光己たち13人は、どうにか無事カルデアに帰還することができた。そうしたら、次はオルガマリーたちといろいろ話すことがあるのだが、特異点が消滅する経過を観察する仕事もあるので、オルガマリーはまず光己たちにレイシフトの事故について一言謝罪した後、彼らとダ・ヴィンチだけを連れて別室に移動した。
なお光己たちが持ち帰った食料は、とりあえず一般職員が冷蔵庫に運んでいる。今カルデアは外部から食料や資源を調達できないので、今後特異点でそれらを手に入れることができたら送ってくれるとありがたい、なんてことを考えていたりもした。
会議室に入って席に着きお茶を並べたところで、オルガマリーが所長としてしかめつらしく挨拶する。
「―――さて。私がこの人理継続保障機関フィニス・カルデアの所長、オルガマリー・アニムスフィア。こちらが技術部顧問のレオナルド・ダ・ヴィンチです。
いろいろと話すことはありますが、まずは自己紹介をお願いできますか?」
オルガマリーは権高なところがあるが、初対面かつカルデアで召喚されたのではないサーヴァントに対しては、さすがに礼節を保っていた。
それに冬木で見た黒い騎士王の恐ろしさはまだ覚えている。服装や雰囲気は違うがまったく同じ顔をした者に、あえて上から目線の態度を取る度胸はなかった。
「それじゃ、実はカーマにはまだ名乗ってませんのでまず俺から。
俺がカルデアの『最後の』マスター、藤宮光己だよ。改めてよろしく」
そうして1人ずつ自己紹介をしていったが、それが終わった時、オルガマリーは内心で思い切り頭をかかえていた。
(騎士王が4人も来てくれたのはいいわ……しかもルーラーまでいるなんてとても頼もしい。
でも平行世界の人類悪って何よ!?)
ヒロインXXとかいう怪しい名前の騎士王が、獣の権能を剥いで弱体化させてくれたそうだが、本当に大丈夫なのだろうか。本来の愛の神に立ち返ってくれればいろいろ役に立ってもらえそうなのだけれど、実に不安だ。
かと言って、仮にも神霊の目の前であまり疑うようなことは言えない。それに彼女には聞きたいこともある。
「ええと、平行世界でカルデアに干渉したのですよね。その時のカルデアはどんな状況だったのですか?」
そう、平行世界だから当然このカルデアとは異なる点も多いだろうが、参考にできる点も多いはずなのだ。
カーマはそれは無人島で話すつもりのことだったので、隠す気はない。
「うーん。まず場所から言うと、南極じゃなくて彷徨海とかいう所にありましたね。
所長はゴルドルフ・ムジークっていう人で、子供のダ・ヴィンチとシオン何ちゃらっていう人が補佐してました。マスターは1人だけで、藤丸立香っていう娘でしたねー。サーヴァントは大勢いましたけど。
あー、あと一般の職員の人は10人くらいでしたか」
「はああああ!?」
オルガマリーは全力で噴き出した。
彼女の名前が出ないばかりか場所まで違うとは!
「聞いた話だと、人理修復は成功したみたいですよ。でもその後で、異星の神とかいうのが来て世界が漂白されちゃって、世界各地に異聞帯っていう特異点もどきが出来てて、それを潰そうとしてるらしかったです」
「!!!!????」
その上新たな敵まで現れているなんて! オルガマリーは泡を吹いてぶっ倒れそうになったが、アニムスフィア家当主にしてカルデア所長たるメンツにかけてこらえた。
―――なおここでスルーズが「それだと人理修復直後にマスターをさらうのは危険かも知れませんね」なんてことを考えていたりしたが、無論オルガマリーには分からない。
「う、うーん……」
仮にこの世界の状況から平行世界の状況につながると考えるなら、人理修復成功後にカルデアは解体。その後ムジーク家が彷徨海で再設立したというところだが……かなり無理がある展開だ。やはり平行世界だからいろいろ状況が違うのだろう。
それでも異星の神とムジーク家は警戒すべきだが。
「でも所長、人理修復に成功した世界があるってのは結構いい話じゃないですか?」
「へ!? あ、ああ……それは確かにそうね」
光己が何気なく挟んできた話に、オルガマリーはちょっと明るい声で相槌を打った。
状況は違うとはいえ、魔術王が絶対に倒せない相手ではないことが証明されたのだから。
その後カーマがやったことの概略を聞いたが、それについては「人類悪ってやっぱり危険」「でもそれ以上に徳川やべぇ」というあたりが、一同のおおよその感想であった。
カーマの方も徳川にトラウマを持っていて、日本人である光己や段蔵や清姫にちょっと苦手意識を持ったりしているが。
「―――ええと、今カーマ様にお訊ねすることはこのくらいでしょうか。今後ともご協力をお願いします。
あとは……貴方たちがあの特異点でどうしてたのか、一応聞いておこうかしら」
後半は光己とマシュに向けての言葉である。無事に帰ってきてくれたのだから深く詮索する必要はないのだが、騎士王たちとカーマを引き入れた経過は知っておくべきだし。
「はい」
2人の説明によると、特異点では2泊3日過ごしたらしい。大まかにいえば、初日にカウンターとして召喚されたアルトリアたちと出会って異変解決のために共闘することになり、最後の日にカーマと会って仲間にしたら特異点崩壊が始まったという流れだった。
カルデアでは2時間ほどしか経っていないので、どうやら時間の流れ方が違っていたようだ。カーマが原因なのか、それとも別の理由があったのかは分からないが、まあリソースを割いてまでして調べる必要はあるまい。向こうの時間の流れの方が速かったことに安堵するだけでいいだろう。
(逆だったらこっちじゃ2ヶ月くらい経ってたことになるものね……ホントよかったわ。
その上A級サーヴァントを5騎も連れて来てくれたんだから、結果的には本当に幸運だったわね)
ただしその5騎は皆食事に執着があるようだが、彼女たちのネームバリューを考えれば安い物だろう……。
「食事についてですが、カルデアには食糧自体は十分あります。ただ立地の問題で外部とのやり取りが少ないので、長期保存できるものがほとんどです」
穀物類や肉類や野菜類や魚介類といった食材と調味料、あとは缶詰やレーション(主に軍用の保存食)などである。あの爆発事故で職員の人数が減っているので、アルトリアたちが何人分食べようと量的には当面大丈夫だろう。
ただ、賞味期限が短い生野菜やスイーツはない。正確には水耕栽培装置があっていくらかの野菜は採れるが、現在はそちらに回せる人員はいなかった。
データとして各種レシピはあるので、材料さえあればブリテン料理でもプリンでもケーキでも作れるが……。
「つまり、特異点で材料を調達すればいいんですね?」
アルトリアズとカーマがその認識に至るのはすぐだった。よろしい、ならば特異点修正だ。
「は、はい。そうしていただけると助かります」
オルガマリーはちょっと引きつつもそう答えた。予期せぬ形ではあったが、新入りの5騎は十分意欲を持ってくれたようだ。
「それで、次に行く特異点はどこですか?」
「え、ええ。まだ大雑把にしか把握できてませんが、AD60頃のヨーロッパに行っていただく予定です。
年代と場所の特定にもう数日欲しいですので、その間に藤宮たちと一緒に現地のことを勉強していただければと」
光己たちも騎士王たちも、1世紀のヨーロッパについては常識以上の知識はあるまい。それでは現場での状況判断に支障が出るし、異常を見落としてしまうかも知れない。当然の要請ではあった。
「分かりました。ではそのように」
「仕方ありませんねー」
幸い5人ともすぐ納得してくれたので、オルガマリーにとって難しい案件はすべて終わった。あとは彼女たちの部屋の割り振りや生活規則といった細々した話になるので誰か部下に頼んでもいいのだが、そうすると人情に欠けると思われそうだしついでなので自分でやることにする。
私室の各部屋に構内の案内図も書かれたしおりがあるので、今は概要だけ話せば済むことだし。
それも済んでオルガマリーがふうっと息をつくと、光己が今思い出したかのように手を挙げた。
「あ、そうそう。あんまり大っぴらにすることじゃないとは思うんですけど、所長たちには一応。
俺、ファヴニールに変身できるようになりましたんで」
「はああぁあっ!?」
オルガマリーはとうとう脳の許容量を超えて失神した。
「……ええと、それは何の冗談なのかしら?」
「いやマジですよ。なあ清姫?」
「はい、ますたぁが仰っていることは事実です。
わたくしと違って西洋竜なのは残念ですが、それはそれは雄々しいお姿で」
「……」
気を取り直したオルガマリーは改めて確認してみたが、嘘嫌いの清姫がこう言う以上、彼の発言は事実なのだろう。フランスでファヴニールの血を飲んでいたから、悪竜現象が発生してもおかしくはないのだが……。
「それにしても、ねえ……さすがに言葉だけじゃ信じ切れないから実際に見せてくれる?」
「ええ、いいですよ。ここじゃまずいんで、体育館ででも」
「ええ」
というわけで体育館に移動する一同。オルガマリーはおっかなびっくり、ダ・ヴィンチはかの竜殺しの英雄にさえ発現しなかった現象を実見できることに興味津々といった様子である。
その途中、光己がオルガマリーに話しかけた。
「それにしても所長は頑張ってますねえ。俺よりちょっと年上なだけなのに、こんなデカい、といってもだいぶ人数減りましたけど、大変な仕事してる組織をちゃんとまとめてるなんて。
態度もしっかりしてますし。いやさっきは失神してましたけど」
「へえっ!? い、いえそこまではいかないわよ。みんな内心じゃ私を嫌ってるし」
オルガマリーは褒められて頬を赤くしつつも、そっぽを向いて拗ねたことを言った。
今は状況が状況なので、嫌悪や不満を態度に出したりサボタージュしたりする者はいないが。
「いやあ、もしそうだとしてもちゃんと組織が回ってるだけで立派なもんだと思いますよ。
だって普通の会社とかなら、課長や係長レベルでも40歳とか45歳でしょ。20歳そこそこで、トップとして実力認められようっていう方が無理なんじゃ」
「…………そう、ね」
彼が言うことは間違いではない。
魔術師の才能と違って組織運営の才能は遺伝しないし、かといってカルデアを継ぐために幼少時から帝王学やリーダー論を仕込まれてきたというわけでもない。
なら現時点で統率力やら指導力やらが足りないのは仕方ないことで、認めてもらおうとじたばたしても苦しくなるだけのことだというのは1つの考え方だろう。というか、彼がすでに褒めてくれた。
「少なくとも俺だったらとっくに胃に穴が開いてドクターの世話になってますね。うん」
「あら、私の胃に穴が開いてないとでも?」
しかし素直に礼を言うのは何だか気恥ずかしかったので代わりにちょっと低くこもった声でそう言うと、隣の少年は「ぶっ!?」と噴き出して足を止めた。
「ちょ、所長!? それは放置しちゃいかんやつでしょ。病気休暇!? それができないんなら……そうださすルーン! さすルーンで何とかならんか」
「……フフッ、冗談よ。薬もらってるのは事実だけど、重大な病気はないわ」
「…………」
「…………」
2人の間に微妙な沈黙がたゆたう。先にそれを破ったのはオルガマリーだった。
「フフッ、おどかしてごめんなさい。貴方が何度も突拍子もないこと言って驚かせるから。
いえ、私にとってはいいことばかりだったんだけど、ね」
「……。手柄を立てた部下にボーナスを出さないどころか笑えない冗談をかますとは、上司の風上にもおけん!
ここは埋め合わせにセクハラの1つでもさせてもらおうか!」
「きゃー」
すると少年がつかみかかってきたので、オルガマリーは笑いながら身を翻して逃げた。
後ろから妙な視線をいくつか感じたのはスルーとしておいて。
体育館の真ん中に光己がバスタオル姿で立ち、オルガマリーたちは壁際でそれをじっと注視している。
むろんセクハラの罰で羞恥プレイをさせられているのではなく、これからドラゴンへの変身という神秘の業を披露するためだ。
「んじゃいきますよ。大・変・身!! ファヴニール!!」
今回は両腕を胸元でX字に交差させながら叫ぶポーズだったが、やっぱり意味はない。
しかし変身は成功し、前回同様変形しながら巨大化していく。
「う、うわぁ……!?」
「すごい、本当に姿が変わっていくよ」
オルガマリーはちょっと怯えつつ、ダ・ヴィンチは目を輝かせてその光景を見守る。
そして変身が終わると、その巨躯の存在感と威圧感にオルガマリーは思わず1歩引いていた。
「なんて迫力……映像で見た時とは段違いだわ。これが本物のファヴニール……」
敵対してはいないのに体の震えが止まらない。光己たちはこんな化け物と戦ってきたのか。
彼は自分を褒めてくれたが、自分が彼の立場だったら、果たして戦場で指揮官としてちゃんと振る舞えたかどうか、オルガマリーは自信が持てなかった。
しかしオルガマリーはすぐに自分を取り戻した。
「いえ、それを気にする必要はないわね。
それよりあの白い翼は何なのかしら」
フランスで見たファヴニールには鳥の羽はついていなかったはずだ。オルガマリーがそう独り言を漏らすと、隣にいたマシュが解説してくれた。
「先輩の説によれば、タラスクと清姫さんの神要素が天使の翼として具現したものだそうです。
ですのでただの邪竜ではなく邪聖竜なんだとか何とか」
「そ、そう」
幻想種の頂点に変身なんてとんでもないことができるようになっても、おバカな所は治ってないようだ。まあその方が人間的、つまり頭の中まで人外に染まっていないということだから喜ぶべきかも知れない。
「それで、後で体調を崩すとか寿命が縮むとか、そういう副作用はないのね?」
「はい、その辺りの問題は出ていません」
「そう、ならいいわ。人前では使えないけど、使いどころによって逆転の一打になるわね。
あ、でも……」
人前では使えないという自分の台詞で、彼が危険な立場になったことにオルガマリーは気がついた。
ただでさえ後ろ盾のないド素人が人理修復の立役者なんて超特大手柄をたてたら、色々不利益が予想されるのに、
(報告書、だいぶ改竄しないといけないわね……)
仕事が増えるが、彼が竜人になったのは人理修復に有利なことだから文句は言うまい。
「うーん、これは確かにドラゴンだね。それなら牙とか爪とか鱗とか提供してくれるといろいろはかどるんだけど、どんなもんだろう」
「それはあまりにも非人道的、いえ非竜道的なのではないでしょうか!?」
ダ・ヴィンチの能天気でマッドな発言に、マシュが渾身のツッコミを入れた。
特異点で起こったことの報告と新入り組への説明が終わったので、光己たちは食堂へ行って夕ご飯の続きをしていた。正確にはデザートだが。
「ふーん。無人島で手作りでレシピもなしで作ったものとしてはまあまあですね。愛してあげます。あ、甘い、やわらかい……」
「上から目線だなあ……」
憎まれ口を叩きつつも、プリンを一口ずつ大事そうに口に入れてじっくり味わいながら食べているカーマに光己はちょっとあきれたが、ひねくれた子供ならこんなものかと、ある意味達観することにした。
「ブラダマンテはどう? 美味しい?」
「はい! らめぇとは言いませんが、とても甘くてつるっとしてて不思議な食感がいいですね。確かにデザートにはいいと思います」
「そっか、喜んでくれてよかった」
「しかし量が足りんぞ。もっとこう、バケツいっぱいに作って差し出すくらいはしてほしいものだが」
「手作りでそこまでやってられないって」
メイドになっても暴君要素は残っているメイドオルタに、光己はそうツッコミを入れた。
13人分というだけで結構多いのに。
「まあ特異点に行けば、ごはんは飯屋で食べられると思うよ。どこかでお金手に入れなきゃいけないけど」
フランスの時はワイバーン肉と香辛料で稼いだが、同じことをすれば食費や宿代は入るだろう。スイーツがあるかどうかは分からないが、牛乳や卵や小麦粉くらいは店で売っているだろうから、レシピがあるなら簡単なプリンやケーキやアイスクリームくらいなら作れる。
「ところで先輩、ワルキューレの皆さん。バカンスは終わったことですし、そろそろ服を元に戻した方が良いと思うのですが」
これはマシュの提案である。管制室には何人かの、当然制服姿のカルデア職員がいたので、水着姿が恥ずかしくなったのだ。
「それを脱ぐなんてとんでもない!」
「いえでも、ますたぁ以外の殿方にあまり肌を見せるのは抵抗が」
「むむぅ」
光己は全力で反対したが、ここで意外にも清姫が着替え派に回った。
なるほど彼女の言い分は一理ある。光己としても彼女たちの水着姿を他の男に見せたくはない。
しかし自分は見たい。これはどうすべきか……!?
「うーん、これは悩む……!」
フランスでもこれほどの難題はなかった。どうすればいいのか。
カーマが「男の人ってバカですよねー」などと皮肉げな顔でのたまうのが聞こえたが、言い返す余裕もない。女だって現れ方や方向性が違うだけで、欲望の本質は似たようなものだとは思うが。
しかしいつまでも悩んでいるわけにはいかないので、光己は日本人らしく玉虫色の結論を出した。
「それじゃ、着替えたい人は着替えるということで。
あ、でもルーラーアルトリアは悪いけど水着のままで頼む。どうしても恥ずかしかったら上着着てもいいから」
これは私情ではなく、ルーラーのスキルが特異点修正に有利だからである。ルーラーアルトリアもこっくり頷いた。
しかし他のサーヴァントたちはぞろぞろ部屋を出て行って、残ったのはルーラーとカーマ、それにヒロインXXだけである。何という寂寥感……。
「あれ、XXは着替えないの?」
「はい、私はもともと水着サーヴァントですので。まあ水着じゃ具合悪い時は乗着しますけれど」
サーヴァントは一部の例外を除いて「霊衣」を3種持っており、自由に着替えることができるのだ。XXの場合はこの水着Verと聖槍甲冑アーヴァロンのフル武装、そしてハーフ武装となっている。
「そっか、さすがXXマイソウルフレンド!」
「意味はよく分かりませんが、ありがとうございます。後で夜食下さいね!」
XXはいろんな意味でストレートだった。
それはともかく、これでようやく無人島漂流事件は終了となったのだった。
これにて水着イベントは終了、サーヴァントたちも一部を除いて普段着に戻ってしまいました。
しかし賢明なる読者の皆様もご存知のように、ネロちゃまの時代はテルマエ(公衆浴場)は混浴だったそうです。あとはわかりますよね?(ぉ