いよいよ戦いが始まった。カルデア側の方が人数が多いが、彼らが基本的に「命大事に」というスタンスなのに対し、竜の魔女側は狂化によって攻撃偏重になっているので、ちとやりにくい相手である。
しかし竜の魔女側はお互いの仲があまり良くなく、連携が取れないという欠点があった。ヴラドは真名を暴いたマルタに1人で襲いかかり、ランスロットは理由は不明だが挑発してくるマシュに向かう。
デオンも2人に合わせる気はなく、これも1人で回り込んでマスターを狙いに行った。
「させません!」
すかさず段蔵が立ちはだかる。奇しくも武術も強い諜報員同士の戦いになった。
段蔵の両手首から刀が飛び出す。デオンの細剣より少し短いが二刀流なので、武器の面ではやや優位といえよう。
両者ともにパワーよりスピードとテクニックを重視した目まぐるしい戦いが始まる。
「はああっ!」
「せい!」
刀と剣がぶつあり合う金属音が立て続けに響き渡る。さしあたっては五分五分のように見えた。
エリザベートもすでに来ていたが、こちらは生前に武術を習っていないので、容赦なく殺すならともかく牽制だけとなると、ちょっと手出ししづらい。
「さっき子イヌがちょっと言ってたけど、初手で歌わせてくれれば出番あったのに」
とりあえず段蔵が不利になったら文字通りの横槍を入れるということにして、デオンがマスターの方に行かないよう両者の間に移動する。
一方マルタたちとヴラドは対照的なパワーファイトになっていた。
「絶叫せよ!」
「吸血鬼が聖女に勝てるつもり!?」
ヴラドが突き出した槍をマルタが杖で払いのける。雷のような轟音が響いた。
そこにブラダマンテとアストルフォが左右から襲いかかる。ヴラドは囲まれるのを嫌っていったん下がると、追ってきた2人を槍を振り回して跳ね飛ばした。
「なんて腕力……!」
着地して構え直したブラダマンテが小声で呟く。ヴラドは生前はあくまで為政者であって、個人戦の専門家ではなかったはずなのだが、今は吸血鬼化と狂化が合わさって恐るべき剛力になっているようだ。
ではそれと互角に打ち合ったマルタは? ……多分神の加護なのだろう。
「Arrrrrrrrr!!」
「てぇああぁぁぁ!」
そしてランスロットはマシュに向かって棍棒を振るっているが、なんとマシュは盾をぶつけて対等に張り合っていた。マシュ自身というより中の人がヒートアップしているようだ。
ギャラハッドとしてはただでさえ隔意を持っている父がまともに言葉も話せないほど狂化した上に、あろうことか竜の魔女なんぞの手下になって人類撲滅計画に従事しているのだから、怒るのも当然といえば当然ではあるが。いや彼の意識はもう存在しないはずだが、マシュへの影響力はわりと残っているようだ。
「えいっ!」
その横合いからオルトリンデが槍を突き出す。ランスロットは狂化しても、その「無窮の武練」にはいささかの陰りもなく、戦乙女の槍をみごとな棍棒さばきで打ち払うと、逆にカウンターの一突きを繰り出した。
「きゃあっ!」
とっさに盾で受けたが、その腕に割れそうなほどの衝撃が走る。こちらも恐るべき腕力だった。
マシュが追いかけて盾を思い切り振り回すと、ランスロットはこれを受けるのはつらいと見たのか、大きく跳び下がって距離を取った。
「……そういえばリリィはマシュの盾見て中の人の名前言い当てたけど、ランスロットにはわからないのかな?」
その様子を見た光己が首をかしげる。親子なのだから普通はすぐ分かるはずだが、それすら分からないほど狂化がひどいということか。あるいは彼は「アーサー」としか言わないから、息子より主君の方に執着しているのかも知れない。
光己がカルデアでアーサー王伝説を読んだ限りでは、アーサー王がランスロットに恨まれる筋合いはないのだが、当人にはいろいろ思う所があるのだろう。
「それより安珍様、わたくしはどう致しましょうか?」
マスターの護衛をかねて援護役に指定していた清姫がそう訊ねてきた。
今のところ3ヶ所とも拮抗しているから、援護射撃がうまく決まれば優勢になるだろう。ただ清姫は武術の心得がない上に得物が扇だから、今回の敵3人に接近戦に持ち込まれたら危険である。つまりやるなら確実に決めねばならない。
「でも清姫の宝具は、味方がいったん離れないと巻き添え喰らうしな。
……いや、離れさせればいいのか」
光己は何事かを思いついたらしく、まず清姫に目配せしてから、マルタに「マルタさん!」と呼びかける。
一拍置いてから右手の令呪をかざした。
「令呪を以て命じる。槍の人を吹っ飛ばせ!」
「……はい!」
マルタには光己の意図は分からなかったが、させようとしたことは分かる。流れ込んできた膨大な魔力を杖にこめて、思い切りブン回した。
「ぐうぉっ!?」
ヴラドは槍で何とか受けたものの、その柄が真っ二つにへし折れる。そのまま杖の横棒の部分が胸板に根元まで刺さり、縦棒の部分まで当たって大きく後ろに吹っ飛ばされた。
普通のサーヴァントなら重傷だが、ヴラドは吸血鬼だけに何とか耐えて両足で着地する。しかしやはり効いたのか、たたらを踏んでよろめいた。
その直後に清姫が宝具を開帳する。
「なるほど、そういうわけでしたか! ではいきます、『
清姫の身体が蒼い火竜と化し、まず真上に上昇してから放物線を描いてヴラドを押し潰そうと躍りかかる。これが決まればいくら吸血鬼でも耐え切れないだろうが、マルタたちがヴラドから離れたということは、彼が宝具を使う時間を取れたということでもあった。
「考えたな、だが甘いぞ! 『
ヴラドの全身からまるでハリネズミのように杭が生えてくる。かの「串刺し公」の逸話の再現だ。本来は攻撃用の宝具だが、今回は迎撃に使ったのである。
これでは清姫がヴラドに巻きついたりしたら相打ちになってしまう。
「くっ!」
清姫は慌てて空中でUターンし、いったん光己のもとに戻った。一方ヴラドはやはり傷が深いのか、さらに後ろに跳んでウェアウルフの群れの中に退く。狂化させられていても、痛手を受けたら逃げてもいいという程度の自由は与えられているようだ。
マルタたちは追撃のチャンスではあるのだが、ランスロットとデオンが残っているので強行はできなかった。タラスクに追わせるという手もあるが、彼は巨体のため細かいことは苦手なので、ジャンヌとジークフリートを巻き添えにしかねないし。
「それよりデオンの方を! いやマルタさんは念のためそこに残って」
ヴラドが逃げたと見せて引き返して来るのに備えたのである。良くも悪くも光己の指示は慎重だった。
もっともブラダマンテとアストルフォが出向けばデオンを倒すには十分だろうし、サーヴァント契約解除もこの2人だけでできるのだが。
「なんと、3、いや4人がかりとはいえあの王様を退かせるとはやるじゃないか。
こうなったら私も逃げるしか……いや、その必要はないな」
デオンは生前はフランス政府の一員として、王家の白百合を守るために働いていた身である。当然好きで竜の魔女に従っているのではなく、心底嫌悪しているくらいだから、むしろこれは彼女の手下を辞めさせてもらえるチャンスだと思い直したのだ。
「安心して下さい! 同じフランスのために戦った者同士、悪いようにはしませんから!」
「え!?」
意外な呼びかけに一瞬デオンの動きが止まる。そこに後ろから後頭部めがけて何かが振り下ろされてきたが、とっさにかがんでかわした。
「ちぇー、せっかくケガさせずにすませようと思ったのに」
「私にもメンツがあるからね、無傷で倒せるなんて思われては困るよ!?」
軽口を返すとともに剣を横に振るって反撃するが、背後の人影はぱっと後ろに跳んで避けた。
デオンがいったん立ち上がったところに、さっき声をかけてきた少女が間合いを詰めて来る。
「シャルルマーニュ十二勇士が1人、ブラダマンテです。いきますよ!」
「何と!?」
デオンもその名は知っていた。まさに竜の魔女を討ちフランスを救うに相応しい存在であり、彼女が召喚されていたことをデオンは神と聖杯に感謝した。
「だからといってそう簡単には!」
とはいえ、デオンにもさっき口にしたように体面や誇りがある。せめて一矢は報いておこうと、自分から踏み込んでフェンシング風の突きを繰り出す。
しかしやはり相手は達人で、右手の槍で払われてしまった。ついで左手につけた星型の盾を前に出してくる。
といってもぶつけてくるのではなく、ただ顔の前にかざされただけだが……?
「うわっまぶしっ!?」
その直後に盾が眩く輝き、それを直視してしまったデオンは当然目がくらんでしまう。まさか十二勇士ともあろう者が目潰しなんてベタな手を使ってくるとは! いやそれだけに有効だったが。
デオンが後ろによろめき、ブラダマンテが追う。
「たぁぁっ!」
「ぐぅっ!?」
目が見えなくては避けようがない。デオンは腹に蹴りを喰らって吹っ飛ばされた。
それでも何とか両足で着地して剣を構える。しかしいつの間にか背後に誰かいることに気づいた直後、後頭部に衝撃を受けてデオンの意識は闇に沈んだ。
これで残るはランスロット1人となった。さすがにもう無理と見たか、バックステップしていったん間合いを広げると回れ右して駆け出した。
しかし敗走しているという感じはしない。まだ何か狙いがあるのだろうか?
「とにかく追いましょう!」
マシュはやる気十分だった。まあ今なら追撃できる。
「そうだな、段蔵とエリザはデオンを頼む!」
ワイヤーで縛っておいてくれという意味だ。2人を残して、光己たちがランスロットを追って走る。
その方向ではジャンヌとジークフリートがワイバーンとウェアウルフ、そしてカーミラを相手に戦っていた。
2人は砦の門の前に立って、竜の魔女軍が砦の中に押し入ろうとするのを食い止めている。ただ飛び道具がないので、ワイバーンは止められないが。
それでもフランス軍には大いに役立っているはずである。しかしジャンヌに感謝する兵士はいなかった。
「お、おい。ありゃ、“竜の魔女”だろ……何で竜と戦ってるんだ?」
「知らねえよ。だが、丁度いい。共倒れしてくれればいいさ。
あいつら、俺の故郷を焼き払いやがった。どっちもくたばってしまえばいい……!」
それどころか罵声さえ投げかけていた。
助けてくれているのだからよく似ているだけの別人ではないかとか、あるいは彼女が怒って竜の魔女側に寝返ったらどうするのかとか、そういった理性的な判断をする余裕はないようだ。
「…………」
ジークフリートはさほど気にした様子はないが、ジャンヌはやはり堪えているらしく顔色は冴えない。それでも必死に戦っていると、前方からサーヴァントが1騎現れた。
SMの女王様のような黒い衣に身を包んだ若い女性である。おそらくはマルタが言ったカーミラだろう。
「守っている相手に散々な言われようですね、聖女。真実を知らないからとはいえ、彼らが貴女を敵と見なしているなんて!
聞かせてくださらない、ジャンヌ・ダルク? 貴女は今、どんな気分でいるのかを。
死にたい? それとも、殺したい?」
どうやら外見通りサディスティックな性格のようで、ジャンヌの心の傷口に塩を塗って愉しんでいるようだ。しかしジャンヌは逆に薄く笑みを浮かべた。
「……普通でしたら、悔しいと思うのでしょうね。貴女の言うように、死にたくなったり殺したくなったりするのでしょう。
ですけど、生憎と私は楽天的でして。彼らが私を憎むことで気力を奮い立たせることができるのなら、それはそれでいいかと思うのです」
「……正気、貴女?」
カーミラが心底そう思ったらしく真顔で問い返す。そこに横から声が入った。
「いやジャンヌ、俺は貴女の志を尊いと感じたぞ。
口さがない者たちが何を言おうと気にすることはない」
「……ありがとう」
ジャンヌは敵の前なのでジークフリートの名前は口にしなかったが、心から礼を述べた。
疲れた五体に力が甦るのを感じる。
「そう、白かろうが黒かろうが、どちらもイカれているということね……!
ワイバーン!」
カーミラは口論は劣勢と見たのか、手をかざしてワイバーンに攻撃命令を発した。上空に控えていた10頭ほどの翼竜が一斉に降下する。
しかしジャンヌはともかく、ジークフリートに対してはいささか相性が悪かった。竜殺しの特性を持った剣で、たちまちのうちに斬り捨てられていく。
「くっ、こいつ何者……!?」
その切れ味の良さに、カーミラはジークフリートの正体を訝しみ始めたが、それよりこのままではワイバーンはすぐ全滅して2対1になってしまう。しかしそこに黒い鎧の戦士が乗り込んできた。
「ランスロット……!? 逃げてきたのかしら、いや、違う……!?」
ランスロットはカーミラやジークフリートには目もくれず、なぜかジャンヌに襲いかかった。
普通に退却せずわざわざここに来た辺り、彼女に何か執着があるようだ。
「……Aurrrrr!!」
「くっ……! 何故、私を……!?」
ジャンヌはランスロットの初撃をかろうじて旗で受けたが、この黒騎士恐るべき剛力である。単純な一騎打ちは分が悪いと見たジークフリートが割って入る。
「こいつは俺に任せて、おまえはカーミラに当たれ!」
なるほどジークフリートなら、ランスロット相手でもいい勝負ができるだろう。ジャンヌはランスロットをジークフリートに任せて、自分はカーミラの方に向かった。
「Arrrrrrr!!」
「おまえの相手は俺だ!」
ランスロットは「邪魔をするな!」とでも言いたげに棍棒を振るってジークフリートを払いのけようとしてきたが、ジークフリートは両手で剣を持ってがっちりと受け止める。
一方カーミラはジャンヌが叩きつけてきた旗を手に持った黒い杖で防いだが、ワイバーンやウェアウルフとの戦いで疲れているはずの彼女の腕力に驚いていた。
「おのれっ……! さすがはルーラー、力を奪われていてこの膂力……!」
カーミラは吸血鬼化によって腕力が強くなっているとはいえ、やはりどつき合いは不得手である。杖と旗で打ち合いなんて趣味ではない。
しかもランスロットの後ろから敵が追ってきた。
「不倫卿罰すべし慈悲はない! おとなしくお縄につきなさいランスロット」
お縄につけと言うが、その後味方にしないなら結局退去させる=死刑になるわけで、このたびのマシュは実にはっちゃけていた。
ところがそれを聞いたランスロットが何故か一瞬動きを止める。もっともすぐ復帰して、隙ありと見て攻めてきたジークフリートの剣を棍棒で受けたが、どの道この人数差では勝ち目はないだろう。ヴラドとデオンの姿も見えないし。
「仕方ないわね、撤退するわ。ランスロット!」
逃げるだけなら、ワイバーンとウェアウルフを盾にすればいいので今なら難しくはない。
ただランスロットはまだジャンヌに執着しているのか、「Arrrrr!」と唸るばかりで退くつもりはなさそうだ。
しかしカーミラにとって、ランスロットは同僚ではあるが友人ではない。多数の敵が迫っているのに時間をかけて説得しようと思う程の間柄ではなかった。
「そう、じゃあ精々時間を稼ぎなさい。その命が燃え尽きる瞬間まで……!」
なのでカーミラはあっさりランスロットを捨て駒にして退却した。
その後はランスロット1人でカルデア勢全員と戦うことになるが、それは敵うはずもなく―――。
狂乱の黒騎士は、激闘の末マシュの盾の縁で後頭部を強打されてついに膝をついた。
「……Guu……A……アー……サー……」
「アーサー? それは貴方の王アーサーのことですか?」
最期に何か言い残したいことがあると見たジャンヌがランスロットのそばに近づく。すると騎士は彼女の方に顔を向け、叫びや唸りではないちゃんとした言葉を話した。
「王……よ……私は……どうか……」
ただ途中で力尽きて消えてしまったので、何を言おうとしたかは残念ながら分からなかったが、どうやらランスロットはジャンヌをアーサー王と誤認していたようだ。
生前は不義密通の果てに国が滅びる原因をつくった彼だが、何か深い事情があったのかも知れない。
「でもジャンヌさんはリリィさんとは見た目はだいぶ違いますから、多分顔形じゃなくて魂が似ていたんでしょうね。
だからといって長年そば近くに仕えた主君を見間違えるなんて、とんだヘッポコ騎士ぶりですが!」
それでもやっぱり、マシュはランスロットには手厳しいのであった。
マシュヒドス(ぉ