サーヴァントがいなくなれば、指揮官を失ったワイバーンやウェアウルフなど物の数ではない。光己たちはさっさと全滅させたが、フランス軍に動きはなかった。
今の戦いを竜の魔女軍の仲間割れか何かだと思っていて、「共倒れになればいい」とか言っていたくらいだからお礼を言いに行くなんてことは考えないが、光己たちの強さを目の当たりにしたから、自分からケンカを売る勇気はない。それで引きこもって嵐が去るのを待っているわけだ。
「……うーん、やっぱりジャンヌが素顔晒したのはまずかったか」
光己は雰囲気で何となく兵士たちの心情を察して黙って立ち去ろうと思ったが、その時砦の門が開いて、いかにも身分が高そうな感じの鎧騎士が走り出て来た。
「ジャンヌ! お待ちを! 貴女は確かにジャンヌ・ダルク!
“竜の魔女”ではない、正真正銘の聖女……!」
どうやらジャンヌと竜の魔女を区別できているようだ。
それなら共闘できるかも知れないと思って光己はジャンヌの顔を顧みたが、ジャンヌは首を横に振った。
「いえ、私が返答すれば彼……ジルの立場が危うくなります。現状では彼らに頼ることもないでしょうし、関わらない方が良いかと」
「……そっか」
確かに彼がジャンヌと竜の魔女を別人だと思っていても、兵士たちがそれに納得しなければ内輪もめのタネになる。サーヴァントのことを説明するのも面倒だし、接触は避ける方が賢明かも知れない。
「それじゃ、行くか」
ジルに間近まで来られると面倒だ。光己たちは急いでその場を立ち去ったのだった。
カルデア一行は人目を遮れそうな小さな林を見つけると、そこに入って一休みすることにした。
ただその前にデオンの説得と勧誘があるが、これはマルタの時同様、当人がフランスのために働く気満々だったので速攻で片がついた。
「好きで竜の魔女に従っていたのではないけれど、罪滅ぼしの機会を与えられるなんて願ってもないことだよ。よろしく頼む。
しかしマスター1人でこんな大勢のサーヴァントをかかえるなんて大丈夫なのかい?」
デオンがこう心配したのは当然のことだろう。普通ならサーヴァント契約というのは、優秀な魔術師でも1騎でいっぱいいっぱいなのに、ここにはデオン含めて12騎もいるのだ。何か超すごいマジックアイテムで賄っているとかそういうのだろうか?
「ああ、魔力はカルデアから送ってもらってるから大丈夫だよ。実際に契約してるのはデオン入れて6人だけだし。
でも退去寸前のサーヴァントと契約すると、やっぱ魔力持ってかれるから、しばらく休ませてほしいかな。精神的にも疲れたし」
先ほどの戦いは、光己がカルデアに来て以来初めての大規模なものだったので、少々気疲れしたのだ。魔力についての話も一応事実だが、これについてはちょっとした副産物があった。
(何かこう、魔力出し切った後に回復すると前よりいっぱい入るような感じがするんだよな)
筋トレして筋肉が増えるのと同じようなものだろうか。単純に鍛えられているだけでなく、竜の血の効果なのか、体が作り替えられているような感覚さえある。
(ま、エリザみたいに角や尻尾が生えてくるんじゃなきゃ、むしろウェルカムだけどな!)
人によっては恐れや嫌悪を抱くことかも知れないが、この少年はその点鷹揚だった。もちろん
「それはともかく、みんなもお疲れ様。ベストの結果とはいえないけど、誰もやられなくてよかった」
仕方ないことだったとはいえヴラド(たち)の前でサーヴァントたちの名を呼んでしまったから、ヴラドがオルレアンに帰ったら竜の魔女にこちらの陣容を報告するだろう。当然対決の時には不利になる。
光己はそう言って心の準備を求めたが、それには及ばないようだった。
「いや。ヴラドも竜の魔女に好意を持っているわけじゃないから、多分知らんフリしてくれるんじゃないかな」
「そうですね、だからといって仲間に加えるのは難しいですが」
なるほど、本当に竜の魔女は狂化で部下を無理やり従えているだけのようだ。おそらく自分の意志で協力しているのは「サーヴァントの」ジルだけなのだろう。
「あとはアレだな。マシュは指示に逆らって吶喊したから、予告通りおっぱい揉むぞ!」
「セクハラですよ先輩!?」
「失敬な。俺はマシュ、いや人理修復のために仕方なく、泣いて馬謖を斬るって感じで心を鬼にしてるだけなのに」
「そういうのは、せめてウソ泣きの1つでもしてからにして下さいね!?」
「ではマシュさんの代わりにわたくしの胸をどうぞ!」
「な!? 清姫さん、それはちょっとはしたなさすぎると思いますが」
「妻が夫に体を触らせることのどこに問題が?」
「先輩は独身ですよ。少なくともあと100年くらいは」
「ちょ、マシュ何言ってるの!?」
「……その辺にしておきなさいね」
まあこうやって収拾がつかなくなると、たいていマルタが割って入って終わるのだが、マシュと清姫がおとなしくなると、次はアストルフォが光己に近づいてきた。
「あははは、マスターはモテるねえ」
「いや、これはモテてるとは言わないと思うが……」
マシュは確かに好意は持ってくれているが、恋愛感情とは言いがたいような気がするし、清姫に至っては生前の想い人と混同している。自分がモテてるという実感は持てなかった。
「えーと、つまり2人じゃ足りないってこと? マスターは欲張りだなあ!」
「なぜそうなる!?」
それはまあ両手に花とかハーレムとか、男の浪漫で実にいい響きだが、今はそういう趣旨で言ったのではない。見ろ、マシュと清姫の目つきが白っぽくなっているではないか!
と光己は内心でクレームを入れたが、当然ながら理性蒸発少年には届かなかった。
「だってマスターが欲張りなのは周知のことでしょ? 王様でも英雄でもないのに人類を救おうなんて、とんだ大欲張りじゃないか」
「なるほど、そういう考え方もあるか」
光己としては自分しかいないから仕方なくやっていることだし、それもカルデアの事務方とサーヴァントたちの手助けあってのことだが、光己が現場での中心人物なのはまぎれもない事実だ。ただの高校生が魔術王とやらを向こうに回して全人類を焼却の淵から救い出そうなどと、確かに超抜級の大欲といえよう。
「そういうことなら、他の方面でも欲張りで当然だな。つまり俺がサーヴァントハーレムわしょーいとか言い出しても、何も問題ないってことか?」
「うん、別にいいと思うよ。ボクもマスターのこと好きだしね!」
「ぶっ!?」
光己は噴き出した。
「え、えーと。それはマスターとしてとか、仲間としてってことだよな?」
「へ? うーん、多分そんな感じかな?」
「多分って何だよ多分って……」
光己は少々青ざめたが、アストルフォに同性愛の気はなさそうなので、あくまでユウジョウ的なものだと解釈した。まったく、理性蒸発だけあってものの言い方がよろしくない。
「あははー。でも実際、もしマスターたちと会わずに、ボクとブラダマンテだけでヴラドたちに会ってたら勝ち目なかったしね。まして竜の魔女に勝てるわけないから、ホントにマスターたちと会えてよかったと思ってるよ。
ボクは十二勇士の中では弱い方だけど、マスターはよくしてくれてるし」
「あー、確かに単純な槍の腕前だとブラダマンテの方が上かもなあ」
光己は事実に反する追従はしなかったが、アストルフォが弱いとか役立たずだなんて思っているわけではない。
「でもアストルフォがいなかったらマルタさんとデオンを仲間にできなかったし、ヒポグリフも使えないからなあ。……っていうと宝具しかアテにしてないように聞こえるけど、さっきもちゃんと指示通りにしてくれたし、俺はアストルフォに感謝してるぞ」
そもそも正式に契約したわけでもないアストルフォ(たち)が指示に従ってくれるだけでもありがたい話というもので、光己の言葉に嘘はない。
「うん、ありがとマスター!」
どうやら気持ちが通じたらしく、アストルフォがぱーっと顔を綻ばせる。見た目は並みの女の子より可愛いのが光己にとって実に心臓によろしくなかったが、とにかくスルーすることにした。
その様子をマルタは微笑ましげに眺めていたが、ふと思い立ってジャンヌの方に歩み寄る。
「そういえばジャンヌさん、貴女はルーラーだけどスキルは失われてるってことでいいのかしら?」
「はい、残念ながら」
ジャンヌが少し悔しそうに顔を伏せる。そういえばカーミラが「力を奪われていて」とか言っていたが、竜の魔女が何か関係しているのだろうか? 今考えても詮ないことだが。
「いえ、責めているのではないのです。ただ竜の魔女はアレでも一応ルーラーですから、こちらのルーラーがスキルを使えないと不利なのかなと思っただけで」
サーヴァントの探知と真名看破のスキルはやはり強力で、さっきの光己の話じゃないが、仮にヴラドがこちらの内情を隠してくれたとしても、竜の魔女の前に出れば全部バレてしまう。それに奇襲が通じないという不利もあった。
こちらも一応カルデアから生体反応調査というのができて、不意打ちはまず受けないそうだが……。
「そうですね、確かに私がスキルを使えれば対等の勝負になりますが……。
しかしマルタ様。ルーラーならば私より貴女の方がふさわしいのでは?」
マルタを尊敬しているジャンヌらしい発言だった。マルタがちょっと困ったように頭をかく。
「ええ、確かに適性はあるのですが……今回は竜の魔女がすでにルーラーのせいか、ドラゴンライダーということでライダーとして現界してしまったのですね」
なるほど、裁定者が何人もいては、彼ら同士で意見が割れたりして役目を果たせなくなることもあるだろうから、仕方ないのかも知れない。しかしここにはとても便利な魔術を使う者がいた。
「適性があるんだったら、あたしたちで霊基を調整してクラスチェンジさせてもいいけど?」
「え、そんなことできるんですか?」
「うん。1人じゃ無理だけど2人でだったら」
ヒルドとオルトリンデである。2人は原初のルーンという高等魔術に習熟していて、いくらかの制限はあるが、サーヴァントのクラスや服装を変えることもできるのだ。
「それじゃ、お願いしようかしらね」
ライダーからルーラーになることにデメリットはなさそうなので、マルタはすぐに決断して2人に依頼した。めったにない事例なので、光己たちも寄ってきて物珍しげに見学を始める。
「それじゃいくよ! とうっ!」
「えい!」
ヒルドとオルトリンデが並んで空中で指を舞わすと、それに沿って光の文字が描かれ、やがて眩い光球となってマルタの全身を包み込む。しばらくしてそれが消えた時、マルタはなぜかビキニの水着姿になっていた。
トップスはシンプルな黒で、同じ色の帽子をかぶっている。腰に赤いパレオを巻いているので、ボトムスのデザインは分からない。
実に均整がとれてほどよく肉がつき、バストやヒップのふくらみも綺麗なラインを描いている理想的な体形だった。
「やった、成功だね!」
「はい、うまくいきました」
ワルキューレ2人は満足げにうんうん頷いているが、当人はたまったものではない。
「……って、何で水着なんですか!?」
そんなことを頼んだ覚えはない。マルタは全力で抗議したが、2人はちょっと肩をすくめただけだった。
「うーん。気持ちはわかるけど、制約があってクラスを変えると服も変わることになってて」
「だからなぜ水着なの!?」
「あたしは水着にするつもりなんてなかったから………………マスターの嗜好!?」
ヒルド自身なぜ水着になったか分からない様子で首をかしげていたが、しばらく考えた後、なんとマスターにぶん投げた!
当然光己も激しく抗議する。
「ちょ!? そりゃまあ確かにマルタさんいい体して……もとい水辺の聖女って感じで天性の恵体だなーって思うけど、水着になってほしいなんて思ってなかったぞ!? 冤罪だ」
「……。たぶん冤罪なんでしょうけど、それはそれとしてセクハラ発言は良くありませんね」
結局マルタがなぜ水着姿になったのかは不明だったが、それとは別に、光己は後でたっぷりしごかれることが確定したのだった。
マルタさんは犠牲になったのだ。ルーラークラスでの登場が水着イベだった、その犠牲にな(ぉ