第43話 第二特異点
その3日後、カレンダーでは2015年8月13日。カルデアの事務方は、ようやく第2特異点の年代と場所を特定できた。現地班の勉強もある程度できたので、いよいよレイシフトを実行する運びとなる。
しかし、会議室に現地班を呼んだオルガマリーたち幹部3人の顔色は、微妙に冴えなかった。
「3人ともどうかしたんですか?」
代表して光己が訊ねると、オルガマリーが申し訳なさそうな口調で答える。
「ええ、レイシフトの件なんだけどね。
帰還させるのは13人でもできたんだけど、向こうに送り込むのは電力の関係で、サーヴァントは8騎までしかできないの。
発電施設を修理して電力量を増やすことはできるけど、だいぶかかるから待っていられないという結論になってしまって」
なるほど。フルメンバーで行かせてやれない罪悪感と、戦力不足で負けるようなことはないだろうかという不安感からきたもののようだ。
実は、バカンスに行った時には12騎ギリギリ送れるくらいだったのだが、今は光己が竜人になった分必要電力が増えたので、サーヴァントに充てる分が減っているのである。せっかく竜人化したことで維持できるサーヴァントが増えたのに、皮肉なものだった。
「すまないね。しかし人理修復は締め切りがあることだから、あまり悠長にはしていられないんだ」
ロマニが軽く頭を下げる。寝不足なのか、目の下に隈ができていた。
「だから君たちには本当に申し訳ないが、12騎の中から8騎を選抜してほしい」
「人選は貴方たちに任せるけど、できればマシュは連れていってあげて」
ダ・ヴィンチの発言に続けてオルガマリーがマシュを推したのは、マシュはカルデアに箱入りで冬木に行くまでは外の光景を見たことがなかったので、それを見るのを楽しみにしているのをオルガマリーが知っているのと、マシュに復讐されるかも知れないとまだ恐れているからでもある。むろん態度に出したりはしないが。
「うーん、仕方ないですね。それじゃどうするか……」
「わたくしは当然参りますっ!!!」
光己が腕組みして考え始めると、やはりというか、清姫が一瞬の迷いもなく手を挙げた。
しかしリーダーとしては、早い者順なんて適当なルールで決めるわけにはいかない。
「まあ待って、ちゃんと戦力的な理由で考えるから」
まずルーラーアルトリアは当然として、ワルキューレも最低1人は要る。フランスと無人島での経験を鑑みれば段蔵もいてほしい。カーマは来たばかりだしあの性格だから、親睦を深めるためにも連れていくべきだろう。彼女を入れるならヒロインXXもいた方がいいし、所長の要請だからマシュも入れるとすると、残り枠は2名だ。
「じゃあ今回はマシュ、段蔵、XX、ルーラーアルトリア、カーマを入れて、あとはジャンケンでワルキューレの中から1人、残りの4人から2人ってところでどう?」
「なるほど。直接攻撃力より、情報収集と支援スキルを重視したわけだね」
するとダ・ヴィンチが選抜の基準を端的に解説してくれたので、サーヴァントたちも納得したようだ。
もっとも、ダ・ヴィンチは内心では(全員指名せずにジャンケンっていうサーヴァント同士で決める部分を残したあたり、専制的になりたくない、思われたくないっていう気持ちもあるんだろうけど、口にするのはヤボだろうね)なんてことを考えていたりもしたが、それとは関係なくジャンケン勝負が始まる。
「確率的には他の4人より不利ですが、マスターの意向とあれば仕方ありません。
では尋常に、じゃんけんぽん!」
「ぽん!」
というわけでワルキューレからはスルーズ、他の4人からはアルトリアとブラダマンテが出場権を手に入れた。
「くくぅ、まさかわたくしの愛が敗れるだなんて……ま、ますたぁ!
今回は諦めますが次! 次こそは連れていって下さいましね」
「あ、ああ、そうだな。必須メンバー以外は交代制にするつもりだから大丈夫だよ」
「そうですか、よかったです。ではどうかお気をつけて」
「うん、ありがと」
光己が泣きながらすがりついてきた清姫をあやして落ち着かせると、出場権を得た2人が近づいてきた。
「マスター、よろしくお願いしますね」
「マスターに加えてアーサー王様がたといっしょに戦えるなんて光栄です! 頑張りますね」
「ああ、こちらこそよろしくな」
「留守番か……ジャンケンとはいえ負けた以上やむを得んが、食料を手に入れたらこちらにも忘れず送るのだぞ、マスターに青い私よ」
アルトリアオルタは選抜には落ちても食欲の方は諦める気はなさそうである。まあ光己としても伝説の騎士王に留守番なんて頼む以上、できる限り献上品は差し出すつもりだが。
ともかくこれでメンバーが決まったので、一行はレイシフトルームに移動した。
出発の前にオルガマリーが最後の訓示を行う。
「次の特異点はAD60のローマ帝国、ネロ・クラウディウス帝の時代になります。レイシフトの目標地点はローマ市を予定しています。
目的は前回と同じく、特異点の調査及び修正、それと聖杯の回収です。異変の内容や聖杯の所在地は特定できていませんが、そのあたりは申し訳ありませんが、現地で調査して下さい。
前回も言いましたが、目的の達成は重要ですが、それ以上に必ず生きて帰ってくるように。
……何か質問はありますか?」
質問や意見は出なかったので、光己たちはそのままコフィンに乗り込んだ。
そしてレイシフトが始まり―――光の渦を通り抜けて、古代の帝国へと跳躍した。
レイシフトの到着地点はローマ市だと言われていたが、実際に着いた所は、緑の草が風にたなびくのどかな丘陵だった。周りには人っ子1人いない。
空にはフランスにもあった謎の光環があるが、それ以外に目につくものは何もなかった。
光己はまずサーヴァントたちが全員そろっているのを確認してから、傍らのマシュに訊ねた。
「確か目的地はローマ市って言ってたよな。また事故か?」
「そうですね、確認してみましょう」
周りの光景に目を奪われていたマシュが我に返って、カルデアとの通信を試みる。今回は無事つながって、空中にディスプレイが浮かび上がった。
「所長、ドクター。どうやらここはローマ市ではないようなのですが」
《そのようね……ロマニ、何か心当たりはある?》
《いや、今回は落とし穴も何もなくて順調に行ったはずだけど……何故だろう?
とりあえず、年代は間違いなくAD60だからそこは安心してくれ》
オルガマリーとロマニも首をかしげているが、さいわい時代まで違うということはないようだ。
もしそれも違っていたらいったん引き返すという面倒なことになるので。
ちなみに留守番組のサーヴァントたちは、ただ居座っていても仕方ないので、何か仕事を手伝ってもらうことになっている。事務方は無理なので、力仕事とか食事の支度とかその辺りになるだろう。
《……っと、場所も判明したよ。そこはローマ市の郊外にあたる場所みたいだね。そんなに遠くはないはずだよ》
どうやらローマ市に行けないほど遠くに飛ばされたわけではないようで、一同はほっと胸を撫で下した。
「それで、ローマ市はどちら側ですか?」
《うん、そこからだと北側……》
ロマニがそこまで言った時、段蔵が鋭い声で注進してきた。
「マスター、皆様。その北側に大勢の人影が見受けられまする。
恐らくは
ニンジャ遠視力は相変わらず有用であった。
一同があわてて接近してみると、戦争はなかったはずのこの場所で、ローマ市に攻め込もうとしている軍隊と都市の守備隊らしき一団が戦っているではないか。
「今回も早々と異変に出くわしたってことか!?」
「……そうみたいですね」
「しかし今度は人間同士の戦いかよ……」
そこで光己がひどく嫌そうな顔をした。
元々お人好しタイプで闘争は好まない性格で、それを枉げて全時代の全人類を救うために戦っているのに、目の前で人間同士の殺し合いなんかされると、ものすごく気力が萎えてくるのだった。
剣や槍がぶつかりあう金属音、人が刺されて血を流し悲鳴を上げ倒れる光景、そんなもの聞きたくも見たくもないというのに、流れ的にこの連中のどちらかに味方して、自分たちも同じことをしなきゃならないのかと思うといささか気がめいる。
「……先輩」
「……マスター」
マシュとブラダマンテはどう言葉をかけていいか分からず戸惑っていたが、段蔵はそれにはかかわらず、両軍の様相を見極めようとしていた。
「兵士の装備や旗の図柄が、資料で見た古代ローマの兵士の絵と一致しておりますので、両方ともローマ帝国の軍と思われまする。
人数は攻撃側の方がかなり多いようですが、ここからでは細かい兵数まではわかりませぬ」
「つまり内乱ということですか?」
アルトリアがそう訊ねると、段蔵は首を縦に振った。
「おそらくは。ただどちらが反乱軍かまでは」
普通に考えれば攻撃側だが、実は首都はすでに反乱軍の手に落ちていて、政府軍が奪回しに来ている図だという可能性もあるのだ。
ただカルデアとしては政府軍だからとか反乱軍だからとかいうより、どちらが元の歴史に沿った存在かというのが重要なのだが。むろんどちらも助けず放置する手もある。
また片方を助けるならば、助けた後のことも考えておかねばならない。古代の戦時の軍隊というのは(主に占領した街の住民に対する)強盗殺人暴行人さらいがデフォなので、身元不明の美少女集団がうかつにかかわるのは危険なのだ。いやもし襲ってきたら100%返り討ちだが。
フランスの時は即断で助けに行ったが、あの時は魔物相手だったので状況が違うのだ。
「マスター、どうなさいますか?」
アルトリアがつとめて無機質な声で指示を求めると、光己は我に返って自分の役目を思い出した。
どんなに思うところがあっても、最終的な決断は自分がしなければならないのだ。
「でもその前に、もう少し詳しい情報が欲しいな。スルーズとXX、空から見てきてくれる?」
それには上から見るのが手っ取り早い。「はい」と答えて飛んでいった2人が、しばらくして通信機で報告をよこしてくる。
「まず兵士の数は攻撃側が7千人くらい、防衛側が2千人くらいです。お互い伏兵とかはなくて、正面からぶつかり合ってますね。
これだと普通は攻撃側の圧勝なのですが、防衛側にサーヴァント並みに強い女性の剣士がいて、彼女の力でほぼ互角に持ち込んでいる状態です」
「へえ……!?」
普通に考えて、ただの女性がサーヴァント並みに強いなんてことはあり得ない。もしかしてサーヴァントなのか?
光己はルーラーアルトリアにSAN値、じゃないサーヴァントチェックを頼んだが、答えは否であった。
「つまり、本当にサーヴァント並みに強い『人間』なのか。
この時代にそんな人いたっけ?」
そこまで強い、それも女性の武将がいたなら勉強会で名前が出てもよさそうなものだが、光己にはまったく覚えがなかった。
しいて挙げるならブリテンの「勝利の女王」ブーディカだが、彼女は戦歴を見るに個人的武力が強いタイプじゃなさそうだし、それ以上に彼女がローマ帝国の都市を守るために戦うとは考えられない。よって彼女ではないだろう。
これも異変の一端ということなのか、それとも……?
「うーん、どっちに味方していいかまったくわからん!
こうなったら両方叩きのめして、頭冷やしてもらってからお話すればいいの。アルトリア、非殺傷設定で聖剣ぶっぱお願い」
「いやあの、ビームで非殺傷なんて器用なことできませんが……」
どうやら考えすぎて知恵熱が出たのか、またおバカなことを言いだしたマスターに、アルトリアが額に縦線効果を10本くらい出しながらツッコミを入れる。ついでマシュも意見を述べた。
「あの、先輩。情報でしたら、フランスでしたように街の住民に聞けばいいかと思いますが」
「おお、その手があったか。じゃあウォーモンガーどもは勝手にやらせといて……いや待て」
そこで光己はピーンときた。すぐさま通信機で上空の2人に指示を出す。
「2人とも、急いでローマ市の中に行って、今誰がトップなのか聞いてきて」
ローマ市の支配者がネロ帝なら防衛軍を助ければいいし、そうでなければ攻撃側を助ければいい。実にクレバーなアイデアだと光己は自画自賛した。
なので返事が来るまでは自力で頑張ってもらいたい。と、やはり人間同士の闘争行為にはドライなことを考えつつ、サーヴァントたちに待機を指示して連絡を待つ光己。
やがてXXから通信が入った。
「大変ですマスターくん! ローマ市の市長というか、トップはネロ・クラウディウス帝なんですけど、外に出てる軍の先頭に立って戦ってるそうなんですよ!
さっきご報告した女性剣士です」
「ぶーーーーっ!!!???」
光己だけでなくマシュやブラダマンテたちも噴き出していた。
2千対7千で籠城せず正面から野戦を挑むのも無謀だが、いくら強いからといってまさか皇帝陛下みずからその陣頭に立つなどと!
これでは助けないわけにはいかない。フランスの時は行った時点で国王シャルル7世は殺されていたが、トップが生きているなら助けた方が、今後有利になるに決まっているのだから。
「でもやっぱ向こうから襲ってきたわけでもないのに、人を殺すのはやだなあ。なるべく殺さないように、でお願いできる?」
「……マスターさんは人間サマにはお優しいことですね?」
それでも腰が引けていた光己にカーマがまた皮肉を言ってきたが、彼にも一応名分はある。
「いやあんたの時だって殺しはしなかっただろ。
それにほら、殺すよりケガさせるだけの方が、文字通り『足手まとい』になって敵の動きが鈍るんじゃないかと思ってさ」
「なるほどー。それじゃ私の愛の矢で魅了して、同士討ちさせちゃいますね」
「それじゃ間違いなく死ぬだろ!? 普通の矢にしてくれ」
などと掛け合いをしつつ、攻撃側の側面を取るため移動するカルデア勢。
そして彼らの真横についたところで、カーマがさとうきびの弓を形成する。ついで桃色に輝く光の矢をつがえた。
「どうにかなっちゃえー♪」
気の抜けた声とともに矢が放たれる。矢は空中で十数本にも分裂し、それぞれが別の兵士の腿や膝を射抜いた。
「うぐっ!」
「な、何だ!? 横から射られた? 伏兵か?」
この時はじめてカルデア勢の存在に気づいた兵士たちが、痛みと驚きの声を上げながらそちらを見やる。
矢は物質的なものではないのですぐ消えたが、脚を貫通する重傷ではあるし、放置すれば出血多量による死もあり得る。10人ほどの小勢のようだが無視するわけにはいかず、こちらも弓矢で反撃した。
しかし当たらない。届いてはいるが、ことごとく避けられてしまっている。
そんな彼らをあざ笑うように、次々と光の矢が飛んでくる。こちらはかわせず、負傷者がどんどん増えていく。
「くっ、連中の魔術師か!? ならば距離を詰めろ、接近戦に持ち込むんだ!」
こちら方面の隊長格の兵はそう指示すると、みずから先に立って謎の伏兵の方に走り出した。遠目ながら彼ら、いや彼女らはローマ人には見えないが、異国の魔術師なのだろうか。
ところが魔術師たちは自分たちが突撃してきたのに気づくと横に移動して距離を取り始めたではないか。しかも異様に足が速くて追いつけない。
「おのれ!」
彼女たちは逃げている間も矢を射ってくる。完全なワンサイドゲームだった。
「別に相手の土俵に乗ってやる必要はないよな。安全第一だ」
ブラダマンテにお姫様抱っこされるポジで指示を出しつつ、光己は呑気に呟いた。
敵の数が多いから、白兵戦だと手加減し損ねるかも知れないし、離れていれば万が一を心配しなくていいから気が楽というものだ。
そこへ、さらにスルーズとヒロインXXが戻ってきて、XXのビームマシンガン(?)が追加されたので、もはや楽勝態勢である。時々ブラダマンテの立派なバストが肩に当たる感触を楽しむ心の余裕もできてきた。素晴らしい、人生こうでなければ。
「そうですね、アーサー王様がたに活躍するところをお見せできないのは残念ですが、マスターに大事にしていただけてうれしいです!」
「あ、ああ、どう致しまして」
美少女騎士が感謝してくれるのは嬉しいが、その邪気のない笑顔は光己には眩しすぎて、浄化されてしまいそうであった。
薄く頬を染めつつ次の指示を出す。
「よし、それじゃ次は連中の背面に回り込んで、横に駆け抜けるような感じで。
ヒットアンドアウェイというか、騎馬民族戦法というか。あ、西ヨーロッパの人にはちょっとヤな言い方だっけか?」
「いえ、大丈夫ですよ。知ってはいますけど、気にしないで下さい!」
「ん、ありがと。じゃあ続けていこうか」
「はい!」
そのままカルデア勢は無傷のまま一方的にローマ市攻撃軍の負傷者を増やしていたが、やがて彼らは勝ち目がないと判断して撤退を始めた。
むろん素直に逃がしてやる気はない。逃げる敵を追いかける時が1番戦果を挙げられるのだから。
「追撃だ! 全員ケガ人にしちゃえば全滅させたのと同じだからな」
わりと物騒なことを言いつつ光己は追撃を指示したが、そこに防衛隊の大将である例の女性剣士、いや皇帝ネロが数人の部下とともに近づいてきた。
「待て、もうよい! 剣を納めよ、勝負あった!」
「んん!?」
大声で呼びかけられて光己たちがそちらを向くと、何と顔が見える距離まで来た彼女は、アルトリアたちに瓜二つのそっくりさんではないか!
「よ、余と同じ顔、それも3人もだと!?」
ネロの方も驚いていた。
年の頃は20歳前後か。赤い派手なドレスを着て、奇妙な形をした長剣を持っている。皇帝らしく何だか尊大そうだが、明るく闊達で無邪気そうにも見えた。
目を引くのは胸元の素肌を露出しているのと、スカートの前部が透けていてパンツらしき白いインナーが見えていることだ。
雰囲気は違うが、顔立ちは本当にアルトリアズによく似ている。
「むむむ……さ、さてはそなたたち、父上か伯父上の隠し子か何かではないか!?」
「!!!???」
そして妙なことを言い出したネロの運命やいかに!
カルデアにいるサーヴァントを全員特異点に連れていくと無双になっちゃいそうなので制限をつけてみました。
しかしこの先どうなってしまうのか(ぉ