FGO ANOTHER TALE   作:風仙

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第275話 塩と刀とビシャモンテン2

 夜叉(やしゃ)羅刹(らせつ)というのはインドの鬼神の総称で、いくつかの側面があるが両者とも毘沙門天の眷族とされている。つまり仏法の守護者でもあるわけだが、今現れた両者は老若男女いずれも恐ろしい風貌の鬼そのものの姿をしていた。

 

「カルデアのマスター! ここはいったん退却だ!」

 

 晴信は軍神を倒す手立ては考えてあったが、こんな事態はまるで想像していなかった。ケガ人も多いし、今戦闘を続けるのはまずいと判断したのだ。

 光己の方は敵の眷族軍団に対抗する(すべ)はあったが、実際に使ったことがないので大言壮語はできない。素直に晴信の提案に同意した。

 

「分かりました、それじゃ俺が足止めしますので10キロ以上離れて下さい!」

「10キロ!? ああ、確かルーラーのサーヴァント探知の範囲がそれだったな。

 ……なるほど、それで軍神の方から俺たちを奇襲することができたのか。

 分かった。それじゃおまえら、退くぞ!」

 

 晴信はさすがの明敏ぶりで光己の返事の意味をすぐ理解すると、ただ彼がどこまでやれるかは分からないが彼のことだから無理はするまいと考えて、こちらも素直に殿(しんがり)を任せて景虎たちに退却を促す。

 なお退却する場所はあらかじめ決めてあるから、後で合流できなくて困るなんてことはない。

 

「む、むむむ。とても忸怩(じくじ)たるものがありますが、ここで駄々をこねてもマスターに迷惑がかかるだけですね。やむを得ません」

「初陣でカッコいいとこ見せるどころか先に逃げ出すとか無念すぎるんだけど、確かにそうなんだよね……」

 

 景虎やリリスは本当に言葉通りの表情をしていたが、今夜叉と羅刹の軍団と戦うのは無理なのは否定できなかった。急いで車とバイクに分乗して戦場から離脱する。

 敵は当然追いかけてくるが、光己はどうやって足止めするつもりなのだろうか?

 

「ん、連中俺は無視して晴信公たちばかり追いかけてくな。もしかして対空技持ってないのか? まあその方がやりやすいからいいか……」

 

 眷族たちの武器は鬼っぽい金棒(かなぼう)や斧ばかりで弓矢の類はないし、魔術を使えるようにも見えないから、空を飛んでいる敵は対象外になるのは当然だ。ただ軍神は他にも術を持っているかも知れないから、彼女だけは警戒しておくべきだろう。

 

「ここは通行止めだ! 神の火を使えるのが自分だけだと思うなよ」

 

 光己が地上に向かって思い切り手を振ると、そちらに巨大な赤い焔が落ちて長大な炎の壁がそそり立った。光己は「神の火」と言ったが、その割には禍々しい気配がする。

 肉体的な剛健さでは人後に落ちないどころか人外である夜叉と羅刹も恐れをなして、その手前で立ち止まった。

 

「何です、これは……!?」

 

 軍神も強行突破する気にはなれず、とりあえず顔を上に向けて壁の作り主に仕様を訊ねる。訊ねられた光己の方は、時間稼ぎが目的だから会話をするのは歓迎だ。

 

「今言った通り神の火だぞ。ただし異教……切支丹(キリシタン)が信仰してる神が罪人を落とすためにつくった場所に燃えてる火だけどな」

 

 つまり蛍に言った「火と硫黄の池(ゲヘナ)」のことで、黙示録で赤い竜と獣がそこに落とされた逸話の再現である。人間モードではできないが、獣モードなら竜と獣が揃うので再現可能になるのだ。

 端的にはドラコーの魔獣赫(まじゅうかく)を1度奪った時に習得した火炎術に「地獄」属性がついたもので、夜叉と羅刹が恐れたのはそれゆえである。

 また同時に習得した魔力弾も硫黄の性質を持っており、両方使うことで「火と硫黄の池」になるのだった。

 

(しかしこれは疲れる……!)

 

 やってみて分かったが、軍神とその眷族数百人が突破をためらうほどの強大な障壁を維持するには大変な魔力が必要だった。いかにアルビオンの炉心でも、人間サイズでは少々おつらい。

 ならいっそのこと倒してしまうというのは? ……いや眷族たちはともかく軍神は難しい。マスターたる者無理無茶無謀は避けるべきだ。

 仮に倒せるとしても、そうすると晴信や景虎たちの体面とかそういう問題が。ローマでいろいろ面倒だった、各方面への配慮というやつである。

 

(10キロ、余裕を見て12キロだと10分はかかるな。

 ちょっと長すぎる……何とか騙くらかして追い返す方向にしたいとこだけど)

 

 たとえばこう、軍神が憎んでいるのは自分だから、今奪ったお宝を見せつけながら逆方向に飛んで行ったら追いかけて来てくれるんじゃないかとか、お宝を地獄の炎に投げ込むぞと脅したら壁を小さくしてもおとなしくしててくれるとか。

 え、悪辣すぎるんじゃないかって? 未成年のパンピーが1人で毘沙門天とやり合ってるんだから、このくらいの策略はセーフのはず。

 

「…………なるほど大したものです。それで、貴方は彼らが遠くに逃げ去るまでその炎の壁を出し続けているつもりですか?」

 

 すると軍神が先ほどよりは冷静になった、しかり怒りを隠し切れてないこもった口調でこんなことを訊ねてきた。

 光己側の事情をある程度推測できているようだ。

 

「……むむ」

「………………おや!?」

 

 光己が次の手をすぐに決めかねて迷っていると、軍神がふと訝しげな顔をして小首をかしげた。

 その何秒か後、光己も気配に気がついてそちらに顔を向ける。

 

「リリス!? なんでこっちに来たんだ」

「それはもう、マスターの役に立つために決まってるじゃーん。何せアテシってば嵐の化身だからね!」

「んん? ……おお、なるほどー!」

 

 リリスの自慢げな自己アピールで、光己はいったん退いたはずの彼女がまた戻ってきた理由を察した。

 つまり突風を起こして軍神を遠くに吹き飛ばそうというのだ。

 しかも飛ばすのは軍神1人だけでいい。眷族にはサーヴァント探知スキルはないので、軍神がいなくなったら敵の居場所が分からなくなって進軍不能になるからだ。

 

「でも軍神は(存在規模的に)だいぶ重そうだからまた支援お願い。

 あとアテシの羽は飛ぶといってもグライダーみたいなものでそんなに速くないから、お姫様抱っこもヨロシク」

「んー……お姫様抱っこはいいとして、俺今ちょっと疲れてるから令呪でいい?」

「おけおけ」

「よし、それじゃ令呪を以て命じる。軍神を嵐で吹き飛ばせ!」

「あいよー」

 

 やり取りは恐ろしく軽かったが、その結果つくられたつむじ風の威力は本物だった。軍神の足元から真上に吹き上がって、狙い通り彼女を宙に舞い上げる。

 1度地面から離してしまえば、飛行能力を持たない限りどれほど剛力な者でも前後左右に動くことはできない。仮に軍神が本当にジェット噴射的なスキル(正確には魔力放出と呼ぶべきか)を持っていたとしても、洗濯機の中のシャツのように振り回されていてはまともに姿勢を制御するどころか意識を保つのがやっとであろう。

 リリスがさらに風を送って、旋風の中でもがく軍神を北西の方に押し流す。

 光己の役目はリリスを抱っこしたまま軍神を追いかけて適切な距離を保つことだ。軍神は旋風に翻弄されつつも時々刀から炎を飛ばしてくるので、それを(かわ)す仕事もある。

 

「おお、うまくいったな!

 1つだけ残念なのは、軍神がぐるぐる回るのが速すぎて服の裾の内側がよく見えないことか。

 ところでこの時代、女性は下着を穿いてないんだよな」

「マスターはブレないねえ……ちなみにアテシはちゃんと穿いてるから」

「そっか……いやそのカッコで穿いてない方が問題か。現代的な服だし」

「まあねー。それでこの後はどうする? 何なら1キロくらい上空に押し上げてから地面に叩きつけるとかしてみる?」

「んー、名案だとは思うけど自由落下というのは空気抵抗の関係で速さに限界があるそうだから、普通のサーヴァントならともかく軍神なら耐えるだろ。だからただ遠くに飛ばすだけでいいかな」

「へえー、マスターってばいろいろ勉強してるんだねえ」

 

 そういうことならリリスも自説にこだわることはない。テキトーにだいたい10キロくらい移動したところで、最後に思いっ切り強い風を送って軍神をぽーんと遠くに吹き飛ばした。

 

「あとはとんずらするだけだな。あばよとっ〇あーん!」

「絶対に許さぬぞ化生共おぉ……!」

 

 とんずらについては光己が全力……だと音速を超えて衝撃波が起きるので、亜音速で離脱するだけである。これなら10キロ離れるくらいわけはない。

 こうして2人は軍神相手に殿(しんがり)を務め時間稼ぎをするというハードなミッションを見事成功させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 その後2人は決めてあった合流場所の1つ、須玉IC(すたまインターチェンジ)で晴信たちと再会していた。

 ここは先ほど軍神と戦った千曲(ちくま)とは(高速道路だと)100キロほども離れているので、彼女に探知される恐れはないだろう。

 

「マスターお帰りー。どうだった?」

「ただいま、リリスのおかげで軍神は遠くに追い払えたよ。そっちも無事みたいでよかった」

 

 相変わらず眠そうながらも自分から挨拶してくれたメタトロンに光己も挨拶を返すと、まずは皆が無事だったことに喜んだ。

 ついで刑部姫がやや興奮した面持ちで話しかけてくる。

 

()()を追い払ってきたなんてすごーい。でもそんな派手な第二形態持ってるなら、なんで最初から出さなかったの?」

「そりゃまあ、見た目がもろ人外だからさ。知り合ったばかりの人に見せるのはよろしくないかと思ってね。

 刑部姫さんは気にしないだろうけど」

「え、なんで私だけ別枠なの?」

「え、だって妖怪なら人間が化生に変身したからって怖がったり不気味がったりしないだろ?」

 

 光己にとっては当然の認識だったが、刑部姫は今気づいたかのようにぽんと手を打った。

 

「あー、なるほどぉ。確かにね。

 あ、でもその理屈だとマスターも妖怪とか反英雄とか気にしない……タマモッチがいる時点で今さらか」

「まあね。俺はもちろん所長も『カルデアは内輪もめせずに協力してくれるなら、出身も種族も問わないオープンな組織』って言ってるくらいだから。

 実際俺が契約してるサーヴァントは半分くらい人外だし」

「へえー、それなら私も住みやすそう」

 

 こんな流れで刑部姫とは獣モードについての話もいたって和やかに終わったが、晴信たち人間組はそうはいかない。

 

「カルデアのマスター、おまえいったい……!?」

 

 いや光己の人格や目的を疑っているわけではない。彼がカルデア所属のマスターであることは確かだし、言動も首尾一貫している。彼が自分たちや人類に真っ当な理由もなく害を成すことはないだろう。

 しかしそういうこととは別に、生物の本能として異類かつ強大な存在には忌避や畏怖の感情が働いたのだ。もっと単純に、人間は分からないものを恐れるという心理もある。

 光己の方は当然予期していたことなので、よどむことなく答えた。

 

「ええと、詳しく話すとかなり長くなるので端的に言いますと……。

 俺はカルデアに入った時は魔術師でも陰陽師でもない一般人だったんですけど、いろいろあって異国のアルビオンという竜と融合して、その後なぜか切支丹の聖典に出てくるルチフェロなりしサタンなりし赤い竜の要素と、さらに熾天使と『水界の理想郷(アヴァロン)』の要素も無辜られて、それとは別に『人類悪(ビースト)』の要素もいくらか持ってるという状態なんです。

 でも頭の中身だけは一般人のままですので、そこは安心して下さい」

「………………。さっぱり分からんということは分かった」

 

 光己は誠実に包み隠さず己の正体を明かしたが、晴信や永倉や蛍には用語からして意味不明だった。

 嘘はついてなさそうなので、危険視する必要はないと思われるが……。

 

「……景虎、おまえはどう見てる?」

 

 しかしせっかくなのでセカンドオピニオンを求めてみると、人の心が分からぬ毘沙門天サマは深刻さのカケラもないお気楽そうな口調で答えてきた。

 

「いやあ、実はマスターがそうなったのは前回の仕事場でのことなんですけど、私は同行してませんので詳しいことは知らないんですよ。

 でも同行してた人たち……そうですね、晴信が知ってそうな人を挙げるならかの太公望姜子牙殿がまったく問題視してませんでしたから大丈夫だと思いますよ」

「なに、太公望だと……!?」

 

 太公望といえば殷周革命の立役者で、軍師であり道士でもあったという高名な人物だ。

 彼ほどの知術兼備の大物が保証しているなら安心である。永倉と蛍もほっとした様子で肩の力を抜いた。

 ……なお景虎は人の心は分からなくても軍略は分かるので、このたびはマスターのために「3人の不安感を解消」するための策を練り言葉を選んだという次第だったりする。しかし嘘は言っていないし、晴信たちにも不利益はないのでセーフだと判断していた。

 時と場合によっては虎の威を借りるのも立派な兵法である。

 

「……なるほど、それなら問題ないな。

 じゃあ、ICの中で長々と立ち話するのも何だから続きはここの外にある飯屋でしよう。

 人前に出るからカルデアのマスターはその翼やら角やらを引っ込めて……そうすると上半身裸になるな。とりあえずこれを羽織ってろ」

「そうですね、じゃあお借りします」

 

 ということで光己が人間モードに戻り晴信のコートを借りて羽織ると、一同はICの外にある飯屋に向かうのだった。

 

 

 




 サーヴァントは上空から地面に墜落してもその前に霊体化すれば平気なのではないかという考察もしましたが、FGOではそういう展開は見ないですし、このぐだぐだ超五稜郭でもやってませんので(第8節)没にしました。
 ではまた次回に。


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