マルタの探知スキルによれば、竜の魔女は逃げる様子もサーヴァントを召喚した様子もない。そして5騎中4騎がこちらに向かって動き出した。
「どうやら街を出て野戦をするつもりのようですね。ファヴニールやワイバーンは、市街地より遮蔽物がない平原の方が使いやすいからでしょう」
というのがマルタの見解だった。街に残ったのが誰なのかまでは分からないが、敵軍はまっすぐこちらに進んでいるので、竜の魔女が出撃組に入っているのはまず間違いない。
カルデア勢は周りの地形を見て、特に邪魔になるものがないことを確かめると、進軍を停止して竜の魔女軍が来るのを待ち受けることにした。
やがてロマニから緊急通信が入る。
《藤宮君! そちらでも見えているかも知れないが、オルレアン方面から多数の生体反応が接近している! サーヴァントが4騎にワイバーンが何百か数え切れないほど。そしてこの極大の反応。ラ・シャリテで見たファヴニールだ!》
「おお、そっちでも観測できましたか」
《うん。見た感じ、ワイバーンはファヴニールの前面に多めに配置されてるね。あの時ヒルドとオルトリンデに宝具くらったから、盾代わりにしてるんだと思う》
「あー、さすがに猪じゃなかったですか」
《ああ、それじゃ武運を祈るよ》
なにぶん戦闘直前なので、ロマニは用件だけ伝えるとすぐ通信を切った。光己も今の話をサーヴァントたちに伝えて、作戦を考えることにする。
「とりあえずさっき話したチーム単位で固まって。ワイバーンは何百か数え切れないほどらしいから、予定通りアタランテに頼む」
「わかった、任せておけ」
そういうことならアーチャーの独壇場だ。
百年戦争で猛威を振るったイングランドのロングボウ兵は、射程距離500メートル以上、速さは1分間に5~6本で、威力は金属鎧を貫くほどだったといわれている。アタランテの弓技は全ての面でそれをはるかに凌ぐもので、目にも止まらぬ早業でワイバーンは次々と撃ち落とされていった。
カルデア一行にとっては実に頼もしかったが、竜の魔女にとってはたまったものではない。
「ちょ、何これ? 連中の中に腕のいいアーチャーでもいるわけ?」
それもワイバーンに矢が刺さっているのが見えるから、文字通りの典型的な「弓兵」である。そう、アタランテみたいな。
(そういえばアイツ、まさか裏切ったんじゃないわよね……?)
確かにやたら反抗的だったが、念入りに狂化を仕込んだから、こちらに矢を射ることまではできないはずだ。と、黒ジャンヌが己を励ましていると、横のヴラドから声をかけられた。
「それでどうする気だマスターよ。このまま進むのか?」
「もちろんよ。このペースなら少なくとも半分は残るわ」
毎秒ごとにワイバーンが1頭ずつ落ちているが、それでも連中の所にたどり着くまでは十分保つ。逃げる必要はない。
一方カルデア側も観測は同じだったが、事前に作戦を考える時間があったため、対応策は考えてあった。
「マスター、やはり数が多い。このままだと半分は来られてしまうがどうする?」
「そっか、じゃあ下がりながらやろう。アタランテなら、移動しながらでも射てるだろ?」
「当然だ。こと弓術で私の右に出る者など……1人いたような気がするが、気のせいだからな」
ロングボウ兵は騎馬兵の突進を防ぐため、杭や柵などを事前に準備していたが、ここではそれはできない代わりに、メンバーに超人的な脚力があった。後ろに下がって距離を稼ぎながら射つという芸当もできるのだ。
黒ジャンヌがそれに気づいて悲鳴のような声をあげる。
「ちょ、何アイツら、逃げながら射るって卑怯じゃない!?」
これではいつまでたっても連中の所にたどり着けない。いや、ワイバーンが全滅したら反転してくるのだろうけれど。
「それでどうするの、マスター?」
今度はカーミラが訊ねてきた。黒ジャンヌはすぐには対策が思いつかなかったが、やがてニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
「そうね。敵が卑怯な手を使うのなら、こちらもそうするまでです。どこかその辺の街に行って、住人を盾にしましょう」
「街ってどこ? オルレアンに生き残りはいないし、近場の街もみんなそうよ」
「はうっ!?」
そういえばそうだった。誰がそんな何の得にもならないことを!
「アナタでしょ」
「うぐぅ」
容赦ないツッコミに、黒ジャンヌは気の抜けた声を上げた。
ティエールやラ・シャリテ、あるいはその近辺の村などまで行けば大勢いるだろうが、はっきり言って遠すぎる。
しかしこうなると状況はよろしくない。こちらのサーヴァントはみんな射程距離が短く、まして防御の宝具なんて誰も持っていないので、あの投げ槍を防ぐ手段がないのだ。
(ここはいったんオルレアンの中に戻るべきかしら? いえそれは愚策ね)
そもそも出撃したのは野戦の方がやりやすかったからで、今戻ればワイバーンが減った分、当初より不利になるだけである。それに、戦で最も被害が出るのは退却時であることくらいは、黒ジャンヌも知っていた。
(第一、弓兵1人にあしらわれて逃げ帰りましたじゃ、竜の魔女のメンツ丸潰れじゃない。
何か策を考えないと)
そんなわけで、黒ジャンヌは頭をひねって一策を考え出した。
「―――よし、決めたわ!
それじゃみんな、私たちだけ地上に降りて、走って連中を追うわよ。連中はファヴニールとワイバーンに注目してるから、地上で私たちが走ってくるなんて思わないはず」
やってきた連中は矢を射っては退くのを繰り返しているので、普通に走るよりはだいぶ遅い。つまり黒ジャンヌたちが走って追えばすぐ追いつけるはずだ。
むろんいずれは気づかれて迎撃されるだろうが、そうなれば連中も逃げながらというわけにはいくまい。つまりファヴニールたちも追いつける。
……ファヴニールとワイバーンがもっと速かったら、こんなこと考えなくても済んだのだが。
「ふーむ。悩んでいる暇はないし、それでいくか」
「そうね」
「……」
ヴラドとカーミラが消極的ながらも同意を示し、バーサーカーは黙って頷く。
そして、ファヴニールの陰にまぎれてこっそり地上に降りると、全速力で駆け出した。
「それでもサーヴァントの数はこっちの方が少ないから……ランサー! 射程距離に入ったら、問答無用で連中皆に向けて宝具を使いなさい」
あくまでファヴニールが到着するまで連中を攪乱するためのものだが、うまくいけば何人か減らせるだろう。ヴラドも特に断る理由はなく、「承知した」と言葉少なに頷く。
即席で考えた策としては悪いものではなかったかも知れないが、黒ジャンヌにとって不幸なことに、敵にもルーラーがいたため、彼女たちの動きは逐一察知されていた。
「これは……あいつら、4騎とも地上に降りたわね。まっすぐ走ってこっちに来るわ」
つまり黒ジャンヌの作戦は奇襲にはならないどころか、カルデア勢は迎え撃つ策を考える余裕まであったのだった。
「マスター! 敵が17対4とわかっていて来るなら、不意打ちでの牽制だけと思われまする。つまり本命はファヴニールかと」
まずは段蔵がこう状況を分析する。普段は忍らしくあまり出しゃばらないのだが、今は判断材料を提供する必要があると踏んだらしい。
実際光己は何度か場数を踏んだとはいえ、元は平和な時代の未成年。毎回的確な分析ができるとは限らないのだ。
「あ、ああ。なるほど、そうなるのか」
光己は段蔵が想像した通り敵の思惑を測りかねていたが、これではっきり理解できた。
ならばいくらこちらが多数でも、逃げながらでは不利になる。
「わかった、それじゃ反攻だ! まずプランTで行ってみよう」
「オッケー!」
エリザベートが元気よく返事したところを見ると、プランTとやらは彼女が主導的な位置になるようだ。そして全員がUターンして、自分から敵サーヴァントたちに接近する。
「え、もうバレたの!?」
その動きを探知した黒ジャンヌがわずかに青ざめる。まだ1キロは離れているのに、もうこちらの姿を視認したというのか!?
しかしもはや退くことはできない。黒ジャンヌはヴラドの宝具の邪魔にならないように彼の後ろに、カーミラとバーサーカーは彼の横に散開させながら、さらに駆けた。
そしてある距離まで近づいた時、カルデア勢からアストルフォ・エリザベート・アマデウスの3人が前に出る。
「よし、見えてきたわね」
「うん、連中はまだ攻撃してくる気配はないな。こっちが先手を取れそうだ。
まあ、そのためにマシュ嬢にも控えてもらってるんだけどね」
そう言ったアマデウスの後ろにいるマシュは、ちょっと顔が引きつっていた。何かきつい役目を仰せつかっていたようだ。しかし、どうやらそれはせずに済むらしい。
「それじゃいきましょうか! 間違いなく前代未聞、空前絶後のコンサートよ。何しろ歌と音の宝具の三重奏なんだから! 2人ともしっかり合わせてね」
「任せておきたまえ、何しろ僕は天才だからね!」
「うん、ボクは天才じゃないけど何とかやってみるよ!」
なんと3人が同時に宝具を使おうというのだ。ただし敵サーヴァントの打倒は目的としていないので、上空のドラゴンたちをも標的にする、つまり攻撃範囲を広げることで威力を下げようとしていた。
「気が遠くなるまで聴いていってね! 『
「聴くがいい、魔の響きを! 『
「んじゃあいっくよー! 『
「あわわわわわ……!」
3人が宝具を展開する直前、敵が先に宝具攻撃してきた場合に備えて待機していたマシュは、後方に逃げ出した。その一瞬後、まさに空前絶後の音響兵器が、竜の魔女軍のサーヴァントとドラゴンたちに襲いかかる!
「グワーッ!」「アバーッ!」
ワイバーンたちはしめやかに爆発四散! ファヴニールも意識が朦朧として空中でよろめく。
黒ジャンヌたちサーヴァントですら走っていられず、いったん足を止めざるを得なかった。
「よし、効いてるな! それじゃ3人の宝具が終わったら、ドラスレ組とヒルドと清姫はファヴニールを、他の人はサーヴァントたちに突っ込むぞ」
「応!」
そして次に動いたのはヒルドだった。景気よく宝具をぶっ放す。
「みんな、いくよ! 『
前回と同じく7本の槍が巨竜めがけて飛んで行く。しかも先日当てた咽喉部を狙って。
「!!」
それを見たファヴニールがはっと目の色を変える。
彼は実は単なる猛獣ではなく、高い知能を持っている。人間サイズの敵など、彼にとって個体差を認識できないほど小さなものだが、それでも彼らの中にはごく少数だが、侮れないどころか自分を倒すほどの猛者がいることを知っているのだ。
先日は回避しようとして失敗したが、今回は両腕で咽喉をかばってみた。
「なるほど、考えたね! でも無駄だよ」
槍が空中でカーブし、ファヴニールがかばった場所より少し上に命中する。正しき生命ならざる存在を否定する結界が形成され、鱗を割り肉を焼いた。
「Guuu……!」
ファヴニールが苦悶の声を上げ、はばたく力が落ちて地面に落ちていく。それを見たヒルドたちは、竜殺し2人の間合いに入るべくさらに前進したが、邪竜は地面に落ちる時、その後脚で思い切り地べたを叩いていた。
重い轟音とともに魔力の衝撃波が地を走り、ヒルドたちを10メートルほども吹き飛ばす。
「く、さすがは伝説の竜というところですか……!」
転倒したゲオルギウスが起き上がりながら、畏怖のこもった声を上げる。しかし留まっているわけにはいかない。
邪竜がダメージを受けているのは確かなのだ。決意を新たにして駆ける。
「ォォォ……」
一方ファヴニールは口の中に魔力を集めていた。今の一撃はあくまで時間稼ぎで、本命はブレスということらしい。
「間に合わないか!? やむを得ん、俺の宝具で相殺を……!」
「いえ、それではファヴニールを仕留め切れなくなります! ここはわたくしにお任せを」
ジークフリートが宝具を使おうとするのを清姫が制止する。何か考えがあるようだ。
やがてファヴニールが準備を終え、4人に向けて必殺の業炎を吐き出す。
「させません! 『
清姫が青い火竜に変身し、こちらも口から炎を吐いた。ただし正面からぶつけるのではなく、下から押し上げる角度であり、射線をずらす気のようだ。
しかし、ファヴニールはさすがに名高い強力な竜で、ずらし切れずに邪悪な炎が少女に届く。
「耐え切れますか……!? いえ、耐えてみせますとも!」
すると清姫は体を渦巻き状に丸めて、自身の体を盾にして炎を受け止めた。彼女も火竜なので高熱には耐性があるのだ。
しかし邪竜の炎はそれすら超えて、彼女の体に火傷を負わせていく。
「くくっ、首をケガしてるのに加えて半分そらしてこの威力ですか……しかしお2人にファヴニールを倒してもらわないとますたぁの身にも危険が」
清姫自身の力ではファヴニールを倒せないので、どんなことをしてでもジークフリートとゲオルギウスは守らねばならないのだ。愛する旦那様のために。
「清姫!」
竜殺し2人としては、ここまでされたら何としても勝たねばならない。しかしすぐさま突撃するのは猪武者のすることで、息を詰めてタイミングを窺う。
やがてファヴニールの口内の魔力が尽き、ブレスの放出が終わった。同時に清姫の竜化が解けて墜落していく。
普通なら彼女が地面に叩きつけられないよう受け止めるべき場面だが、竜殺したちはそうしなかった。まずジークフリートが渾身の力で宝具を放つ。
「邪竜、滅ぶべし……! 『
ジークフリートの剣から青いビームがほとばしり、大技を使った直後で力が抜けたファヴニールの首に大穴を空ける。
しかし邪竜を殺すには至らなかった。地面にうずくまっているが、まだ息がある。
もはやブレスは吐けないが、腕や翼を振り回して人間どもを遠ざけようと最後のあがきを見せる。
「Uuguu……!」
「しぶといですね、しかしこちらも急いでいますので」
放っておいても長くはないだろうが、確実にとどめを刺しておかないと安心はできない。ゲオルギウスはファヴニールが暴れるのをかいくぐって、彼の懐までもぐりこんだ。
「……汝は竜、罪ありき! 『
そして、ジークフリートが空けた穴に、さらに宝具の剣撃を叩き込んで、ついに文字通り邪竜の首を落としたのだった。
次回、邪ンヌはどうなってしまうのか……!?