氷の粉が湯舟に十分溜まったら、炎の剣に持ち替えて加熱である。ただ熱い水や空気は上に行くという関係上、湯舟の上から加熱するのは効率が悪いことは今までの経験で分かっているので今回は一工夫していた。湯舟の下にスペースを作って、そこに剣を入れて加熱できるようにしてもらってあるのだ。
ただ火力が強すぎると湯舟が熔けたり水が沸騰してしまったりするので、火加減には細心の注意を払わないといけないが。
「よし、やるか……」
光己がパルミラや時計塔でもやったように炎の剣に念と魔力をこめると、剣の先端から赤い炎が噴き出した。
しゃがみ込んでその様子を見ていたアタランテが感嘆の声を上げる。
「おお、氷の次は炎とは……」
アタランテの生前の頃は、水や火の調達は重労働だったのだ。それを魔術師でもない者が刃物2本でできるとは何とも便利なものである。
しばらく黙って見ていると光己は出力調整に慣れてきたようなので、ふと気になったことを訊ねてみた。
「ところで、天使や悪魔というのはどんな戦い方をするものなのだ?」
古代の狩人でアルゴー号の冒険に参加したこともあるだけになかなかのバトルフリークぶりだったが、光己はワルキューレズあたりで慣れているのか特に気にせず普通に答えた。
「んー、そうだなあ。天使といってもピンキリだし、悪魔は出身からして色々あるけど、ルシフェルみたいな高位の天使や堕天使だと戦闘前に結界やバフをいくつも重ね掛けしておくみたいだな」
これにより、よほどの実力差あるいは対界宝具的なモノがなければ遠距離戦ではそう簡単に落ちなくなる。なのでレベルが近い天使と堕天使の戦いでは、接近して格闘しながら互いに結界やバフを剥がしたり張り直したりしつつ、機を見て必殺の一撃を叩き込むという展開になるようだ。
ちなみにどこぞの祭神も「呪層」という似たようなスキルを持っているらしいが、詳しいことはさだかではない。
「ほう。つまり天使や悪魔は接近戦はもちろん、結界魔術や付与魔術にも長けているということか?」
「そうとも限らないかな。高位の天使ともなると、呪文や儀式や道具なしで魔術的効果を顕せるらしいから。権能とか
妖精は神秘的現象を起こすのに魔術基盤とか術式とか礼装とかは不要だそうで、天使もそれと同様ということなのだろう。もっとも不要といっても使えないというわけではなく、それこそモルガンやアルトリア・キャスターがあえて魔術を使うからにはそれなりのメリットがあるはずで、具体的には同じリソースでより大きな効果を出せるというところか?
なので光己も熾天使、いや
「ふむ。確かに接近戦の最中に魔術を使おうとすれば隙になるし、それ以前に武術と魔術両方を修めるのは大変だろうからな」
「そだな。狩人風に言うなら、二兎を追う者は一兎をも得ずってとこか。いや俺自身が五兎くらい追ってるような気もするけど。
あと
分かりやすく言うならアルトリアオルタ」
「なるほど、力こそパワーというやつか」
いやオケアノスで見た彼女は技量も十分持っていたが、分類するなら典型的なパワーファイターである。まあ彼女ほどのパワーがあるなら、小手先の技をせこせこ磨くよりそちらの道の方がお得であろう。
―――ところで日本には「噂をすれば影」今風にいえば「フラグ」という言葉がある。まるでこの話題に誘われたかのように、部屋の隅に何やら強烈な、しかも邪悪な気配が現れた。
光己たちがはっとそちらに身体ごと向き直ると、床に血だまり―――のように見える濃い魔力が噴き出しているではないか。
「またサーヴァント!? ここには魔霧は入ってないのに」
「気をつけろ! この禍々しさ、並大抵のサーヴァントではないぞ」
想像外の事態に光己が当惑していると、アタランテが厳しい口調で警戒を促してきた。彼女自身はすでに弓と矢を出し、戦闘態勢に入っている。
マシュもすぐさま盾を出して先頭に飛び出し、マーリンも杖を構えた。
「確かに激ヤバな気配だな……いったいどんな奴なんだ!?」
サーヴァント当人はまだ姿を見せていないのに、すでに部屋中に血生臭い雰囲気が満ちている。これは会話で仲間にするどころの話じゃなさそうだ。
そしてついに、血だまりから湧き上がるようにしてサーヴァント(と思われる者)が現れた。
10歳くらいの金髪紅眼の少女で、頭に金の冠をかぶり、左手に大きな金の杯を持っている。両肩にも冠が乗っていた。
右腕と両脚はドラゴンを思わせる赤と金のごつごつした防具を着けているが、太い尻尾が動いているのを見るに、腕と脚も防具ではなく当人の身体なのかも知れない。
ただその物々しさに反して、胴体に着ているのは恐ろしく露出度が高い赤色のスリングショット水着のような布だけである。いろんな意味で危険そうな幼女だった。
そして何より光己たちを驚かせたのは、彼女の顔がローマで会ったネロにそっくりなことだった。ネロオルタとかそういう存在であろうか?
一方幼女も何やらとまどっていた。
「む、ここはどこだ? 雰囲気からするとロンドンの特異点か?
特異点は7つとも修正し終わっているはずなのだが……しかも
カルデアのマスターは目の前にいるのだが、幼女が知っている「カルデアのマスター」は光己ではないようだ。
幼女は「ストーム・ボーダー」という船にいる
「……いや、この男もマスターではあるのか!? マシュもいるからな。
移動に使える魔力はあと1回分だけだし、今はこの男で妥協するしかないか……」
しかし何か事情があるらしく、このたびは光己を標的と定めてギラリと瞳を光らせる。といっても頭を下げてお願いするなんて殊勝なことを考えているはずもなく。光己の背後の床に出現した血だまりから、ドラゴンめいた魔獣が音もなく首を出した。
幼女は実はかなり弱体化している身なのだが、それでもカルデアのマスター、いや人間の魔術師風情を捕獲するくらいは造作もない。しかしマシュたちに邪魔されたら面倒なので、牽制のために尻尾の先端を向けて赤いビームを乱射する。
「うわ、何でか分からんがやっぱり敵だったか!」
「シールドエフェクト、発揮します!」
マシュがとっさに「誉れ堅き雪花の壁」の障壁を展開したが、幼女のビームは小手調べレベルの軽い感じで撃っているように見えるのに、受けている感触は異様に重かった。ちょっとでも気を抜いたら障壁を破られるか、あるいは身体ごと後ろに転ばされそうである。
「つ、強い……!」
「むう、これは援護がいりそうだね!」
アタランテの弓矢は障壁越しでは使いづらかったが、マーリンの魔力剣は思念誘導で回り込ませることが可能だ。何本もの鋭い剣が猛禽類のような勢いで幼女を襲う。
しかし幼女はそのごつい右腕を振り回して、すべての剣を叩き折った。そしてサーヴァントたちの視線と注意をこちらに集めた隙に、先ほど出した魔獣にマスターの少年を背後から襲わせる!
(もらったな。たやすいミッションだった!)
……と幼女は思ったが、ここで事態は彼女の予想を超えた。少年は魔獣の接近を感知すると、素早く向き直って自分から突撃したのである。
そして信じがたいことに、大きく踏み込んでの拳打1発で魔獣を部屋の外まで叩き出してしまった!
「何とっ!?」
魔術や礼装を使うならともかく、まさか素手のパンチで
「ニンジャを甘く見たようだな! これぞジュー・ジツ奥義、ポン・パンチだ!
というか今のであんたの正体が分かったぞ」
そして光己は得々とした様子で幼女の正体を明かそうとしたが、その前に気配と物音で異常事態に気づいたヒロインXXとルーラーアルトリアと太公望が部屋に乱入してきた。
「マスターくん、無事ですか!?」
「やはりサーヴァントですか……って、真名が『ソドムズビースト』でクラスが『ビースト』!? まさか
「本当ですか!? まあ相当弱っているようですが」
なお太公望は相手が妲己であれば特攻の術式を持っているのだが、他のビーストに対する特別な備えはない。
「…………」
光己はせっかくカッコつけているのを邪魔されてちょっと鼻白んだが、助けに来てくれたのだから文句はつけづらいし、それより先に言っておくべきことがあった。
「みんな、彼女は
「!?」
事情を知らないマーリンとアタランテには理解できない要請だったが、付き合いが長いマシュたちにはすぐ分かった。ネロにはローマで良くしてもらったし、ビーストについてはカーマを助命した前例があるので、即殺はしたくないという趣旨だろう。
ただ幼女は先制攻撃をかけてきた上にかなり強いので、「できれば」という前置きをつけたというところか。
「なるほど。そういうことでしたら私にお任せ下さい!」
カーマの権能を剥いだ実績があるXXが、さっそくやる気十分な様子でツインミニアドを振りかざす。しかし幼女はそれを鼻で哂った。
「ふ。いくら頭数を増やしたからとて、余を生け捕りにできるつもりなのか?」
幼女がそう言うと、少年がまた口を挟んできた。
「そうだな、確かにあんたは強いと思うよ。何しろ『黙示録の獣』なんだし」
「む、余の正体が分かったというのは本当だったのか」
確かに彼は先ほどそんなことを言っていて、しかもその推測は正解なのだが、その「黙示録の獣」を前にして畏怖も気負いもなく平然としているとは。それにどうやって見破ったというのか?
幼女がそれを訊ねると、少年は得たりとばかりに説明してくれた。
「だってさっきの魔獣、『赤い竜』か『獣』の『7つの頭』の1つだろ。それにネロ帝は獣の数字がどうとかで『海の中から上って来る獣』ってことにされてるし、そうなるとその杯も『バビロンの大淫婦』が持ってるやつってことになるよな。
もちろん生前のネロ帝は生物学的には純然たる人間だったから、例によって無辜られたんだろうけど」
「ああ、貴様は生前の余を知っているのだったな……。
しかし何故、アレが『7つの頭』だと分かった?」
すると少年は先ほどの倍くらいのドヤ顔を見せつけてきた。
「フ、それを聞くのか、聞いてしまうのか!?
いいだろう、相手が『獣』であれば隠す理由もない。論より証拠、その眼でしかと見るがいい!」
光己はそう言い放つと、満を持して天使長形態を披露した。
その圧倒的パワーを放つ6対の翼を目の当たりにした幼女が盛大に噴き出す。
「ぶっ!?
……じゅ、12枚の翼といえばかの堕天使ルシフェルではないか!」
まさか
いやまあ、ルシフェルなら「7つの頭」が分かるのも「獣」を恐れないのも当然といえば当然なのだが……。
しかし翼が1対ごとに形も感じるパワーも違うのはどういうことなのだろうか?
「それはだな。俺は
「何ぞそれ」
少年は嘘は言っていないようだが、幼女にはその内容は半分も理解できなかった……。
「だが余が何故ここに来てしまったかは分かった。
実は余はここではなく別のカルデアに行くつもりだったのだが、貴様の『赤い竜』の要素に引っ張られてしまったのだろうな。
……ああ、そういえばまだ名乗っていなかったな。ソドムズビーストでは長くて呼びにくいだろうから、ドラコーとでも呼ぶがいい」
「……ほむ」
幼女は光己の推測を否定はしなかったが、ネロとは呼んでほしくないようだ。当人が嫌がることをあえてする必要はあるまい。
ドラコーは今気になることを言ったが、それを聞く前に―――。
「それじゃこっちも名乗っとくかな。ドーモ、ドラコー=サン。カルデアのマスターの藤宮光己です!
……ということで、話の続きはあんたの権能を剥いでからにしようか」
「来るか!」
聖書には「竜は獣に力と王座と権威を与えた」という記述があるので、逆に力を回収できてもおかしくない。さすがのドラコーも大口は叩けず、まずは1歩下がって身構える。
すると少年はある意味当然のことながら自身で戦おうとはせず、1番上の白い羽翼を大きく開くと、そこから純白の眩い光を放射し始めた。
「……何だ!?」
実はドラコーは光己に対する殺意や害意はないので、光を浴びても特にダメージは受けない。しかし代わりに、何人かのサーヴァントが激烈にパワーアップしたのがはっきり分かった。
それでもドラコーがビーストとして万全な状態であれば恐れるほどのものではなかったが、現状では1対1でも厳しいレベルだ。光己が令呪を使った形跡はなかったが、これが天使長の力だというのか?
そして先ほどの槍の女がずいっと前に進み出る。
「ではいきますよ。覚悟!」
「ちょ、おま、強すぎじゃない? 余は悪くな……」
そして容赦ないリンチで、あえなくドラコーは気絶したのだった。
めでたくドラコーさんをお迎えできたので、さっそく登場してもらいました。
ドラコーさんは果たしてどうなってしまうのか……!?