ティアマトはソドムズビースト=ドラコーを倒すためにこの特異点まで追って来たわけだが、彼女のそばに人がいるのなら、動く前に状況を見極めねばならない。4人の内2人、マシュとマーリンには見覚えがあって元の世界では味方だったが、並行世界でのことだからここでも味方だと決めつけるのは早計だろう。
そこでまず声をかけてみることにした。
「マシュ、マーリン! その金髪の娘は危険な人類悪だ。おまえたちが人理を守るために来たのなら敵だぞ」
「!?」
マシュとマーリンはいきなりやってきた創世神に名指しされた上に、その台詞の内容もすでに知っていて、しかも事情が変わっているということもあってすぐに返事ができず戸惑ってしまう。そこに奥の扉が開いて、ヒロインXXたちが部屋に入ってきた。
「またサーヴァントですか、ほんとにもう!」
「とにかく真名看破します!
真名ティアマト、アルターエゴです。宝具は『
「確かメソポタミアの創世神でしたか……おそらく分霊の類でしょうが、それでもかなり強い霊基を持っているようですね」
「え、こんなに大勢いたの……?」
ティアマトはちょっとひるんでしまったが、しかし理はこちらにある。先ほどと同じことを今一度喋ってみると、今度はドラコーが反応した。
「獣は危険だと!? 貴様も獣ではないか」
「わたしは『元』だ! 現役ビーストのおまえとは違う」
「フン、何を都合のいいことを。
貴様がここに来たのは『単独顕現』のスキルを使ってであろう。しかも『獣の権能』まで残しておいて『元』とは片腹痛いわ」
「うぐぅ」
ドラコーの観察眼と舌鋒の鋭さにティアマトはまたひるんでしまった。
実際「単独顕現」も「獣の権能」もビーストのクラススキルなので、それを2つも持っておいてビーストではないと主張しても説得力は薄いというのは否定しがたい。
しかし「単独顕現」がなければ追って来ることはできなかったわけで、そこはご容赦願いたいところである。
「……いや、スキルではなく気持ちの問題! 今のわたしは母として、人類を守るためにここに来たのだから」
「ほう、気持ちか。ならば
「何だって!?」
そこで論点を変えてみたら、ドラコーは今度は明らかにおかしなことを言い出した。
クラス・ビーストが人類を害する気はないとはいかなる仕儀なのか?
「それも貴様と同じだ。貴様はカルデアとの戦い……武力だけではなく心のぶつかり合いの中で料簡を変えたのであろう? 余もそうしたのだ」
「…………!?!?」
信じがたい発言だが、考えてみれば人類悪とは(歪んではいても)人類への愛を持っているからこそ成り果てるものだから、ドラコーが宗旨替えしてもおかしくはない。しかし彼女がこの特異点に着いてから長くても数十分程度しか経っていないはずなのに、そんな簡単に寝返って、しかもそれを信じてもらえるなんて都合のいいことがあり得るだろうか。
これは本人より、信頼できる他者に確認する方が良さそうである。
「マシュ、ソドムズビーストが言っていることは本当なのか?」
「え!? あ、は、はい。ソド……ドラコーさんが言っていることは本当です。
清姫さんという、嘘を見抜くのが得意な方にも立ち会ってもらっていますから間違いありません。
ただその……本人も言っていますが、『今は』という但し書きがつきますが」
また名指しされたマシュはちょっとどもりつつも、とにかく知っていることを真摯に説明した。問題は最後のセンテンスだが……。
当然のように、ティアマトは勝ち誇った顔でドラコーを糾弾した。
「そんなことだろうと思った! 今は敵の数が多いから大人しくしておいて、隙ができたらまた料簡を変えてここのマスターを拉致しようとか、そういうことを考えているのだろう!
マシュはともかくマーリン、おまえがいながら何故こんな言い草に乗っているの」
「いやあそれがね。マスターがただの魔術師ならそうなるんだけど、このマスターはちょっとわけが違ってて」
矛先を向けられたマーリンは困り顔でそう答えつつ、さてどこまで話していいものかと頭を悩ませた。ティアマトは自分のことを知っているようだが、こちらは彼女のことを知らないので。
するとドラコーがニヤリと楽しげかつ皮肉げな笑みを浮かべつつ語り始めた。
「マーリンの言う通りだな。マスターが並みの魔術師であれば、マーリンも太公望たちも余を受け入れはしなかったかも知れぬ。
しかしこのマスターは並みとは程遠くてな。ズバリ言って先ほどまでの余より強いのだ」
「……は!?」
ティアマトの目が点になり、数秒ほど硬直した。
まあ、魔術師が(大幅弱体化状態であっても)ビーストより強いだなんてトンチキを聞かされればそうもなるだろう……。
「だからたとえば寝込みを襲って証明世界に拉致したとして、その後マスターが起きたら余は契約解除されてまた弱体化した上でシメられてしまうのだな。
ただそうするとマスターは1人で異世界に取り残されることになるが、自力で元の世界に戻れるから何も困らぬ。
つまり余にマスターの意に反する形で誘拐するという選択肢はないわけだ」
「…………!?!?」
しかも何か、並行世界から自力で元の世界に戻れるというのか!?
それはもうビーストの同類なのではあるまいか。
いやまあ本当にマスターがそんなに強いのなら、ドラコーがあっさり恭順したのも、それが許されたのも理解できるが……。
「あともう1つ、ここのカルデアには『元』人類悪がすでに1人所属していてな。前例があるというのも大きかったのだ」
「は!?」
ビースト相手にそれはちょっと油断しすぎじゃないだろうか。前回うまくいったからといって、今回もうまくいく保証なんてないのに。
「そうだな、だから貴様は帰れ。しっしっ」
するとドラコーはこちらの考えを読んで、邪険に手を振って追い払う仕草をしてきた。何と性格の悪い!
「ノゥ!!
それにその話だと『今は』という但し書きの件は解決されていないぞ」
「むう、やはり覚えていたか……。
先ほど『マスターの意に反する形で』と言ったが、逆に言えば同意の上で来てもらう分には最強の味方だからな。ゆえにそれまでは悪事は控えて好感度を稼ごうと思っているわけだ」
「つまり偽りの絆を結んで、用が済んだらポイ捨てするわけか! まるで美人局か悪徳セールスマンのようだ。お母さんは許さないぞ!」
「何だその美人局とか悪徳なんちゃらとかいうのは……!?」
ドラコーがイミフそうな顔をしたが、ティアマトは構わず攻勢を続けた。
「聞いたかマシュ、マーリン! このまま彼女を置いておけば大淫婦的な手管を駆使してそちらのマスターを篭絡して、いずれビースト真体への復活を果たすに違いない。
今すぐ打倒するべきだぞ」
「む、むむむむむ……!」
大淫婦の手管で篭絡、と聞いたマシュがはっとした顔で呻吟し始める。
ただでさえ最近の光己は大奥ヒャッハーしているのに、(現状では)愛はないとはいえ大淫婦が参入なんてことになったらますます堕落してしまうではないか。彼の盾兵として見過ごせない一大事だ。
しかし1度了承したことを反故にするのは気が引ける。どうすべきか悩んでいると、今度もドラコーが先に反応した。
「ハッ、そんなことはとっくの昔に話してあるわ。
だからこれは先ほど言った、余とマスターの心の戦いなのだ。そう、余が勝ってマスターに余の復活に協力させるか、マスターが勝って余に人類悪であることをやめさせるか、というな」
そこでドラコーは一拍置いてティアマトたちに頭の準備をする時間を与えてから、さらに細かい説明を始めた。
「もっとも余は獣ではあっても恩知らずではないから、真体復活の暁にはマスターはこの世界に帰すし、この世界にも手は出さぬ。つまりマスターは負けても自身の損害はないのだな。ただ見知らぬ他の世界が獣に喰われるだけで。
もちろん多少なりとも良心を持った人間なら気が咎めるであろうが、マスターたちは長く苦しい、しかも負けが許されぬ戦いをしておるのだ。他所の世界のことまで構っておられぬのも無理からぬこと。そもそも余がこの世界に来たこと自体、他所の世界の不手際なのだし。
それにマスターが勝てばその『他の世界が喰われる』も起こらないし、勝った後はもちろん『勝負』の最中も余の武力と知識を使い続けられるのだ。実にお得な賭けではないか」
「…………ええと」
ドラコーの説明は長い上に情報密度が高かったのでティアマトは理解するのに少し時間がかかったが、やがて重大な問題点を1つ発見した。
「つまりおまえはここのマスターを陥としたら、この世界は喰わないが他の世界を喰うということだな!? やっぱり獣じゃないか」
「それはまあ、余はまだ獣をやめてはいないからな。先ほど話に出た清姫はマスターが勝つと確信していたが」
「は……!?」
もし清姫の人物鑑定眼が正確であるなら、ここのマスターは武力のみならず人格面でもビーストに勝るスーパー人材ということになる。さすがに信じかねたティアマトは、マシュ……はマスターびいきで客観性に欠けそうなのでマーリンに訊ねてみた。
「マーリン、どう思う?」
「難しいところだねえ。マスターは精神面に限っても当たりの部類だとは思うけど、あくまで一般人の枠内だから。
でも『だからこそいい』というケースもある。それこそ生前のネロ帝は謀略や毒だらけの人生だったから、信用できて気楽に付き合えるタイプの人は貴重に思うんじゃないかな。
というかドラコーは『
そもそもドラコーは「世界を救わんとする願望」を喰うことでビースト成体に至ったのだ。あまり立派すぎない人物の方が攻略しやすいというのは道理であった。
他のビーストに対しても有利かどうかは不明だが。
「ほう、さすがに鋭いなマーリン。正式名称は『ネガ・メサイヤ』といって、信仰による加護を無効化したりできるのだ。
そういえばマスターは特定の宗教や神話体系をえこひいきしないと言っていたな。つまり強い信仰心はないわけだから、確かに余にとって相性不利か」
ドラコーはそう言うとククッと唇の端をゆがめて笑った。不利なのがむしろ楽しいようだ。
「……う~~ん」
そしてティアマトは少し考え込んだ後、ついに最終の結論に到達した。
「決めました! それならわたしもここに残って、ここのマスターの手伝いをしながらソドムズビーストの見張りをすることにします」
ここのマスターがドラコーに相性有利なのは分かったが、メンタル一般人ではやはり不安である。といって現在の状況ではドラコーを今すぐ倒すという流れにはならなさそうだし、彼女がいれば特異点修正に有利なのも事実なので、自分も残って監視しようというのだった。
しかしこの案がドラコーにとって面白かろうはずがない。
「紀元前の爬虫類がまた何を言い出すのか……貴様がいたら篭絡の邪魔、もとい勝負の決着がつきにくくなるだろうが」
「それはそれで、おまえ以外誰も困らないから問題ないぞ」
「……むう」
ティアマトが残るのがマスターとカルデアにとってお得なのもまた事実で、ドラコーには彼女を帰らせる名目が思いつかなかった。先ほど「だから貴様は帰れ」と煽りはしたが、それが本当に通じるはずもなし。
……いや1つあった。
「だがここのカルデアはまだ第四特異点だぞ。このまま第七特異点に行けば、貴様は人類悪のままの貴様自身と戦うことになるのではないか?」
「その時は自分と戦うか、あるいは中立になればいい。マスターたちに敵対さえしなければ問題ないはず」
しかしティアマトの決意は固く、逆にカウンターを返してきた。
「そう言うおまえはどうなんだ?」
「余も同じだ。この世界でマスターと物理的に戦う気はない」
「……むむ」
2人の視線がぶつかり合って火花を散らす。
だがこうなっては、2人そろってカルデア入りという方向で妥協するしかないようだ。獣らしく腕力で決めるという手もあるが、この狭い上に街中の特異点で不必要に暴れるのは間違いなくマスターから絶大な不興を買うし。
「ではそういうことで。ええと、そちらの男の子がマスターなのか?」
この場にいるサーヴァントではない人物はマーリンと見知らぬ少年の2人だが、その少年はティアマトが知っている「最後のマスター」とは外見が全然違うので一応確認したのだった。
メンタルパンピー少年としては黙示録の獣と創世神のよく分からない諍いになんてなるべく関わりたくなかったので今まで沈黙を保っていたのだが、こうなっては話に加わらざるを得ない。
「あ、はい。ドーモ、カルデアのマスターの藤宮光己です」
「え……あ、これはごていねいに?
ド、ドーモ!? えーと、メソポタミアのティアマトです」
そこでまず例の合掌して軽く頭を下げるアイサツをすると、ティアマトにとっては初めて見る挨拶だからかちょっと戸惑ったようだが、とりあえず同じ形で応えてくれた。
次は今一度用件の確認である。
「ええと、それでティアマト神はドラコーの監視のために俺たちの仲間になってくれるということでいいんですか?」
「うん、もちろん特異点修正のお仕事も手伝う。
母を頼りにするといいぞ」
「……母」
その単語に光己はちょっと、見咎められない程度に眉をしかめた。「母」と対になる「子」がどこまでを指すのか気になったからだ。
メソポタミア神話ではティアマトの遺骸から天と地がつくられたと言われているので、それこそ世界全部の母と称してもおかしくはないのだが、そうされるとイザナギイザナミの国産みの話や北欧のユミルや中国の盤古とかち合ってしまうので。
先ほど天草に語ったことともつながるが、神話の登場人(神)物は、あくまで自分が属する地域だけの創世神なり主神なりでいてもらいたいと思うわけだが……さて。
「そうですか、それは助かります」
もっとも現段階ではティアマトが信用できるという保証もないのだが、コミュニケーションを円滑にするためにまずは感謝の意を示したわけだ。
その上で本題に入る。多少の経験は積んだとはいえメンタルパンピーには大変に荷が重いのだが、こういうことは先に言っておく方が後々揉め事のタネにならずに済むはずなので仕方がない。
「ただ俺は日本という国の出身で、俺が契約してるサーヴァントには『日本列島を産んだ神の娘の分け御霊』がいますので、ティアマト神が世界全部、つまり日本もつくったという説には同意しかねますので、その辺りご理解願えればと」
「む、むう~~~」
するとティアマトはやたら寂しそうな面持ちで唸り声を上げた。
光己の台詞はティアマトが母神であること自体は否定していないが、自分の母神ではないと言っているのと同義なので、メンタルお母さんなティアマトには痛恨の一撃だったのである。
しかし彼の主張は大変もっともで反論の余地がない。言われてみれば確かに、天地創世の神は自分だけではなく何柱もいるのだ。
ただそれだと「本当に」天地を創ったのは誰なのかという疑問が出てくるが、それは怖い考え―――神は本当に実在する(した)のか―――になりそうなのでやめておいた。
「そ、そういうことなら仕方ない。
でもわたしの母性に浸りたくなったら、いつでもこの胸に飛び込んで来るといいぞ」
「はい、その時は遠慮なく」
どうやら納得してもらえたようだ。光己は内心でほ~~~っと深い安堵の息をついた。
しかし疲れた。早く風呂に入って癒さねば。
そう思った光己が桶に湯をくんで温度を確かめていると、ティアマトが不思議そうに訊ねてきた。
「マスター、何をしているの? というかその湯が入った大きな桶は何?」
「ああ、ティアマト神は浴場文化なんて知りませんよねえ」
なので光己がお風呂について簡単に解説すると、ティアマトはくわっと目をいからせた。
「なるほど、皆妙に露出度が高いなと思ってたがそういうことだったのか。
ならわたしもご一緒するぞ」
この提案はティアマトはお風呂については理解したが、同時に大淫婦が男を誘惑するのに恰好の場所であることにも気づいたからである。マスターは分かっていないかも知れないが、だからこそ母が
「はい、入り方や作法については私がレクチャーしますので!」
そこにマシュがやたら歓迎ムードで口を挟んだのは、言うまでもなくティアマトと同じことを考えているからだ。初対面の上に元ビーストらしいからまだ全面的に信用できるわけではないが、この目的に限れば頼りになる味方である。歓迎は当然だった。
「うん、よろしく!
ところでマスターはソドムズビーストと契約はしたのか? したのならわたしともしよう」
「あー、はい」
ティアマトはほわほわした印象があるが、そこはちゃんとしてるんだな。光己は疲れた頭でそんなことを思ったのだった。