「その日の今川は日の出の勢い、言いたくはないが戦は武田の劣勢だった。
一時退いて軍を立て直す、そう判断した矢先に奴は現れ、凄まじい勢いで今川の兵を殺しだした」
その強さは1人であっというに戦況を逆転させ、今川側の大将義元本人に出陣を決意させる程であった。
まったく想像外の出来事だったが武田にとってはとても有難い援軍……と思いきや。今川軍が劣勢になると、軍神は何を思ったか武田の兵を殺し始めたのだ。
その後も彼女は時々現れて、兵士だけでなく民衆までも「毘沙門天が救いましょう」と言いながら武田と今川の勢力が同等になるように殺しているという。
「…………!? いったい何のためにそんなことを?」
「俺が知るか。だがこれはおまえらにとっても他人事じゃないぞ。
武田と今川の兵や民が死んで困ることはないかも知れんが、そちらの謙信と同じ姿と名前の者が意味不明の虐殺をしてるのを知りながら放置すれば、おまえもさっき言ったおまえらの名誉や評判に関わるからな。
いやまったく同じ姿というわけではないが、顔形や体格などはほとんど同じだ。違うのは得物や雰囲気だな」
「むむ、こういう論法で来るとはさすが甲斐の虎知恵が回る……」
仲間の名誉に関わると言われれば、光己も軽く扱うわけにはいかない。
こちらには景虎がいるから、軍神のありようによっては武田ではなく軍神と組むという選択肢を持ってはいたが、これは破棄せざるを得ない。
もちろん純粋に、意味不明の虐殺というのをやめさせたいという人情もある。
「そういうことなら同盟は受けるべきか……景虎に蛍さんに刑部姫さん、それでいい?」
「ええ、私はかまいませんよ」
「うん、雑賀は
「私に聞かれても分かんないからお任せー」
そして仲間の同意も取りつけた上で、正式に晴信に返事をした。
「分かりました、では同盟を受けるということで。
それで期限はいつまで?」
「当然今川を潰すまでだな。おまえらはそれでここでの用事が終わるんだろう?」
「そうですね、ではそれでお願いします」
こうしてカルデア・武田同盟が成立すると、晴信はさっそくの出陣を提案した。
「とにかく、武田の領民をこれ以上殺させるわけにはいかん。明日の朝にはここを発ち北へ向かい、奴を討つ。
話は終わりだ……後の細かいことは新八に聞け」
細かいこととは、光己たちが今夜寝る場所とか明日の出発の具体的な時刻とかそういう事柄である。晴信は大名なので、その手の雑事を自分で差配するのは好みでない、あるいは苦手なのだろう。
ということで光己たちは
「おおー……こんな立派なとこで好きな物食べ放題していいってホント?」
「そりゃまあ、上杉謙信といえば晴信の大将と同格の大大名だし、雑賀の嬢ちゃんもひとつの集団の頭領だ。おまえさんだって有名な大妖怪だし、カルデアのマスターもただ者じゃないのは確かだからな。安宿に泊めるわけにはいかんさ」
「あ、私もそれなりに尊重されてるんだー」
その時刑部姫が厚遇ぶりに驚く一幕もあったりしたが、宿泊の手続き等が終わると永倉は他に用事があるらしく早々に戻っていった。
一方カルデア側はやることは特になく、時刻はまだ日暮れ前で夕食ももう少し先だ。
「ではマスター、『2人で』散策でもしませんか」
ここで景虎が「2人で」を強調したのは、つまりデートのお誘いである。
誘われた光己に断る理由はなく、蛍と刑部姫もあえてお邪魔虫をする趣味はないので、2人はそのまま甲府の街に繰り出した。
異変や異常は特になく、いたって平和で穏やかな街並みの中をのんびり歩く。
「…………この辺りは現代要素がなくて、普通の戦国時代の街のようですね。
生前のことと……私がマスターをお迎えしたあの特異点のことを思い出します」
「あー、そういえばあの時もこの辺に来たよな。確かにあの時と同じだ」
そんなことを話しているうちに、光己は道なりに茶屋が1軒あるのを見かけた。
道の端に客用の長椅子が置かれており、そこで飲食している客もそれなりにいるようだ。意外なことに外国人らしき者までいる。
「……ん、あれは茶屋か? 夕食前だから間食はよくないけど、お茶だけでも飲んでいこうか」
「そうですね……いえちょっと待って下さい。あの南蛮風の少女2人はサーヴァントです!」
そこで光己が一休みを提案すると、そちらに顔を向けた景虎がハッと表情を引き締める。まさか武田の本拠地に異国のサーヴァントが2人もいるとはいかなる仕儀か!?
2人とも歳は若く、片方は十代後半、もう片方は十代前半に見える。何も騒ぎは起こしておらず長椅子に座ってお菓子とお茶をいただいているだけだが、サーヴァントというだけで警戒は必要だ。今はルーラーがいなくて真名看破ができないから尚更である。
光己と景虎は甘ったるいデート気分など一瞬で吹っ飛んで、臨戦態勢とまではいかないが仕事モードに切り替わった。
「しかも―――強いです!
あ、いえ、強いというか存在規模、ですか? それが大きいというか……。
特に金髪の娘の方は……うーん、マスターやドラコー殿やティアマト殿みたいに本来の力は発揮できない状態のようですが、それでもここで戦ったらこの辺一帯が廃墟になる可能性もありますね」
景虎はウォーモンガーだけあってさすがの鑑識眼で、しかもちゃんと小声で話す配慮もしていたが、緊張の気配までは隠し切れなかったようで先方の2人もこちらの存在に気づいてしまった。
「…………ん、何だか視線を感じる? って、カルデアのマスターじゃん!
んもー、遅いよ。何してたん?」
そして光己を見つけると、喜色満面になってぱたぱたと駆け寄ってきてその手を握る。それはもう、敵意や悪意がなさすぎて護衛役である景虎が阻むこともできなかったほどに。
「ほえっ!? え、あ、えーと」
手を握られた当人の光己も、驚きの展開にまともな返事が浮かんでこない。
晴信もカルデアのことを多少知っていた節があるが、光己の顔までは知らなかった。なのにこの少女はいきなり見抜いただけでなく、この態度から見て自分が敵視されない自信も十分ある様子なのだ。
しかし少女は光己の反応を見て、光己は自分のことを知らないのだと理解したらしい。
「あー、そっか。そっちはアテシのこと知らないんだ。そりゃそうだよね。
アテシはリリス。でもアダムとはな~んにも関係ないからその辺よろしくね」
「……!? リリス……!?」
少女はもったいぶらずにすぐ真名を名乗ってくれたが、これまた驚愕のビッグ、というかピンポイントネームに光己はまた固まってしまった。何しろリリスには「アダムの妻だったが、離婚した後サタンの妻になった」という伝承があるのだ。
しかし彼女がわざわざ「アダムとは関係ない」と主張したのは、(ルチフェロなりしサタンの疑似サーヴァント的な存在である)光己の妻を称する気はない、という意味を含んでいると思われる。しかもこの一言でこちらがその趣旨を察するだけの知識があると知っているのだ。
とはいえこの友好度の高さはこの伝承も理由の1つではあるだろう。
とりあえず、これだけ砕けた態度の相手にかしこまる必要はあるまい。見た目同年代だし。
「お、おう……そ、そっか。えーと、俺はご承知の通りカルデアのマスターの藤宮光己、こちらはカルデア所属のサーヴァントの長尾景虎だよ。よろしく」
「うん、よろしくー。それじゃ立ち話も何だし、こっちに来なよ。
てかずっと椅子から離れてるとアテシが食い逃げすると思われるかも知れないし」
「お、おう」
そして光己と景虎が茶屋の長椅子に座ると、リリスの隣にいた金髪の少女も自己紹介してくれた。
「ふぁぁぁ……あ、どーもー。メタトロン・ジャンヌでーす。
今の私は大天使メタトロンがジャンヌ・ダルクを依代にした疑似サーヴァント……が、謎の力によって怠惰を付与されて常時スタンしてるようなものだと考えてくださいなー」
「………………ほえ!?」
しかしその内容がやたらトンチキだったので、光己は10秒ほど言葉を失ってしまった。
言われてみれば少女は(顔形は)ジャンヌによく似ているし、キリスト教の聖女が大天使の依代に選ばれるのも順当ではあるが……。
(なんで大天使が「夜の魔女」と一緒にいるんだ!? もしかしてリリスをアダムの所に連れ帰るとかそういう話か、それとも監視役か何かか!?
てか怠惰を付与されてるって何だ!?)
確かにメタトロンは思いっ切りだらけた表情と雰囲気を隠す素振りもなく全開にしているし、景虎の分析も当たりだったが!
もしかしてあれか、サタンとリリスと
……まあメタトロンがサタンにケンカを売ってこないだけでも御の字なので、初対面であまり踏み込んで訊ねるのは避けるべきだろう。
リリスがどうしてこちらの事情に詳しいのかも、今すぐ聞かなくても実害はなさそうなので後回しにする。
「うん、よろしく。
それで2人ともカルデア、いや俺の所に来てくれるってことでいいの?」
「お、さすがマスター分かってるじゃん。じゃあさっそく本契約いっとく?」
本契約とは「仮契約」の対になる契約方式で、前者はカルデア本部までついて来るが後者はこの特異点限りのものでカルデア本部まではついて来ない。実は光己は仮契約というのは言葉で知っているだけで実行したり提案したりしたことはなかったが、まさか現地サーヴァントがこの概念を知っていて、しかもいきなり本契約を申し込んでくるとは!
もちろん光己は了承一択である。たとえこれが「神」の計画であったとしても、大奥王を目指す者、もとい反逆者として受けて立たぬわけにはいかないのだ!
景虎と蛍と刑部姫、晴信と永倉も現状で2人を拒む理由はあるまい。
「もちOK……いやこんな人前じゃまずいか」
なので光己は場所を変えることにしたが、その時ふとメタトロンが手に持っていたお菓子が目に入った。
「ん、それは大判……いや『今川焼き』か!? これは縁起がいい名前だな、お土産に買っていこう」
なお現実世界では今川焼きは戦国時代にはまだなかったが、SAや高架道路がある特異点ならあってもおかしくないと思われる。
そのあと光己たちは路地裏に移動して、まずはより積極的なリリスから契約することになった。
「―――聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら我に従え! ならばその命運、汝が『嵐』に預けよう!」
「おお、なんかマスターっぽい中……もといカッコいい詠唱!
バーサーカーの名に懸け……っていうとなんかトチ狂っておバカなことしそうな感じがするから―――『夜の魔女』の名に懸けて誓いを受けるよ。ユーアーマイマスター」
リリスは口調も言っている内容も軽かったが、その奥には深い真剣さが見て取れた。カルデアと光己についての知識の中に、何か思うところでもあるのだろうか。
……それはいいのだが、契約が結ばれ魔力パスが通るとリリスの存在規模が空気を強く吹き込まれた風船のような勢いで増大し始めた。
「こ、これは!?」
「フフフ、計画通り!」
驚く光己と景虎にリリスが渾身のドヤ顔を披露する。
ただ光己にはこの現象に見覚えがあった。ロンドンでドラコーと契約した時である。
リリスはアダムと無関係の「メソポタミアの古い悪霊」であればさほど強力な存在ではないが、「魔王サタンの妻」なら格が違うので信仰補正でパワーアップしたのだろう。いや今は
「でもそれで俺にケンカ売るってわけじゃないよな?」
「うん、それはそう。ビックリしてくれれば満足だよ」
リリスは特に悪びれる風もなく、光己の問いかけにあっさり頷いた。
まあ光己に敵対したら契約を切られてこの強化は消えるのだから当たり前なのだが。
「じゃあメタトロンの番だな。準備はいい?」
「めんどいー」
「……いやまあ、『名に懸けて~~』とか言わなくても『OK』とかだけでも十分だから」
「はーい」
メタトロンにはやはり意欲とか気合いとかいったものがカケラも見当たらないが、契約するのが嫌だというわけではないようだ。光己はぐずる子供をあやしているような気分になったが、ともかく気を取り直して詠唱を始める。
「―――ならばその命運、汝が『玉座』に預けよう!」
「うぃー」
2人の契約が成立しパスが通る。メタトロンは強化は特にされなかったが、何故か頬に朱がさし瞳を潤ませ、妙に艶っぽい吐息をついた。
「はふぅ、これがサーヴァント契約……何だかほわーっと力がわいてくるような」
「ん、何だかえっちな表情? これはもしや、怠惰に加えて色欲も付与されてるのか? 俺を怠けさせるためというなら実際有効だし」
「おー、マスターは子供相手でもセクハラをためらわないね!」
……などと危険なやり取りをしつつも、とにかく光己とリリス&メタトロンの契約は無事締結されたのだった。
リリスが現界したのは光己の縁召喚と思われますが、メタトロンも来たのは「神」の計画だったのです! な、何だってー(棒)。
光己とメタトロンが契約した時のメタトロンの台詞は、原作の「踊るドラゴン・キャッスル!」イベントで千鍵が仮契約した時の台詞であります。光己の想像が正解かどうかは不明ということで(ぉ