武田軍の晴信隊が今川軍の総司令部に突入すると、1人のサーヴァントが率いる部隊が真正面に立ちはだかってきた。
メタトロンに真名看破してもらうまでもない。あの特徴的な全身甲冑、間違いなく服部武雄だ。
部隊はほとんどが一般の刀兵と僧兵だが、服部の周囲には光己が言っていた体の一部を金属に置き換えた者が何十人も控えている。どんな攻撃をしてくるか分からないから特に注意すべきだろう。
永倉と斎藤は生前に服部と同僚だった時もあり、今は武田軍の斬り込み役なので必然的に彼と対峙することになる。敵同士とはいえいきなり切り結びはせず、まずは会話を始めた。
「この大軍の中をくぐり抜けてよくぞここまで来られたものです。いえ、新選組だけの力では到底不可能だったでしょうが」
最初に服部が先制の煽りをかますと、斎藤も皮肉げに口元を歪めてそれに応じた。
「そりゃお互いさまってやつじゃねえか? てめぇらだって、聖杯や未来知識がなかったらこの軍勢も五稜郭も作れなかっただろうが」
「―――」
実際聖杯はともかく伊東の未来知識は新選組とも御陵衛士とも関係なくて、どこ由来なのか服部も知らないので反論しにくかった。
「それは確かに。
ところで五稜郭といえば、いまだに姿が見えませんがやはり君たちが
「まあな。俺と新八も行って、ちっとは役に立ってきた。
といっても手柄の大半はカルデアのマスターのものだが」
斎藤は五稜郭を止めたこと自体はもう隠す必要はないので服部の質問に正直に答えたが、具体的に誰がどうしたのかまでは言わなかった。
しかし服部はその台詞から、斎藤が想定していなかった所まで読み取った。
「む、彼のサーヴァントではなくマスター本人の手柄だと……?
そういえば伊東先生は軍神は聖杯戦争のルールを壊した私たちへのカウンターだと仰っていましたが、その割には今いちおとなしかったので別の者が派遣されてきたということなのでしょうか」
軍神が真に今川勢へのカウンターであるなら、一般兵や近隣住民を殺しておしまいではなく、氏真と伊東と服部の3人を殺すまで攻撃を止めないはずだ。
伊東の推測が間違っていたのか軍神側に何か事情や問題があったのかは分からないが、いずれにせよ軍神はカウンターとしては不完全であった。そこで派遣主は今度こそ確実を期して、あの赤い爆発の使い手を送り込んだと考えれば筋は通る。
それがサーヴァントではなくマスターの方だったとは驚きだが。
いや斎藤はその使い手がマスターだとは言っていないが、候補者が他にいないから多分そうであろう。
「あれはちょっと反応が遅れていたら我々みんな死んでいましたからね。さすがに真のカウンターともなると手強いです。
それに比べて君たちは何です、その姿からしてすでに終わってますよ」
服部は「真のカウンター」の強さを称えはしたが、それは仇敵を貶すための前振りでもあったようだ。
彼が指摘した「姿」とは、斎藤の洋装と永倉の隠居老人的な容貌のことである。サーヴァントは生前の最盛期の姿で現界するものだというのに、かたや新選組から離脱して敵だったはずの明治政府に就職した後の姿、かたや服どころか肉体まで老人になり果てた後だとは。
つまりこの2人にとって、新選組は己が最も誇れる時期ではなかったのだ。
「そう、貴方たちは新選組であったことを後悔している。
己の若かりし日々を認められないのです。あの連中と過ごした日々を!」
「……っ!
馬鹿言ってんじゃねえ……。後悔なんざあるわけ……あるわけねえだろ!」
服部の台詞に先に反応したのは永倉だった。
強い口調で否定しているが、それは内心の動揺を隠すためだと服部は見抜いてさらに口舌の刃を振るう。
「では何をしに来たのです?
仲間と別れた甲斐の地に。新選組が終わったあの五稜郭に」
「違う、儂は……俺は……!」
そう言いつつも、永倉は反論どころか服部と目を合わせることすらできない。
「それが貴方たちの行き着いた先、掲げた理想とは真逆の行い、その果てにある新選組の末路なのです。
時代に取り残された老兵よ、せめて我が全霊の太刀で葬りましょう」
「…………」
服部が永倉に狙いをさだめ刀を構えるが、永倉には動きがない。まさか戦意を失ってしまったのだろうか?
しかしそんな永倉をかばうように斎藤が前に立つ。
「おいジジイ、何ぼさっとしてやがる!
敵の口車に乗せられてんじゃねえぞ」
まずそう言って落ち込んだ同僚に活を入れてから、鋭い表情で服部に向き直った。
「確かに新選組は五稜郭で終わりはしたが、その道のりのすべてが間違いだったわけじゃねえ。
そもそもここは幕末じゃねえどころか正史ですらねえ。新選組にいたことを後悔してようと誇りにしてようと、今ここで何をするかには関係ねえんだ。
ここでてめぇらがやってることは俺の『誠』と相容れねえ、だから斬る。それだけよ!」
「―――!」
その気迫のこもったタンカは服部が一瞬たじろぐほどだった。
そして言葉の出る幕は終わったと判断し、改めて刀を構え直す。
「ふふふ、そう来ましたか。
ならば貴方の『誠』と私の忠義、どちらが勝るか決めると致しましょう!」
さあ、尋常に参られい!!!!」
服部の兜の
ただ「貴方たち」ではなく「貴方」と言ったのはもはや永倉を対等の敵と思っていないという意味であろう。永倉の方はそれに気づいたのか気づかないままか、再び双眸に力がこもり今度は迷いのない魂の叫びを上げた。
「ああ、そうさ……確かに儂は、新選組は理想とかけ離れた行いをしたこともある。
だが! 今ここで人
その叫びに、服部もまた迷いのないまなざしと言葉と行いで応じた。
「そうですか、ならば貴方には義元様の覇道にてお相手
鉄化兵、出撃!」
新選組は1人に3人で当たるのが基本だから斎藤と永倉が挟み撃ちしてきても新選組の「誠」には反しないが、先ほど「尋常に」と言った以上、ここでは1対1で戦いたい。鉄化兵に永倉を抑えるよう命じたのは、斎藤と一騎打ちしている間割り込まれないためである。
永倉は当然それに気づいたが、合わせてやる義理はない―――と言いたいところだったが、鉄化兵は彼が今まで相手にしてきた一般の刀兵や僧兵とはワケが違っていた。
たとえば胴体に鉄が仕込んであれば斬られても死ににくくなるし、腕を細工してあれば斬りつけた時に備え付けの刃が二刀流めいて同時に攻撃する。脚から
「おおっ!? 何だこれは。やりにくいな!?」
しかもそれが1人や2人ではなく50人もいるのだ。むろん永倉の後ろには武田の兵士やちびノブが大勢いるが、彼らも苦戦していた。
晴信と蛍とメタトロンがいる司令部も、服部が別途送り込んだ部隊2つに挟み撃ちされて足を止められている。この2部隊は今まで戦闘に参加せずにいた予備隊なので疲労が少なく、逆に晴信隊は疲労が濃いので不利なのだ。
「前衛と分断されたか!? チッ、なかなかやりやがる……!」
情勢の変化に晴信は思わず舌打ちしたが、そこに時ならぬ無数の銃声が遠くの方から響き渡った。
その標的だった服部隊の後衛の兵士がばたばたと倒れる。
「な、何です!?」
さすがに泡喰った服部の言葉に、それが聞こえたわけでもあるまいが銃声が聞こえた方から女性の野太い大きな声が届いた。
「おお、こりゃすげえな!
俺が『信長』の鉄砲隊を指揮するなんて皮肉なモンだが、こんな経験は2度と出来ないだろうから存分にやらせてもらうぜ!」
杉谷と果心が、光己とリリスの代わりに晴信隊に移籍してきたのだ。
しかも2人きりではなくちびノブを2千人ほど、それも今魔川鉄砲隊が持っていた火縄銃を回収した上で連れてきている。銃声が1つではなく無数だったのはそういうわけだ。
ちびノブは「織田信長」から生まれた存在だから訓練なしで最初から火縄銃を使えるし、車に乗せるなら大した荷物にならないのでちょうどよかった。
「騎馬鉄砲隊ならぬ自動車鉄砲隊ってところか? しかし敵が残した銃を拾ってちびノブに使わせるとは、カルデアのマスターは面白いこと考えるな!
さあちびノブども、撃って撃って撃ちまくれ! 味方にさえ当てなきゃ、それ以上の細かい狙いはつけなくていいからよ」
「ノブー!」
自動車鉄砲隊は数こそ少ないが、機動力・打撃力・射程すべてが服部の部隊を大幅に上回っている。つまり一方的に痛手を与え続けることができるのだ。
「ううむ、まさかこんな戦術があったとは!」
これには服部も打つ手をすぐには思いつけず困惑した。すでに斎藤と戦っている最中だから尚更である。
「そらそらそらぁっ、よそ見してる暇あるのかぁ!?」
「くっ、やはり強い……!」
実際斎藤は片手間で倒せる相手ではなく、かといって指揮官としては部下の苦戦を放置もできない。それでも鉄化兵方面だけは優勢かと思ったら、果心が加入したのでだいぶ盛り返されていた。
やはり兵だけ多くても将が少なくては不利か。服部がそう考えてちょっと弱気になった時、後方から援軍が登場する。
氏真と伊東が率いる本隊が自動車鉄砲隊の横合いから攻めかかったのだ。といっても速さが違うので接触はできず、いったん距離を取らせたにすぎないが。
ところでこのたびの
「これはあれか。『俺たちは追いながら氏真隊と闘う。自動車鉄砲隊は逃げながら氏真隊と闘う。つまりハサミ討ちの形になるな』って感じ?」
「そうですね……おや、氏真と伊東と思われる反応が曲がって晴信たちの方に向かいました。鉄砲隊を襲ったのはフェイントだったみたいですね。
ふむ、このままいけば今晴信たちがいるあたりで杉谷殿以外のサーヴァントが敵味方全員集合になりそうです」
「おお、ついに決戦か……1人だけハブになるのはちょっと申し訳ないけど、鉄砲隊の指揮官に歩兵の前線に来てもらうわけにはいかないからなあ」
「そうですねえ」
そんな状況でも光己と、彼の翼の光の影響でハイになっている謙信はかなり呑気なやり取りをしていたが、やがて謙信の予想通りサーヴァント勢は1ヶ所に集まっていた。
まずはついに相対した晴信と氏真が戦闘前の挨拶を交わす。
「いろいろ手間はかかったが、ようやくここまで来たぜ。義元。
おまえの頼みの綱の五稜郭は
晴信が氏真の正体を知らないフリをして「義元」と呼んだのは気遣いとかではなく、単に「正体を知っている」という情報を隠しただけである。五稜郭を「止めた」としか言っていないのもそれだ。
「……どうやらそうなるようだな。
将の数はそちらが勝っているから有利と思っているかも知れぬが、戦は数だけではないと言っておこう。
たとえばそちらは大軍相手に駆け回って相当疲れているはずだからな」
氏真の方は相手が情報を秘匿しているなんて考える理由は特にないので、常識的な考察をもとにまだ諦めてはいない旨を答えた。
しかしその常識を晴信はせせら笑った。
「誰が疲れているだと? 海道一の弓取りも敵将を見る目は節穴か?」
「……何!? ッううむ、確かに貴様も周りの者どもも疲労した様子が全然ないな」
言われてみれば、晴信たちはやせ我慢している風はなく普通に元気いっぱいである。サーヴァントは魔力さえあれば肉体的な疲労はない存在だが、これだけ長時間戦えば相当な魔力を消費するはずなのに。
カルデアのマスターと契約したのだとしても、
「まさか五稜郭を操縦して魔力を自分たちの方に向けたとでもいうのか?
貴様たちにそこまでの知識や技術はないはず」
「……ん? やはり五稜郭にはそういう機能があったのか?
だがそれはハズレだ。おまえの言う通り、そんな知識や技術はないからな」
「ならばどこから魔力を?」
「別に珍しい話じゃない。サーヴァントはマスター次第という言葉があるが、本当によくいったものだということさ。
そら、そのマスターがおまえの後ろにご到着だ」
「何!?」
氏真がそちらを向いた直後に、彼の背後を固めていた兵士たちが吹っ飛ばされ、そこにできた空間から敵の一団が現れる。
先頭にいるのは氏真も顔を知っている土方と沖田だ。囚われていたはずの土方がここにいるということは、やはり五稜郭は陥とされていたということか。
まあそれは今更である。それより氏真の目を引き驚かせたのは、2人の少し後ろにいる指揮用と思われる大きな車の上に乗った4人の真ん中にいる少年だった。
何しろサーヴァントではないのに、頭には角、背中には12枚ものいろいろな翼と尻尾が生えており、その上両腕両脚が魔物のような形状をしているのだ。
晴信の言いようからすれば彼がカルデアのマスターなのだろうが、一体何者なのか!?
敵軍は氏真のすぐそばまでは突っ込んで来ず、少し離れた所で停まった。ついで指揮車の上の4人のうち、例の少年と異国風の少女の2人だけが跳び下りる。
こうしていよいよ、カルデアのマスターと特異点の主が対面するに至ったのだった。