いろいろあったがここでやることはひとまず終わったので、光己はモードレッドとの契約を解除し竜宮城も消してから人間の姿に戻った。
その時天草が大げさに驚いたが、この辺はいつものことなので光己は特に気にせず、これもいつも通りサインと写真をもらった。もちろん小次郎とナーサリーにもである。
「ふっふふ、仕事場に来るたびにコレクションが充実していくな……。
エリセの分ももらってるけど、そろそろ本人を連れて来てあげたいとこだな」
卑弥呼や日本武尊の時代なら服装的にもマッチしているのだが、そこまでは高望みというものか。
「でもあれだな。このアルビオンの身体って確かにパワーや魔力はすごいけど、やっぱり人間の姿の方が身軽でいいな」
単に大き過ぎて不便というだけの話ではない。身長172センチが2キロつまり1160倍になると、(体形が同じであれば)体重は3乗の約16億倍になるのだが、筋力や骨格の強度は2乗の135万倍にしかならないのだ。つまり筋肉や骨格にかかる負担は1160倍重くなるわけで、普通の生物なら身動きどころか自重で圧死不可避である。
なのにアルビオンが無事なのは神秘の濃さとドラゴンの超能力のなせる業なのだが、それでも(面積あたり)人間モードの時の1160倍のパワーを出してようやく同じ速さで動けるというハードさだ。アルビオンに慣性制御による移動スキルは必須レベルだったといえよう……。
―――それはさておき。光己たちは予定通り土遁タクシーでジキル邸に戻ったわけだが、これだけ人数が増えるとかなり手狭で、特に皆で食事をするとなるとかなり窮屈だ。近くの空き部屋を接収するという手はあるがそれはそれで時間を取るので、今回はジキル邸だけで済ませることにする。
光己たちはまず留守番組に天草たちを紹介し、公園で起こったことも説明した。
「……なるほど。まさかカルデアのマスターが東洋の竜神の宮殿を再現して、そこで出されたであろう料理を持ち帰ってくるとはな。うむ、実に旨い」
「気分転換とエネルギー補給は無論のこと、新たなる創作意欲まで湧きますな!」
作家組は諸々の経過を深く気にせずお土産のごはんを遠慮なくむさぼっていたが、彼らもやることはやっていた。食事を終えると、まずはシェイクスピアが光己に1冊のノートを手渡す。
「約束の品、きっちり書き上げましたぞ。ご査収下され」
「おお、さすがに仕事が速い……どれどれ」
光己がノートの中身を流し読みしてみると、注文通りジャンヌが正統的ヒロインとして描かれた劇の台本のようだった。エンディングは悲劇的だったが、これは正史的に考えて致し方あるまい。
「……はい、確かに受け取りました」
なので光己が遺恨を解いて言葉遣いも改めると、シェイクスピアも安心したらしく笑顔を見せた。
「おお、ご納得いただけたようで何より。では次のミッションには心置きなく同行させていただきますぞ! このような大冒険、そうそう出来るものではありませんからな」
「……まあ、モードレッドの堪忍袋が切れない程度で」
リーダーといっても知り合ったばかりの大人にあまり強くも言えないのでクギ刺しはこの辺にしておいて、光己はもう1人の作家に顔を向けた。
「アンデルセンさんはどうでしたか?」
「ああ、知りたいことは分かったぞ。簡潔に解説してやろう」
その後の話によると、まず英霊召喚というのは本来人間の力だけで行えるものではないそうで、もしそれができたとしたら、そこには何か他の理由、あるいは人間以上の存在の後押しがあるということらしい。
その理由・後押しがまさに聖杯で、元々は「降霊儀式・英霊召喚」といって「1つの巨大な敵」に対して「人類最強の7騎」をぶつけるための儀式だった。しかしたとえば冬木などで行われた「儀式・聖杯戦争」は、それを魔術師などが利己的に使えるようにアレンジしたものと思われる。
もちろん今ここで行われている魔霧計画も後者だ。
「ほむ。つまり
「ずいぶん詳しいな!?」
アンデルセンは光己が口にした専門用語を聞いたことがない。この少年は魔術師らしからぬのほほんとした顔をしているが、もしかしてその界隈に相当詳しいのだろうか。
「いや、カルデアには元人類悪とユニヴァースから来た人とグランド候補がいて話を聞いたことがあるだけですよ」
「そ、そうか」
人類を救うための組織に元人類悪とやらがいていいのかどうかアンデルセンは激しく気になったが、深く追及できるほど親しくなっていないのでスルーすることにした。
「しかしこれはいい話ですね。魔術王は人類悪かそれに準ずるものでしょうから、英霊召喚をやる条件は満たしてますし、カルデアには使用済みとはいえ聖杯がいくつもありますから」
「使用済み聖杯がいくつもある……!?」
もしかしてカルデアというのは結構ヤバい組織なのではないかとアンデルセンは改めて思ったが、1人の少年の人類を救おうという志に水を差すのも何なのでこの件もスルーした。
「―――それはそれとしてだ。聖杯戦争のシステムの元になった原点の7つ、おまえのいうグランドとやらはいったいどれほどの霊基を与えられていたのだろうな。
で、似たようなことを考えた奴が他にもいたわけだ。何しろこの辺りの情報が、散逸してしかるべき部分までご丁寧に1ヶ所に集めてあったのだから」
「ほむ……?」
それはつまりまだ出会っていないはぐれサーヴァントがいて、こちらが魔術協会に行くことを予測して書庫に忍び込み資料をまとめておいてくれたということか。未来予知じみた推理能力と高度な魔術知識と魔物ひしめく迷宮を踏破する潜入スキルと集団行動を好まない孤高性を兼ね備えるとは、世の中には奇特な人物もいるものだ。怪盗の類であろうか……?
「ま、味方なのは確かだからそこまで気にしなくてもいいか……。
カルデアに帰ったらさっそく研究してもらいます。ありがとうございました」
「お、おう。役に立てたなら幸いだ」
魔術王には「ネガ・サモン」という芸があってサーヴァントの攻撃は効かないかも知れないという話があったが、人類最強の7騎ともなればそれを破る能力や武器を持っていることも期待できる。研究する価値はあるだろう。
なお当のアンデルセンは単に気になったことを分析しただけで、カルデアで「降霊儀式・英霊召喚」を実行してほしいとまでは考えていなかったのだが、せっかくいい方向に勘違いしているのをあえて修正する理由はない。そういうことにしておいた。
そして光己がアンデルセンに預けていた魔術書を「蔵」に片付けていると、モードレッドがふと口を開いた。
「んでもさあ。今の話って黒幕の居場所とか連中の目的とか、そういう目先の問題にはさして関係ないよな」
「当然だろう。俺は英霊召喚のシステムに引っかかりを覚えただけだからな。
目先の問題の解決に役立つなんて一言も言ってないぞ」
「…………」
モードレッドのツッコミはもっともといえばもっともだったが、アンデルセンは1ミリのダメージも受けていなかった……。
ただこうなると次の手はモルガンが黒幕調査を再開するか、光己がまた竜モードになって全力全開で魔霧を吸い尽くすくらいしかない。今夕方の4時だから、遅くともあと24時間くらいで目鼻を付けたいところだが……。
「しかし我が夫はまだアルビオンの体に慣れていませんからね。力加減を誤ったらロンドン市民の生命力まで吸い込んでしまう恐れがあります」
先ほどはある程度上空にある魔霧だけを吸っていたから良かったが、地上ゼロセンチまで対象にするなら、そこに住んでいる人達の生命力は吸わずに魔霧の魔力だけを吸い込むようにしなければならない。もししくじったら守るべき市民が全滅して特異点修正失敗になるわけだから、最後の手段にしておく方が賢明だと思われた。
「ほむ、じゃあここはモルガンに任せるしかないわけか」
「そうですね。ですが24時間もあれば十分です。
だからこそさっきも我が夫の再生作業を見に行ったのですから」
「んー、確かに」
なるほどモルガンほどの人物が、こんな簡単なことで優先順位を間違えるわけがない。調査の方は安心して良さそうである。
「じゃ、お願いね」
「はい、ではまた後で」
そんなやり取りの後モルガンが別室に引っ込んでしばらくすると、珍しくロマニから通信が入った。
《やあ、みんな元気にしてるかな? 実はヘルタースケルターの解析が進んできたから、分かった分だけでも知らせておこうと思ってね》
解析自体はダ・ヴィンチたち技術開発部の管轄なのだが、当人は多忙なのか来ていなかった。代わりにシバの女王が傍らに控えている。
《あれはやはりボクらには不明の技術で作られた機械だ。恐らくは、魔力で作られた機械―――のはずだ》
といっても魔術と科学を併用して作られた物品ではなく、あくまで魔力で形成されたものである。要するにイスカンダルやダレイオス三世が持っていた軍勢召喚型の宝具の同類ということだ。
自律稼働しているように見えるが、実際は宝具の所有者が操作していると思われる。従って、宝具を開帳しているサーヴァント当人を退去させればヘルタースケルターもすべて消える、もしくは稼働停止するはずだ。
「なるほど、そういうことか。何だ、一気に話が見えてきたな!」
分かりやすい目的ができたことにモードレッドが喜んだが、これを実行するにはもう1つ課題を達成せねばならない。
「それでドクター、宝具の所有サーヴァントはどこに?」
《……わかりません! 現状では、カルデアの設備では無理だ》
「なあんだ、それじゃあんまり意味ねえな」
残念ながら最後の詰めは甘かったが、まあ彼自身が言ったように「分かった分だけでも」ということなのだろう。モードレッドは露骨にがっかりしたが、マシュはロマニやダ・ヴィンチを咎めることはしなかった。
「やはりモルガンさんの調査を待つしかないようですね。
あ、それと先輩のお体の回復の件なのですが」
《え、また何かあったのかい?》
ロマニもシバも光己がアルビオンと融合した件は聞いている。もしかしてそれに匹敵する厄ネタなのか!?と2人は思わず身構えた。
「先輩、ご自分で報告しますか? お疲れでしたら私からしますが」
「んー。疲れてはいるけど、報告くらいはできるよ」
ということで光己が自身がルチフェロなりしサタンの疑似サーヴァントのようなものになったことを報告し始めると、ロマニは途中で泡を噴いて気絶した。
まあ神からもらった指輪を放棄した「人間」にとっては、自分オルタやアルビオンより「
なお気絶したロマニはシバがとっさに抱きかかえたので、床に頭を打つといった事態は免れている。代わりにケモ耳褐色露出多めおっぱい美女と密着するという幸せを見せつけられた光己が大変妬ましく思ったりしていたが……。
いや光己は普段は他人を妬むことはあまりないのだが、今回の仕事場にはモードレッドがいるのでルーラーアルトリアやヒロインXXとスキンシップを取れずにおり、美女のおっぱいからだけ得られる必須栄養素が不足しているのである。
(そういえばソロモン王って妻や妾が何百人もいたんだよな。男として人誅を下しておくべきか……?)
とはいえこの思考を口に出すほどそそっかしくはなかったが、付き合いが長いマシュは彼の表情で察していた。
「あの、先輩。先輩はそちら方面では人を妬める立場ではないと思いますが」
「……むう」
常識的に考えれば光己はむしろ妬まれる側である。分が悪い論法は引っ込めることにした。
「じゃあ、『人間よ、おまえ達を狂わせたのは欲望だ』とかそういう方向で」
「それこそシャレですまないのでは……?」
「というかサタンがそれ言ったらマッチポンプそのものよね」
マシュやアルクェイドは呆れたり面白がったりする余裕があったが、
何しろ彼が堕天した理由とされるものの1つに「神が人間を天使より上位に置いたこと」というのがあって、それならルシフェルがマッチポンプで人間を堕落させようとするのはまったくもって順当なのだから。
《ええと、その。藤宮さんは人類の味方ということでいいんですよねぇ……?》
シバの表情と口調はガチ寄りのガチだったので、光己も冗談はこの辺にしておくことにした。
「はい、それはもう。マシュたちにも言いましたけど、頭の中身は変わってませんから。
何でしたら清姫呼んでもらってもいいですよ」
《いえいえ、それには及びませぇん》
清姫を呼んでもいいというのは嘘は言っていないという意味だ。シバはほーっと一安心した。
しかし彼がアルビオンと融合した上にルシフェルの疑似サーヴァント的なものになったという一連の展開は魔術王に対抗できる力を得られたのを喜べばいいのか、その力が一般人の少年1人の私有物であることを危惧すればいいのか、悩ましいものである。
まあ光己のメンタルケアはオルガマリーやエルメロイⅡ世やロマニの役目……いやそうなると医療部門トップの妻として少しは手伝うべきだろうか? それともモルガンを初めとする彼の奥様たちの誤解を招きかねない行為は控えるべきか?
《うーん、世の中難しいですねぇ》
「……?」
光己にはシバの発言の真意は分からなかったが、深く追及することでもなさそうなのでスルーして、報告の続きを進めた。
「―――という流れで、天草たちも仲間入りしてくれたわけです」
《なるほどぉ、いろいろお疲れ様でしたぁ。
それにしても熾天使の力が電脳ってどういう意味合いなんでしょうねぇ》
「うーん。カルデアはセラフィックスっていう油田基地を持ってるそうですけど、それは関係ないでしょうしねえ。
俺のはPCとかのアプリ作ったりもできるそうですが。熟練度が上がったら、魔王らしく悪〇召喚プ〇グラムとか作ってみたいですね」
《あのぉ、それは
「や、もちろん冗談ですって。
あ、そうそう。ダ・ヴィンチちゃんに、量子論とコンピュータやネットの仕組みとプログラミングの概論について教えて欲しいって伝えておいてくれますか?」
《分かりましたぁ~。それじゃまた》
「はい、それでは」
光己がそう言って通信を切ると、不意に今まで特異点修正の仕事にはほぼ没交渉だったフランが身を乗り出してきた。
「……ゥ……」
「ん、何か教えてくれるの?
しかし何言ってるか分からんな、せめて筆談ができたらいいんだけど」
「……ゥ、ゥゥ……」
残念ながらフランは筆談もできないようで光己には意志疎通のすべがなかったが、なぜかマシュとモードレッドは彼女の言葉を理解できるようで話に加わってくれた。
「……何だと、それ本当か?」
「驚きました。フランさんに、まさかそんなことができるなんて……」
「つまりどういうことだってばよ!?」
「内輪だけで納得してないで教えてくれないとつまんなーい!」
ただ3人のやり取りはやはり部外者には意味不明だったので説明を求める声が出ると、モードレッドがくるっと顔を向けて端的に語ってくれた。
「ああ、こいつヘルタースケルターの所有者の居場所が分かるらしいんだよ」
「な、何だってー!?」
「ホントに!? すっごいわねえ」
科学と魔術の粋を凝らしたカルデアの設備で無理なことが、そのどちらも修めてなさそうな少女にできるとは。それとも彼女をつくった博士が何か仕込んでいたのだろうか?
どちらにせよ次に打つ手は決まった。
「よし、それじゃ行動開始だ!」
「おー!」
こうして光己たちは元を断つべく、あの機械兵士の製造者のもとに向かうのだった。