晴信たち西部軍も、敵の今川軍はサーヴァントさえいなければ単に数が多くて手間がかかるというだけで討つこと自体は難しくなく、南海道覇王が率いていた軍を無事撃破した。
しかし15万の大軍と2度も戦うとさすがに将も兵も疲れが溜まってきたので、しばらく小休止を取ることにする。これができるだけでも、光己たちが五稜郭を奪った功績は大きいといえよう。
なお晴信が倒した足軽猪は本当にぼたん鍋にされて、晴信とサーヴァントたち、あと近習の兵士たちに配られていたりする。
やがて日が落ちた後、光己たちが北海道覇王と接触したのより2時間ほど遅れて西海道覇王の部隊と遭遇した。
「来たか……。
メタトロン、サーヴァント反応はあるか?」
「んー、ないねー。
ところでまだ働くの? もう夜だし、10年くらいお休みしない?」
「……。せめて10分なら分かるんだが、異国の神霊ともなると時間の感覚も違うということか……?」
メタトロンの恐るべき怠惰っぷりに晴信は額に10本ほど縦線効果を出してしまったが、そこにリリスが仲裁に入った。
「いや、この子は単に怠惰なだけでそういうわけじゃないと思うよ。
あーでも時間の感覚が人間と違う神霊自体はいるかもね」
「ふむ……まあ仏教の経典だと何億年とかいう言葉が当たり前みたいに出て来るからな」
晴信は武闘派ヤクザだが生前は
「あ、アテシもその辺ちょっとだけ知ってるよ。インド……天竺って数字むちゃ盛るよねー」
「どう見ても天竺生まれじゃなさそうなのにそんなことを知ってるおまえはおまえで、色々と謎が多いな……。
まあいい。ともかくメタトロン、寝るのはカルデアに行ってからにして今は仕事をしてくれ」
「ういー」
「……!? ういー、って、酒飲んだわけでもないのに酔っぱらってるのか?」
「いや、これはこの子の依代の出身国の言葉で『はい』とか『ええ』って意味だから酒酔いじゃないよ。
語尾が伸びたのはいつもの怠惰」
「そ、そうか」
能力面は頼りになるが何と面倒な。
別動隊の人選をした時に光己がリリスをメタトロンとセットにしてくれたが、もしリリスがいなかったら今頃キレていたかも知れない。晴信は内心でため息をつきつつも2人に感謝した。
「―――何はともあれ、俺たちには前に進む以外に生き残る道はねえ。
全軍進めっ!!」
「おおーっ!」
晴信の号令一下、武田軍が一斉に動き始める。
大軍に兵法なしとばかりにひた押しに押してくる今川軍に対して、武田軍は蛍と杉谷が遠距離の銃撃、リリスと果心居士が中距離の刃物投擲、メタトロンが援護と攪乱を行いつつ、それをくぐり抜けてきた敵にはちびノブたちが文字通りの車懸かりで対応するという形だ。永倉と斎藤はちびノブたちの前に立って刀を振るい、晴信は大きな4WD車の上に立って総指揮に当たっている。
これはもうルーチンワークになっており、敵が特別な動きを見せるかサーヴァントが出て来るまではこれを続けていればいい。
一方その頃今川側の司令部では、西海道覇王と南海道覇王に加えて本軍からやってきた服部武雄が合流していた。
「ふむ、つまり武田とカルデアが五稜郭を
「はい、そちらでは何か思い当たることはありましたでしょうか?」
「いや、特に意識していなかったから何もないが……しかし物見の報告によれば、武田軍は我が軍と接触するまで休憩をしていたらしい。これは五稜郭が止まっていると知っていなければできないことではないか?」
「確かに。だがそもそも連中が五稜郭の真の目的を分かっておらぬという線もあるが……」
「それなら連中は全軍を挙げて出撃などせぬであろう。やはり分かっていて、かつ陥としたと見るのが順当だと思うが」
「ううむ、やはりそうか……五稜郭はいまだ姿が見えぬしな」
五稜郭が無事であれば、いくら夜で雲も多少はあるとはいえ、とっくの昔にはっきり見える距離まで来ているはずだ。つまり止められたのはほぼ確実といえよう。
「すると、今私が前線まで赴く必要はなくなったということになるのでしょうか?」
「そうなるな……ならばいっそ、余たちも引き揚げて本軍に合流する方が良いか?」
武田軍が川中島に行くのを急がないのであれば、ここで通せんぼしていても意味はない。むしろ各個撃破の餌食になるだけである。
というか五稜郭を止められたなら川中島で決戦する意味自体がなくなるのだが、今川側が駿河国に帰る道の中で大軍が通れるのはこの道と東の佐久ルートしかないので、やはり対決は避けられない。ならば川中島は山間の道路より広くて大軍を運用しやすいから、戦う場所としても有利というものだ。
ただ
「ふむ、確かにな。
では善は急ぐとしようか」
こうして驚くべきことに今川側は謙信の予想に反して、殿に3万人だけ置いて残りは川中島に行ってしまったのだった。
晴信たちは今川軍の殿3万人を破りはしたが、その向こうに敵がいないことに気がついた。
「こいつらを足止め役にして、その間に川中島に先行したということか。
まあ1つの判断ではあるな」
西海道覇王と南海道覇王の2人でここにいるサーヴァント8人に当たるより、川中島に行って氏真たちと合流した方が勝算は高いと見たのだろう。
軍隊同士の戦と考えても、ここより川中島の方が大軍側に有利だし。
「しかし最初からではなく今になってからそうしたのは、やはり五稜郭が来ないのに気づいたからだろうな」
なるべく隠そうとは思っていたが、この時刻まで来なければ今川側も怪しむに決まっている。この先は、こちらは決戦を急いでいないのがバレているという前提で動くべきだろう。
「とはいえ、連中も川中島からさらに北や東に行きはするまい。
予定通り
その後は何事も起こらず、晴信たちは千曲で光己たちと合流することができた。時刻は朝5時、もうすぐ夜明けである。
残っている兵士は1万6千人ほどだ。敵は35~40万人と思われるから当初よりは差が縮まっているが、普通に考えれば絶望的な人数差なのは変わっていない。
前方に川中島の草原が広がっている。今川軍はその奥の方にいるようだ。
「サーヴァント反応は正面奥に3つ、こちらから見てそれより右手前に2つですね。
兵の陣立ては正面奥が多分
正史の晴信の真似してるのか単に包囲を狙ってるのかは分かりませんが」
と敵状を解説した謙信は、竜王の武具は光己に返して自前の槍を装備していた。
晴信や蛍には武具を全部は貸してないので、それを見せつけるのは人の心案件的によろしくないのだ。戦力的にはむろん装備していた方が強いのだが、1人だけ超戦力で見せ場を独り占めしてしまうのも人の心案件だし。
先日蛍にも話したが、カルデアのマスターは信用や評判も大事なのだ。
「それはそれとして、武具出したまま特異点修正になったらカルデアにちゃんと戻って来るかどうか確信が持てないというのもありまして。
その分はさっきのより派手な大技で穴埋めするということでひとつ。いや晴信公たちには見せてませんけど」
「そう言われると
晴信にとってはこれが最後の戦いだが、光己にとっては今後も続く仕事の中の1つに過ぎない。超貴重な武具を失うリスクは冒したくないのは当然だ。
そのリスクを取らねば負けるのなら別だが、現状はそこまで危機的ではない。別のことで穴埋めすると言っている者に無理強いする必要はなかろう。
「しかし連中が包囲を狙ってるのなら、そうさせるわけにはいかんな。数の差が露骨に出る」
「そちらは私と晴信の担当ですね。どうします?
連中にまだ動く様子がないのは、こちらを草原の中の方まで入り込ませるためだと思いますが」
「やはり包囲狙いか……。
こちらが氏真の首狙いで正面から突っ込んだら、長蛇がこちらの背後に回って挟み撃ち、さらに鶴翼を閉じて四方から攻撃というところか?
孫子にも『敵の10倍の戦力があれば囲め』とあるからな」
そうなったらいかに晴信と謙信の指揮が巧みでも味方兵士全滅は必至だし、サーヴァント勢も数の暴力でいつかは倒れるだろう。
空を飛べる者……と謙信は別として。
「正史で晴信がやろうとした流れですね。
私は車懸かりで対抗しましたが、この人数差でやったら車輪丸ごと囲まれるでしょうね」
「ああ、しかし睨めっこしていても埒は明かん。草原には入らざるを得んが、囲まれんよう機動戦でいくしかないな」
敵は大軍ゆえ動きは鈍重になるはずなので、そこを突いて捕捉されないよう注意しつつ鶴翼の端、あるいは長蛇の頭部から潰していくのが順当か。
ただいくら速さで勝っていても、鶴翼と長蛇2隊に挟まれる形になると厳しい。できればどちらかを早い段階で壊滅させるか、動きを完全に封じておきたいが……。
「なら素直に今回も軍を分ければいいんじゃないですか?
機動戦なら人数少ない方が行軍は速くなりますし」
「ふむ……」
確かにそれがやりやすいか。問題は班分けだが……。
晴信が腕を組んで考え込むと、永倉がそばに寄ってきた。
「晴信の大将。また別動隊つくるんなら、両方とも鉄砲隊に対抗できるようにしておいてくれよ」
「ん? ああ、そういえばそんな話もあったな……」
永倉は鉄砲隊に対するトラウマがまだあるようだが、実際これは考えておくべき問題だ。
もし敵鉄砲隊の人数が4桁に届くなら、蛍の機関銃と刑部姫の要塞壁を組み合わせてもちょっと厳しい。メタトロンの水流とかも合わせればどうにかなるだろうが、鉄砲隊対策だけにあまり大勢割くわけにもいかないし。
謙信がいる方は彼女が大筒をぶっ放せば済むだろうが。
「……いや、まだ手立てはあるな。
カルデアのマスター、おまえの竜宮城は敵の鉄砲を防げるか?」
「え? ああ、それは大丈夫ですよ。孫悟空並みの強者でもなければ、竜宮城には入ることも破ることもできません。
ただし内から外への攻撃もできませんが」
「そ、そうか」
晴信はかくーんと肩を落としたが、竜の城は決して専守防衛オンリーの引き籠り屋敷ではない。
「でも空飛ぶ鮫ならいますよ。古事記にも書いてありますから、神秘の濃さは保証付きです。我にお姉ちゃんの加護ぞあり!
代わりに絵面と雰囲気が川中島の戦いから激しく逸脱しますけど」
「…………」
また何かトンチキな単語が出てきた。
しかし竜宮城=海神の城に鮫=
とはいえ彼の言う通り、最終決戦の絵面としてはいささか脱力モノなわけで。
「……いや
そうだな、さしあたっては鉄砲隊対策としてだけ採用しよう。城は動けんから、どのみち機動戦には不向きだしな」
「分かりました」
これで壁を出せる者が2名になった。大変喜ばしいことだが、考えることはまだある。
「そういえば謙信、前に軍神は川中島の龍穴の魔力を使っていたかも知れないという話をしたが、おまえはどうだ?」
「この状況では無理ですね。魔力を独り占めするには占領下に置かないといけませんから」
「そういう仕組みになっているのか……。
カルデアのマスター、さっきまでは魔力供給の都合でおまえと謙信は同じ隊にしていたが、ここの広さなら別の隊にしても大丈夫か?」
「んー、そうですねえ。今までの話だと、離れたとしても5キロかそこらでしょうから、それなら多少
「そうか、なら今回は分かれてくれ。
さっきまでの戦いの経緯を聞く限り、おまえと謙信が揃ってると戦力が
「んー、確かに……分かりました」
これで本隊に晴信と光己とメタトロン、別動隊に謙信と刑部姫が決まりになった。
あと蛍は連射型の銃兵として本隊、リリスもメタトロンのお守り役として置いておきたい。残りは杉谷善住坊と果心居士を別動隊、新選組4人をまた2人ずつに分ければ両軍ともサーヴァントは6人という配置になる。
「……という感じでどうだ?」
「そうですね、俺は異存ないです」
新選組をまた分けるのは前衛後衛の人数バランスという観点と思われるが、なにぶん新選組は全員が前衛で、その他の者は後衛が多いので致し方ない。異論は特に出なかった。
その分け方はさっきまでと同じにした方がやりやすいだろうということで、永倉と斎藤が本隊、土方と沖田が別動隊になった。
「よし、決まりだな。
それでカルデアのマスター、おまえの大技というのはどういう頃合いで使うんだ?」
「……そうですね、まだ遠いのでもう少し近づいたら」
「分かった、ではそろそろ出撃だな。
本隊はまず鶴翼の左に回るから、別動隊は長蛇の右に向かえ。その後は適宜通信機で連絡を取り合おう」
「承知しました。ではまた後で、具体的には氏真の前あたりで会いましょう」
「ああ、遅れるなよ」
こうして武田側も方針が決まり、二手に分かれて進軍を開始する。
今川側はすぐには反応しなかったが、武田側がある程度進んで草原に入り切ると、武田側の作戦は想定の範囲内だったのか遅滞なく対処してきた。陣立ての端に食いつかれないよう横に伸ばして、常にすぐ包囲に移れるよう動いている。
「人数が圧倒的に勝ってるからこそできるお大尽な戦術だな……。
カルデアのマスター、まだか?」
「そうですね、じゃあそろそろ」
晴信の問いかけというか催促に光己はそう答えると、獣モードになって宙に舞い上がった。その両手にはテュケイダイトが握られている。
「この距離なら届きそうだな。それじゃやるか。
……黄昏よりも昏きもの 血の流れより紅きもの 時の流れに埋もれし偉大な汝の名において」
そして例によって例のごとく
というのもこれは自力オンリーではなく、他者の力を借りて行使する術(という設定)だからだ。しかもその他者「黄昏よりも昏きもの~~」とは「魔王なりし赤い竜」のことである。
するとこれは自分の力を借りる術ということになるが、いったい何の意味があるのか?
その鍵はドラコーの光己評の中の「意図的に行使できる魔力量については無惨なほどに極少」という部分にある。
これは経験や訓練が不足しているからでもあるが、彼の「自分は一般人の庶民である」という自己規定が強すぎるからでもある。自身が人間だという
そこでこのジレンマを解決する手段として、今回は「魔王なりし赤い竜」を他者扱いして呪文でその力を借りるという手続きを考案したのだった。ただ「一般人」が「魔王」の力を借りようとしたら普通は相当な危険や対価を伴うものだが、それこそ「自分」なのだから両方ともゼロという都合のいい発想である。
「我ここに闇に誓わん 我等が前に立ち塞がりし全ての愚かなるものに 我と汝が力もて 等しく滅びを与えんことを!」
これは要するに「俺の敵を倒すのを手伝ってくれ」という意味だが、格好つけて長い台詞を喋ることで
その相乗効果により、今や2本のテュケイダイトの間に溜まっている赤い魔力光の出力は軍神戦の時やった「ルシフェリ〇ン・ブレイカー」など比較にならぬ強さになっていた。
「
最後は型通り
投げられた光球は鶴翼の中央にまっすぐ飛んでいって―――着弾すると、地を揺るがし耳をつんざく壊滅的な大爆発を引き起こした。
主人公が唱えた呪文の元ネタは「スレイヤーズ!」の「
あと主人公はことあるごとに自分がパンピーだと主張してますが、そこもちょっと堀り下げてみました。
ではまた次回に。