太公望は数秒の思案の後、今回は会話を試みることにした。パラケルススたちは今は十分警戒しているはずだから不意打ちはカウンターを喰らう可能性が高いので、普通に対峙するなら戦う前に情報収集した方がお得という判断である。
ただ全員で出向いたら戦力差があり過ぎて即逃走されそうなので、自身とアルトリア、メリュジーヌ、バーゲストの4人だけで行くことにした。
他の者はマーリンに頼んで、幻術で身を隠しつつ彼らと光己の間に移動してもらった。戦闘になったらマスターを守りながら二方向から攻めるという作戦である。
その二手に分かれる直前、アルトリアがちょっと不安そうな顔で警告めいたことを口にした。
「普通に考えればあの3人が今のマスターを傷つけるのは無理のはずですが、何故か、アサシンは警戒した方がいいような気がします」
「アサシン……あの侍ですか?」
伝説のアーサー王にこんな発言をさせるあたり、佐々木小次郎という人物は相当の強者のようだ。
そう感じたマシュが相槌を打ってみると、アルトリアは重々しく頷いた。
「はい、あの腰に刀を差した青年です。
マシュ、くれぐれも彼から目を離さないように。彼の宝具は『燕返し』といいまして1度の斬撃が3つに分裂して襲ってくるというものですが、それぞれの斬撃の殺傷力は通常のそれと変わりませんので、貴女のスキルで受けることはできるはずです」
「……分かりました」
大役を仰せつかったマシュが表情を引き締め、盾をぐっと握り直す。
そして太公望たち4人が幻術の圏内から出て姿を現すと、パラケルススははっと驚いた顔をした。
「貴方たちは……まさかこの現象は貴方たちが起こしたものだというのですか?」
太公望の思惑通りパラケルススたちは逃げずに話しかけてきたので、こちらも予定通りそれに応じる。
「ええ、魔霧を放置すると市民が屋外に出られなくて全滅してしまいますのでね。人形やロボットは残っていますが、全滅よりはマシでしょう」
この理由は副次的なものに過ぎないが、これだけで話はできるのだからすべてを教える必要はない。これも駆け引きの一環である。
「こうして貴方たちを釣り出すこともできましたしね。しかし戦う前に
太公望はパラケルススたちが来ることを予見していたようだ。
するとパラケルススは何を思ったか、普通に説明してくれた。
「なるほど。私たちの行動に受け身で対応するにとどまらず、積極的に攻めに出たというわけですか。
確かに、それができるならその方が賢明ですね。その知恵と力に敬意を表して、少し自分語りをするとしましょうか。
私はキャスターのサーヴァント。貴方たちの知る、『計画』を主導する者の1人です」
やはりパラケルススがフランケンシュタインが書き残した「P」であった。
しかしその目的は一体?
「私たちにも、幾らかの都合と事情というものがある。ああ、私のことは『P』とでもお呼び下さい。
スコットランドヤード内部には、私たちの必要とするものが保管されていました。貴方たちが私たちの活動を妨害していることは知っていましたので、ヴラド公を囮にしてその隙に潜入するつもりでしたが、一枚上を行かれたようですね。
今言っても詮無いことですが、大掛かりな真似はせず千代女に依頼して盗んでもらえば良かったのかも知れません」
そこでパラケルススはふうっと軽くため息をついた。何を思っているのかは、その表情からは推測できない。
太公望は彼が言う「必要とするもの」が何なのか聞きたかったが、それはさすがに言うまいから止めておいた。
「それで、貴方たちは最終的に何をしたいのですか?」
「ええ、私たちには果たすべき大義があるのです―――そのために、慈まれるべき人々も、尊く眩き愛も想いも、哀しいかな、やむなき犠牲にせざるを得ないのです。いえ、私の力では救うことはできない、できなかったというべきか」
「なるほど。確かに戦争で味方の死者がゼロということはあり得ませんし、何事かを成そうとすれば相応の対価や労力は必要でしょう。僕も人のことは言えません。
それで、この街の人々を皆殺しにしてでも果たすべき大義とはいったい何なのですか?」
「……時代のすべては焼却されつつある。人類のすべては焼却されつつある。
文明の歩みも、想いも、愛も潰えて、世界に残された特異点は、既に、たった4つのみ」
この台詞を聞く限り、パラケルススは人理焼却の実情をかなり深く知っているようだ。
微少特異点や閻魔亭のような特殊例までは知らないようだが……。
「何という哀しさでしょうか。けれど、それを私も貴方たちも止められない。
いいえ、止められなかったのならば―――」
そこでパラケルススは目を伏せ、次の言葉を言い淀んだ。
今までの人の愛や想いを尊いものとする発言と人理焼却に加担する行為は明らかに矛盾しているのだが、当人もそれを自覚しているのであろう。
そして太公望ほどの知者ならば、彼の言動や表情からその一端くらいは想像できる。
(ふーむ。西洋の魔術師は根源に到達するのを至上の目的にしているそうですが……人情としては人理焼却に反対でも、魔術師としては「魔術王」には抗えない、もしくは根源到達のために積極的に従っている、というところでしょうか)
単に勝ち目がないから諦めているというだけなら、妖精國組の存在を教える=魔術王が倒された実例があるのを示すことで翻意させることもできるかも知れないが、目の前にいる青年にはどうも人格に危ういものを感じる。具体的には、仮に一般人性をつついて味方につけたとしても、何かの拍子に魔術師性がまた勝ったら簡単に裏切って非人道的な真似をやらかしそうな危険性を。
(これではやはり味方にはできませんねェ。他の2人は……まず「P」だけを先に倒すか退けてからになりますが、流れ次第ですかね)
2回目だからか戦力比が前回より有利だからか、はたまたあの厄介な悪魔がいないからか、太公望には目の前の敵対者たちを味方に引き入れようという構想があるようだ。実行するなら先にマスターに意見具申して了承をもらうべき案件だから、今は事前調査の段階なのだろう。
「―――いえ、これは語らずにおきましょう。
こちらも誰が魔霧を奪っているのか聞いておきたいところですが……」
「ええ、残念ながらそれは明かせません」
魔霧を奪っている者が誰かを明かせば、当然その者が狙われるからだ。パラケルススもたいして期待はしていなかったらしく、怒りも失望も態度に出さなかった。
「そうでしょうね。見れば貴方たちは先刻より人数が少ないようですので、この機に倒しておきましょうか」
おそらくこの場にいないマスターや盾兵たちがどこかに隠れて魔霧奪取の魔術を使っているのだろう。彼らが来て参戦されたら勝ち目がなくなるので、パラケルススとしてはその前に目の前の4騎を打倒せねばならない。
「真なるエーテルを導かん……!」
それには開幕即宝具が1番手っ取り早い。パラケルススは妨害されないよう1歩後ろに跳びつつ、愛用のアゾット剣に魔力をこめ始めた。
「我が妄念、我が想いのうぐぅっ!?」
しかし途中で胸に激痛が走り、真名解放を中断させられてしまう。
敵の4騎は今戦闘態勢に入ったところで、しかも紅葉と小次郎が間にいるから攻撃されたとは思えない。他に人影は見当たらないし、誰に何をされたのか!?
「アッハハハ。大事なところで不意打ち喰らって、痛かったかしらねぇ!?」
正解はバーヴァン・シーの宝具「
殺傷力は低いが、使われる側にとってはいつ誰が攻撃されるかまるで予測ができない脅威そのものといえよう。
モルガンはさっそく娘の手柄を褒め称えた。
「うむ、良い援護だったぞバーヴァン・シー!
さて、太公望たちの話が終わったなら我が宝具で終わりに……いやもう遅いか」
今戦場ではすでにメリュジーヌとバーゲストが紅葉と戦っており、アルトリアは小次郎と切り結んでいる。パラケルススは胸が痛むのか手でさすりつつ、追って来る太公望から逃げているがここから離脱するつもりはまだないようだ。
つまりもう混戦になっているので、長距離型の宝具で敵だけを狙い撃ちするのは難しかった。
「では仕方ない、普通に戦うとしよう。
……しかし連中がまた逃げ出す可能性があるのなら、まだ顔を見せてない者は隠しておくべきか。私は引っ込んでいてはメンツが立たないから出るがな。
バーヴァン・シーとブリュンスタッド、あとルーラーはここに残って我が夫の護衛を頼む。私とマーリンでパラケルススの牽制と援護射撃をするから、マシュとXXは佐々木小次郎とやらに当たれ。恐竜は後回しでいい」
モルガンは当然のように仕切っているが、このメンツならまあ順当といえよう……。
そしてモルガンたちがパラケルススたちの背後に出現すると、パラケルススはさすがに劣勢を自覚して青ざめた。
「くっ、まだこんなにいたのですか……!」
援軍が来るのは予測していたが、まさかまだ新顔がいたとは。しかも挟み撃ちでは勝ち目がないが、せめて魔霧被奪現象の詳細は見極めたい。
「はあっ!」
そこで魔霧が渦、いや竜巻のような形状と勢いで流れ込んでいる空間の上の方を狙って魔術弾を撃ってみると、何か硬いものに当たってはじけてしまう。その残滓は魔霧に混ざって、その空間に溶け込んで消えていった。
「これは……目に見えない何かがあって、それに吸収されているようですね」
魔力を吸収する機能を持った柱か何かを建てて、それを目に見えないよう細工したというところか。ロンドン全域から派手に吸い込んでいる高性能ぶりに加えて、パラケルススの魔術弾がまったく効かなかった堅固さも併せ持つ大魔術のようである。
「これはキャスターのサーヴァントでも通常のスキルではとても無理……宝具だとしてもかなり特殊なものでしょう。ずいぶんとピーキーな人を味方につけたようですね」
「ええ、僕もそう思いますよ。ここにシェイクスピア殿がいたら『P、天と地の間にはおまえの哲学では思いもよらない出来事があるのだ』とでも言うんでしょうかねェ」
「『ハムレット』ですか。私の死後の作品ですが、なぜか知識にありますね。
もしかしてかの有名な劇作家が貴方たちと一緒にいるのですか?」
「さて、どうでしょう」
太公望は一応ぼかしたが、そもそも必要もないのにシェイクスピア語録を出したあたり、何らかの思惑があるのだろう。まあシェイクスピアは
「さて、それじゃいとしのマスターのためにまた戦うとしようかな。そーれ、っと」
そのやり取りを聞いていたのかいないのか、マーリンが杖を振って瞬時に魔力の剣を5本ほども作り出してパラケルススの方に飛ばす。軽く唄うような口調に反して殺意の高い攻撃だ。
「何と!?」
パラケルススも反射的に得物のアゾット剣を振って、空中に魔力の障壁を生成する。間一髪で間に合ったが地力は相手の方が上らしく、障壁はまさに剣で突かれたガラスのように割られてしまった。
「……っと!」
それでも剣の勢いを削ぐことはできたので、パラケルススは何とか避けることに成功する。しかし右手に妙な重みを感じたので見てみれば、大事な剣に赤いテープが巻きついているではないか。
そのテープは、今話をしていた東洋風の男性が持っている鉄棒から伸びていた。
「これは一体!?」
「うちの
太公望がそう言いながらテープを巻き戻したので、パラケルススはそちらに引かれてよろめいてしまった。
「くっ……そういう手できましたか」
サーヴァントは生前持っていた量産品の矢弾や呪符の類なら魔力で作り出すことができるが、宝具やそれに類する一品物はそうはいかない。それを押えることで退却をためらわせるとは、敵は純然たる魔術師や碩学ではなく戦闘の駆け引きや手練手管にも長けているようだ。
人数で負けているのに技術面でも負けていては世話はない―――が、それは最初から分かっていたことだ。パラケルススが軽く左手を振ると、待ちかねていたかのようにヘルタースケルターの集団が公園に乱入して来る。
「何と、そちらも第二陣を用意していましたか」
「ええ、なかなか強くて頑丈ですよ。さてどうします?」
テープを通じてつながったままでは彼も満足に動けまい。パラケルススはそう思ったのだが、東洋男性は意外なほど冷静だった。
「ええ、こうします」
太公望の傍らに四不相が出現する。太公望はその背中にひらりとまたがったが、この公園は真名解放するには狭すぎた。代わりに真上に上昇する。
するとどうなるか……そう、パラケルススも宙吊りになるのだ。
しかもこれで終わりではなかった。
「ここからが本番ですよ。ふぬりゃーーーっ!!」
太公望が打神鞭の柄を両手で握って大きく振り回し始める。それにつられて、パラケルススもハンマー投げの鉄球めいて空中で高速回転した。
そのワイルドすぎるやり方に、パラケルススがさすがに困惑しつつ苦情を入れる。
「ちょ、貴方本当に魔術師ですか!?」
「はて、魔術師だと名乗った覚えはありませんが? しかし貴方も粘りますねえ」
パラケルススはアゾット剣がよほど大事なのか、遠心力で身体がピンとまっすぐになっても剣から手を離す様子はない。
太公望はいっそ感心してしまったが、ハンマーならぬサーヴァントをいつまでも回している時間はなかった。
「仕方ありませんね、いきますよ四不相くん!」
高度を下げながら、ヘルタースケルターの方に近づいていく太公望と四不相。あわせてパラケルススを回している向きを横から縦に変えていく。
そして―――パラケルススの身体を先頭のヘルタースケルターの頭部に叩きつけた!
「ぐはぁっ!?」
これはたまらない。パラケルススはさすがに剣から手を離してしまい、衝突の反動であさっての方向に跳ね飛ばされて行ったのだった。