今川側のサーヴァントは撤退し始めたし、兵士は連れて来ていない。仮に気が変わって戻って来ても探知できる。
つまり安心して療養できるというわけだ。
「でもぼーっとしてるだけじゃ退屈だろうし、みんな無事で良かったお疲れさまということで竜宮城のごはん……は時間的にハンパだからお菓子をご馳走しよう」
「え、竜宮城のお菓子?」
昔話めいた、しかし甘美なるパワーワードに女性陣が色めき立つ。晴信と永倉も、お菓子が嫌いというわけではないのか特に嫌そうにはしていない。
「そう。出せる物に多少の制約はあるけど……そうだな、今回は多分みんな食べたことなさそうな、俺の時代の天竺の物を出してみるかな」
「おおー、やはりマスターは気前がいい」
「外国のスイーツ……なんて危険な誘惑。
リバウンドが怖い、でももらっちゃう」
メタトロンは普通に喜んでいたが、刑部姫はサーヴァントでありながら太ったり痩せたりする体質らしく懊悩し……いやすぐに欲望に敗北していた。
とりあえず反対意見は出なかったので、光己はリリスに手伝ってもらって家屋の中からテーブルごとお菓子を持ってきた。そのテーブルと椅子、食器に至るまですべて水晶製なのはこだわりなのか、水晶しか使えないのかは不明である。
肝心のお菓子は、光己も名前は知らないがグラブジャブン、ハルワ、バルフィといった物で、メイドイン竜宮城だけに見た目にも綺麗で大変美味しそうだった。
飲み物はチャイやラッシーなどである。インドのスイーツは激甘系が多いので、その分スパイスを入れて味覚的バランスを取っていた。
なおこういった差配は発注者からの指定がなければ竜宮城自体がやってくれるという至れり尽くせりぶりである。
「すごーい」
「うん、これは美味しそう」
「じゃ、いただきまーす! ……あ、甘ぁぁぁい!? ほっぺ溶けるぅぅ」
「確かにこんな甘さは初めて。すごい」
そしてその美味しさに刑部姫は改めて光己の至芸に感嘆し、蛍も彼の雇用主としての評価をまた一段上げていた。
男性陣にとっては甘すぎだったらしく食は進んでいないが、飲み物は気に入ったらしく旨そうに飲んでいる。
「これが天竺の茶か……なかなか面白い味わいだな」
「カルデアのマスターは元素人だって言ってたのに大したもんだ」
「え、お酒はないんですか? そりゃまだ昼間ですし、今川が戻って来ないという保証もありませんが」
「分かってるなら素直に茶を飲んでろ。そんなだから厠で乙るんだぞ」
「貴方だって病死でしょうが。享年も私より2つ上なだけですし大差ないです」
「確かに病死だがおまえほど不摂生はしてない」
もっとも1人だけ困ったちゃんがいたが、名前は挙げるまでもないだろう……。
そしておやつを食べ終わった頃には謙信は傷がほぼ治ったので、メタトロンが出す水流で体と服を洗浄した。
「あ、そういえば私が母上の身体を奪ったところは今川側に見られてはいないですよね。ならさっきまでと同じ服にしておきましょうか」
そうすれば今川側は軍神は普通に斃されただけと誤認するはずである。
彼らはカルデア勢(の誰か)が軍勢召喚を使えるのを見たから作戦を考え直すはずだが、そうであっても敵状を見誤らせておくのは有効だ。
「そだな。あの時すぐ水晶宮出したから見られてないはずだし、そうしてくれる?」
「はい。それとあと、母上が仰っていたことなのですが」
その次は、謙信が青岩院に聞いた、義元の正体が氏真だった件の報告である。
「ふーむ。するとカルデアのマスターがオルタだとか偽者だとか言ってたのは大当たりだったってことか? すげえ眼力だな」
「え!? あ、そっか、そういうことになりますね。
いやあ、まさか本当に偽者だったとは」
永倉に褒められて光己は照れくさそうに頬をかいた。
偽者だからといってこちらがやることは変わらないが、何かの策に使えるかも知れない。
「……さて、これで今やることは全部終わったな。そろそろ
「そうですね、あ、その前に冠返して下さい」
「おっと、忘れてたな」
晴信は
「……で、発つってどこに? 今すぐ今川の城に行くの?」
「うーん。体にまだちょっと違和感がありますので、できれば1日か2日猶予をいただきたいのですが」
光己が水晶宮と軍勢を消し謙信と晴信が乗り物を出したあたりで蛍が行き先を訊ねると、謙信がちょっとバツ悪そうな顔で今少し休養を取ることを希望してきた。
他のサーヴァントは魔力さえ回復すれば戦闘に支障はなくなるが、マスターはそうではないので彼の休息も兼ねてということなら妥当である。
「じゃあそうするか。今日のところは甲府に帰って、明日になったら今の茶菓子の礼に武田の隠し湯に案内しよう。場所も甲府の近くだしな」
「おおー」
これまた特に女性陣にとっては喜ばしい展開だ。この流れを引き出した光己への評価は上がる一方であった。
―――そして翌日の昼すぎ頃。一同は予定通り山間にある武田の隠し湯に到着した。
人の手がほとんど入っていない自然そのままの感じの、広さ的にはやや狭めの天然温泉である。
ただこの時代の風習もあって男女別の仕切りといったものはなく、つまり混浴だった。女性陣の大多数にとっては好ましくない状況である。
というか男性である光己が1番嫌がっていた。
「我が国では俺が他所の女子の肌を見るのはいいが、俺が契約してる女子の肌を他の男子が見るのは違法となっている。なので男女別にするために、仕切り板を設置させてもらうことにする」
「マスターの独占欲がダブスタそのものの域になってる件について」
「でも言わなくても済む本音を堂々と口に出せるのは一周回って立派かも知れない」
リリスと刑部姫がそんなことを言ったが、彼の主張に反論する気はないようだ。
他に意見を出す者はいなかったので彼の要望は通ったが、仕切り板なんてどう調達するつもりなのだろうか?
「ん? 刑部姫さんが壁立てれば済む話だと思うけど」
「あー、そ、そうね……。それでマーちゃんは男湯と女湯のどっちに入るの?」
「そりゃ男湯だろ。この状況で女湯入ったら晴信公と永倉さんの心証激悪だからな」
「あ、そこはスジ通すんだ……」
こうして男湯と女湯、男子更衣室と女子更衣室がつくられ、一同は男女別で湯に浸かることとなった。
「おお、これは確かにいい湯……」
「そうだろう。生前にも何度か来たが、ここはかなり気に入っている」
実際に武田の隠し湯と呼ばれるものはいくつもあり、晴信が湯治をしていたという記録もあったりする。
一同はしばし戦を忘れてのんびり湯を楽しんでいたが、しかしやはり、戦国&幕末な特異点に長い休暇なんてものはないようだ。突然地面が揺れ始め、地響きの音も聞こえてきた。
「この地鳴り……地震か?」
「おお!? で、でけえぞ!」
しかも空まで急に暗くなってきた。
晴信と永倉が思わず立ち上がり、顔色を変えて辺りの様子を窺う。もしかして今川の攻撃か!?
光己も立ち上がってその空を見上げて、あっと驚きの声を上げた。
「どうしたカルデアのマスター……って、おい、冗談だろう」
「何だありゃ!?」
光己が指さした方を見て、晴信と永倉も一瞬目を疑う。
何と、空中に巨大な岩塊が浮かび上がっていたのだ。
さっきの地震は、今まで地面に収まっていたこの岩塊が浮上したせいだろう。暗くなったのは、これに日光が遮られたからだ。
岩塊の正確な大きさは遠いから分からないが、縦横高さとも百メートル単位、いやキロメートルに達しているかも知れない。その下底には、円錐を逆さにしたような形の金属の装置が取り付けられていた。
方角は西南西の方だから、位置的にはおそらく斎藤が言っていた
―――女湯の方でも当然これに気づいて、謙信が板越しに声をかけてきた。
「マスター! 怪しげな岩塊が浮き上がってきましたがどうなさいます!?」
「あ、ああ、そうだな。とりあえず湯からは出ようか。着替えて集合しよう。
晴信公も永倉さんもそれでいいですよね」
「まあ当然だな」
というわけで一同は湯から上がって、刑部姫が出した仕切り板も消してしばらく様子を窺うことにした。
神坂からここまでは直線でも100キロ弱くらいあるから、いきなり攻撃を仕掛けてくるとは思えないが……!?
「…………何もしてこないな。あんなデカブツを宙に浮かべたからには、相当大掛かりなことを仕出かすんじゃないかと思うんだけど」
「……待って。何かこっちに飛んで来てる」
見ていても何も起きないので光己たちは待ちくたびれてきたが、その時やはり蛍が何かを見とがめて注意を促す。
そう言われて一同が改めて岩塊の方を注視すると、本当に何かが飛んで来ている……何なのだろうか?
「……サーヴァントです! 反応は4つですね。んー、氏真以外のメンツが来たということでしょうか?」
そして謙信がその正体を看破したが、詳しい事情までは分からず首をかしげている。だってサーヴァントが襲撃するなら岩塊を浮かせる必要はないし、そもそも今川側に空を飛べる者はいなかったはずだ。
「しかも軌道が安定してませんね。酔っ払いの千鳥足のようにフラフラしてます。何なんでしょうか?
…………いや、見えました! 斎藤一と沖田総司、杉谷善住坊と果心居士です。
はて、敵なんでしょうか味方なんでしょうか」
謙信は4人を肉眼で視認できたので真名を看破したはいいが、彼らの事情はまだ分からなかった。斎藤が沖田を救出して今川の城から出たならこちらの味方になるはずなのに、なぜ杉谷や果心と一緒なのだろう。しかもそのタイミングが岩塊浮上と同時なのは何故か?
「うーん、そうなると今攻撃するのはよろしくないな……」
「そうですねぇ……」
光己は沖田の名前が出た時点で、4人が空を飛んでいるのは彼女がオケアノスで入手したジェット噴射機を使って他の3人を運んでいるからだと分かったが、彼女たちの敵味方についてはやはり分からない。できれば味方でいてほしいものだが……。
そしていよいよ、沖田たちが顔が見える距離まで接近してくる。4人はこちらに気づいているかどうかは分からないが、どうやら温泉に突っ込むつもりでいるようだ。
おそらくまともに減速するのが難しく、地面に激突するよりは水面に落ちる方がマシと考えたのだろう。
「うーん、直接手出ししたら逆に混乱させそうだな。
リリス、風でトンネルつくって水面に誘導するとかクッションで着水の衝撃やわらげるとかできる?」
「んん? マスターってホント面白い気のつき方するよね。
おっけーい、アテシに任しといて!」
リリスが光己の要請を軽ーい調子で承諾し、沖田たちの方に向けて手をかざす。
すると4人の飛び回る範囲がだんだん狭くなり、まさにトンネルの壁にぶつかりつつも道なりに進む暴走車のように温泉に向かって誘導されていった。
「うわあああ!? 何か空気の壁に当たって進路が制限されてるような!?」
「いや逆だ、俺たちが地面にぶつからないよう水面に向かわせてくれてるんだ」
「つまり助けてくれてるんですかね!?」
「多分そウ。空気の抵抗ガ強くナって減速しテる」
「でも着水の衝撃がゼロにはなりませんよね。総員、対ショック防御!」
「どうやって!?」
4人は予想外の手助けに戸惑いつつも、何とか受け身を取りながら着水することに成功した。派手な水音と水柱が立つ。
「あたたたた、なんとか着水できましたね……」
「どうやら生きてるみたいね」
「いやあ、死ぬかと思ったぜ」
「……全ク」
痛くはあったが、手助けのおかげで大したケガはせずに済んだ。
そして温泉の浅いところで立ち上がって周りを見ると、見知った顔と知らない顔がいくつか温泉の外で自分たちを取り囲んでいた。
「マジで斎藤、それに沖田……か!?」
「え? 誰ですこのおじいさん」
「誰だじゃねえ! 新八だ、永倉新八!」
「は? 永倉さん? 老けましたね~」
「というかてめえ、な、なんて格好してやがる!? 恥じらいとかそういうのはねえのか!
いや、なかったな昔も別に!」
「女の裸ぐらいで騒ぐなよ。ジジイになっても変わんねえな」
その対面の最初のやり取りはちょっとばかりお笑いめいていたが、まあ大した問題ではあるまい……。
しかし晴信はこの手の無駄話は好みでないらしく、すぐ割り込んで真面目な用件に移らせた。
「おい、少し黙れ。その2人がおまえの仲間なのは分かったが、それより話を聞かなきゃならん奴がいるだろうが」
いうまでもなく杉谷と果心のことである。斎藤と沖田はこちらへの敵意はなさそうだが、ならばなぜ2人は同行してきたのか?
すると杉谷が1歩前に出て、いたってさばさばした口調で話し始める。
「おお、まさか武田の大将といきなり会えるとは探す手間が省けたな。幸運だった。
確かに俺と果心居士は今川に雇われてたが、いいかげんついて行けなくなったんで辞めてきたのさ」
「ほう!?」
どうやら彼女たちはカルデア・武田組に合流するためにわざわざこちらへ来たようだ。
事実だとすれば朗報である。晴信は興味深げに身を乗り出した。
「俺はしがない生臭坊主の雇われ兵で果心居士の奴もロクデナシだが、それでも人としての一線くらいはわきまえてるつもりだ。
しかしあいつらは手当たり次第に万単位の罪もねえ民をさらっては気味の悪い改造兵にしてるし、働き手を失った一家が流民になってもまるで気にしてねえときた。
武田の大将、おまえさんのとこにも大勢押しかけてるんじゃないか?」
杉谷の推測は当たっていたらしく、晴信は不快げに口元をゆがめた。
「まあな。追い返すわけにもいかんからできる限り世話してるが、結構な負担になってる上に忍びの類が混じってる可能性があるから警戒もしなきゃならん。
もしわざとやってるのなら戦略としてはともかく、領主としては下の下だな」
「マジか。外道にも程があるだろ……」
光己の表情にも深刻な嫌悪の色が現れる。流民が武田領に行っているのが今川側の意図的な策だとしたら、もはや領主ではなくただの凶賊であろう。
「そういうわけで、こっちの2人が逃げ出す算段してるのに乗っかって一緒に来たって寸法さ。
出てく時に辞表代わりに鉛弾とクナイを偽義元に叩きつけてきたから、偽装降伏とかそういうのは心配しないでくれ」
杉谷がそう言いながら証言を求めて沖田の顔を顧みる。沖田もその意を察して話を始めた。
「ええ、彼女は嘘は言ってません。
ただし弾もクナイも当たったのにほとんど効いてませんでしたが。
もちろん2人が手を抜いたとかじゃなくて、偽義元が頑丈だったからですよ」
「その偽義元って何?」
2人の会話の中に怪しい単語があったのを聞きとがめた光己がそう訊ねると、沖田は彼の存在に今気づいたらしく大仰に驚いた。
「おや、藤宮さんじゃないですか! えーと、これでもう4回目になりますか。
ホントに縁がありますね!」
「良かった、今回も俺のこと覚えててくれたんだ」
沖田はこれまでに出会った記憶を全部持ってきてくれたようだ。
しかも今川側に囚われていて脱出してきたのなら今回も仲間になってくれそうである。
「ええ、また会えて私も嬉しいです。
……で、偽義元ですね。
ええ、彼女の言う通り本物の義元とは別に、つくりものの義元が2人いたんですよ。伊東さんは人造義元様って言ってましたね。
ただ一から全部つくったんじゃなくて、何でもサーヴァントの霊基を素体として義元の魔力を
素体の1人はノッブで、もう1人は雑賀孫市という人と言ってました」
「!?」
沖田の話の最後に出て来た人名に蛍がビシビシビシッと顔だけでなく全身をひきつらせる。
今彼女は何と言った、孫市の霊基を使って人造義元とやらをつくったと言ったのか?
「え、ええと、沖田、さん?
今の話は本当? 今川が雑賀孫市の霊基で人造義元をつくったっていうの。
……あ、私は雑賀蛍。孫市の次の雑賀の頭領。よろしく」
蛍が名乗りもせずに訊ねるのは失礼と思って慌てて名乗ると、沖田もその苗字で彼女が妙に動揺している理由をさとった。
「……ええ、伊東さんは確かにそう言ってましたよ。
といってもノッブ使った方との区別はつきませんでしたが」
「そう…………」
沖田の回答を聞いた蛍は、傍目にも可哀そうになるくらい分かりやすく落ち込んだ。
自分が騙されやすい性格なのは知っていたが、味方を殺して遺体(?)を道具に使うような連中にこうもあっさり騙されていたなんて。
事情を知っている光己たちにもかける言葉が思いつかない。
「分かった、ありがとう」
しかし蛍は重要な話をしている最中だからか、やがて気を取り直して顔を上げ、とりあえず貴重な情報を教えてもらったことに礼を述べた。沖田の方は詳しい事情は知らないながらもおおむね察して、「ええ、どう致しまして」と簡潔に応じてすぐに話題を変える。
「で、これはこれとしてですね。実は土方さんがまだ捕まってるんですよ。
変な機能がついた牢屋に閉じ込められてまして、私の『
「え、沖田さんのアレで破れないとなると相当だな。こんなでっかい岩塊宙に浮かせてるだけのことはあるってことか」
どうやら敵は思っていたより強いようだ。光己が驚きつつも納得して頷くと、次は斎藤が話を継いだ。
「ああ、その副長からあんたにってわけじゃないが伝言がある。
奴らは五稜郭、あの宙に浮いてる岩塊のことだな。あれをこの地にぶつけるつもりらしい」
「なんだと? あのデカブツをこの甲斐に落とすということか!?
何のためにだ?」
話の内容が内容だけに光己より先に晴信が反応して、泡喰った様子で続きを求める。
すると今度は沖田が答えた。
「確か、この国を1度破壊して作り直すとか何とか……」
持ち出してきた物が物だけに、目的の方もかなり大仰なようだ。
さて、今川は何を考えているのであろうか……。
原作に近い流れになりました。主人公側は戦力的にはかなり強いとはいえ、敵はこの後「戦いは数だよ」してきますので苦しくなるかも知れません。
流民の件は原作の第4節で伊東自身が語ってます。