士郎たちはゾォルケンがこんな大勢のサーヴァントを前にして恐れる様子がまるでないのが気がかりだったが、彼の人となりを知りたいという気持ちもあって、とりあえず彼の話を今しばらく聞いてみることにした。
バゼットの宝具「
またゾォルケンについての情報を持ち帰るのと冬木組に欠けている魔術的な支援をするために、トネリコと護衛の騎士たちが後ろに控えている。何でもトネリコは蟲が大嫌いだそうで、なので支援はバリバリやるが、直接攻撃はなるべくしたくないという意向だった。
さらに後ろに非戦闘員組が続いているが、彼らはよほどの事態にならない限り手出ししないことになっている。
「ロンドンのみの破壊では足りぬ。この時代を完全に破壊することで人理定礎を消去する。それこそが、我らが王の望みであり、我らが諦念の果てに掴むしかなかった行動でもある」
「時代を完全に破壊、だと……!?」
士郎たちはここに来るまでに人理焼却についてのあらましは聞いていたが、ゾォルケンもそのつもりでいるようだ。我らが王というのはおそらくゲーティアのことなのだろうし。
「そうだ。アングルボダは既に暴走状態へと移行している。都市に充満させた魔霧を真に活性化させるに足る、強力な英霊が、是より現界するだろう。
かの英霊の一撃により魔霧は真に勢いを得、世界を覆い尽くす。そして、すべてに終焉が充ちる」
「世界を覆い尽くす、だって!?」
魔霧はすでにロンドン全域に充満していると聞いたが、全世界にまで蔓延させるなんてことができるのだろうか。
いや間桐臓硯はそれなりに周到な人物だったから、ここで出来もせぬホラを吹くとは思えない。つまりそれほど「強力な」英霊を狙って召喚できる見込みが実際にあるのだろう。たとえばアングルボダに入れてあるという聖杯を取り出してしまうとか。
しかも彼は「アングルボダは既に暴走状態へと移行している」とも言った。つまり自分たちがここに来るのがもう少し遅かったら、この場、あるいは地上のどこかでその強力な英霊が現界していたということになる。時間にはまだ少し余裕があると聞いていたが、実はギリギリだったわけだ。
「……って、ちょっと待って下さいおじい……じゃなくてゾォルケンさん!
何のために人類を滅ぼす、いえそんなことする人に唯々諾々と従っているんですか!? 第一そんなことをしたら自分も死んでしまうでしょう」
そう言って青ざめた顔で割り込んだのは桜である。彼とは血のつながりはないし虐待もされたし、そもそも並行世界の別人なのだが、それでも長いこと一緒に暮らした祖父だけに、完全に突き放して考えることはできなかったようだ。
臓硯は身勝手かつ嗜虐的な人物ではあったが、むやみに人を殺したがる殺人鬼ではなかったと思う。ついでに自分の命にはすごい執着があったのに、何故人類皆殺し計画のエリアボスなんてやっているのだろうか?
するとゾォルケンは見知らぬ少女に「おじい」なんて呼ばれかけたことにちょっと不審そうな顔をしたが、本人が取り下げたものをあえて追及するほどの興味は持たなかったらしく、問われたことだけに答えた。
「無論。抗おうと試みた。だが、すべては無為と知った。
私があまねく人々の救済を望んだとしても、既に、人々の生きるはずの世界は焼却されている。過去も、現在も、未来も、我らが王は存在を許さないと決めてしまった」
この台詞を聞く限り、ゾォルケンは根っからの悪党というわけではなく、ゲーティアに抵抗はしたが力及ばず諦めたということらしい。しかし今は見張られている風でもないのに、こっそり反逆するとかそういう考えすら浮かばないほど完全に屈服してしまっているのか……?
「―――すべては未到達のまま滅びる。もうこれ以上の無様を、これ以上の生存を見るのは飽きたと王は
いいや、これ以上は言うまい。我らが王の力を以ておまえたちを消去する。最後の英霊を目にすることなく、おまえたちは死ぬ。破滅の空より来たれ。我らが魔神―――!」
そこまで言い終えた直後、周囲に漂う魔力が猛烈な勢いでゾォルケンに吸い込まれ始めた。それと共にゾォルケンの全身が醜い肉塊に変貌しつつ、ぼこぼこと膨張していく。
「来たれ魔神」と口にした通り、ローマやオケアノスに出現したのと同様の「魔神柱」に変身しようとしているのだ。
しかしこの何かをひどく冒涜しているようなおぞましい形状と雰囲気、これがゲーティアが人類に対して抱いている感情の表れなのだろうか……?
「な、何だありゃ……!?」
士郎たちは肉柱のあまりのグロテスクさに度肝を抜かれて、敵の変身中という絶好のチャンスタイムにただ立ちすくむばかりだ。しかし1人、切り札阻止担当のバゼットだけはきっちりと役目を果たす。
「なるほど、これが貴方の強気の源でしたか。でもそこまでです、『
因果逆転の光剣がきらめき、ゾォルケンの心臓とおぼしき場所を正確に撃ち抜く。向こう側が見えるほどの大きな風穴が開いたが、それでも肉柱の膨張速度は鈍らない。
「何ですと!?」
しかし無駄打ちに終わったわけではなく、士郎たちを正気に戻して攻撃を始めさせる効果はあった。すぐさま近接オンリーの小次郎以外の全員がつるべ打ちを始める。
中でも強力なのは士郎の「
……弓を射っている間は当人が吶喊しないという面でも。
「てか体の中で爆発するんだから凶悪よね。もう攻撃は士郎だけでいいんじゃないかしら」
実際、報酬をもらった分やる気十分な凛がこんなことを言い出すくらいには殺傷力に差があった。
「でもシロウって盾も出せるんでしょ? 防御に専念してもらうって手もあるわよ。
結局変身中には倒し切れなかったみたいだし」
しかも逆の意見も出るあたりなかなかの多芸ぶりで、さらには料理を初めとした家事全般や電化製品などの修理にも長じている。まさに1部隊に1人、一家にも一人欲しいブラウニー少年といえよう。
「さすがに両方は無理だぞ……というかこんなデカブツ飛び道具だけで倒せるのか!?」
変身を終えたゾォルケンは体高が10メートルほどもあり、しかも体表面からはヘドロのような毒々しい体液をとめどなく分泌している。今までの攻撃でそこそこダメージを与えたようには見えるが、ヘラクレスならともかくここにいるメンツが接近戦を挑むのは無茶というものだ。
「変身中に攻撃したのは良かったが、惜しかったな。時間切れだ。
七十二柱の魔神が
我が醜悪の極みを以てして―――消え去れ、善を敷かんとするかつての私の似姿たち!」
「喋った!?」
「口がないのに器用なものよなあ」
こうしていよいよエリアボスマキリ・ゾォルケン、いや魔神柱バルバトスとの本格的な戦いが始まった。
一方カルデア側とパラケルススの戦いはすぐにケリがつくと思われたが、パラケルススが指をパチンとはじくと彼の前の地面が玄関のドアのようにぱかっと開いて、その下に深い縦穴が現れた。
「お、落とし穴!?」
モードレッドとアルトリアズ、その後ろの光己たちがまとめて穴に落ちていく。まさか最終決戦の場でこんな原始的な、いや穴は高度な魔術で掘ったのだろうから高等なトラップと称すべきか? しかも穴の底には岩の槍がハリネズミめいてびっしり並んでおり、おまけにぶわっと横殴りの風が吹いてきてみんな姿勢を崩されてしまった。
このままでは全員串刺し―――になるほどカルデア現地班はノロマではない。まずヒロインXXが素早くアルトリアとルーラーアルトリアを両腕で左右に抱え、両脚でモードレッドの腰を挟んで支える。
太公望はこの状況では土遁の術は使えないが、四不相を召喚することはできた。図体が大きいのであまり動き回れないが、1番近くにいたテュフォンを自分と一緒に四不相の背中に座らせる。
マーリンは光己に抱きつくと同時に、真下にボードを出して2人一緒にその上に降りた。
「キミが岩の槍程度でケガするとは思わないけど、何事にも絶対はないからね。最優先事項だよ」
「……うん、ありがと」
今回は遊び心なしの純粋な善意みたいだったので、光己は煩悩的な言動はせず素直に礼を述べた。おっぱいの感触を堪能するのは我慢である。
他の者は自力で空を飛ぶことはできない―――が、マシュは逆立ち状態になった、つまり下方が見えるようになったのを逆手に取って「誉れ堅き雪花の壁」を横板状に展開して穴をふさいだ。
これでマシュ自身と飛べない組は「横板」の上に落ちることになったのでちょっと痛い程度で済んだが、そこに飛べる組も含めて全員が降りると横板自体がずりずり落ち始めた。重すぎて、板の端が岩壁に接触しているだけでは支え切れないようだ。
「せ、先輩! このままでは障壁ごと槍の山の上に落ちてしまいます」
もし岩の槍が雪花の壁を貫くほどに硬かったなら、飛べない組は結局串刺しを免れない。いや即席の岩槍程度にあっさり貫かれたりしないという自信はあるが根拠はないので、できれば落ちる前に対処してほしいところである。
しかも穴の上からパラケルススが魔力弾を乱射してきたのが煩わしい。もっとも彼は宝具のアゾット剣を失っているので、通常攻撃では対魔力高い勢にはほとんど効いていなかったが……。
「うーん、さすが有名な碩学だけあって頭いいな。飛んで穴の上に出ようとしたら魔力弾で撃ち落とすってわけか。
槍以外の仕掛けもあるかも知れないし」
たとえばサーヴァントにも効く毒ガスとか……は、今出てないのだから無いだろう。と思いきや、パラケルススが直径40センチくらいの布袋を投げ落としてきた!
「マジか!?」
中身はそれこそ毒物あるいは爆発物の類に違いない。魔力弾などで袋を破るのはNGだ。
しかし落ちて来るのを普通にキャッチしたとしても、その後強力な魔術が飛んできて破裂するということは考えられる。なにげにピンチだったが、カルデア現地班は多士済々で現場慣れもしているので判断は早かった。
「私にお任せを。風よ、舞い上がれ!」
ジャックの濃霧を吹き飛ばした実績があるアルトリアがすかさず
「何とぉ!?」
これにはパラケルススも動転した。何しろ袋の中身は魔力入りの火薬に釘などを混ぜて殺傷力を高めたモノホンの爆弾であり、穴の上で爆発したら死ぬのはパラケルススの方なのだ。うかつに手出しはできないが、といって即逃げるわけにもいかず呻吟してしまう。
一方カルデア側には迷っている暇などなく、迅速に行動せねばならない。
「よし、穴の上まで出せたな。それじゃ中見てみるか」
しかしまずは袋の中身を確かめたいところだ。光己が「蔵」からマーリン製水晶玉を出して映してみると、黒っぽい粉末と釘や小石などが見えた。
まごうことなき爆弾である。起爆させるには火炎系魔術をぶつけるか、もしくは遠隔操作で着火できる信管の役割をする礼装でも入れてあるのだろう。科学と魔術両方で高名なパラケルススならではのアイテムだった。
「この手の罠使ってきた敵って初めてじゃないか? マジで頭脳派だな。
しかしどうしたもんかな。遠くでなら爆発させてもいいのか、それとも断固阻止するべきなのか……?」
その初めての罠に光己が方針を決めかねていると、軍師が助言してくれた。
「爆弾の正確な威力は想像しづらいですが、この穴の中で爆発させてなおアングルボダを破壊するほどのものではないと思いますよ。
つまり高台の下に放り投げれば大丈夫かと」
「ほむ、なるほど……じゃあそれでいこう」
水晶玉の視点を変えて上から俯瞰するようにすれば、アルトリアが風の向きを操るのに難儀はするまい。パラケルススに邪魔されないよう、マーリンが魔力剣を飛ばして援護することもできる。
「―――という感じでお願いしていい?」
「ふむ、そういうことならできると思います」
「それはもう。というか、パラケルススを倒してしまっても構わないんだろう?」
「その台詞、何か不吉のような気がするなあ」
「なあに、キミと私が一緒なら怖いものなんてないさ!」
マーリンはやっぱり楽しそうだったが、これをパラケルススから見ると投げ返された爆弾がどう操っているのか高台の外に向かって飛んでいくと思ったら、穴から空飛ぶ剣が何本も現れて襲ってきたという酷い絵面である。剣を避けるのが精一杯で、爆弾の方にはとても手が回らなかった。
「アゾット剣があればもう少し何とか、いえ穴の中を攻撃した時に大打撃を与えることができたのですが……!」
サーヴァントと宝具は同じものとさえ言われるが、なるほど宝具を失ったサーヴァントとは哀れなものだ。パラケルススは他人事のようにごちたが、その間に何人かが穴から飛び出てきた。
ヒロインXXと太公望である。パラケルススは2人の名前は知らないが、もはや打てる手はないことはすぐ分かった。
「……どうやら悪逆が討たれる時が来たようですね」
「ええ。冷や汗かきましたが、今度こそ終わりにさせてもらいます」
「なかなかの策士ぶりでした。感心しましたよ」
そしてごくわずかな時間の戦いの後、意外にも(?)マーリンの剣によってパラケルススは霊核を貫かれ、光の粒子となって英霊の座に退去したのだった。
なお爆弾は高台の下の地面に落ちても爆発しなかったが、そのままにしておくのは不安が残る。そこで光己が氷の剣で小さな氷片をたくさん出し、それをアルトリアの風で飛ばして布袋に当てることにした。
これで袋が破れると同時に風で火薬が飛び散り、しかも氷片で
「ふぅー、どうにか終わったか」
あとは土遁の術で皆が穴の外に出ればミッションコンプリートである。もっともすぐ次のミッションとして、魔神柱と化したゾォルケンとの対決が控えているのだが。