部屋はそこそこの広さがあったが、カルデア勢全員が入って戦闘できるほどではない。それどころか先客の7騎だけでも狭く見えるくらいなので、中に知人がいるアルトリアとメドゥーサと小次郎の3人が先行することになった。
出番が来たと期待したモードレッドとティアマトは残念がったが、まあやむを得ないことだろう。いやイシュタルはティアマトの子孫に当たるが、人格が出ていないのでは順番を譲ってもらうほどの重みはない。メリュジーヌも生前千子村正と戦ったことがあるが同様である。
あとアタランテは生前メディアと仲間だったことがあるが、今は激しい運動を避けている身なので動かなかった。彼女を助命してほしいと思わなくはないが、カルデアのマスターはオケアノスでメディアがイアソンを魔神柱にした(?)ところを見ているから、仲間にするどころか近づくのも嫌がるだろうし。
ところでエミヤといえば冬木で会った守護者の姓もそうだったが、部屋の中の2人とは何か関係があるのだろうか?
―――そう。実は衛宮士郎とエミヤは同一人物で、エミヤは士郎が死後抑止の守護者になった存在なのだ。冬木にいた守護者キリツグの養子でもある。
守護者の仕事は大変にブラックなので親子そろって感情その他が摩耗しているのだが、エミヤの場合守護者になる原因になった
ゆえに士郎を発見したエミヤは後先構わず吶喊しており、今も一騎打ちしている最中だ。エミヤは戦闘方面では士郎の完全上位互換なので普通ならすぐ倒せるのだが、今の士郎は千子村正の力を受け取っているので逆に士郎優勢になっている。
「馬鹿な、なぜ私の方が押されている!? しかも貴様が干将莫邪でもカリバーンでもなく日本刀を使うとは」
「残念だったな! 人様の力を借りてる身だから『自分には負けられない』なんて言えないけど、おまえの思い通りにはさせてやらない。今のおまえが間違ってるのは明らかだからな」
「減らず口を!」
というのも、この2人が戦闘時に使う投影魔術は単に刀剣類をつくるだけのものではないからだ。かつてその剣を使った者の技術を再現するという反則芸まで持っており、士郎は村正が打った刀を使った剣豪の技を使って戦っているのである。
その剣豪の名は宮本武蔵、刀の銘は「明神切村正」という。つまり今の士郎の武力は村正の名作を持った宮本武蔵に匹敵するのだ。
強い使い手がいた剣のレパートリーがまだ少ない士郎にとって、憑依したのが村正だったことは本当に幸運だったといえよう。
士郎の幸運は彼を殺そうとしているエミヤにとっては不運であり、士郎がエミヤを煽るネタでもあるというわけだ。
「これはあれだな。おまえが守護者の仕事をサボって八つ当たりなんか始めたから、抑止力が怒って邪魔してるんじゃないか?」
士郎はこの街の状況を詳しくは知らないが、そもそも聖杯戦争自体が魔術師の私利私欲で開催される傍迷惑な儀式である。ましてマスターがいないサーヴァントだけの戦いだなんて怪しさてんこ盛りだ。
この地下道に漂う有害な濃霧の件も含めて、悪しき魂胆を持った魔術師による危険な企みと見て間違いあるまい。守護者たる者率先してこれを阻止しに行くべきなのに私怨を優先するとは何事か、という趣旨である。
……士郎の方もエミヤのことはあんまり好きじゃないので、彼がなぜ自分を殺そうとしているのか承知の上で煽っているのだった。
「余計な心配は要らん。今は有給中だ」
「それだと返り討ちに遭っても二階級特進にならないんじゃないか?」
「ほざけ!」
エミヤ視点では士郎は愚かな理想に固執している未熟な若造で、そんな黒歴史に軽口を連発された上になかなか倒せないときては冷静さを保つのは難しいだろう。額に何本も青筋を立てつつ、さらに力をこめて激しく斬りかかる。
しかし二刀が一刀に勝るとは限らない。士郎がエミヤの剣を防いでいる動きが崩れる様子はなかった。どうやら勝負はすぐには終わらないようである。
士郎とエミヤが2人の世界に入っているので、凛と桜がクー・フーリンとメディアと呪腕のハサンの3騎と戦うことになる。凛は素手で桜は槍を持っているので、桜がクー・フーリンと対峙しつつ、凛が遊撃で
凛&桜は人数は少ないがイシュタルやパールヴァティーは高位の神霊だから十分補える……と思いきや。神霊はサーヴァント化するとたいてい弱体化する上に、クー・フーリンはいかにも兇悍そうな風貌の通り恐るべき剛腕の持ち主でむしろ劣勢に追い込まれていた。
「強い……! 姉さん、このままじゃやられる」
「分かってるてば! このこのこのっ!!」
凛が敵3騎に指を向け、ガンドをシャワーのように撃ちまくる。
弱体化しているとはいえ「金星の女神」が「アベレージワン」に憑依しているだけあってその威力は素晴らしく、クー・フーリンの牽制を果たした上でメディアとハサンが攻勢に出てくるのも封じていた。
しかしその分魔力の消費は大きく、長時間は続けられない。メディアはそれを見切っており、防戦に徹して凛が疲れるのを待っていた。
「どこの英霊が憑依してるのか知らないけど、大した威力と速さね。でもいつまで保つかしら?」
「くっ、余裕ぶってからに……」
凛もメディアの思惑は理解しつつ、といって手を抜いたら桜を集中攻撃されて負けかねない。メディアは武術の心得がないことは知っているから接近戦に持ち込めば倒せるのだが、向こうもそれを知っていて間合いを調整しているので近づけずにいるのだった。
「お互い手の内を知ってるってのは面倒ね。こっちだけ知ってて向こうは忘れてるってのがベストなのに」
まあそんな都合のいい話はそうそうないということだろう。
こうなると士郎がエミヤを倒して加勢してくれるのを期待したいところだが、肩書きだけ見るなら半人前の魔術使いに刀鍛冶が憑依しているだけの者が抑止の守護者を1対1で抑えているわけだから高望みはできなかった。
実態はむしろエミヤの方が健闘しているというレベルなのだが、それを凛が知ったら「さっさと決着つけて手伝いなさいよこの宿六!」などと各方面にケンカを売るような咆哮をあげていたかも知れない。
―――しかし横槍が入れば流れは変わる。凛がそろそろ一休みしないとマズいと思い始めた時、最初に部屋に入ったメドゥーサが声もかけずに得物の釘剣をクー・フーリンの顔面めがけて投げつけたのだ。
「チッ、ただのはぐれと思ったが違うのか!?」
クー・フーリンは釘剣は槍で軽く弾いたが、闖入者の意図は解しかねた。いきなり自分を狙ったのは何者にどういう意図があってのことか!?
「それとも赤の陣営とやらにここのことが漏れたのか!? まあいい。テメエが何者なのか白状するなら、敵になった3人の代わりになるチャンスくらいはやらんでもねえぞ」
この台詞から解釈するに、クー・フーリンはメドゥーサのことを知らないようだ。
なおこの姿のクー・フーリンは非常に好戦的かつ残虐な性格で、本来なら自分に剣を向けた者は
自分が圧倒的強者で相手の生殺与奪を好きにできると信じているからこその判断だろうが、この行為はメドゥーサに違和感を覚えさせただけだった。
(赤の陣営……? 初めて聞く言葉ですね)
何か変な暗示を仕込まれているようだ。誰の仕業なのか?
「まあどうでもいいです。見たところ貴方が1番強そうですし、初手全力で行きますよ。
魔眼キュベレイ、解放!!」
かの有名な、ゴルゴンの石化の力の封印を解いたのだ。その眼を見てしまった者は対魔力が低ければ伝説通り石になり、高くても「重圧」のデバフを受ける強力な代物である。
カルデアとしてはまず7騎のスタンスを確認して、魔霧計画に反対している側の味方をするべきなのだが、メドゥーサはそういうことより桜の命が優先なので彼女と戦っている危険そうな奴にアンブッシュからの全力攻撃となったのだった。
「ぐっ!?」
メドゥーサの正体を知らなければ、魔眼による攻撃を避けるのは不可能に近い。彼女と目を合わせてしまったクー・フーリンの動きが鈍くなり苦しげに呻く。
しかしそれはほんの一瞬のことで、メドゥーサが次の攻撃に移る前に「重圧」を破ってしまった。
「強い!?」
「え、もしかしてライダー!?」
「良かった、私のことを覚えていてくれたのですね。
とりあえず下がって仕切り直しましょう」
しかし一瞬だけでも時間を稼げたのは無駄ではなかった。元マスターにあの頃の呼び方で呼んでもらえたことに懐かしさを覚えつつ、まだ落ち着かない様子の少女を促して間合いを広げることができたのだから。
そしてアルトリアと小次郎までが部屋に入ってきたら、凛とメディアとハサン、士郎とエミヤも闖入者はただの迷い人ではなく何らかの目的を持った集団と判断せざるを得ない。3人の意図を見極めるために同様に後ろに跳んだ。
「ライダーにセイバーにアサシン!? 本格的にあの聖杯戦争めいてきたけどどういうこと!?」
凛のこの質問は
「さて、それは私には何とも。
このメンツが揃ったのは、連鎖召喚か縁召喚によるものではないかと」
魔霧が勝手に召喚したのであればゾォルケンとアルトリア自身から始まる連鎖召喚、メディアが何かやらかしたのであれば縁召喚だろうという意味である。
そういえば「魔霧」と聞いた時に「間桐」を連想したが、まさか臓硯が黒幕でその孫娘まで現れるとは思ってもいなかった。
「ただし私は別で、カルデアという団体からこの街の異変を解決、つまり魔霧計画を阻止し、ひいては全人類を守るために派遣されて来ています。
貴方がたは人類の敵か味方かどちらですか?」
アルトリアがモードレッドの時と違って先に自分のスタンスを明かしたのは、こう言えば(洗脳されていなければ)少なくとも士郎と凛と桜はこちらに付くと分かっているからだ。
エミヤはこの様子だと士郎と二者択一になりそうな気がする。メディアとハサン、あとクー・フーリンと思われるバーサーカーはまだ分からない。
そして最初に答えたのは、大方の予想通り士郎だった。
「ぜ、全人類!? いきなりそんなこと言われても困るけど、セイバーがそう言うんなら全力で手伝うぞ」
「ありがとうございます。シロウならそう言ってくれると確信していました」
別世界の自分のとはいえ元マスターが洗脳されていなかったことに一安心しつつアルトリアがそう答えると、凛もこちらに付いてくれた。
「そうね、嫌だって言ったら貴女まで敵に回しかねないし。
でも全人類のためっていうなら、それなりの対価はあっていいと思うけど?」
「私の今のマスターは砂金と宝石を山ほど持っている男です。言い値とまでは言えませんが、今の貴女に見合った報酬は出すと約束しましょう」
「OK、契約成立ね」
今の貴女とは、イシュタルの疑似サーヴァントになっている凛ということだ。当然報酬は人間の魔術師がもらう額よりずっと多くなるだろう。
ならば乗るしかない、このビッグオファーに!
え、元の世界に宝石は持って帰れないって? そんなことは分かってる、宝石をもらうという事実が重要なの!
しかし砂金と宝石を山ほど持っているとはどういう男なのだろう。大変興味があるのだが。
「え、えーと。ライダーはどう思う?」
「セイバーに付くべきかと。敵に回すのはNGですし、中立は両方に嫌われるものです」
「じゃ、じゃあ私もセイバーさん側に」
桜はまだ状況を理解しきれていなかったが、士郎と凛がセイバーに付いた以上メドゥーサへの問いかけは単なる義理立てに過ぎない。メドゥーサも今更クー・フーリンたちに付けなんて言うはずもなく、主従は秒でセイバー、いや士郎側に流れた。
「良かった、2人ともありがとうございます」
光己に確認を取る暇はなかったから無断で報酬を払う約束をしたが、後で回収できるのだから問題はあるまい。アルトリアは緒戦の戦果に満足した。
「ところで今のセイバーさんって私が知ってるセイバーさんより強いように見えるんですけど、今のマスターの方ってそれなりに強い魔術師なんですか?」
「いえ、マスターの能力の問題ではなく、カルデアのやり方が特殊なんですよ」
カルデア方式では本部から魔力を一括でマスターに送って、それを各サーヴァントに分配するという形になっているのでマスターの能力がサーヴァントの能力に影響しにくい。たとえばアルトリアの場合、立香のようなド素人がマスターでも通常の聖杯戦争で凛がマスターである時よりやや弱いという程度まで強くなる代わりに、光己のような超弩級魔力量持ちでも大して変わらないのだ。
竜モードアルビオンくらいまで突出すれば別だが……。
「ほらマスター、魔力供給ができるとこういう時に有効なんだよ」
一方部屋の外では、この会話をしっかり聞いていたマーリンがさっそく光己に講義を始めていた。
ここで光己が自分の魔力を追加でアルトリアに送れば大幅に強くなって、戦闘が有利になるというわけだ。
「ほむ……」
光己が素人だった頃は無理な芸当だが、今ならたいした負担もなく実行できる。学ぶべき価値がある技術と思えた。
カルデアの魔術礼装でも似たことはできるが、これは見えていないと使えないし、仮に使えても持続時間が短いので適切なタイミングが測れない。やはり自前の方が有効そうである。
「それに今やむを得ないこととはいえ我が王がちょっと独断専行したけど、念話ができればそういうことも防げるからね」
「なるほど……」
アルトリア、いや自分と契約しているサーヴァントたちが自分や人理に害をなす悪事を働くとは思わないが、だからといって報連相が要らないわけではない。マーリンの意見は正しかった。
それに使い魔スキルや疑似サーヴァントの話をした直後にそのモデルケースと遭遇するとは偶然を超えている。アラヤとガイアのメッセージかも知れない。
「そうだな、ここの仕事が終わったら真面目に検討してみるか。
ところで独断専行って何したの?」
「遠坂っていう子に報酬を要求されて承知したんだよ。
女神イシュタルの依代に選ばれた人の要求としては可愛いものだし、断ってヘソ曲げられたら一大事だからね」
「うーん、確かに」
イシュタルといえば美と豊穣の女神と称えられている麗しの女神様だが、具体的な所業は異様にヤバい。ぞんざいに扱って彼女が表に出て来たら実際大変だし、約束を反故にするのは避けた方が良さそうだ。
……というわけで、アルトリアの独断専行は(ダシにされるのと引き換えに)本人の知らない間に事後承諾してもらえたのだった。