アルトリアは士郎と凛と桜を味方に引き入れたが、エミヤたちがそれに続いて来ないところを見ると4騎は洗脳されているか、もしくはパラケルススのように自分の意志で魔霧計画に賛同していると思われた。
それでも今すぐ襲いかかって来ないのは、会話する意志はあるということか。もう少し情報を得ておきたいだけかも知れないが。
さしあたっては、エミヤたちに話をする気がある内にできるだけの話をしておくべきだろう。
「アーチャー、貴方はどうですか? 守護者、いえ単に1人の人間としてでも、魔霧計画には反対すべきだと思うのですが」
そこでまずあの聖杯戦争の時1番関わりが深かった人物に水を向けてみると、守護者の青年は苦々しげに口元をゆがめた。
「いや、小僧にも言ったが今は守護者は休暇中でね。
1人の人間としては、ギアスと妙な暗示をかけられていて自由に行動できないのだよ」
ギアスというのは聖杯による洗脳じみた精神支配ではなく、小次郎が受けたような人格には影響がないが行動は干渉されるということだろう。当然あり得ることだが、アルトリアは疑わしげな目を向けた。
「ふむ、前例は複数ありますが……本当ですか?」
「……本当だ。小僧と遠坂と桜が干渉を免れたのは、疑似サーヴァントである上に、そのサーヴァントの人格が表に出ず引っ込んだのがたまたま良い方向に働いたのだろう」
するとエミヤはついっと目をそらしたが、前言を翻しはしなかった。
なお憑依したサーヴァント3騎はギアス対策で引っ込んだのではなく恋愛事情を察してのことだろうとエミヤは邪推していたが、それを口に出さない程度の自制心は残っていたようだ。
もしくは士郎たちの方が憑依した3騎よりこの特異点に知人が多い分表面に出やすかったからという線もあるし。
「……なるほど」
アルトリアとしては士郎たち=英雄でもない学生3人が無事だったのに、それより精神力は強いと思われる成人の通常サーヴァントであるエミヤたちがむざむざ干渉を受けたというのも不審だったのだが、疑似サーヴァントなのが逆に良かったという解釈は納得できないものではなかった。これは信じて良さそうだ。
「で、妙な暗示というのは?」
「何故か知らんが、我々は聖杯大戦とかいうチーム戦の同僚なのだそうだ。
詳しいことはそこのキャスターに聞くがいい」
エミヤはギアスと暗示をかけた者=首謀者の正体をバラす程度の自由は持っていたようだ。
アルトリアがメディアに顔を向けると、紫衣の魔女はネタばらしされたのは平気だったらしくフフンと薄く嗤った。
「ええ。魔霧の性質を利用すれば、サーヴァントを召喚するのも維持するのもあの時よりずっと楽だったわ。
とはいえ何の秩序もなしに大勢を操るのは面倒だから、今アーチャーが言った聖杯大戦の形式を一部術式に仕込んだのよ」
「その聖杯大戦とは?」
知る必要まではないかも知れないが興味は湧いたのでアルトリアが訊ねてみると、メディアはわりと饒舌に語ってくれた。
「冬木の地から奪われた大聖杯の争奪戦としてルーマニアで西暦2000年……今より未来のことだけど、サーヴァントには関係ないわね。ともかくルーマニアのトゥリファスで開催された、14人のマスターと14騎のサーヴァントが『黒』と『赤』の陣営に分かれて戦った聖杯戦争よ」
「14人と14騎……冬木式の倍ですね」
「ええ。『黒』は大聖杯を入手したユグドミレニア家一党、『赤』は彼らを討伐しようとした魔術協会側の魔術師たちよ。
最終的には、大聖杯はどちらの手にも渡らず失われた……らしいわね」
メディアは結末の詳細までは知らないようだ。むしろ数字や固有名詞がこれだけ出て来たことを褒めるべきだろう。あるいは誰か経験者に聞いたのかも知れない。
「この部屋にいたサーヴァントが私を入れると7騎だったのはそういうわけよ。
6騎中3騎に離反されたのは計算外だったけどね。
戦わ
ただ反省する気があるというのは、4対6でも勝つつもりでいるということでもあるが。それとも逃走だろうか。
「……で、私が組んだ術式では『黒』が今聖杯を持っている私たち、『赤』が聖杯を奪いに来た貴女たちカルデアという図式よ。よくできてるでしょう?」
「……! 貴女、最初からカルデアのことを知って……!?」
アルトリアがはっと表情を改める。しかも「聖杯を持っている」というのは、メディアが魔霧計画に属しているということになるが!?
「ええ、それはもう。私はあの男に、魔術師として敗れてしまったから。
神の血を引き、月の女神に魔術を習った神代の魔女でありながら、生物としては純人間であるあの男に、ね。
……フフ。幼い頃の私なら貴女たちに『星を集めなさい』なんて言うかも知れないけど、私は言わない。何故なら、サーヴァントが何人群れてもあの男には勝てないのだから」
「……!」
なんと、メディアはゲーティアと対面し戦って敗北したから従っているというのだ。アルトリアは大いに驚いたが、この話はドラコーが言っていたこととも符合する。
ならばここで「勝つ方法がある。勝った実例もある」と言えばメディアはこちらに付くだろうか? いや万が一その「勝つ方法」をゲーティアに通報されたら最後だから、ここは知らないフリを貫くべきだ。
「貴女ほどの大魔術師がそこまで言いますか。人理焼却なんて大それたことを始めただけのことはある、ということでしょうか」
「そうね。それと私が何故ここまでペラペラ長話してたか、だけど」
「!!」
やはりメディアはただの気まぐれやお人好しで喋っていたのではなく、何か理由があってのことのようだ。
ギアスや暗示の気配は感じないが、何をもくろんでいるのか!?
「―――抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
「……サーヴァント召喚の呪文!」
その疑問はすぐ解けた。長話は、士郎たちを失った分の補充をするための時間稼ぎだったのだ。
大魔術師が魔霧や特殊な術式を使うという条件下でも、1度に6騎を召喚するというのは負担が大きかったのだろう。それで疲れたから士郎たちと戦っている間は追加召喚せずにいたが、人数的に不利になったのでやむを得ず実行したというあたりか。
「そちらは扉の外にまだ何人かいるみたいだしね。
でもお生憎さま。さっき言ったけどこの術式は聖杯大戦を模してるから、どちらの陣営も戦闘に参加できるのは7騎までよ」
これもメディアが聖杯大戦をモチーフにした理由の1つである。カルデア側に何人のサーヴァントがいようと、同時に参戦できる人数に上限があるなら各個撃破できるのだ。
ただこの部屋は合計14人が戦うには狭すぎるが、これも解決策はちゃんとある。実はメディアから見て左側、アルトリア視点では右側の壁の向こうは空き部屋になっており、壁を壊せば2部屋がつながって戦場の広さが倍になるのだ。
メディアが片手をかざして魔力弾を何発か放つと壁はあっさり崩れ、しかもその向こうの部屋には今メディアが召喚した3騎がすでにスタンバイしていた。
「周到な!」
「フフッ。貴女たちはあの男どころか私にさえ敵わずに退場するのよ。
現世からかこの地下道からかは選ばせてあげてもいいけどね」
これはアルトリアたちが撤退するなら追わないという意味だ。真偽のほどは全くさだかでなく、単に余裕を見せただけと解するべきだろう。
「何をバカな……」
なのでアルトリアもメディアの言葉を真に受けたりせず、口調で嫌悪感を示しただけだった。
ところでギアスと暗示がメディアの術式によるものなら、彼女の宝具で解除できそうである。実物を奪わなくても、士郎が投影すれば手に入るし。
しかしメディアもそれは分かっているはずだから、思い切り役に立つ一発逆転な状況にでもならない限り出さないだろう。あまり期待しない方が良さそうだ。
というか「
これはリベンジせねばなるまい。
「復讐の時は来た。性悪魔術師殺すべし慈悲はない!」
「……は!?」
アルトリアが突然怒りもあらわに魔力を高め出したので、メディアは一瞬ぽかんとしてしまった。
確かに挑発的な台詞だったが、本気で激昂するほどのものじゃなかったと思うのだが……。
「えと、貴女何がそんなに気に障ったのかしら?」
「とぼけたことを。貴女があの宝具で私に何をして、いえその後貴女がしたことを忘れたとは言わせませんよ」
「いきなり何の話? というかそれを言うなら、私が一方的に負けた記憶もあるんですけど!?」
「関係ありません。私は貴女をボコる、ただそれだけです!」
メディアは強硬に抗議したが、怒れる騎士王はまったく取り合ってくれなかった。メディアがそこまで酷いことをしたのか、それともアルトリアが怒りっぽいだけなのかは不明である。
アルトリアに好意的な解釈をするなら、メディアに「破戒すべき全ての符」を出させるために、それを嫌悪しているさまをあえて見せているという線だが、アルトリアの性格から見て可能性は低そうだ。
「吠えろよ私の
「誰が老魔女よっ!?」
黒魔女とか邪魔女ならともかく、老魔女と言われてはメディアも黙っていられなかったようだが、アルトリアはやはり無視した。
「自慢の拳をォッ!!!」
そして突き出したパンチの先から強烈な魔力弾を放つ。
飛び道具なら風王鉄槌の方が早いのにわざわざ普段使わない(オルタはわりとよく使っているが)魔力弾を使ったのは、おそらく武器を用いず自分自身の力でやりたかったからであろう。もしくは大将をいきなり狙うという難易度の高い攻撃を当てるために、敵にとって予想外と思われる技を選んだのかも知れない。
(拳って何!?)
実際メディアは虚を突かれて反応が遅れたが、実戦経験豊かな戦士たちは甘くなかった。エミヤが素早くメディアの前に移動し、掌を前にかざす。
「
それでもタイミングはぎりぎりだったが、7枚羽の盾を展開するのはどうにか間に合った。弾と盾が衝突して激しい爆音が響き、羽が1枚砕けて破片が飛び散る。
「むう、防がれましたか。しかしアーチャー、キャスターとは性格的にも合わないと思うのですが熱心なことですね」
「さっきも言ったが、単に縛られているだけなんだがね。
しかし宝具ではないただの魔力弾で、1枚とはいえこの盾の羽を割るとはな。小僧と契約していた時とは違うということか」
エミヤはアルトリアの力を褒めつつ、忌まわしき黒歴史への皮肉を混ぜるのも忘れていなかった。士郎が一瞬眉をひくつかせたのを見て先ほど煽られた溜飲を下げる。
ともかくこれで双方話すこととやることに一段落ついたので、戦いは第2ラウンドに入ったのだった。
そして部屋の外では、室内の会話を聞いていたモードレッドが俄然やる気を高めていた。
「聖杯大戦を模しただと……? ならオレが行くしかねえよなあ!」
何しろ「赤」のセイバーだった上に、父上がすでに参戦しているのだから行かない理由がない。勇躍、剣を抜いて室内に躍り込む。
「あ、ずるい。わたしも行く」
そうなるとティアマトも黙ってはいられない。モードレッドに続いて部屋に入ろうとしたが、扉をくぐろうとしたところで見えない壁に阻まれる。
メディアの言葉に嘘はなかったようだ。
「あ、本当に入れない……。
でもこれしきの障壁で止まるものか。母の愛を舐めるな」
魔術の破戒とか小難しいことはしていられない。力ずくで突破すべくティアマトが拳を振り上げると、ドラコーが慌てて止めに入った。
「待て待て、敵のキャスターは相当な達人の上にゲーティアと関わりがある様子。貴様が姿を見せるのは好ましくない」
「でも7対7を強制され続けるのなら、たとえ勝てても無傷では済まないぞ」
両者の言い分は共に正しく、どうしたものかと向かい合って首をひねる。そうしている間にも戦いは続いているから結論は早く出したいのだが、単純な二者択一だけに簡単には決まらない……というのは情報不足によるもので、ここで中に入れるかも知れない者が1名手を挙げた。
「では私が試してみましょうか」
聖杯大戦で監督役と「赤」のマスターを兼任していた「シロウ・コトミネ」こと天草四郎である。大戦の関係者かつ参戦サーヴァント以外の役柄を持っていた者なら、障壁の識別機能をごまかせる可能性はあると考えたのだった。
障壁には攻撃的な術式は仕込まれていないようなので、試すだけのために体を張る必要はないし。
「……? 障壁を破る礼装でも持ってるの?」
「いえ、私こう見えて聖杯大戦では監督役とマスターを兼任してまして。もしかしたらその伝手で入れてもらえるんじゃないかなと」
「……それは兼任していいものなのか?」
「ええ、稀によくあることですよ」
「……そういうものなの?」
ティアマトとドラコーは完全に納得はしなかったが、天草が入れても入れなくても損はない。脇にどいて通してやると、天草はそのまますたすたと歩いて行って―――なんと、あっさり扉を通り抜けてしまった。
「わ、本当に入れた」
術式が精緻すぎて逆に仇になったようである。
これなら他にも入れる者がいるのではないか? ティアマトがそう言って呼びかけると、シェイクスピアが光己の前に進み出た。
「シェイクスピアさんが入るんですか?」
「いや吾輩ではありません。ジャンヌ・ダルクなら入れるのではないかと愚考した次第で」
それはちゃんとした根拠がある提案だったが、カルデアのマスターが何故彼女を引っ込めているのか知った上での行動なのが彼の性格を如実に表していた……。
何しろその内心は(
「え、お姉ちゃんがですか?」
「おや、聞いていませんでしたか。実は彼女、聖杯大戦ではルーラーとして裁定役を務めていたのです。つまり天草同様、関係者でありながら『7騎』の枠外なのですな」
「へえー」
「では吾輩はこれにて。
あ、ジャンヌ・ダルクには吾輩が提案したことは内密にお願いしますぞ」
「え……あー、はい」
シェイクスピアが言いたいことを言い終えるとそそくさと引っ込んだのはまあ今更として、これは光己にとって悩ましい問題である。当人は何も気にしないのは分かっているが、弟としてはそうはいかないわけで。
しかしドラコーとティアマトの意見ももっともだ。リーダーとしては、戦力の逐次投入になりかねない方針は避けねばならぬ。
「仕方ない、この戦いだけ呼ぶことにするか……」
なのでこういう結論に至った光己は「蔵」から「白夜」を取り出すと、頭上に掲げて召喚の呪文を高らかに詠唱した。
「出でよ、我がお姉ちゃんとオルタ!」
ジャンヌオルタまで入れる可能性はさすがに低いが、ダメ元というやつである。
なおシェイクスピアはオルタの存在を聞いてはいたが本当に一言だけだったので、知り合いに続いて肌の色と雰囲気以外はそっくりな人物が水着姿で現れたのには心底驚いた。
その上ジャンヌは彼が知っている彼女より6割くらい強そうに見えたので、迂闊にもしゃっくりめいた驚声を漏らしてしまう。
「んひゃぉぉぉっ!? ジャンヌ・ダルクが2人!?」
するとジャンヌもその驚声に気づいて、ギロリとそちらに鋭い視線を向けた。
「おや、まさかあの人の神経を逆撫でするのが趣味の上に何事も他人事な劇作家がいるとは驚きました。
今度悪口雑言をばらまいたらその舌を引っこ抜きますから覚えておいて下さいね」
ジャンヌは
もっともシェイクスピアはジャンヌを狂人呼ばわりしたのをはじめ罵倒の限りを尽くしたから狂気的反応を返されても仕方ないのだが、史実のジャンヌはあのイカサマまみれの異端審問を何ヶ月も凌いだ件だけでも、ただの狂人や猪武者ではなく高い知性と胆力を兼ね備えた人物だったと思われる。
「…………アッハイ」
そしてさすがのシェイクスピアも、パワーだけでなくアグレッシブさも6割増しのジャンヌと謎のクリソツ娘の2人を前にしてはこう答えるしかなかったようだ。
それはともかくジャンヌズとしては、周りを見るに特異点修正はまだ終わっていないどころか怪しい霧が漂っている上に戦闘の気配までするので、まずは事情を聞かねばならない。マスターからそれを聞き終えると、2人は当然のように出撃を了承した。
「分かりました。マスターの心遣いには感謝していますが、そういうことなら遠慮は要りませんよ」
「そうね、戦いは数だよっていう名言もあるくらいだし」
まあ部屋に入れたのはジャンヌだけでオルタは弾かれたのだが、オルタの誕生の経緯を知っているトネリコがそれに合わせた偽装の魔術をかけると入ることができた。
これで10対7になったからかなり有利である。光己もドラコーもティアマトもひとまず納得して、戦いの行方を見守ることにしたのだった。