斎藤の姿が見えなくなると、蛍がちょっと驚くべきことを言い出した。
「……忍びの気配が消えた」
「なに? おい、そいつは本当か?」
「仕掛けて来るわけでもないから、変だと思ってたけど、多分、さっきのへらへら男を監視してたのかも」
「なるほど、雑賀ってのは伊達じゃねえってか」
蛍と永倉のこのやり取りを聞く限り、蛍の敵発見スキルは相当高いもののようだ。
「しかし、どういうつもりなんだかな……。
カルデアのマスターが全力で蹴っちまったから、もう考えても仕方ないんだが」
いや理屈は分かる。今川も北の軍神は邪魔だから、この機に皆で組んで確実に斃そうということだろう。しかしカルデアのマスターは、今川はその後、あるいは途中でも後ろから刺してくる可能性が高いと考えたのだ。
それはもちろん正しい危惧である。あそこまで攻撃的な断り方をする必要はなかったと思うが。
「しかしカルデアのマスター、おまえさんずいぶん学があるな。儂も今川仮名目録という言葉は知ってるが、追加21条なんて初めて聞いたぞ」
「いや、昨日の夜カルデアから貸与されてる資料で勉強しただけですよ」
「なるほど、そりゃ感心だ」
お世辞でも社交辞令でもなく、本心から永倉はそう言った。
先ほど斎藤に今川陣営の内容を訊ねた件といい、まだ若い上に武門の出にも見えないのに兵法でいう「敵を知る」を怠らないのは立派な心がけである。
「どう致しまして。まあこれでも現場主任ですから」
「現場主任……ああ、サーヴァントの集団のマスターならそうなるのか」
「そうですね」
それで2人の会話がいったん途切れたところに蛍が割って入った。
「……それでカルデアのマスター。さっきもまた物騒なこと言ってたけど、本当に地獄というのを味わわせるの?」
「え? あ、うーん、そうだな」
すると責任重大なる現場主任殿は、今更という感じでちょっと考え込むような顔になった。
「そうしたいのは山々だけど、状況次第ってところかな。
まず広域
「確かさっき人質戦術には乗らないって言ってなかった?」
「ああ、あれは喉元に刃物突きつけて『こいつの命が惜しかったら~~』ってお約束なやり口には応じないって意味でね。
助ける努力ゼロでいきなり敵ごとやっちゃうのはさすがに」
「もしかして知り合いなの?」
その質問に対しては、何だか想像外な答えが返ってきた。
「うん。ここではまだ会ってないけど、別の仕事場で土方さんは1回、沖田さんには3回会ってて、毎回味方になってくれてたんだ」
「そ、それはまたすごい遭遇率……確かにそれはぞんざいには扱えない」
「うん、しかも彼女だけじゃなくて他にも織田信長公や異国のアタランテって人にも同じくらい会ってるからなあ。
さらには英霊の座にはメールとか料理教室ってのもあるそうだから、そこで悪い噂を広められたら困るし」
なのでカルデアのマスターは信用や評判も大事であり、カルデア所属のサーヴァントはもちろん、現地で仲間になったサーヴァントに対しても不実な真似をするのはなるべく避けたいのだった。
蛍にもそういう事情は分かったが、よく分からない点もあった。
「…………カルデアのマスターって大変なんだね。
でもメールとか料理教室って何?」
「うん、俺も詳しいことは知らないんだけど、清姫と玉藻の前さんと紅閻魔さんという人がそういうこと言っててね」
「玉藻の前」
何か激しくデンジャラスな人?名に蛍は一瞬絶句した。確か1度は8万人の大軍を追い返したという有名な大妖怪だったような気がするが。
そんな超弩級の反英雄まで雇用しているとは、彼の先日の「総勢20人になったけど、それでもマスター自身が戦って気絶させられた」発言といい、異常事態解決というのはどこまでもハードかつなりふり構ってられない仕事のようだ。
そこに今度は刑部姫がびっくり顔で話に加わる。
「え、もしかしてきよひーとタマモッチと紅先生もカルデアにいるの?」
「ん? ああ、そういえば刑部姫さんって3人のメル友なんだっけ。今思い出した」
「うん。ホントにすごい奇縁だねえ」
「そだなあ、出身国が同じって以外の共通点とか特にないのに。
そうだ、刑部姫さんもカルデア来ない? 仕事は交代制だからそんなに頻繁じゃないし、それでも嫌になったらすぐ契約解除して退去できるホワイトな所だから」
「へえー、それならせっかく現界したんだし行ってみてもいいかな」
そしてきわめて軽い感じで、そのハードな職場への勧誘と了承がなされて契約までしていたが、蛍にとっては2人とも知り合って間もない人なので口を挟まずスルーした。
(でもカルデアのマスターって、ちゃんと自分なりの在り方を確立してるんだ)
いかなる状況でも絶対貫き通すというほど頑固ではなくケースバイケースであるようだが、それでもポリシーを持って行動しているのは確かだ。
(それで私は……私にとっての雑賀は何……!?
「蛍、おまえの雑賀はなんだ?」っていうのはどういうことなの? 晴信公も「あとは自分で考えな」と言ってたけど何を考えろというの……?)
おそらく光己のように、個人的なポリシーを確立してそれに沿って生きろということだと思うのだけれど。
ただ孫市の仇を討つのは一時的な行為なので、「私の雑賀」という全人生全人格的なものとは分けて考えるべきだろう。
(私は…………)
しかし今は、そういう哲学的な命題より先に解決しておくことがある。
「それでカルデアのマスター、仮にその広域魔力吸収をしないとしたらどうするの?」
「うーん、そうだな。まずは城に潜入して人質を救出するのが常道だと思うけど、ルーラーか忍者でもいないと難しそうだな」
義元の拠点は駿河でも遠江でもないので土地の後押しは受けられないから潜入はできるだろうが、初見の場所だからサーヴァント探知や罠発見といった支援スキルが欲しいということだ。斎藤が仲間になってくれれば城の構造を知っているはずだからその辺の問題はまるっと解決するが、これも状況次第としか言いようがない。
するとメタトロンが意外な、いやよく考えれば当たり前ともいえる自薦をしてくれた。
「マスター、私は一応ルーラーだからサーヴァント探知とか真名看破はできるよ。
さっきの斎藤って人の時は眠かったから報告しそこねたけど」
「おお、マジか。さすがガワがお姉ちゃん、もとい中の人が大天使だけのことはあるな」
これで城内で人質の居場所が分からず立ち往生するといった事態にはならずに済む。
蛍も一安心して、最後に1つ注文をつけておくことにした。
「……分かった。ところで最初に『孫市を殺したのは武田』だと私に教えたのは今川だから、できれば彼らにそれをもう1度訊く機会が欲しい」
「え、そうだったのか。分かった、最優先とはいかないけど配慮はするよ」
「うん、よろしく」
……ということで今話しておくべきことは話し終えたので、一同は(光己とリリス以外)蛍の車に乗って出発したのだった。
一方晴信と景虎は、晴信の意向で
「…………」
「どうしました? 勝負はまだついてないと思いますが」
「……降りろ」
「バイクからってことですか?
……はい、降りました。それでどうしろと?」
「ここで俺と勝負しろ」
そして車とバイクから降りると、晴信は景虎に戦いを挑んだ。何を考えているかはまだ分からない。
「はあ? 急に何を……?
北の軍神とやらと戦う前にですか」
それでも景虎個人としては勝負を受けても構わなかったが、受けてはいけない理由があった。
「なぜ今なのかという疑問はありますが、それよりうちの大将は内ゲバが嫌いですからね。
正当な理由もなく果し合いみたいなことやるっていうなら同盟破棄は確実ですよ」
「は!? い、いやそれはそうだが……」
この反応は予想外だったらしく、晴信はまたしばらく言葉を失ってしまった。
晴信は「孫子」の一節を旗印にしているほどに兵法を嗜んでいる男だから、内輪もめが集団にとっていかに有害かは知っている。だからカルデアのマスターの言い分は理解はできるのだが、それを景虎が当然のように言ってきたことに驚いたのだ。
「いえまあ、同盟は口実で本当の目的はこうして私だけを連れ出して1対1で戦うことだったというのなら、お望み通りボコってあげてもいいですが」
「バカ言え」
当然ながら晴信の目的はそんなことではないので、今度は秒も考えずに否定した。
あくまで軍神と戦う前に確かめるべきことがあるだけで、景虎と勝負するのはその手段でしかないのだ。
「奴と戦う前に確かめておきたいだけだ。
おまえが本当に謙信なのかどうかをな」
「……は?
何を言ってるんです? いや今は景虎を名乗ってますが、どこからどう見ても謙信以外の何者でもないでしょう」
「―――」
ここで晴信は改めて考えた。
今本当に勝負してカルデアとの同盟を破棄するのはどう考えても愚策である。癪に障る所はあるが、言葉で訊くしかないようだ。
―――実は「俺が生前贈った『塩留めの太刀』は持って来ているか?」という一言で済むのだが、蛍に孫市のことを全部は話さなかったことでも分かるように晴信は率直な会話で分かり合うというのが性に合わないのだった。
「おまえの宝具は何だ? クラス通りの槍か、それ以外の武具か、それとも軍略や逸話再現の類か」
「うぅん!? 貴方も私の八華の備えは見たでしょうに、何を今更」
「あれで全部か、と聞いているんだ。
太刀はどうした?」
「太刀? 鶴姫一文字と山鳥毛は持って来てますが?
いやまさか『あれ』のこと……じゃないですね。貴方が知っているわけないですし」
景虎にはまだ晴信が何を確かめたいのか分からなかったが、ここで思い至ったことがあった。
いやいくら武田の諜報網が優秀でも、まだ1度も披露していない第二宝具のことを知っているはずはないのだが……?
もちろん晴信には「あれ」に心当たりはないので、ちょっと不審げな口調で訊ねた。
「……何? 何だその『あれ』というのは」
「あ、やっぱり知らないんですね。まあカルデアに所属した後で頂いたものですから当然なんですが。
千子村正殿という刀工が、私が名高い大名だからということで宝具の刀を打ってくれたんですよ。虚名もたまには役に立ちますね」
「何……だと……」
宝具の刀をもらったのか、俺以外の奴から……。
なんて怪しいフレーズが頭に浮かんだがそれはスルーして、こうなったらもうまだるっこしいことはしていられないので直球で訊ねた。
「いや俺が知りたいのはそんなもののことじゃない。『塩留めの太刀』を持ってるかどうかと訊いてるんだ」
「なら最初からそういえばいいのに……で、『塩留めの太刀』ですか。
えっと……ああ、あれですか。うーん、残念ながら持ってないですね。
あ、そういえば
小豆長光とは川中島の戦いで景虎が晴信に斬りつけた時に持っていた刀である。無自覚の挑発というやつで、やはりライバル相手だと口が悪くなるようだ。
晴信はこめかみにピシリと井桁を浮かべたが、今はそんなことより景虎が「塩留めの太刀」を持ってないという話の方が重要である。急ぎ作戦を練り直さねばならない。
「そうか、もういい……」
「何も良くないですが。マスターの方針がなければ本当に殺しとくところですよ!?」
ただやはり言葉足らずだったので、今度は景虎の方が井桁を浮かべていたが。
やがて光己たちが景虎と晴信に追いついて合流すると、一同は改めて作戦会議を始めた。
「今川が手を組みたいと言ってきただと?
しかもそれをその場で断ったか……いや間違ってたとは言わん」
晴信は腕組みして考えつつも、光己の判断を否定はしなかった。
今川が軍神を倒すまで裏切らず、その後もいったんおとなしく帰ってくれるという可能性もないではないが、まあ期待薄だろう。もともと今川の助力など求めてはいなかったし、特に文句はない。
「で、そちらの怠け娘はルーラーだから、少なくともサーヴァントの接近は察知できる、か……。
確かに奴らがこっそり俺たちの後をつけて何かしでかすというのはあり得るから、これは望外の幸運というべきだな」
そこまで言うと、晴信はすっと腕を挙げて前方の森の向こうを指さした。
「軍神はこの先、森を抜けた平野にいる。
殺すとき以外はまるで仏像か何かのように、身動き一つせん」
「…………ええと、つまり今ジェット噴射でもしてるような勢いで近づいてきてるのは私たちを殺すためってこと?」
「は!?」
メタトロンの唐突かつ眠そうな口調での注進に、晴信たちの目が一瞬点になる。まさかいきなり急襲してくるとは!
しかしそこは名将、すぐ立ち直ってあらかじめ考えてあった陣形を取るよう皆に指示した。
「ちっ、相変わらずこっちの思惑をぶち壊してきやがる……!
団子になったままじゃまずい、散開しろ! 俺とカルデアのマスターと人外組が正面から、右から新八、左から景虎。雑賀は後方から援護だ。急げ!」
「え、なんでカルデア所属の私を差し置いて貴方がマスターと同じ位置に……なんて議論してる暇はないですね。貸しにしておきます」
「援護……どちらかといえば近い方が得意だけど、確かに議論してる暇はない。
了解した、雑賀が全力で火力支援する」
「こっちも了解だ。力勝負ってんなら、分かりやすくていいやな」
その配置に不満がある者も数名いたが、当人も承知のように時間がないので素直に従って鶴翼っぽい陣形を展開する。
なお晴信が刑部姫とリリスとメタトロンをひとまとめにしてカルデアのマスターに預ける形にしたのは、知り合って間もない上に本物の人外とあって運用の仕方がよく分からないからだったが、これはこれで正しい判断といえよう。
そして木々の間から北の軍神が音も気配もなく出現する。果たしてどのような存在なのであろうか……。
蛍は現時点では仇討ちそのものには疑問を持ってません。原作第8節で晴信が「俺が殺していたら俺を殺す、伊東が殺していたら伊東を殺す。それがおまえの目的か?」と言ってますが、仇討ちなんですから当然だと思うんですよね。むしろ蛍はなぜ口ごもったのか。
ただ第7節で晴信を撃ったのはともかく、伊東と立香と二重契約してたのはいかがなものかというか、伊東と契約してるのに今魔川兵を何度も殺してたのはいいんだろうか。
あと今回服部が来なかったのは単に主人公が今川の助力提案を蹴ったからですね。
ところで今話を書いてる間に気がついたんですが、メタトロンはルーラーですから鯖探知と真名看破ができるんですよね。つまり軍神と義元の正体が初手で暴かれてしまうという……。
それはそれとしてリリスお迎えできました。やはり書けば出るは真実だった……!?
これで10周年の石1000個がなくなりましたが気にしません!