フランとモードレッドはバベッジとテュフォンに発見されてしまったが、幸いにも2人はすぐ攻撃してはこなかった。
まずバベッジはいくらか正気を残していてフランが友人がつくった人造人間であることに気づいていたし、テュフォン……正確には身体の主導権を握っている
モードレッドはどうにかフランに追いついて後ろから羽交い絞めにしたが、さてここからどうすればいいのか?
「……カ、カルデアのマスター!」
そしてちょっとだけ泣きが入った声でヘルプを求めた。
自信家で猪突猛進タイプのモードレッドも、この状況を2人でどうにかするのは無理だと諦めたようだ。正しい判断であろう……。
「あ、ああ!」
こうなっては光己も長考はしていられない。ざっくりとカルデア勢と現地の契約済み勢でテュフォンに向かい、未契約勢にバベッジを任せることにした。
光己側の前衛はテュフォンとケイオスタイドに対抗できそうなメリュジーヌとアルクェイドとドラコーとティアマト、そしてメリュジーヌが指名されたならということで自薦してきたバーゲストの5人である。純人間のサーヴァントが1人もいないが、これも正しい判断といえよう……。
「んん? 何だおまえたちは」
大勢のサーヴァントがぞろぞろやってくるのを見てエフェメロスは少々戸惑った。
この特異点では濃い魔力を含んだ霧が勝手にサーヴァントを呼び込んでいることは承知していたが、その仕掛け人とは別と思われる者たちがこんな大勢で徒党を組んでいたとは、もしかして聖杯によるカウンターとかそういう手合いなのだろうか?
徒党は襲いかかっては来ず少し離れた位置で止まり、盾兵の後ろの少年が話しかけてきた。
「ドーモ、カルデアのマスターの藤宮光己です。
今テュフォンさんが戦っていた相手は確かに黒幕の1人ですが、魔術で強制されているだけなんじゃないかという意見がありましたので、貴女に倒される前に介入しようと思った次第で」
光己は先ほどの考察通りなるべく礼儀正しく初対面の挨拶をしたが、その効果があったのかなかったのか、テュフォンは戦闘態勢には入らず何故か訝しげな顔になった。
「何、カルデアのマスターだと!?
……いやカルデアというのは組織の名前なのだから、あの女とは別のマスターがいてもおかしくはないのか」
「え、もしかしてカルデアをご存知で?」
「ああ、おまえとは別のマスターにしてやられた記憶がしっかりとな」
「!?」
テュフォンがそれはもう皮肉をたっぷり効かせた笑みを見せつけてきたので光己は驚愕してしまった。またか、またこのパターンなのか?
「……いや、職場が同じなだけの別人に八つ当たりするのはさすがにひねくれすぎか。
とはいえ興味はあるな」
しかしテュフォンは思い直したのか、そう言うと真顔になって質問してきた。
「おまえもカルデアのマスターなら、特異点を修正するために多くの敵を打ち倒してきたことだろう。
しかしその敵にも戦う理由はあったはずだし、彼らに心惹かれたり共感や同情を感じたこともあったろう。己が勝たなければよかったのだと、そう思ったことはないか?」
これはエフェメロスが「別のマスター」にも投げかけた問いである。彼女の出生にまつわる、大変重要な命題だった。
すぐには意図を理解しがたい質問に光己はちょっと面食らったが、会話をするのは好ましい展開なので普通に答えることにする。
「ないですね」
「……」
きっぱりはっきりにべもなく断言されて今度はエフェメロスが困惑した。「別のマスター」はちゃんと悩んで態度にも出してくれたのに……。
「ああ、もしかしてまだあまり戦闘を体験していないとかそういうのか? この特異点が初仕事だとか」
「いや、レムレムまで入れるとえーと……ここでちょうど10個めですが」
「そ、それでそこまで迷いなしか……!?」
どうやらこの少年、あの女とは性格や価値観がだいぶ違うようである。
英雄ぽさは全然ないのほほんとした感じなのに、実はとても強い意志力の持ち主なのか、それとも他者の気持ちや事情など知ったことではないサイコパスなのだろうか?
すると少年は察したのか言葉を足してくれた。
「そりゃまあ今まで倒してきた人たちもそれなりの戦う理由持ってましたけど、俺自身や家族や友達どころか全地球生物の命より大事だと思えるような理由は聞いたことないですね」
「そ、それはまあそうだが」
言われてみれば確かに、カルデアのマスターは普通の武将や冒険者とは背負っているものが違うのだからもっともな話だ。それに自分の命を引き合いに出されて否定したら、エフェメロス自身の「今の」願いも否定することになってしまう。
しかしこの条件はあの女も同じのはずだが、だとするとあの女は何か情緒を激しく揺さぶられる特異な経験でもしたのだろうか?
まあその辺はまたいずれ考えるとして、これで質問終わりではつまらない。ここはキーワードを変えることにした。
「では、夢や願い事が叶わなかったらよかったのに、と言い換えようか。
これなら自分や家族の命とか、他と比べようのないものを考える必要はあるまい」
「んん? そりゃ夢が叶ったはいいけど思ったよりつまらなくて後悔するってことはあるでしょうけど、俺個人としてはそういう経験はないですね」
光己は律義に答えはしたが、テュフォンがこんな奇妙な質問をする意図はまだ測りかねていた。
しかし少女は構わず問いを続けてくる。
「なるほど、おまえにとって夢はまだそういうものか。
さしあたって、今の願い事は人理修復を無事達成するといったあたりか?」
光己の最終目標は大奥国を建国することだが、途中経過として人理修復を達成する必要はある。なのでイエスと答えようとしたところでインターセプトが入った。
「おおっと、そこまでですマスター。これは誘導尋問ですよ!
彼女の宝具には『無常の果実』という言葉がありました。雑談の中で願い事を口にしただけで完全にダメになるとまではいかないでしょうが、いくらかのマイナス要素はつくと思われます」
「何!? む、おまえは太公望か」
エフェメロスが思わず舌打ちする。
まさか同じ人物にまた邪魔されるとは。生前の縁とかはないのに何故!?
もっともエフェメロスは光己を殺害するとか人理修復を阻止するとかいったことまでは考えておらず、いみじくも太公望が言ったようにマイナスを付けてやろうといった程度の思惑だった。先ほど口にした通り、本気で八つ当たりするつもりはなかったのである。
しかし太公望がいてまた邪魔されたとなれば話は別……とも考えかけたが、その時バベッジたちの方で何やら騒ぎが起こった。
「む、何だ!?」
見ればいったんおとなしくなったあの大型鉄人形がまた暴れ出しそうになっていた。そういえば光己が「(バベッジは)魔術で強制されている」とか言っていたがその関係か?
なおエフェメロスがバベッジと戦っていたのは別に人理のためとかではなく、呼びかけもなかった現界に戸惑っていたら、バベッジともう1人白衣の男が襲ってきたので反撃していただけである。白衣の男は初撃をはじいてやったら即逃げていったが。
なのでバベッジについてはさほど深い感情や執着は抱いておらず、大勢が取り巻いていて手出しするのは面倒なので今は放置という方針になっていた。しかし光己にとってバベッジは基本的には救助の対象であり、慌てて駆け出していく。
「これ、は……何だ……アングルボダ、の、介入か……! 組み込んだ、聖杯……!
そうか、『M』……が……この、私、さえも……!!」
するとバベッジのうめくような声が聞こえた。どうやら「M」は仲間の彼をも支配しようとしているようだ。
しかしバベッジは抵抗している、つまり自分の意識が残っているのならまだ間に合う。光己は今1歩近づいて大声で呼びかけた。
「バベッジさん! 貴方はこのまま支配されるのを良しとしますか? それとも自分の意識のままでいたいですか?」
「ヴィクターの娘……! 逃げ……!?
―――それは問われるまでもない、自分の意識のままでいたいに決まっている……が、聖杯の力には抗いようがな……グ、ガ」
バベッジは光己の呼びかけには答えたものの、それで力つきたらしく喋らなくなり苦しげに身体を震わせ始めた。
フランが駆け寄ろうとするが、モードレッドがその手を掴んで止める。
「カルデアのマスター!」
「ああ、大丈夫。今ので意志表明は取れたから、完全に洗脳された後でも如意宝珠は使えるよ。
その前にトネリコたちが解呪できればそれに越したことはないんだけど、どっちにしてもテュフォンさんに話つけてからだな」
何しろテュフォンはバベッジと戦っていたのだから、その理由によってはバベッジを助けるのを不愉快に思うかも知れない。なので彼女を説得している間モードレッドたちはバベッジを殺さないように取り押さえておかねばならないが、やむを得ない手順であろう。
「分かった、こっちは任せとけ!」
モードレッドは光己がなぜわざわざ答えが分かり切った質問をしたのか理解すると、あえて自信ありげな笑みを浮かべて見せた。
バベッジは図体がやたら大きいから取り押さえるのは大変そうだが、これだけの人数がいれば―――非戦闘員も多いが―――できないことではないと思う。
「うん、よろしく!」
急ぐ状況なので光己が短くそう言って元の場所に戻ると、テュフォンがなぜかちょっと不機嫌そうな面持ちで訊ねてきた。
「カルデアのマスター、如意宝珠とは何だ? 字面的には『願いを叶える珠』のようだが」
「んん?」
どうも彼女はこの種の話柄にこだわるタチのようだ。彼女の出自を考えれば順当なことだし、正直に教えるしかなさそうである。
「そうですよ。如意というほど意のままじゃなくて、限界も制限もありますけど」
「なるほど、つまりおまえは聖杯ほどではないにせよ願望機を持っているというわけか。
ならば八つ当たりではなく、おまえ当人に対する悪意で踏み
「アイエエエ!?」
テュフォンがニタリと嗜虐的な笑みを浮かべたのを見て、光己は小市民的な悲鳴を上げた。
仮にも主神より強い大怪獣がまさかここまで喧嘩っ早い性格で、しかも自分がターゲットになってしまうとは。これは厄い。
そこで問題だ! どうやってあの怪獣娘をなだめるか?
3択―――ひとつだけ選びなさい
答え①ハンサムの藤宮光己は突如詭弁がひらめく
答え②口達者な仲間が丸め込んでくれる
答え③戦闘は回避できない。現実は非情である。
光己がマルをつけたいのは答え②だが、1番当てになりそうな太公望はすでに彼女に嫌われているようなので期待はできない。答え①ができるのはコミュEXくらいのものだろう。
つまり答え③、答え③、答え③……。
しかし光己は太公望という人名で、やらないよりはやった方がマシな一手を思いついていた。テュフォンが動く前に急いで叫ぶ。
「えーい、仕方ない。太公望さん、土遁であの公園へ!」
「承知しました」
すると太公望は超有能軍師だけあってそれですべてを悟ったらしく、すぐさま行動に移った。その場にいた何人かの姿がパッとかき消える。
そしてその一瞬後には、太公望自身と光己とテュフォン、ついでに特に光己の近くにいたマシュとトネリコとメリュジーヌとドラコーの7人が先ほどの公園に移動していた。
「……!? こ、これは強制的に移動させられたのか!?」
エフェメロスは一瞬視界がブレるのと何か妙な移動感を覚えはしたが、そこからレジストするのが間に合わないほどの素早さで術を発動・完了させるとは。しかもエフェメロスのみカルデア側と少し離れた所にいるという芸の細かさである。
太公望が優れた軍師であり道士であることは知っていたが、やはり恐るべき達人であった。
「しかしカルデアのマスターよ、おまえも大したものだな。
自分が標的にされたのに、あえて味方の数を減らしてでもバベッジとその周りの者が巻き添えにならないよう場所を変える……という名目で、実は足手まといがいなくなる方がやりやすいと考えたのだろう?」
「いや、そういう要素がなかったとは言いませんがさすがにそこまで露骨には」
光己の1番の目的は周辺住民が巻き添えになるのを
「どちらにせよなかなかの機転だ。太公望の即応ぶりと技量も含めて褒めてやろう。
おまえのことは英雄ぽくないと思っていたが、評価を改めようではないか。
その証に、我の本当の姿を見せてやる」
「アイエッ!?」
褒めると言った直後に全力出す宣言とはヒドい話である。もはやこれまでと判断した光己は「敵」が本当の姿とやらになる前に先制攻撃すべきかとも思ったが、味方がまだ準備ができていなかったので自重せざるを得なかった。
「罪なるかな、
罪とは願い。咎とは祈り。悪とは夢。
古き哲人はその本質を知り得た。願望こそが醜悪なる怪物の正体なのだと。
そして女神は与えた! すべての願いが叶わなくなる果実を!」
その間に少女の全身から赤と黒の炎が噴き上がり、ついで少女自身の姿が変貌していく。全体にやや活動的な印象になり、身にまとっていたケイオスタイドが黒いミニスカワンピースと軽甲冑に変化した。両腕には鉤爪付きの籠手が現れ、背中には大きな灰色の羽翼が生えてくる。
しかしこれらは次なる大変化の予兆に過ぎなかった。
「さあ! 今こそ目覚めよ、太祖竜テュフォン!」
少女の全身がさらに激しく燃え上がり、巨大化していく。形状も根本的に変わっていき、口に出した通りドラゴンのような姿になった。
体長は50メートルほどか。前半身を直立させて二足歩行するタイプで、3つの首を持つ堂々たる黒い巨竜―――なのだが、どういうわけかその身体はどう見ても生物ではなくロボットのように思われた。特に前腕なんてロケットに酷似しているし。
「何ぞあれ!?」
光己が驚愕の声を上げると、トネリコが訳知り顔で説明してくれた。
「ああ、そういえばベリルが言っていましたね。ギリシャ異聞帯の神々はSFじみた宇宙船みたいだったと。人間に似せたアバターは作っていたそうですが」
「ほえー」
それならテュフォンがロボットなのは筋は通るが、すると彼女が今言った「願いが叶わなくなる果実」とは何なのだろうか。ロボの機能を狂わせる電磁波発生装置みたいなものなのだろうか?
今はサーヴァント化しているから、普通に魔術的な作用になるのだろうけれど。
「ところで彼女は今、『目覚めよ、太祖竜テュフォン』と言いました。この他者に呼びかけるような言い方からすると、もしかしたらあの少女はテュフォン自身のアバターではなく、『無常の果実』のアバターなのかも知れませんね」
「あー、そういえば真名も『テュフォン・エフェメロス』だったっけ」
それならば無常の果実は聖杯の逆の反願望機みたいなものだから、如意宝珠の持ち主をこれほど敵視するのも分かる。だからといってやることは変わらないが。
―――そう。竜モードがまだ戦闘には使いづらい今、巨大ロボを召喚できるようになったのはこの強大な敵ロボットと戦うために違いないのだ。
「うおおおお、なんかテンション上がってきたー!
みんな、ロボ出すから時間稼ぎ頼む。トネリコはもちろん相方お願い」
「よかろう。しかしマスターよ、別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」
「いや、構うから時間稼ぎって言ったんじゃないかなあ。お兄ちゃんが戦闘でこれだけやる気になるの珍しいし」
ドラコーとメリュジーヌは大怪獣ロボ相手の時間稼ぎを求められても、反発したり悲壮ぶったりする様子はまるでなかった。自分の強さによほど自信があるようだ。
もちろん慌てふためいている者もいるが。
「それより先輩、皆さん、テュフォンの口腔内に膨大な魔力反応が! ブレスが来ると思われますが」
「むう、せっかちな。じゃあまずマシュ、宝具お願い!」
「は、はい。『
その間にもテュフォンの魔力は高まり続け、やがて極限に達すると電光の嵐となってマシュが築いた白亜の城に降り注いだのだった。