光己たちはちびノブ軍団を倒して戦闘の後始末も終えると、すぐ出発して
高速道路はここで終わりで、この後は山中の一般道になる。森に入るので、その前に1度休憩することにした。
なお永倉たちは一刻も早く甲斐にたどり着きたいそうで、休憩なしで先行している。つまり光己たちは今川の追撃を防ぐ
「戦闘が予想されるならお休みは大事。
団子とお茶を持ってくる」
蛍がそう言って茶菓子を用意してくれたので、光己たちは文字通りほっと一服することができた。
「……にしてもこのあたり、本当に道はよく整備されていますね」
景虎がぽつりと素朴な感想というか疑問を口にすると、現界してから1番日が経ってそうな蛍が説明してくれた。
「このあたりの高速道路やサービスエリア、ほとんどは今川が整備したもの。東西南北に道路を張り巡らせて、さっき見た通り自動車まで乗り回している」
「戦国とは何ぞやという感じですね……。
それでそんなことをする今川の目的は何なのでしょう?」
「……強い、とても強い国と民を作る事。
選ばれた民を魔力で強化し、強い力を持つ兵士、今魔川兵に作り替えて。連中はそれを『魔国強兵』と名付け、国を挙げて推し進めている」
「富国強兵ならぬ、魔国強兵ですか……」
富国強兵は日本では江戸中期あたりから唱えられた政策である。道路や自動車の件といい、今川陣営には当主とは別に戦国以降出身の知恵袋がいるのはほぼ確実となった。
「彼らの国では強い者が全てにおいて正しい。弱い者は何されても文句は言えない。
だから自分から志願して今魔川兵になる者も少なくない」
「まるで弱肉強食……、それでは獣と何ら変わりないではありませんか。今川は弱きことが罪だとでも言いたいのですか?」
「そう、少なくとも今川において弱いというのはそれだけで罪になる。
子供は特にそう。勝手に素質を品定めされて、兵士になるか奴隷になるかのどちらか」
「なるほど、それであのような人狩りを……」
そこで景虎は隣に座っているマスターが不機嫌を隠し切れない様子なのに気がついた。
どう言葉をかけていいものか迷ったが、とにかく話しかけてみることにする。
「……。マスターならばご存知でしょうが、戦国の世、私が生きていた頃はこういう時代だったのです。今の話の今川のやり方ほどではありませんが……」
「うん、知ってるよ。ただ現地で実際に見聞きすると実感させられるなあって思っただけだから」
そう、知ってはいた。いわゆる
―――しかしよく考えてみるに、加害者層と被害者層は必ずしも固定されているわけではない。落ち武者狩りなんてのもよくあったし、そもそもこの時代の武士はたいてい半農半兵だ。商家とてあこぎなやり口で他者からお金を巻き上げることはある。
つまり職種や階層の問題ではなく、2人が言ったように弱肉強食がこの時代の、いや人類が所有や身分というものを持って以降現代までずっと続けてきた在り方なのだろう。光己の感性ではあんまり気分が良くない話だ。
いや人類はそういう蛮性だけでなく気高さや優しさも持っていることは分かっているが、人理修復の現場責任者としては守る対象のアレな部分を見せつけられると意欲が萎えるのである。
(もしかしたらビーストⅠが人間に価値がないって言ってたのはこの辺の問題もあるのかも知れんな。創作じゃよくあるネタだし。
もっとも奴がどう考えてようと、俺は死にたくなければ奴とは戦うしかな……いや、待て、待て……よ!?)
ここで光己は不意に目の前が真っ暗になり、足元に深い奈落が現れたかのような気分に襲われた。気づいてはいけない事に気づいてしまったのだ。
(確か単独顕現ってのはどの時空にも存在する在り方を示すものだから、世界間移動もできるし、タイムパラドクス的攻撃も効かないって話だったよな。つまり地球が生まれなかったことになっても俺は死なない!?)
念のため人理焼却完成前に並行世界に引っ越しておけば万全だろう。そう、光己は人類が地球ごと滅びても生き延びることができるのだ!
むしろたった数人であの強大なビーストⅠに立ち向かう方が死ぬ可能性が高いといえよう。この恐るべき気づきに光己は身震いした。
つまり光己が戦う理由は自分が生きるためではなく他人を生かすためになったのだが、本来人理修復の先頭に立つべきAチームの7人、いや6人が6人とも裏切るというのに、拉致されてきた一般人に「他人のために」命を張る筋合いがあるだろうか?
(……いや、そうじゃない)
しかし光己はぶんぶんと頭を振ってこの思考を振り払った。
(マシュにも言ったけど、他人がどうこうじゃない。俺がどうしたいかが問題なんだ。
俺は立香や所長やマシュたちには死んでほしくない、サーヴァント大奥をつくりたい、それでいいんだ)
両親とも別に不仲ではないし、他の友人もいる。好きこのんで危険な道を選びたいわけではないが、勝ち筋があるのに逃げるのは違うように思えた。
そこで結論が出たのを機に気分を変えるために両手で頬をぱんっと叩くと、景虎がやや控えめな口調で声をかけてきた。
「マスター、考え込んでいたようですが答えは出ましたか?」
「あ、心配させちゃった? ごめん」
「いえ、私は
ただ……マスターがどのような道を行くにせよ、後悔しないのであればそれでいいと思います」
「―――」
それは景虎が普段言っている「光己のことなら分かる」を実証し、しかも彼の答えも途中の考えも否定しないという意味だった。人の心が分からぬと言っている身で、何という思いやりの深さであろうか。
光己は逆に「途中の考え」を却下していたことに安堵しつつ、とりあえず今川陣営への態度を述べておくことにした。
「んー、ありがと。
それはそれとして俺もカルデアもサーヴァントの生前の行為はあんまり追及しない方針だけど、サーヴァントとして現界した後の行為は別だからな。
てか人をさらって改造兵や奴隷にしてるんなら、自分が改造奴隷にされる覚悟は完了済みだよなあ?」
「反論のしようがありませんねえ……」
因果応報・悪因悪果という仏教の教理に沿った論理に
「……ちょっといい? 生前の行為は追及しないというのは私たちに言ったんだと思うけど、『あんまり』ってついてるのはどういうこと?」
「ん? まあ英霊になるほどの人……いや人間じゃない者もだけど、たいていはスネに傷の1つや2つはあるものだよな。あまり潔癖にすると仲間ができなくなるからおおらかにしてるんだけど、それにも限度があるというか、世の中には信用しがたい奴もいるというか」
「具体的にはたとえば?」
「クリストファー・コロンブスとか酒呑童子とかかな」
「……なるほど。もし酒呑童子が仲間になるって言ってきたら、生前の意趣返しに宴会で毒を盛るためかもと疑わざるを得ない。
それでコロンブスという人は?」
「
「あー」
彼の今の様子を見れば、そういう者を仲間に入れるとは思えない。それは納得なのだが……。
「それじゃ雑賀は? お金さえ貰えば誰の味方にでもなる、つまり誰の敵にもなるって言われてるけど」
これが蛍のメイン質問だと思われたが、光己は気にしなかった。
「お金貰ってる間は裏切らないっていうんなら、むしろ信用できる部類だな。まったく問題なし。
武士は御恩と奉公なんだから、御恩が切れたら奉公も切れるのは当然だしな。それが嫌なら、俸禄なり領土なりを寄越して常雇いにすればいいんだ。
お金のためにというのが問題なのなら、領土や恩賞や地位のためってのも同じことだし」
「…………ありがとう」
常雇い云々は別として、雑賀の在り方をここまではっきり認めてもらえるとは。蛍は「最後の雑賀」として、涙がこぼれそうなほど嬉しかった。
彼の言葉は「お金貰ってる間に裏切るのはNG」という意味でもあるが、それは文句のつけようがないというか、つけたら矜持も誇りも何もなくなってしまう。たった1人になっても、守るべきものはあるのだ。
そこに刑部姫が別の疑問を提示した。
「その辺は分かったけど、聖杯持った大大名のサーヴァントに勝てる自信はあるの? 何か当たり前みたいに、改造奴隷がどうとか言ってたけど」
もし刑部姫が光己の正体を見抜けていたならこの質問は出なかったのだが、彼女にはモルガンたちやヒナコほどの眼力はなかったようだ……。
「ああ、この世に絶対はないけど、周りの被害を考えなくていいならほぼ確実に勝てるよ。
改造奴隷にするってのは言葉のアヤというか、聖杯取り上げたら俺たちはすぐ帰還になるから無理だけど」
「へえー、すっごい」
なので彼の回答も当人の力ではなく、ド派手な武器でも持っているのだろうと解釈していたりする。口にはしなかったが。
「それでそもそも、貴方たちはどこの誰で何をしにここに来たの? カルデアって言葉が出てたけど、ただの行商人組合とかじゃないでしょ?」
「あー、そういえばまだその辺話してなかったか」
なかばなし崩しでここまで同行してきたが、こんな話まで聞かせてしまったらそれはきちんと確認しておきたくなるだろう。とはいえ2人と知り合ったばかりなのも事実なので、光己は人理修復とかレムレムレイシフトとかいった大仰だったり現実離れし過ぎてたりする話は避けて、少しぼかして語ることにした。
幸いにして、以前オルガマリーが閻魔亭で語ったテンプレートを覚えていたし。
「カルデアというのは世界各地に観測される、魔術が関わる異常事態を解決する仕事をしてる組織でね。俺がその現場主任で、景虎は契約サーヴァントとして同行してくれてるってわけ。
いや普段はサーヴァントはもっと大勢……たとえば前回の仕事では9人連れて行ったんだけど、今回は事情があって景虎だけになったんだ」
「へえー、よく分からないけど何だか大変そうね」
刑部姫も蛍も、この地の現状が異常であることは承知している。放置しておいたらどんな問題が起こるのかは分からないが、解決しなければ困る理由があるのだろう。
しかも前回が9人なのに今回は1人だけとは酷な話だ。
「……確かに。9人いれば傭兵に頼る必要はないし、サービスエリアで会った2人も逃がさずに済んだ。いや最初から近づいて来なかったかも」
「いや、9人いても十分とは限らないんだなこれが。前回は総勢20人以上になったけど、それでも俺自身が戦って、気絶するハメに追い込まれたこともあるから」
「え゛」
予想を斜め上にぶっちぎった回答に蛍はしばらく絶句した。異常事態解決とはずいぶんとハードな仕事のようだ。
「というわけだから2人ともよろしくね。マスターがむやみに戦うのは推奨されてないけど、俺も多少は参戦するようにするから」
「……マ、マカセテ。サイカガミカタシタモノハカナラズカツカラ」
しかし最後の雑賀として、その在り方を認めてくれた人に弱気な所は見せられない。蛍はがんばって虚勢を張ったが、まだ年若い少女の身だけにちょっと呂律が怪しくなったのは仕方のないことだろう……。
刑部姫の方は逃げるつもりはなさそうだが、かなりブルってる様子である。
光己はフォローしておく必要を感じた。できる限り誠実に話したつもりだったが、やはりレムレムは勝手が違う。それとも人数が少ないからか?
「あー、ごめん、脅かしちゃったかな?
そりゃ危険はあるけど、実際に戦闘で味方がやられちゃったことはあんまりないからそこまで怖がることはないと思うよ」
「あんまりっていうことは、ちょっとはあるということ?」
「うん、残念ながら。今回でこの仕事11回目になるけど、具体的な人数は、えーと…………って、ブーディカさんだけじゃないか。もしかして俺って結構有能なリーダーなのか?」
サーヴァント同士の集団戦を数え切れないほどやって、負傷者は大勢出したが戦死者は1人だけというのは誇っていい戦績なのではあるまいか。もちろん理想は犠牲者ゼロにすることだが、それを建前でなく本気で要求するならただのハラスメントであろう。
「……それはすごい。あなたの判断や指揮が優れてるのか、それともカルデアの個々のサーヴァントが現地サーヴァントより強いからなのかは分からないけど、だいぶ気が楽になった」
「そうだね。そんなに死亡率が低いなら、やっぱり別れるより一緒にいた方が良さそう。
というか見かけによらず現場経験豊富なのね」
実際光己は3桁に届く数の実戦に参加しており、その中には大軍同士の合戦も複数あったりするのだが、相変わらずそんな風には全然見えないのは一種の才能なのかも知れない。
それでも実績は実績なので蛍も刑部姫もひとまず落ち着いたところで、景虎が空気を変えるためか出発を提案した。
「ではそろそろ行きましょうか。まだ先は長いですし」
「うん。彼らがこのまま逃がしてくれるとも思えないし、気を引き締めていこう」
そんなわけで4人は休憩を切り上げ、しばらく進んで甲斐のすぐ手前まで来た。景虎が武田の領地に入るなら仲介人が欲しいところなので、ちょうどよくチェーン脱着場と思われる広いスペースがあったのでそこに車を停めて永倉が来るのを待つことにする。
―――しかし現れたのは今川側の追撃軍だった。かなり多い。
「むう、やっぱり来たか……」
「先ほどと同じ赤い車ですが、スピードは控えめですね。山林の中でカーブが多い道だからでしょうか」
「……いやよく見て。後ろに普通車が1台いる」
おそらくサーヴァントか今魔川兵が乗っているのだろう。走り屋ではない者がリーダーなので全体の速度がそちらに合わされているのだ。
これでは要塞壁で玉突き事故を起こす策は通じないかも知れない。なのでここで戦うことを前提にして、壁は蛍の車が被害を受けないよう囲うのに使うことにする。
せめてここの近くの道だけでも直線距離が長ければ、パルミラでやった
「うーむ、しょうがない。ここはテュケイダイトでいくか」
一般人の観戦者はいなくなったが、獣モードを見せるのは時期尚早な気がする。また山林の中で火炎系はNGだし、冷凍系も路面が凍ったらこちらが転ぶかも知れない。そんな判断で光己が双槍を2丁拳銃めいて構えたところで、ノブカー軍団が脱着場に到着した。
「見つけたノブ!」
「やはり街道最速は尾張ノッブスターズだノブ!」
「でかした! 服部の野郎に渡された時は何だこの……、なんだこの……!? って感じだったが役に立つじゃないか」
ついで普通車も脱着場の入り口に停まったが、乗っている者が降りて来るまで待つ義理はない。光己がテュケイダイト・ジョフロワを放り投げると、短針の槍は放物線軌道で飛んで行って車のルーフ、それも運転席の真上に突き刺さった。
「ちょ、おま……いきなり何てことしやがる、死ぬかと思っただろ」
なのに運転手が無傷で車から出てきたのは、とっさに前に身を乗り出すことで致命の刺突をぎりぎり回避していたからだ。なかなかの反射神経だったが、顔が少々青ざめていたのはいたって当然のことだろう……。
「え、でもあんたって狙撃屋なんだろ? 不意打ちを怒れる立場じゃないと思うぞ」
光己が槍を思念誘導で回収しつつ彼女が持っていた火縄銃を見てそう答えると、敵サーヴァントは意表を突かれた様子でぐっと口ごもった。
「う゛、あ、いや、それはそうなんだが」
「……善住坊、お話は捕まえてからにしましょウ」
「そ、そうだな。悪いが……いやもう悪くないか。今度こそ捕えさせてもらうぜ。
ちびノブども、いきな!」
善住坊と呼ばれた女性がちびノブに光己たちの捕縛を命じ、呼んだ方も身構えて戦闘態勢に入る。この2人は光己が怪しい兜を持っているのを知っているはずだが、すぐ脱いだのを見て長時間は使えないものだとでも思っているのだろう。
実際味方にも効いてしまうものなので、その観察はある程度正しい。
「ふむ。その台詞、そのまま返してあげましょう!」
バトルモンガーな軍神様がノリノリでそう応じて、槍を構えながら光己をかばうように前に出る。こうして2度目のサーヴァント戦が始まったのだった。
原作立香は終局特異点でゲーティアに「生きる為だ!」と言いましたが、光己は違う理由になったわけですな。さすがに「大奥王になる為だ!」とは言わない……と思いますが(ぉ