ!?」
レディ・アヴァロンは噴き出した。まさかいきなり追及されるとは!
逃げようかとも思ったが、多分無意味だろうから素直に白状することにする。
「いや、そういうわけじゃなくてね。並行世界の出身の上に半分夢魔だから、この世界の人間社会とは一線引いておこうと思っただけさ。本当だよ!?」
「なるほど、嘘ではないようだな。
だがそれをいうなら私と我が騎士たちは並行世界出身の上に妖精だし、カルデアには並行世界出身の者は他にもいる。そういう配慮は要らん、むしろ迷惑だからするな」
「アッハイ」
怖い王妃様直々の命令とあっては、レディ・アヴァロンは首を縦に振るしかなかった……。
「ええと、そういうわけで本名マーリンだよ。コンゴトモヨロシク」
「あー、やっぱりマーリンだったんですね。こちらこそよろしく」
光己にとってレディ・アヴァロン改めマーリンのスタンスは否定すべきものではなかったが、モルガンの言い分も理解はできる。なのでそこには触れずに普通に挨拶だけすると、ルーラーアルトリアがついっと近づいて来た。
「なるほど、並行世界のマーリンは女性だったのですか。しかもサーヴァントじゃなくて生身とは驚きました」
「ええと、そういうキミはどちら様かな?」
「これは失礼。私はこの世界のアーサー王、アルトリア……の聖剣ではなく聖槍を持った一側面です。聖剣の私もいますし、そのオルタとリリィと、ユニヴァースという世界から来た私もいますよ」
「!!??!?!?」
並行世界の王は多重人格で多重顕現でもしているのか? マーリンは困惑したが、とりあえず挨拶はして、ついでに他のサーヴァントたちにも自己紹介だけしてもらった。
その後本来なら光己の元々の正体やら何やらをモードレッドたち現地組にも話すべきところだが、それはジキル宅に帰ってからということにして、一行は土遁の術で霊墓アルビオンを後にしたのだった。
ジキル宅に着いてみるともう朝だったが、光己は今は寝るわけにはいかない。まあ色々話すことがあるのでいいのだけれど。
まずは先ほどアルクェイドに話したのと同じように、最初はただの一般人だったのが色々あってアルビオンの遺骨と融合した所まで説明する。普通ならただのヨタ話でしかないのだが、モードレッドたちは光己が竜になってから遺骨に取り込まれ、ついで遺骨が消えてから人間の姿で戻って来たのを己の目で見ているので信じるしかない。
「うーん、セイバーがそう言うなら僕も信じるしかなさそうだね。この時代、いや130年後の未来だったかな? 人間に変身できる竜なんて地上に残ってるはずがないし、人間がファヴニールの血を飲んで竜になったと考える方がまだ
ジキルは思考を半分放棄していたけれど。フランも一応同席はしていたが、こちらはあまり理解できていないようだ。
なお作家勢2人が興味を持って詳しい話を聞きたがったので、光己は特異点修正の経緯を話して対価としていつも通りサインと写真をもらった。
なお作家勢のサインを21世紀に持ち帰るととんでもない値段がつくのだが、光己にはそんなつもりはまったくない。まあその手の思惑が見えていたら、2人はサインを断っていただろうが。
光己はこの際なのでモードレッドたちにももらったが、その辺の話が終わるとアルトリアが質問してきた。
「ところでマスター。マスターが竜モードになる時は今までと同じなのか、あの大きな骨になるのかどちらなのでしょうか?」
理想を言うなら外皮や筋肉や内臓も備えた巨大アルビオンになることだったが、そう都合良くはいかないようだった。
「え!? あ、うーん、ちょっと待って……っと、やっぱり大きな骨になるみたいだな。
立香によると
「魔力ですか、では外の魔霧を吸収するというのはどうでしょう。一石二鳥だと思いますが」
「なるほど……っと、いい考えだと思うけど、今の竜モードには悪魔の翼がないからダメみたい」
「ふうむ、難しいものですね」
アルトリアはモルガンと太公望とマーリンにも顔を向けてみたが3人とも口を開かないので、どうやら即席でちゃんとした身体にする方法はないようだ……と思ったら、このたびもチート姫君が手を挙げた。
「できるんですか!?」
これにはアルトリアも光己も、モルガンも太公望もマーリンも驚いた。人間サイズの生物が体長2キロの大怪獣に有意な魔力を供給できるとは、どれほど大規模な術を持っているというのか?
「ええ。私が宝具で『千年城』をつくれば、『今を生きる人類』に魔力を与えられるから。
戦闘じゃないから上限いっぱいまでは出力上がらないし、マスターさんは身体的には『人類』じゃないから多少効果落ちるだろうけど、やらないよりはマシだと思うわ」
「マジか、すげぇ……じゃあ早速お願いしていいかな」
当然の流れとして光己がそう言うと、何故かマーリンが待ったをかけてきた。
「ああ、ちょっと待ってくれないかな。それ、結構時間がかかるんだろう?
ならその前に、私とも契約してほしいんだ」
「契約? ……って、マーリンさんはサーヴァントじゃないのに?」
「うん、だからあくまで似たようなものであってサーヴァント契約そのものじゃないよ。
でも相手が
その分キミには負担があるけど、普通のサーヴァント契約よりは少ないから悪い話じゃないと思うよ」
「ほむ、そういうことなら」
光己はこの特異点だけで10騎抱えている身である。1人増えても大したことはない。
マーリンが何やら呪文を唱えて光己がそれに応答すると、魔力のパスがつながれた。
「よし、契約完了だね。私のさらなる活躍を期待してくれたまえ!」
こうして光己は契約者がまた1人増えたが、そういえば時計塔から帰ってからカルデア本部にまだ報告をしていなかった。
魔力供給に時間がかかるならそれも先にやっておこうと考えて通信機を取り出した時、ジキルの無線機から音声が響いた。
「おお、すごいタイミングだな」
そばで話をすると邪魔になるので連絡を延期してジキルが無線機を操作するのを見守っていると、やがて通信を終えたジキルが真っ青な顔で向き直ってきた。
「大変だ。籠城状態にあった
ブリュンスタッドさんが言っていた、吸血鬼の仕業なのではないかな?」
万に届くというと、今回は吸血鬼本人も出張っているだろうか? アルクェイドがキッと表情を鋭くして光己に向き直る。
「マスターさん!」
「うん、これは報告してる場合じゃないな。急いで行こう」
「なに、外出か? ならそう言え。土産は……そうだな、スコーンあたりが欲しいな」
「おまえは来ないのかよ! いや、来られても別に役に立たねえか……」
「吾輩は行きますぞ! 勇者と強敵の戦いを見逃す手はありませんからな」
「うーん、役に立たんどころか気力が萎える分マイナスかもな……」
いつもの掛け合いはともかく、新入りのメドゥーサは宝具でペガサスを出せるので四不相も使えば空を飛んで行けそうだったが、やはり狙撃のリスクは避けたい。今回は土遁で大英博物館まで行って、そこから徒歩で南に4キロほどという行程だ。
「でも万に届くってのは多いな。留守番はどうしよう」
光己的にはなるべく大勢連れて行きたいが、その隙にここを襲われる懸念もある。どうしたものだろうか?
「そうですね。メドゥーサ殿とマーリン殿が加入したことですし、今まで通り2人でいいのでは?」
「では私が残りましょう」
太公望の意見にモルガンが残留を表明したのは当然といえるだろう。この特異点に来て1日が過ぎた今、黒幕発見のタイムリミットはあと2日しかないのだから。
「じゃあ私もまた留守番するよ。自主的に留守番したいって奴はあんまりいないだろ?」
「そうだな、騎士としては目の前に戦場があるのに留守番はしたくないところだ」
こうして人員の割り振りもスムーズに済んだので、光己たちは急ぎ出発したのだった。
レディ・アヴァロンはマテリアルに「正体を明かすと泡になって消えてしまうかも」とありますが、鯖のプリテンダーの彼女ならともかく、生身ならそうはならないと考えました。ウルク編のマーリンが徒歩で来たのと同じであります。