晴信率いる武田軍は支度を整えると、ただちに甲府から川中島めざして北上した。
距離は中央自動車道だと160キロほどである。人間の歩兵では敵がいなくても7~8日くらいかかるから彼らは後詰めで、騎馬隊でもぎりぎり間に合うかどうかだから、道中はサーヴァントとちびノブたちが主役になるだろう。
途中で東に寄って先日も行った佐久などを経由するルートもあるが、距離はあまり変わらない。
「佐久経由で行くか。こちらの方が道の左右の平地が狭くて大軍が展開しにくいからな」
少勢が多勢に勝つには各個撃破が基本なので、敵はなるべく動きにくい状態にさせておきたいということだ。できれば早い段階で敵将を討ち取るのが理想だが、相手もバカではないからそこまでは無理そうである。
……と思ったが、
人造義元が4人固まっていたら厄介だが、1人ずつ順番に倒すなら難易度はだいぶ下がるというものだ。
もっとも今は川中島にたどり着くのが優先だし、実際は氏真・伊東・服部が直接率いる本軍がさらに向こうにいるのだろうが。
そして武田軍の先頭が
「むう。今なら予定通り佐久側に行けば衝突せずに済むが、そうすると連中が甲府までなだれ込む恐れがあるな……」
甲斐の領主として断じて許しがたい。晴信は即決で、前方の敵軍を撃破するよう命を下した。
「作戦変更、全軍中央道に向かえ! 奴らをこれ以上進ませるな!」
「おう、それでこそまっとうな領主ってもんだぜ」
晴信の指示に杉谷善住坊は満足げに笑って、闘志がさらに上がった様子を見せていた。今川の統治がアレだっただけに、落差を感じているようだ。
杉谷は銃兵だが得物が種子島銃1丁なので蛍のような連射はできず、代わりに長距離狙撃を得意としている。といっても人造義元にはほとんど効かないが、今魔川兵の指揮官クラスを斃せばその配下がみんな統率不全になって弱体化するので十分有能といえよう。
相棒の果心居士は感情や表情や言葉が今いち分かりづらい、しかも外術使いの危険な存在ではあるが、「他者が見る自分の姿に沿った行動を選択する」という性質があるので、今はそこそこ正統派な言動をするようになっている。
「エエ、こンな戦いをしてイる自分も、嫌いデハありまセン」
その戦闘スタイルは全身から刀を出した状態で駆け回ったり、無数のクナイや
「……うーん、ついに決戦かあ。
毘沙門天サマがみんなやっつけてくれると嬉しいなあ」
刑部姫は左手を水平にして額の上に当てて遠くを見るポーズなどしつつ、発言の方は腰が引けていた……が、元の性格と敵の数を考えればやむを得ないところだろう。
そしてその毘沙門天サマはいうまでもなくやる気十分だった。
予定通り軍の先頭で、ちびノブの車の中でも特に大型の4WD車の上にどどーんと仁王立ちしている。
「ふむ、進路変更してその先の敵軍を撃てと……いいでしょう、承知したと伝えて下さい」
本陣から来た伝令にそう答えると、大音声で配下の先鋒部隊に号令を下した。
「先鋒部隊、中央道に転進! 敵は正面間近にあり、我に続け! にゃー!」
「ノブー! 一番槍の手柄はこの4WD部隊がいただきノッブ!」
戦国最強格の大将の
そして情報通りに前方から今魔川兵の大軍が道路全部、いやその左右の原っぱまで広がって押し寄せてくるのが見えた。
「来ましたか、これは正面衝突するしかありませんね。
サーヴァント反応はなし……普通先鋒には強い部隊を使うものですが、こちらを疲れさせるための捨て駒扱いなんですかね」
謙信は拍子抜けかつ不快げな顔をしたが、やることは変わらない。
「ではさっそく大筒……いやこれは道路まで破損しかねませんか」
面倒だが、それなら他の武器を使えば済む。大筒には付属の(?)涙滴型のパーツがあって、その先端からビームを連射することができるのだ。戦車の主砲と機銃のような関係だろうか。
大筒本体を使わないなら出さない方が正体を秘匿しておける。謙信はパーツ2個だけを出して、まさに機銃のような勢いで敵の前面を
「誰が悪いのかは分かってます。なのでまとめて殺しましょう!」
いつもながら物騒な発言だったが、威力の方も凄まじかった。太い針のような形をした光線が千枚通しのように今魔川兵の頭や胴体をざくざくと刺し貫いていくさまは恐怖しか感じられない。
「おお、これは思った以上に使えますね!
ではちびノブたち、敵兵がもう少し混乱したら突撃です!」
自分1人でケリをつけず部下にも戦わせるのは、部下に手柄を立てる機会を与えるのと同時に、マスターとの距離が遠くて魔力供給がいつもより少ないので魔力を節約するためでもある。
ただ敵味方の人数差が大きいからなるべく死者を出したくないので、その辺のさじ加減は難しい。
(……って、ちょっと待って下さい。今魔川兵、死んでも消えませんね。いえ当たり前なのですが)
サーヴァントはもちろん、光己や青岩院が召喚した軍勢も「死亡」したら身体全部が消滅していたが、今魔川兵は元は普通の人間なので死んだら遺体がその場に残る。いやそちらの方が普通なのだが、これでは道路に遺体が散乱して通行の邪魔になるではないか。
謙信の火力なら燃やして蒸発させることもできるが、それは魔力消費が大きいし道路まで溶かしてしまう。普通に兵士の手で道路の外に運び出すしかないだろう。
つまり進軍のペースが鈍るということだ。
(もしかして今川側はそこまで考えて……!?)
彼らはこちらを倒さなくても、2日間足止めできれば勝ちなのだ(と彼らは思っている)。
もしそれが目的なら、彼らは無理に攻めず防戦に徹してもいいし、武田軍に中央突破されたら散らばった兵士をまとめて甲府を突く姿勢を見せて武田軍に引き返させるという手もある。
つまりこちらとしては、人造義元と今魔川大将が率いている5部隊は皆殺しとまではいかずとも軍隊としての体をなさなくなるまで潰さなければならないわけで、たった2日でそれを果たした上で川中島まで行けるだろうか?
(せめてマスターたちが五稜郭をどうにかできればいいのですが、いざとなったら私と晴信だけ裏道で川中島に行くしかないかも知れませんね)
ただその場合ここに残る3人は軍隊指揮の経験がなさそうなので、人造義元が率いる部隊が来たらあっけなく負けてしまいそうだ。つまり事前に人造義元を4人とも討っておく必要があるわけだが……。
(うーん、こっちもかなり難しそうですね)
もっともこれらは今のところ根拠のない推察に過ぎないし、謙信自身「現代」の路上で車に乗ったちびノブの軍を率いて改造人間の軍と戦った経験はない。まずは実際にやってみるべきだろう―――ということで、謙信は
五稜郭の真上まで来た沖田たちはいきなり本丸南西の出入り口に行くのではなく、まず陽動として反対側の北東の出入り口を攻撃することにした。
「え、私からだって? めんどいなぁ」
メタトロンはいつもながら無気力ぶりを見せつけているが、それでもサボる気はないようだ。手をかざして、出入り口の前の庭の上から大量の水を落下させる。
その水量と勢いはまるで大きな滝のようで、地面にぶつかって横向きの濁流となり今魔川兵たちに襲いかかった。
「な、何だいきなり!? 雨か!?」
「いや、降ってるのはここだけだ。ってことは敵の襲撃か!? しかし上から!? 水を!?」
「いや水でも大変だぞこれ!?」
いかに今魔川兵が常人よりずっと強い筋骨を持っていても武術的スキルはあまりないので、足元に濁流が流れたり地面がぬかるんだりすれば転んだり流されたりしてしまう。
その混乱の隙をついて蛍が銃撃を始めた。
「今日の雑賀は一味、いや十味ほど違う。堪能していってほしい」
口ほどのことはある強烈な銃弾が雨あられと降り注ぎ、今魔川兵たちを次々と撃ち倒していく。
今魔川兵の方は得物が刀と火炎放射器なので、わりと高い所にいる蛍たちには届かない。人造義元が来るまでは一方的な殺戮になるかと思われたが、意外にも少し離れた地上から鉄砲の弾が飛んできて何発か蛍に命中する。
もとより竜王の鎧に通じるはずもなく豆弾のようにはじき落されたが、蛍はかなり驚いた様子でそちらに顔を向けた。
「今銃で撃たれた……。
今の私たちなら平気だけど、普段の私たちだとケガしそう。
武田晴信にも教えた方がいいかも知れない」
蛍は今川側にいた時に兵士が鉄砲を使うのを見たことはなく、これが初めてである。
おそらく今まで隠していた秘密の、あるいは新規に養成した部隊だろう。晴信が知らずに騎馬隊突撃なんかしたら三段撃ちとかされかねない。
―――蛍のこの推測は正解で、今彼女を撃ったのは伊東が特注でつくった今魔川鉄砲隊の兵士である。魔王信長の霊基から引き出した情報を使っているのでサーヴァントにも有効だ。
さすがにアルビオンパワーをもらったサーヴァントや竜王の宝物には通じないようだが。
「何だと……!? 分かった、今すぐ伝えよう」
光己から通信機を預かっていた永倉が、少々青ざめつつもさっそく晴信に事の次第を伝える。幸い武田軍はまだ敵鉄砲隊と遭遇しておらず、報告は間に合ったようだ。
「よし、あとは晴信の大将なら何とかするだろ。
儂らは儂らの仕事を再開するとしよう」
「うん、ここは任せて」
いったん敵の注目を集めても、その後何もしなければ元の木阿弥になるから誰かは残って攻撃を続けねばならない。空飛ぶ重装甲銃兵というチート兵種になった今の蛍なら、1人で残っても落とされる恐れは少ないから適任というわけだ。
もし人造義元が3人揃ってきたら、その飛行能力で逃げればいいのだから。
「ああ、頼んだ」
そして永倉たちが本命の南西門に向かうと、やはりこちらにも大勢衛兵がいて警備していた。
つまり爆撃すると罠があってもなくても衛兵は倒せるから無駄弾にはならないということで気分的にはむしろ好ましい。
「じゃあいきますよ。光子ミサイル、斉射30連!」
普段は三連なのだが、今は魔力供給が潤沢無比なので使い方も派手だった。
沖田の腰についたジェットパックから灰色の水筒のようなものがいくつも射出され、それらが水色の光の尾を引く
個々の爆発の威力も普段よりずっと上で、衛兵たちは悲鳴を上げながら木の葉のように吹っ飛ばされていった。
「グワーッ!」
「アバーッ!」
その悲鳴が武士というよりニンジャチックなのは、沖田がアサシンになっているからであろうか……?
それはともかく、地上をよく見ると沖田のミサイルの青白い爆光とは明らかに違う、黄色い爆炎がちらほら混じっている。ただ炎や音はさほど大きくなく、これで確実に斃そうというほどの殺意は感じられない。
「ま、あまり大きい爆発起こしたら近くにある別の罠に届いて誘爆しそうだからな。
爆発だけで倒せなくても、ケガさせりゃ周りの兵士で倒せるって計算か」
「でも壁も爆破したみたいだし、もう安全っしょ? そろそろ降りる?」
「そうだな、頼む」
入口付近にいくつ罠を仕掛けていようと、入った先にまで仕掛けはするまい。衛兵も近くにはいなくなったので、永倉と斎藤は地上に降ろしてもらった。
入口は扉と壁を丸ごと爆破したから最初の部屋は全部見える。戦国時代の城や武家屋敷っぽいつくりの、ただ建物が大きいだけにやたら広い土間あるいは玄関の間だった……が、沖田がここにもミサイルを飛ばしていたので完膚なきまでに破壊されて見る影もない廃墟になっていた。待ち伏せしていた兵士たちも全滅である。
「
その無惨なありさまを見たリリスはしんみりした口調で
「じゃあアテシはここに残るよ。ここは俺に任せて先に行け!ってやつだね」
おそらく敵の追っ手を食い止めるという趣旨なのだろう。永倉たちは彼女の気持ちはありがたく思ったが同意はしなかった。
「いや嬢ちゃん、ここを塞いでも連中は北東側から来られるから意味ねえと思うぞ。
雑賀の嬢ちゃんはあそこに居ずっぱりじゃなくて他の場所にも行くからな」
「へ!? あ、そ、そっか。じゃあ2階に行く階段を守ればいいのかな?」
「いや、これだけ広い建物なら階段も複数あるだろうからな。それも無意味だ」
「…………そ、そうなんだ。さすが本職だけあって分かってるね。
マスターにカッコいい報告する……いやマスターだったら怒るかな? それはそれで美味しい展開になるのに」
「お、おう、そ、そっか」
リリスの軽い発想に永倉はちょっとあきれたが、誰かが迷惑をかぶるものではなかったのであえてツッコミは入れなかった。
「それで、土方って人はどこに囚われてるの?」
「この城の中心部……階でいうと3階だな。天使の嬢ちゃん、その辺りで合ってるか?」
斎藤はリリスの質問に答えつつも、改めてルーラーの見解を聞いておく入念さは実際本職であった。
「……うん、さっき言った反応2つはその辺だから合ってると思う」
そしてこの回答で行き先が確定したので、5人は沖田と斎藤の先導で城の中心、魔力増幅炉に向かうのだった。
余計なところばかりリアルにすると、レイドから川中島への連戦というのはかなりツラい流れになりますな。
ではまた次回に。