イリヤと凛とメディアの話が一区切りついたので、凛とバゼットと天草とジャンヌはいよいよ綺礼との戦闘を開始したが、イリヤは両陣営から中立を承認されたので今は安全である。イリヤはそれをきっちり確認した上で、アストルフォと必死で戦っている桜の方に顔を向けた。
そして残酷というか悪戯っぽいというか、といって100%悪意ではなく4割くらいは善意と仲間意識で構成された微妙な笑みを浮かべる。
「サクラ! 実は(私がいた世界では)シロウは私とくっついちゃったの!
ごめんね、何年も恋焦がれてた人を横取りしちゃって」
戦闘中だというのにひどいカミングアウトである。しかも今の言葉にはフレイヤの権能の応用で普段の30倍(当社比)の煽り力がこもっていた上に、「私がいた世界では」のくだりだけは口の外に出ない程度の小声だったため、桜は一瞬で沸騰した。
「え、な、何ですって!?
せ、先輩は私だけの味方になってくれたはずなのに、それを私が知らない内に寝取ってたというんですか? こ、この泥棒猫ぉぉぉ!!」
どうやら桜は元いた世界では士郎と恋人関係になっていたらしい。それなら怒るのは当然なのだが、彼女の場合それだけでは済まない。というのも桜は間桐臓硯の手で「
というか彼女が経験した聖杯戦争では実際に「マキリの杯」になっており、その時は姉たちの尽力で元に戻れはしたのだが……。
「許せない許せない許せない……」
桜の顔色が青ざめ、髪は色が抜けて白くなり、眼も血のように赤く染まっていく。
雰囲気も一変し、まるで暗く淀んだ闇そのもののように見える。
「許せないいぃっ!!!!」
このたびは恋人を寝取られた(と桜は思った)せいで再発したのだった。
ただしそれだけの理由ではなく、すぐそばに「心臓に銃弾を受けたが、汚染された聖杯の泥が心臓になって蘇生した」上に、「宝具名にアンリマユが入っている」人物がいたからでもある。つまり桜がマキリの杯になるのは
……よって、今の桜は契約した光己からだけではなく、綺礼からも大量の魔力を奪うことになる。
「ぐおおおおっ!? ま、魔力が吸い取られている!?」
「ちょ、イリヤ!? 俺はおまえとくっついた覚えはないし、桜だけの味方になった覚えもない……っていうか桜はいったいどうなったんだ!?」
「な、ななな何を考えているのですかイリヤスフィール!」
「まあまあ見てなさいって」
綺礼が突然のドレインに驚いたり士郎が身に覚えのないカミングアウトに驚いたりメドゥーサが元マスターの黒化に驚いたりするのをよそに、仕掛け人のイリヤはまったく平気な顔をしていた。
今まさに桜が殺しに行こうとしているのに何故か? その理由はすぐ判明した。アストルフォが桜の後ろから槍で心臓を突いたのだ。
「!!」
槍の穂先が桜の胸元から突き出ている。これはサーヴァントでも致命傷だろう。
まさかイリヤは恋仇を敵の手で抹殺しようとしたのか? いや仮にそうだとしても、恋人の目の前でやるのはリスクがある。イリヤはそこまで考え無しではないはずだが……。
―――実際その通りで、アストルフォが何かを察したのか槍を引いて自分も数歩下がると、桜は倒れるどころか傷口が何事もなかったかのようにふさがってしまった。やはり桜を殺すつもりではなかったようだ。
ただしこの再生は無償ではなく大量の魔力が必要で、現在は綺礼持ちである。契約を切られて魔力補充ができない綺礼はその支払い負担で顔も心も思い切り青ざめた。
「ぐうううっ……こ、これは間桐桜に魔力を奪われているのか!? 事情は分からんが早急に対処しないと危険だな」
つまりこれがイリヤの真の狙いだったのだろうか? 当人が沈黙しているので正否はまだ不明である。
仮にそうだったとしても、それを口にしたら「中立」と言ったのが嘘になるので言うわけはないのだが。
「邪魔するにしても、後ろから心臓を刺すなんて酷いじゃないですか。貴方から先に食べてあげます」
一方桜は先にアストルフォを始末するべく、回れ右して襲いかかった。
ところで綺礼はギアスと暗示を受けていないのでメディアの味方をする動機はないのだが、寝返るのは無理だし無抵抗で殺されるのも趣味ではない。抗えるだけ抗うのが生物として自然な姿であろうから、全力で立ち向かうことにする。
ただメディアは持久戦を望んでいたようだが、この状況では速攻で決めないと魔力切れで終わってしまう。
「先の見通しはないが、仕方あるまい。『
「ええ、そちらはそうするしかないでしょうね。でも私の宝具が
綺礼は当然の備えとして、宝具開帳の準備中に妨害されて失敗しない程度の身の守りはしていたが、残念ながらバゼットのインタラプトはそういうもので防げるレベルではなかった。何しろ「敵が切り札を使った時、その後で放った自分の攻撃が敵が切り札を使う前に命中した」という結果を作り出すイカサマ宝具なのだから。
ただしこのイカサマ宝具で敵が死亡もしくは行動不能にならなければ敵の切り札はそのまま使用されるのだが、ビームで心臓を貫く攻撃なのでたいていの敵は倒せる。実際胸に風穴を開けられた綺礼は宝具開帳に失敗し、苦しげに片膝をついていた。
……が、死亡してはいなかった。見ればペースは桜より遅いが、傷が徐々に治っていっているではないか!
「このおぞましい魔力……さてはアンタ、あの聖杯の泥を浴びるか何かしたわね」
凛はさすがに察しが良く、しかも追撃のチャンスなのにも気づいて一気に畳みかけに向かう。しかしハサンがこちらも素早い反応で短刀を連続で投げてきたため、凛も他の3人もいったん後ろに下がることを強いられた。
その間に綺礼が立ち上がり、どうにか戦闘を続行できる程度にまで回復する。
「……ああ、望んでのことではなかったがね。
しかし仮にも主に仕える者が異教の悪魔に2度も命を救われるとはな。世の中とは皮肉なものだ」
「じゃあ今度こそその皮と肉、再生不能になるまでぎったぎたのミンチにして……いえ、あのウザいアサシンが先かしら」
ハサンは今は牽制に徹しているが、隙を見せたらいつ宝具を使ってくるか知れたものではない。しかし今なら綺礼は傷がまだ治り切っていないし、メディアも疲れ果てていて大したことはできないだろうから、シバいておく絶好のチャンスだ。
ちょうどいいアイテムも手元にあることだし。
「よし、そうと決めたら善は急げよ。まず『
つまり「破却宣言」のページを自身の周囲に配置して盾にしてから、自分の宝具で攻撃するという二段構えの大技だ。
出現したスクーターに凛が飛び乗って浮かび上がる。空中でくるくるターンを決めながら、虹色の破壊光線をばらまいた。
「む、これは面妖な!?」
「ちょ、何あれ!?」
「よく分からんが威力はあるみたいだぞ」
凛の攻撃目標はハサンだが、破壊光線はエイミングはいたって雑なので近くにいたメディアとイアソンも巻き込まれていた。いや初めからそのつもりだったのかも知れない。
3人とも数発くらって負傷したが、破壊光線は1本1本はそこまで強くないので
すると短刀はページを突き破ってスクーターに命中したが、スクーターは掠り傷1つつかなかった。
「ほーっほほほ! スクーターの形はしてても、コレは天舟マアンナの一部なのよ。そんなチャチな武器が効くわけないでしょ、無駄骨ご苦労様!」
今まで何度も邪魔されてきた鬱憤を晴らすべく、ここぞとばかりに高笑いして煽る凛。
しかし彼女もそれなりに戦闘経験はある身なので、ストレス解消にうつつを抜かしているわけではなく思惑もちゃんとある。まず固まっていては不利と考えたイアソンがメディアを抱えて離れた、つまりハサンから離れたのでそちらを主目標にした。
すると恨みがあるはずのハサンに破壊光線が行かなくなるわけだが、もちろんそれには理由がある。その直後、あらかじめアイコンタクトを受けていたバゼットがハサンの懐まで一瞬にして滑り込んだのがそれだ。
つまりハサンの注意力を空中にいる自分に向けておいて、その分警戒がおろそかになった地上から奇襲するという策なのだった。
「しまっ……」
「ワンツー、せぇいッ!」
バゼットのボクシング風3連コンビネーションブローがハサンの脇腹と顔面にヒットする。思わぬ痛撃に後ろによろめくハサン。
「ぐうっ……だがこの程度で!」
しかし何とか後足で踏ん張ると同時に、その長い右腕を横に大きく振り回してバゼットの視界の外から側頭部を狙ったフックを放つ。ところがバゼットはさらに踏み込んできて、ほぼゼロ距離からのショートアッパーをまた脇腹に打ち込んできた。
「ぐっ……この威力は!?」
ハサンの体が浮き上がり、フックが空振りに終わる。そこにバゼットが渾身の、まさに稲妻のような右ストレートをハサンの胸板に叩きつけた。
「ごっはぁ!?」
ハサンが吹っ飛び、壁に背中をぶつけて床にずり落ちる。
意識はあるがグロッキーで、立ち上がろうとしてはいるがその動きは鈍い。宝具でも何でもないただのパンチなのに、相当な威力があったようだ。
つまりとどめを刺すチャンスだが、凛はそれを止めた。
「待って、深入りは危険よ。私の宝具がもう時間切れだし」
2つ同時に使っている分、持続時間は短いのだ。凛はスクーターを消してそのまま床に降りたが、ページは消えるに任せてしまってはもったいない。有効利用せねば。
「行きなさい!」
飛ばす先はハサン、と見せかけてエミヤだ。獲物を襲う蜂の群れのように、赤い弓兵の斜め上から殺到する。
「士郎を殺しても守護者は辞職できないのは分かってるでしょ。そろそろ意地張るのは止めなさい!」
「地獄に落ちろ元マスター!」
凛の極めて真っ当な叱咤に、エミヤは罵倒を以て答えた。
エミヤがギアスと暗示を受けているのは事実で、言わばそれを大義名分にして未熟な黒歴史に八つ当たりするのを正当化していたわけだが、その大義名分を失ってはこの状況で八つ当たりを続けるのは難しい。
といってページを斬り落とそうとすればその隙を士郎に突かれるのは必定であり、どうしたものだろうか?
「これが究極の二択というやつか!? ええい、仕方がない!」
エミヤは一瞬の懊悩の後、多少の被害は覚悟してページを撃墜する方を選んだ。しかしその直後、悲痛な哀願の声が耳を打つ。
「やめてアーチャー! 私の士郎を殺さないで」
「ぐっはぁ!?」
姉でもある幼女にこんなことを言われては、根がお人好しのエミヤが平静を保てるはずもない。思わず金縛りになった全身にページがわらわらと貼りつく。
ギアスと暗示を破戒されるのが苦しいのか、エミヤは激しくもだえてうずくまった。
「ぐおおおおおお!」
「これは酷い……私よりあの娘の方がよほど魔女よね」
「見た目は悪い子じゃなさそうなのになあ」
その哀れな姿、いやイリヤのえげつなさにメディアとイアソンはドン引きであった……。
一方夢の魔女は手を打って面白がっていたが。
「あっははは、面白い子だねえ。いろんな意味で逸材だよ。将ら……いや、何でもない」
ただ何故か途中から尻すぼみになり、露骨に話題を変えた。
「ああ、そうそう。実はあのイリヤと綺礼が、さっき言った『1人の依代に神霊を含む3騎が憑依して、しかも人格は依代ベース』の例なんだよ。まさかここに2人とも出てくるとは思わなかった」
「へえー」
噂をすれば影とはこのことか。世の中って意外に狭いのかも知れない。
「それでマーリンさん、間桐さんのあの変貌はいったい?」
「そうだねえ。菩薩でも修羅でもなく悪魔になる、いやさせられるとはこの海のマーリンの目をもってしても……なんて冗談は置いといて、多分あの娘も汚染された聖杯のカケラか何かを仕込まれてるんじゃないかな。それが怒りで活性化してああなったんだと思うよ」
「ほむ……。
それで、間桐さんは元に戻るの? 仮に『
「うん、そこが問題だね。メディアを倒してから『あれは嘘だった』なんて言っても聞く耳持たないだろうし、何を考えてるのやら」
面白半分でかき回して遊んでるだけとは思えないが、かといって自分を犠牲にしてという風にも見えない。士郎に説得してもらうとかそういう方向か? 桜のあの様子では難しそうだが。
「見た感じ、間桐嬢のあの黒い服の攻撃はサーヴァントにとって猛毒みたいに危険だから、取り押さえるのも簡単じゃなさそうだしね。
キミがハルペーで殴って分からせるっていう手もあるけど」
「メドゥーサさんがブチ切れそうな案だなあ……」
ハルペーは不死系の復元スキルを無効化する効果を持っているから桜の再生能力を封じることはできそうだが、ペルセウスがメドゥーサを殺す時に使った剣でもある。それで桜をシバくというのはまあ、何らかの事情でメドゥーサが退去になった後の話だろう。
なお光己もマーリンも桜の攻撃で光己が殺されるという心配をしていないのは、アルビオンの身体が再生されたことで無敵アーマーが強化されて、光・闇・対界等々の属性への完全な耐性を得たからだ。アルビオン・ルシフェルの名に恥じない防御能力といえよう。
「でも間桐さん、どっちかというと弱くなったように見えるな」
桜の主な攻撃方法は服の袖や裾を伸ばして当てることのようだが、闇落ちしたらパールヴァティーの力が出てこなくなったのか、動作は明らかに遅くなっている。そのせいでせっかくのマーリンお墨付きの殺傷力が宝の持ち腐れになった上に、アストルフォの攻撃が当たる回数が増えてしまっているのだ。
「その傷の再生のために綺礼の魔力を奪っているみたいだから、それもイリヤの狙いの1つかも知れないね」
「代わりにジャンヌオルタとメドゥーサさんが置物になっちゃってるけど……」
ジャンヌオルタとメドゥーサも桜の危険性に気づいて距離を取ったので、アストルフォとの戦いに参加できなくなっていた。といってモードレッドの助太刀に回ると桜が「私を見捨てるんですか?」とか言い出しそうで怖いので、動くに動けないのである。
「ところでカルデアのマスターさん。貴方がもっとたくさん魔力をくれればエリア攻撃でこのめんどい騎士を一発で落とせるのに、なんで寄こしてくれないんです?
ケチな男性はモテませんよ?」
「ンな怖いことするかボケ!」
すると桜がドアの方に顔を向けてそんなことを言ってきたので、光己は思いっ切り買い言葉を、ただしヘタレにもドアの向こうには届かないような小声で返した。
まったく、こんなヤバそうな人と契約してること自体嫌なのに、追加サービスなんてとんでもない話である。
服が薄いからかちょっと動くだけで大きなおっぱいがぶるんぶるん揺れたり、攻撃する時はスカートの裾がほつれて太腿がチラチラ見えたりするサービスの良さは評価できるが。
「ま、まあまあ先輩。確かに間桐さんは失恋でやさぐれてらっしゃるでは済まない危険な状態に見えますが、それほど愛が深いとも言えるのですからそんなに怒らなくても。
魔力を送るべきかどうかは私には判断しかねますが……」
「おお、マシュはいい子だなあ……。
まあ俺は直接見えない場所にいる人にはうまく魔力送れないし、礼装の機能も使えないんだけどさ」
なのでどちらにせよ桜の要請には応えられないのだが、彼女が魔力さえあれば広域攻撃を繰り出せるのが分かったのはラッキーだったかも知れない。
「それはそれとして、衛宮はモテ男だという俺の見立ては正しかったな!
爆発するべきと言ったのは撤回してもいいけど」
「うん、こっちも意外だった。
でもこれで一気に優勢になったし、メディアはあの様子じゃ追加召喚は無理だろうからこのまま押し切れそうだね。
……間桐嬢がやらかさなければ」
「その時はイリヤさんが責任取って収めてくれる……といいなあ」
―――マーリンの分析は実際正しく、メディアもエミヤがページを浴びた時点でこの場での勝利を諦めていた。
しかし今なら後ろのドアから逃走できる。ただしハサンたちは置いて行くことになるので最悪全員カルデア側に取られてしまうから再戦しても勝ち目ゼロだし、イアソンに抱っこしてもらって2人で逃避行という形になるのも嫌すぎる。よって潔くこの場で果てることにした。
といっても今更魔術で立ち向かう気はなく、傷つき魔力も失ったのを逆手に取って今すぐ退去するだけである。契約しているサーヴァント全員を即時の道連れにして。
初めからそういう術式にしてあったのだ。メディア、イアソン、ハサン、ヴラド、アストルフォ、そしてヘラクレスとエミヤも金色の粒子となって消えていく。
想像もしていなかった展開に慌てた凛がメディアに事情を訊ねる。
「え、あ、ちょ、何これ、どういうこと!?」
「ほほっ、見ての通りよ。元サーヴァントを味方にできなくて残念だったわね。
私は負けたけど、代わりに妹さんとせいぜい仲良くするといいわ」
「むっきー、この年増め!」
何故か無性に腹が立った凛が悔し紛れに罵倒したが、メディアは今回はまったく意に介さなかった。
「ほーっほっほっほ、その顔が見たかったというやつね。これが『一矢報いた』って気分なのかしら。
じゃあさよなら。またいつか会いましょう」
「やれやれ、まあ斬られたり殴られたりして消えるよりはマシってことにしとくか」
「そうですな、私も治してもらえる見込みはなかったですし」
「む、これはどういうことだ!? 余がいるのに負けを認めるとは不埒な、次に会った時は覚悟しておくが良い」
「え、何これ!? ちょ、退去は別にいいけどボクの本返してー!」
「■■■■■…………」
「このタイミングで負けを認めるとはな。潔いというか中途半端というか……小僧と肩を並べて戦うハメにならずに済んだのがせめてもの幸運か」
こうしてメディア側のサーヴァントたちはそれぞれ思うところを吐露しながら退去していったが、アンリマユなサーヴァント2人はしっかり残っているのだった。
バゼットさんが戦闘参加しましたが、味方だとフラガラックって強すぎかも……?
もしカルデアに来るのなら原作通り月1個か、マナナンボーナスで月3個くらいにしないとパワーバランスが崩壊しそうですな。