光己が目を覚ましたのは、見覚えがない部屋の寝台の上だった。サーヴァントたちがティエールの街に入って、どこかの宿屋をとってくれたのだろう。
部屋は4人用のようで、今中にいるのはマシュとアストルフォと清姫のようだ。
清姫が光己が起きたのに気づいて近づいてくる。
「あ、旦那様。お体の方はもう大丈夫なんですか? 顔色はだいぶ良くなってますけれど」
「んー。まだ万全とはいかないけど、魔力はだいぶ回復したかな?
でも出発はできれば明日にしたいな」
光己はカルデアから常時魔力を送ってもらっているので、契約したサーヴァントたちに、たとえば霊体化するなどしてもらって消費を抑えれば、魔力自体の回復にはさほど時間はかからない。しかし、1度気絶するまで消耗した以上、明日にはオルレアンに乗り込むことになりそうだし、しっかり休養しておきたいと思ったのだ。
「そうですね、どのみち今日はもう夕方ですし」
「あ、もうそんな時間なんだ。それで他のみんなはどこに?」
「この宿屋の別の部屋にいらっしゃいます。マリーさんたちへの自己紹介はすませましたので、ますたぁは夕食までゆっくり休んでて下さいませ」
「そっか、じゃあお言葉に甘えようかな。いやその前に、俺がちゃんと起きたってみんなに伝えてきてくれる?」
「はい、では戻る時に何か飲み物でもお持ちしますね」
清姫がそう言って部屋から出ていくと、光己は心の中で小さくため息をついた。
(可愛いし気立てもいい娘なんだけどなあ……)
これで人を安珍扱いせず、嘘に厳しくなければ申し分ないのだが、実に惜しいものだった。
やがて清姫がお盆にケトルとカップを乗せて戻ってくる。
「お待たせしましたますたぁ」
「うん、ありがと清姫」
そして4人でテーブルについてお茶を飲んでいると、清姫がおもむろに真面目な顔をつくって話を切り出してきた。
「ところで旦那様」
「ん、どうかした清姫?」
「はい。先ほど旦那様はご褒美が欲しいとおっしゃっていましたが、それなら今夜わたくしと夫婦の契りをかわすというのはいかがでしょう!」
「夫婦の契りだと!?」
つまり男女のアレをヤろうということか。清姫の場合光己と安珍を混同しているのが問題だが、それでもお年頃の男子にとっては抗いがたい誘惑である。
しかしそこにまたマシュがインターセプトに入った。
「いえそれはいけません! 先輩のお国には、戦の前にそういうことをするのは良くないというジンクスがあったはず」
「うぅん!? た、確かに現界した時に得た知識によれば、武家の方にはそういう験担ぎがあったようですが……」
他の日ならともかく、明日には竜の魔女との決戦に赴こうという今夜だけはよろしくなさそうだ。しかし愛を確かめ合うなら今日しかないわけで。
「嗚呼っ、わたくしはどうすれば!?」
頭をかかえて真剣に考えこむ清姫。夫の無事と自分の欲望の板挟みになって苦悶しているようだ。
光己はとりあえずマシュに苦情を入れた。
「ちょ、マシュ! 何でいつも邪魔に入るんだ」
「いえ、私は先輩の身と人理を案じてるだけですが」
マシュは涼しい顔をしているが、光己と清姫のフュージョンは絶対阻止するという鉄の意志が感じられた。何が彼女をここまで突き動かしているのであろうか。
「あははー、マスターたちは面白いなあ」
一方アストルフォは完全に他人事の様子である。そして結局ご褒美の件はうやむやになってしまったのだった。
夕食の後、光己はサーヴァントみんなを集めて作戦会議をすることにした。
ここティエールから竜の魔女の本拠地であるオルレアンまでは約300キロ、順当にいけば1日で着ける距離なので、決戦前に役割分担などをしておく必要があるのだ。
「人数増えたし、竜の魔女と話をしたい人もいるだろうからさ」
「そうですね。彼女が何者で何を考えているのかはやはり知りたいです」
「聖女に虐殺やらせた落とし前……げふんげふん。教育的指導はしておくべきですしね」
「そうだね、母国で無差別殺人をやらされた礼はしたいところだ」
「うむ。子供たちの痛みと無念、あの女にも味わってもらわねばな」
光己の予想通り、ジャンヌとマルタとデオンとアタランテが立候補してきた。
カルデアとしては聖杯さえ回収できるなら、竜の魔女と直接会話したり戦ったりする必要はないので、やる気のある人に任せてもいいと思う。
「じゃあ竜の魔女とやる時の先鋒は、4人にお願いしようかな。ただ竜の魔女は聖杯持ってるだろうから、話や仕返しにかまけていらない反撃喰らわないよう気をつけてな。
それと、アタランテにはワイバーンの相手も頼みたいから、そのつもりでよろしく」
「ふむ、妥当な指示だな」
弓の達人に空飛ぶ魔物の撃墜を頼むのはごく当たり前の作戦であり、アタランテはすぐ了承した。
「ファヴニールはまあ、ジークフリートとゲオルギウスにお願いだな。もちろん後ろから援護はするけど」
「そうだな、そのために召喚されたようなものだから任せてくれ」
「はい、微力を尽くしましょう」
最強の敵との対決を2人がこころよく引き受けてくれたので、光己は話を次に進めた。
「で、カーミラはエリザが担当してくれるんだよな。一騎打ちする? それともリンチがいい?」
「そうね、できれば一騎打ちがいいわ。もしアタシが負けたら、あとはアンタたちの好きにしてちょうだい」
「わかった」
光己としてはできれば確実に勝てるように複数で当たりたいのだが、サーヴァントたちの要望もあまり無碍にできない。他の人に迷惑をかけるのでなければ、たとえ危険があっても本人がそれを承知の上なら尊重する方針だった。
「ヴラドは因縁ある人いないみたいだから、その時の状況次第ってとこかな。ジルはジャンヌが余裕あれば話してみてもいいかも」
「そうですね、ジルとも話してみたいです」
人間の方のジルは普通にフランスを守るために戦っているのだから、なおさらサーヴァントのジルの思惑は気になる。ジャンヌがこう答えたのも無理はなかった。
「あとはチーム分けでもしておこうかな。18人が1つの集団だと人数多すぎて連携しづらくなりそうだし。
えーと、まず俺とマシュとヒルドとオルトリンデと段蔵がカルデア組。フランス……の人は多いから2つに分けて、王妃様とアマデウスとデオンとサンソンが王妃様組で、ブラダマンテとアストルフォとジャンヌとマルタさんがフランス組。清姫とエリザがドラゴン組、ジークフリートとゲオルギウスさんがドラスレ組。アタランテは……カルデア組かな。
こんな感じでどうだろ」
「そうですね、いいのではないでしょうか」
清姫が旦那様と別チームなのを残念そうにしていたのを除けば反対意見は出なかったので、議題は次に進んだ。
「それと前提的な話だけど、確か竜の魔女ってルーラーだから、サーヴァントの接近を感知できるんだよな。それにサーヴァントは寝る必要もないとなると、夜討ちとか忍者で暗殺とか、そういう奇襲作戦は通じないってことになる?」
「そうですね、なぜアレでルーラーになれたのか不思議ですが、とにかくルーラーなのは事実ですので」
マルタはかなり不服があるようだ。今の自分と同じクラスだからだろうか。
「こっちにもマルタさんがいるから不意打ちは喰らわないけど、つまり全員で正面から突撃するしかないってことか」
「そうですね。仮に二手に分けた場合、竜殺しがいない方にファヴニールが来たら危険ですから」
「だよなあ」
竜殺しは2人いるから分けることは可能だが、それでは必勝は期しがたい。やはりみんな一緒での方がいいだろう。
「―――っと、今決めとくのはこんなとこかな。相手があることだから、あまり細かく計画立てても崩れちゃいそうだし。
それじゃみんな、明日に備えて今日はゆっくり休みましょう」
というか光己自身、サーヴァントたち、特に聖人たちや王妃様は存在感がハンパじゃないので、司会しただけで結構気疲れしていたりする。魔力や戦闘術だけじゃなくて人間性も高めないとこの先大変かもなー、なんてことを考えつつ、今日のところは自分で言ったように休ませてもらうのだった。
そして翌日。幸い天気は多少雲がある程度で雨の心配はなさそうだった。カルデア一行はいよいよ竜の魔女を倒してこの特異点を修正するべく、一路オルレアンへと赴く。
留守だったら拍子抜けだなー、という外れてほしい予測はありがたいことに外れた。オルレアンまで10キロの地点に到達した時、マルタの探知スキルでサーヴァント5騎の存在が感じられたのだ。
「あれ、残ってるのは竜の魔女とジルとヴラドとカーミラで4騎じゃなかったっけ?」
「昨日サンソンさんとアタランテさんが戻らなかったので新規に召喚したのでしょう。もっとも倒されたのと契約を切られたのとの区別はつかないでしょうけど。
それと、私が探知できた時点で竜の魔女も私たちの存在を探知したということになります」
「ああ、そういうことになるのか……竜の魔女はどう動くかな?」
よほどの自信家でもない限り、17対5+αでは逃げるだろう。あるいはこちらが接近するまでにまたサーヴァントを召喚するか?
「難しいところですね。まあどちらにしても私がいれば探知できますので」
「ルーラー便利だなあ……それに見ただけで真名と宝具までわかるんだよな。カルデアに帰ってまた召喚することになったら、ぜひ来てほしいな」
もちろん、マルタが美人でスタイル良くて、水着なのもポイント高いなんてことは口にしない。当然の配慮である。
「そうね。これも聖女の仕事でしょうし、ここで会ったのも何かの縁だし、貴方の声が聞こえたら応えさせてもらうわ」
人理修復なんて難業を軽く「仕事」と言い切って召喚に応じる意向を示すとは、さすが凄女もとい聖女と言われただけのことはあった。
すると光己の後ろから誰かががばーっと抱きついてくる。
「旦那様ぁぁぁ! 妻であるわたくしより先に他の女を誘うなんて、あまりにもひどすぎるのでは」
「清姫!? 聞いてたのか、いや聞いてたならルーラーのスキルを期待してたってわかるだろ」
無論他のことも期待していたが、ルーラースキルが欲しかったのは事実だ。ゆえにこの発言は嘘ではないので、清姫もこれ以上追及しようがなく「ぐぬぬ」と唸るしかなかった。
「あー、でも清姫って先祖が竜とかでもないのに執念だけで竜になったんだよな。ならルーラーになるくらい簡単じゃない?」
「あー、その手が……いえ、ルーラーというのは、聖杯にかける願いがないことが条件の1つでして、安珍様と嘘のつけない世界が欲しいという私欲を持つわたくしでは無理なのです」
「なるほど、裁定者に私欲があったらまずいからなあ」
狂化EXにも無理なことはあるようだ。光己はむしろほっとした。
「もっともカルデアの召喚はランダムだから、ルーラーが欲しいと思っても来てくれる保証は全然ないんだけどさ。むしろこうして縁を持ったことの方がよほど確率アップになるらしいから、もし清姫が来てくれたら普通に歓迎するよ」
清姫は人格面に多少(?)問題があるが、人理(というか安珍?)のために尽力してくれるのは事実だ。他のサーヴァントとの折り合いが悪いというわけではなし、拒むほどのことはなかった。
「そうですか! ならわたくしもますたぁの声が聞こえたら全力で参上いたしますね!」
「おー、よろしくな」
光己はお気軽に頷いたが、すると今度はブラダマンテがくっついてきた。
「そういうことなら私だって行きますよ! マスターにはよくしてもらってますし、人理を修復するのはつまりフランスを救うことですから、聖騎士の役目でもありますし」
「おー、そっか! これだけのメンツが手伝ってくれるなら心強いな」
さりげなく彼女の腰に手を回したり、薄着のおっぱいの感触を堪能したりしつつ如才なく答える光己。決戦前だというのにお気楽、もとい余計な緊張がなくて喜ばしいことであった。
一方その頃、竜の魔女はマルタが言ったようにカルデア勢の接近を感知して―――その人数の多さに泡喰って参謀のジルに泣きついていた。
「ちょ、何この感覚!? 10……いえ15騎はいるわよ。何事!?」
竜の魔女、黒いジャンヌも自分たちに敵対するサーヴァントがなぜ現れるかは知っている。聖杯によるカウンターか、抑止力と呼ばれるものの介入だ。しかし15騎以上というのは多すぎやしないか。
「お、落ち着きあれジャンヌ。ビーCOOLですぞ」
ジルもさすがに驚いたが、とりあえず主君をなだめる。まだ勝機が尽きたわけではない。
「我々には竜がいるではありませんか。愚かにも我らに歯向かう有象無象が何人いようと、邪竜で圧し潰せばいいだけのことです」
ジル自身も大量の海魔を召喚して戦わせることができるが、今は提案しなかった。フランスへの復讐は黒ジャンヌの竜によって行われるべきだし、海魔は味方サーヴァントたちの邪魔になるので。
「そ、そうね。この前は不意打ちされたけど、2度はくらわないわ」
今ここにいるワイバーンは500頭を超える。彼らを前衛に広く展開すれば、あの投げ槍や他の宝具も届かないだろう。あとは数に任せて圧殺するか、ファヴニールを接近させることができたら焼き払うなり巨体で踏み潰すなりすればいい。
「ええ、その通りです! ですがもし敗れた時は無理をせずお戻り下さい。その時は私の宝具を使って時間を稼ぎますので」
竜が倒されサーヴァントも全滅したなら、その時は一時退却もやむを得ない。こちらには聖杯があるのだから、竜でもサーヴァントでも呼び直せるのだから。
「そうね。それじゃ10キロなんてサーヴァントならすぐだから時間もないし、急がないと。ランサー、アサシン、バーサーカー! 行くわよ」
すっかり覇気を取り戻した黒ジャンヌは、部下たちにそう言うと先頭に立って決戦に出向くのだった。
さて、新たなるバーサーカーは誰にしようか(ぉ