今魔川兵は斃してもサーヴァントに逃げられたのなら、またすぐ追っ手が来るのは必定だ。光己たちは永倉の提案で、人狩りの被害者たちと一緒に隣の甲斐国、すなわち武田の領地に行くことにした。
いや長尾景虎が武田晴信の所に行ったらケンカになる可能性が高いのは分かっていたが、信濃国が今川に奪われているなら晴信も今川とは敵対しているはずだから、呉越同舟はできるんじゃないかと踏んだのだ。
しかし今川の動きは機敏で、途中で車に乗ったちびノブの集団に追いつかれてしまった。
「ちびノブというと、私が行った所にもいたあの……?」
「はい、そのちびノブです。あの時とはちょっと感じが違いましたが」
「へえ……」
織田信長は日本、特に戦国時代では知名度が非常に高い方だから現界頻度が高いのは分かるが、また聖杯でやらかしたのだろうか。困ったものである。
「いや確かにこの時は最後まで敵だったんですけど、次に来た時はこちらの味方になってくれましたからむしろお手柄なんですよ」
しかもその後仲間たちを大勢連れて来てくれて、それが今川軍との決戦で大いに役立ってくれたのだから世の中分からない。
「そうですね。晴信の有名な約定破りをこの目で見られたのはある意味眼福でした。
普段『情けは味方、仇は敵なり』とか言ってるくせにそれはないでしょう、と私でさえ思いましたが!」
晴信は謙信に塩対応な所があったが、謙信も晴信には口に容赦がなかった……。
「ま、公ほどの人なら分かってはいたんだろうけど」
いくら乱世とはいえ、むやみに約束を破って侵攻すれば恨みや不信を買って「仇は敵」になることくらいは承知の上で、そのすべてに勝てる自信があったのか、自信はなくても目先の状況を優先せざるを得なかったのかまでは分からないが。
なお「仇は敵」は息子の勝頼の代に来た。世の中都合のいい部分だけ相続するというわけにはいかないようである。
「……それはともかく。2番手にはさっきの果心居士さんと杉谷善住坊さんもいたんですけど、戦ってる間に今謙信が言った武田晴信公が来たんですよね」
「ええと、今までの話からすると永倉が呼んできてくれたってことかしら?」
「はい、でも実は武田と今川は同盟を組んでたらしくて。
それで杉谷さんは勝った気になったんですけど、その時晴信公がその同盟切ったわけです」
「予告とかなしでいきなり? すごいことするわね……」
オルガマリーは名門魔術師ながら善良かつ小心な感性を持つだけに、晴信のドラスチックなムーブにちょっと引いていた。
光己の真の正体を知っていたならともかく、そうではないようだから無謀な蛮勇にさえ思える。
「はい、でも公には思惑があったみたいで」
その時蛍と晴信の絡みでひと悶着あったがそれはセンシティブな話題なのでこの場ではスルーして、光己は
「晴信公が言うには、この特異点の勢力は公と今川勢と『北の軍神』という1人きりのサーヴァントで三つ巴の戦いになってるそうでして。軍神とは交渉不能なのもあってとりあえず今川とは同盟してたけど、この機にまず軍神を倒したいという話でした」
「なるほど、組む相手としては今川より貴方たちの方がいいと思ったわけね」
カルデアと今川が戦っているなら晴信は両方と組むことはできずどちらかを選ぶしかないので、それでカルデアを選んで先ほどの同盟破棄になったということか。
光己は度外視するとしても、有能なサーヴァントが3人もいるわけだし。
「そうですね。何しろさっき話した人狩りの連中、武田の領内でもやってたそうですから」
「!?」
オルガマリーは驚倒した。それでは同盟ではなく属国とか植民地ではないか。
「一応狼藉してる連中見かけたら退治していいことにはなってたそうですが」
「まあそうでなきゃいくら劣勢でも組めないわよねえ……。
……って、それで今川を切るって判断になったわけか。それなら分かるわ。
あ、でも軍神っていったら謙信の別側面か何かなんでしょ? 貴方たちならそちらと組むっていう選択肢もあったんじゃない?」
オルガマリーは前回の戦国特異点で勉強したので、こういう質問もできるのだった。
なおこのあたりで蛍は光己がチェーン脱着場でのあれこれを話さず省いてくれたことに気づいて、その気遣いに内心で感謝していた。いずれはある程度明かさねばならないことだが、自分で一から十まで、しかも悪印象を持たれないように話すのは大変なので。
「そうですね。その辺探りを入れてみたところ、公は軍神の所業について説明してくれまして」
何でも軍神はある日突然現れて武田兵と今川兵両方を大勢殺戮し、その後も武田と今川の勢力が同等になるよう、兵士と民衆の区別なく殺して回っているというのだ。理由は全く分からない。
生前謙信と敵対していた晴信が言うことだから鵜呑みにはできないが、これが事実なら人道的にも謙信の名誉的にも軍神と組むわけにはいかない。
「というわけで、軍神と今川を倒すまで武田と同盟するということになったんです」
「まあ、そうなるわねえ……」
ただ今川を倒した後晴信が聖杯を奪うため光己たちを後ろから殴ってくる可能性はあるが、今その心配をしても仕方ない。オルガマリーの感覚でも光己たちの判断は妥当だと思えた。
「それで出発は明日の朝ということになりまして、今日の所は永倉さんが手配してくれた宿屋に泊まることになったんです。
ただ夕食までには少し時間がありましたので、謙信と2人で街を散策することにしまして」
2人で街を散策というのはデートと同義だからまた清姫が騒ぐことが予測されたが、この散策の最中にリリス&メタトロンと会ったわけなので省くことはできないのである。
「てい」
しかしその気配を察したドラコーが当身を入れると、清姫はあっさり失神して床に倒れた。
「これで良かろう。続きを話すが良い」
「アッハイ」
まあ何度も騒がれると周りに迷惑なのは事実なので、光己はドラコーの処置を叱ったりせず素直に受け入れた。
なおヒロインXXやルーラーアルトリアやメリュジーヌあたりも「2人で街を散策」というフレーズにちょっと羨ましそうな顔をしていたが、言葉や行動に出さない程度の慎みは持っていた……が、先のことまでは分からない。
「それでその最中、偶然リリスとメタトロンが茶屋にいるのを見かけたんですよ」
光己がそこまで言い終えると、それまで沈黙を保っていたリリスがずざっと前に出た。
「そう! そこでアテシとマスターは運命の出会いを果たしたってわけさね」
満面の笑顔でそう言い放ちつつ、右手でピースサインをつくって真ん前に突き出す。その右手がマシュの方を向いていたのは偶然を装っていたがむろんわざとだ……が、マシュ当人を含めてそれを看破できた者はいなかった。
ただこの台詞、光己の妻を名乗るに等しい内容なのだが……。
「といってもアテシは(生前は)アダムとはな~んにも関係ないから、そこんとこよろしくね!」
しかしリリスの次の台詞で、それに色めき立っていた何人かが脱力してかくーんと肩を落とした。
だってアダムと関係ないならサタンの妻でもないわけで、じゃあ運命の出会いとはいったい何なのか?
「それはあれだね。マスターはルチフェロなりしサタンを無辜られた、アテシはサタンの妻を無辜られた、そこになんの違いもありゃしないってわけよ」
「違うでしょ!」
するとジャンヌオルタが鋭い口調でツッコミを入れたが、何がどう違うかまでは分かっていなかったりする。
というか内心では「それはもっとも」とも思ったのだが、何かこう、封印されし邪眼を持つ者として黙っていられなかったのだ。
「おお、そういうアンタはジャンヌオルタだっけ? なかなかいい反応してくれるじゃん」
「そりゃもう、私はマスターと同じ
「おおー、何かよく分かんないけど凄味を感じる!」
何か通じ合うものでもあったのか、リリスとジャンヌオルタががっちりと握手をかわす。早くも馴染んできたようである。
ただジャンヌオルタには疑問が1つ残っていた。
「でも今の話だと、アンタはマスターと会う前からマスターの正体知ってたってことにならない?」
「知ってたよ? 顔も名前も正体も。
でも何で知ってたかは乙女の秘密ってことで。ほら、女は秘密が多い方がミステリアスで魅力的とかいうじゃん」
「秘密の内容によると思うけど、まあいいわ。人間誰しも、ましてサーヴァントになるような奴なら人に知られたくないことの1つや2つあって当然だしね」
ジャンヌオルタのこの発言のおかげでリリスの「秘密」は許容され、話は先に進んだ。
「それでアンタとメタトロンも仲間入りしたってことでいいの?」
「そゆこと。仲間にならない理由がないでしょ?」
「確かにね」
ジャンヌオルタ自身カルデアに来ていろいろ得難い体験をして「来てよかった」と思っている身なので、リリスの言葉は頷けるものだった。
メタトロンについては、さっき光己とドラコーが語ってくれたからもう聞く必要はない……というか会話するのは大変面倒くさそうなので、聖女様に押しつけようと思っている。
「……まあそんなこんなで、気がついたらもう夕方になってたから宿屋に帰ったって流れさね」
その時メタトロンが光己に肩車させたりリリスが光己にお姫様抱っこさせたり、でも謙信は立場上人前でそういうことはできなかったりといった甘酸っぱい(?)イベントがあったが、語っても面倒な騒ぎが起きるだけなので誰も口にしなかった。
そしてその夜は何事もなく過ぎ、翌朝予定通り晴信や永倉と一緒に軍神討伐に赴いたわけだが……。
「最寄りの
実際これは驚く、いや危機感を抱くべき事態だ。永倉の同僚が敵である今川についているのに加えて、今川側が武田側の動向をこんなに早く正確に察知していたことも意味しているのだから。
「用件は想像つくけど、そう言われると確かに怖いわね……。
何なら使者の代わりに、
「そうですね、それほど軍神が脅威だったんじゃないかと思います。実際強かったですし。
もっとも武田じゃなくてカルデアとの同盟打診でしたので、独断で蹴りましたが」
「貴方ならそうするわよねえ」
今川と組むのが得か損かは判断が難しい。なら信条や感情で決めることになるが、それならこの男が一般人を誘拐して改造兵にしている連中と組もうなんて思うはずがなく、オルガマリーは光己のこの判断を好ましく感じていた。
「うむ、私もその判断を支持しよう」
するとテスラも大きく頷いた。
「安心したまえ。私がいる限り、君は今後もそのような苦渋の決断をする必要はないのだからな!」
「おお、さすがは天才科学者……」
テスラの発言は光己への好意もあるが、自分の頭脳と発明品があれば任務を達成するために仕方なく邪悪な者と同盟するとか非道な行為に手を染めるとかいったことはしなくてすむという自信の表明でもある。それで光己も感心したのだ。
……それはともかく話の続きである。
「ただ斎藤さんはあまり気乗りしてない様子だったのでちょっと探りを入れてみたところ、新選組仲間の土方さんと沖田さんが囚われてるから仕方なく従ってるだけだったんですよね。それでせっかくですから今川側の本拠地とサーヴァントの内訳教えてもらいましたからお得な出会いでした」
「囚われてた? まったく、私ノーマルにも困ったものだな」
沖田オルタはノーマルにライバル意識があるらしく、彼女の失態にチクリとツッコミを入れる。
なおオルタは新選組に入っていないから今回の特異点には入場適性がないので、行けなかったことは特に気にしていない。
「あー、沖田さんは今んとこいい所ないけど、後で大活躍するから大丈夫だよ」
それを光己が仲が良い美少女のことなのでフォローしつつ、深くは寄り道せず話を元に戻す。
斎藤と別れた後光己たちはSAを出て、軍神は普段は川中島の近くの平野に駐留しているという話なので、その手前の森で最終的な作戦会議をしようとしたのだが……。
「お互い肉眼では見えない場所だったのに、なぜか軍神の方から猛スピードで接近してきたんですよね。
メタトロンのサーヴァント探知がなかったら、陣形を整える暇もなく襲われてたかも知れません」
もっとも軍神は陣形云々で打倒できるほど甘い相手ではなく、あっさり先手を取られて永倉と晴信がけっこうな痛手を負ってしまった。謙信、いやこの時点では景虎の宝具も片手で防がれ、蛍と刑部姫の銃撃は当たってはいるがまるで効いていない。
リリスの違法スキルや景虎との連携攻撃すら通用せず、多少なりとも効き目があったのはメタトロンの火柱だけだった。
「そうですか、さすがは大天使様ですね!」
メタトロンの活躍にジャンヌが顔をほころばせながらぽんと手を打つ。キリスト教徒としても依代としても嬉しいようだ。
……もっともこの直後に、せっかく上がったメタトロンの株が急降下しそうな展開があるのだが、これも省くわけにはいかない。弟としては姉の笑顔を曇らせたくはないのだが、省くと光己が戦闘に加わった理由がぼやけてしまうので。
「でもそれで軍神がメタトロンを強敵認定しまして。毘天の双塔の神火とかいうのをメタトロンにぶっ放したんです」
「……ええと。それは防ぐなり避けるなりしたんですよね?」
「いや、とても無理そうだったから俺が前に立って受けた」
「メ、メタトロン様ぁぁぁ!?!?」
ジャンヌが気分と表情を180度反転させて悲鳴を上げる。まさか大天使、それも自分を依代にしている者が、人理修復という大仕事をしている人を庇うどころか庇われるとは何たる失態!
すると今までずっとだらけっ放しで話にも加わっていなかったメタトロンもさすがに真顔になった。
「うん、マスターは無傷だったけど申し訳ないとは思ってる。
だからあの後はできる限り働いた」
「……ああ、そういえばメタトロン様は怠惰をかぶってらっしゃるのでしたね。
これは私としたことが、声を荒げてしまってすみませんでした」
「うん、メタトロンは本当に役に立ってくれてたから2人とも気にしないで。
俺は死ぬ覚悟とかは全然なくて、俺には効かないって分かってたからやっただけだし」
そしてジャンヌが謝罪して光己もとりなしたのでこの場は丸く収まったが、今彼は妙なことを言わなかっただろうか?
「……? 俺には効かないって分かってたというのは?
毘天の何とかというのは、実は大したことなかったんですか?」
強敵認定した上での攻撃だからそれはないと思うのだが……。
「いや、マジですごかったよ。でも俺は神属性や火属性には耐性があって、どれだけ威力があっても平気なんだ。
立香が早い内に教えてくれててよかった」
「ふっふー、感謝の印はスイーツで示してくれると嬉しいな」
この立香の相槌がとても軽い口調だったのは、威張ったり恩に着せたりする気はまったくないが、それはそれとしてお茶菓子を追加してもらえたら嬉しいというニュアンスである。久しぶりの生身の身体での食事なのでもっと堪能したいのだった。
え、報告会が終わったら夕食なのにいいのかって? スイーツは別腹なんだよキミィ。
光己は立香とは阿吽とツーカーを足して2で掛ける境地に達しているので彼女の思惑を完璧に読み取ると、如意宝珠(小)で彼女が日本にいた頃好きだった生クリームやフルーツがマシマシのスイーツ風ブリオッシュをつくって差し出した。
当人に発注してもらうのではなく、光己が発注したのがキモである。
「うんうん、やっぱり光己は私の
そしてジャンヌオルタを意識してかそんなことを言いつつ、美味しそうにブリオッシュをほおばる立香なのだった。
ここのリリスは中二病ではありませんが、グラナートでTVを見て日本のサブカルをいくらか知っているという設定なのです。
ではまた次回に。感想、評価お待ちしております。