なるほど。自分とそっくりの顔の人間が、もし1人で現れたなら、単に似てるだけで終わるだろうが、それが3人一緒に現れたなら、まず3人は姉妹か何かだと考えるのが普通だろう。そしてネロ自身もその血縁者だと思ってもおかしくはない。逆にいえばアルトリアたちがネロの血縁者となるわけだ。
しかしアルトリアたちにとってはまったくあり得ない話で、何が気にさわったのかアルトリアがこめかみに井桁を浮かべつつも否定しておこうと思ったところで、光己がばっと腕を横に伸ばしてそれを止める。
「あー、いやそういう話の前に、あの連中を追撃するのが先だと思うんですが」
これは発言通りの意図もあるが、今の(彼女はまだ名乗っていないから確定ではないが)ネロの発言について考える時間を稼ぐという理由もあった。
するとネロがちょっと困ったような顔をする。
「うーむ、それはそうだが」
確かに今は追撃のチャンスだが、ネロはそれはしたくないのだった。
何故なら、今は敵になっている彼らも本来は彼女の部下なので、それが尋常に戦って斃されるならともかく、狩りの獲物のように遠くから弓矢で射すくめられて脚を引きずりながら逃げていく姿には、正直哀れを感じて追い打ちする気になれないのである。
しかしそれは利敵行為でもあるので、部下の前で口にするわけにもいかず立ち往生してしまったのだった。
だがそこにローマの神祖の助けか、1番年嵩のそっくりさんが口を挟んだ。
「マスター、北西からサーヴァントが近づいてきています! 数は1騎のみですが」
「マジで!?」
ルーラーの感知スキルでは敵か味方かは分からないが、この状況なら攻撃軍の別動隊と考えるのが自然だろう。一行の緊張感が一気に高まる。
しかしネロには言葉の意味が分からない。
「サーヴァント、というのは何か?」
「そうですね、簡単に言うなら過去の英雄……いえ、正確には歴史に名を残した著名人の
高度な魔術で召喚するのですが、歴史上の著名人ともなると我が強い者も多いので、反逆されて命を落とす術者もいますね」
「ほう……!?」
するとネロは何か合点がいったような顔をしたが、その理由までは話さなかった。
「ともかく今は、そのサーヴァントの方に向かうべきであろう?」
「うーん、仕方ないですね」
確かに彼女の言う通り、もはや追撃している場合ではない。ネロはカルデア勢に敵意は抱いてないようだし、一緒に行ってもいいだろう。
そこにローマ市の方から伝令らしき騎馬兵が駆けてきた。ネロを見つけると馬から降りて、急ぎなのか大声で用件を叫ぶ。
「陛下! ローマ市の北方より、連合軍と思われる軍が近づきつつあります。遠見では3千人ほどと思われますが、いかが致しましょう」
「なるほど、時間差をつけて二方向から攻める作戦であったのだな」
それでネロは彼女たちが連合軍と呼んでいる敵の思惑を察した。兵士の数はさっきの軍より少ないが、サーヴァントというのはそれを補えるほど強いのだろう。
「分かった。見ての通り今東から来た者どもを追い返した所ゆえ、余たちはこれから直行して連中の脇腹を突く。そちらは城壁から出ず守備に徹するように伝えよ!」
「はっ!」
伝令が馬に乗ってローマ市に帰っていくと、ネロはカルデア勢の方に向き直った。
「そういうわけだ。手伝ってもらえるか?」
「はい、もちろん」
今の話でくだんのサーヴァントはネロに敵対している連合軍とやらに所属していることがほぼ確実となった。おそらくフランスの時のヴラドやカーミラに相当する存在なのだろう。
ならカルデア勢としては行かないという選択はなかった。
「よし、では行くぞ!
我が兵士たちよ、疲れてはいようが、今一度そなたたちの愛すべきローマ市を守るために戦ってくれ!」
「おおーーーっ!」
ネロが今度は配下の兵士たちに向かって剣を掲げながら叫ぶと、兵士たちは大きな喊声でもって応えた。後世では暴君と伝えられるネロだが、この時点ではまだ名君だし、兵士たちからの支持も厚いようだ。
さっそくカルデア勢とともに現地に向かう。
その途中、ふとネロがブラダマンテに話しかけた。
「そこのレオタード騎士よ」
「え、私ですか? ブラダマンテと申します、皇帝陛下様!」
「む、もう余のことを知っておったか……ああ、さっき伝令が陛下と言っておったな。後でどどーんと名乗ろうと思っておったのだが。
で、そなた何故その少年を抱っこしておるのだ? ケガしたようには見えぬが」
ネロは人のことは「貴様」と呼ぶことが多いが、カルデア勢は今助けてもらったばかりの上にやたら強いし、何よりそっくりさん3人が血縁者かも知れないと思っているので、多少は気遣いをしているのだった。
「あ、はい。マスターは私たちより体力がないので、急ぐ時はこうして誰かが抱えていくことになってるんです」
「そうなのか……いや、今そなたマスターといったな。そんな呼び方をする以上、その少年がトップなのであろう? なのにか?」
ブラダマンテの返事にネロは軽く首をかしげた。
彼女たちの素性はまだ知れないが、これだけの武闘集団のトップなら、当然よほどの強者であるべきだろう。なのに体力は1番劣るというのか? それとも魔術師なのだろうか。
「はい、マスターは普段は指示に専念してますけど、本当に困った時のためのすごい切り札を持ってるんですよ!!」
「ちょ! ブラダマンテ、あんまりそういうことバラしちゃダメだってば!」
皇帝とはいえ、会ったばかりの相手に軽々しく内情を明かすべきではない。光己が軽くたしなめると、ブラダマンテもその非に気づいて謝罪した。
「あ、そうですね、すみません」
なお彼女がいう切り札が令呪のことか竜モードのことかは定かではない。
「むう、余の前で隠し事をするとは……だが話は後にしよう、連中の姿が見えてきた!」
連合軍はまだローマ市の城壁に到着しておらず、ネロ軍はその側面を突けそうである。しかしネロ軍は今大軍と戦ったばかりで疲労しており、また自分たちより多い敵と戦うのは重荷であろう。
カルデア勢としてはあの中にいるサーヴァントを倒すだけではなく、多少は兵士の援護をしてやる必要がありそうだ。
連合軍の方はネロ軍を発見すると、横を突かれるのを避けるため、急いで陣形を変え始めた。
「うむ、さすがは連合に与したとはいえローマの軍、対応が早い!
しかし、このペースなら陣形変更が終わる前に突入できる。皆の者、急げ!」
「お待ち下さい。例のサーヴァントが前に出て来ようとしています」
ネロは連合軍の隙を突くため先頭に立って駆け出そうとしたが、その襟首を後ろからルーラーアルトリアが掴んで止めた。
まあ仮に敵サーヴァントがいなかったとしても当然の行動であろう。
「む!? 止めるな……ええと」
「ルーラーと呼んで下さい。とにかくサーヴァントの相手は私たちがしますから」
「マシュ、皇帝陛下をガードして!」
ついで光己がブラダマンテの抱っこから降りて、ネロの護衛を指示する。敵がサーヴァントとあって、かなり慎重になっていた。
彼自身はブラダマンテの後ろに隠れている。無敵アーマーを破られたことはないが、それでも過信してはいないのだ。
その間にも両軍は接近し、連合軍のサーヴァントも軍の戦闘に現れた。兵士に頼らず、みずから戦うつもりのようだ。
「―――我が、愛しき、妹の子、よ」
そいつは金と黒で彩った金属鎧と赤いマントを着けた巨漢だった。高貴な感じがして顔形も整っているが、しかし白目の部分は真っ黒で瞳孔は真っ赤、さらには獰猛というより狂気のような禍々しい雰囲気が全身から煙のように噴き出している。
「伯父上……!?」
「出て来ましたか……真名は『カリギュラ』、バーサーカーです!
宝具は『
ネロが驚きの声を上げるのと、ルーラーが真名看破した結果を告げるのはほぼ同時だった。
カリギュラといえばネロが言ったように彼女の伯父であり、ローマ帝国の第3代皇帝である。当初は善政を布いていたが病をきっかけに暴君と化し、最後には暗殺によりその生涯を閉じたという。
「陛下、マスター。狂気に呑まれぬよう、くれぐれも気を強く持って下さい!」
「うむ! ……なるほど、確かに『本物の』伯父上ではないな」
ルーラーに言われた通り、ざわつく心を鎮めてカリギュラをよく見てみたネロは、彼が明らかに若すぎることに気がついたのだ。
カリギュラが亡くなったのは20年ほども前なのに、今ここにいる彼は当時とほぼ同じ年頃に見える。つまり死んだのは偽りでどこかに隠れていたとか、そういう線はあり得ない。
それなら冥府から迷い出てきたというよりは、魔術で召喚された影法師という方が、まだ真実味がある。
「そうか、伯父上が連合に与したのはそういうわけであったのだな。
しかし余は真のローマを守護する者の責務として、『伯父上』の真意がどうであろうと、敵になったなら討たねばならぬ」
決意をこめた言葉とともに、剣の切っ先をカリギュラに突きつけるネロ。
しかしカリギュラはそれに返事を返さず、何かうわ言のようなことを言いながら1人で襲いかかって来た。
連合軍の兵士たちは動く様子がない。無論見捨てているとかではなく、彼のそばで戦うと興奮した彼の狂気に巻き込まれて最悪同士討ちまで起こしてしまうからである。後ろから弓矢で支援するのが精いっぱいだった。
「くっ……! 伯父上、何処まで……!」
「近づかれるのは避けたいな。飛び道具連打で!」
光己の指示は順当といえるだろう。段蔵、スルーズ、ヒロインXX、カーマの攻撃で、たちまちカリギュラは満身創痍になった。
しかし痛がるそぶりも見せず、激しく地を蹴ってネロに殴りかかろうとする。
「ライオンさん!」
それをルーラーアルトリアが形成した光のライオンが体当たりして阻む。常人なら吹っ飛ばされる威力だったが、カリギュラはがっちり受け止めた上で、顎の下に膝蹴りを喰らわせた。
「ギャッ!」
ライオンが怯んだところへさらに横殴りの裏拳で張り倒し、そのまま突き進む。
「汝の、命、体。すべてを、捧げよ!!」
あとひとっ飛びでネロを守っている大盾の少女に到達できる。しかしその正面に青い剣士が立ちはだかった。いや、剣を持っているような構えではあるが、素手のように見える。
「??」
しかし残念ながらカリギュラは狂化A+のため、その謎を解明して適切な対処をしようと考えられるほどの理性を持たなかった。特に考えもなくそのまま近づいて殴り倒そうとするが、敵はやはり剣を持っているようで、横に薙ぐような動作の後に脇腹を斬り裂かれた。
「グウッ!?」
かなり深く斬られたらしく、大量の血が噴き出す。たまらずカリギュラがよろめいたが、アルトリアは追い打ちをせず逆に離れた。
無論慈悲をかけたのではなく、射撃組にいったんバトンを渡しただけである。再び矢やビームが降り注いで、カリギュラの肉をえぐり骨を削っていく。
「グウア……我が、愛しき……妹の……子……。なぜ、捧げぬ。なぜ、捧げられぬ……」
「当たり前でしょう」
カリギュラのうわごとに容赦ないツッコミを入れつつ、アルトリアは彼の背後に回って剣を振り上げた。とどめとばかりに背中を斬り裂こうとしたが、一瞬早くカリギュラの姿がその場からぬぐったようにかき消えてしまう。
「……消えた!?」
サーヴァントが消滅する時とは明らかに違う消え方である。
ここまで狂化がひどいバーサーカーが自分の意志で退却するとは考えにくいので、おそらく彼のマスターが令呪を使って呼び戻したのだろう。あるいは霊体化して逃走するよう命じたか。
「しかしここまでやって取り逃がすとは」
たった1騎に、全力ではないとはいえ6騎がかりで倒せなかったのは少々悔しいが、まあ過ぎたことは仕方がない。
そしてカリギュラが消えると、連合の兵士たちも退却を始めた。
「陛下、どうします? 追いますか?」
「…………いや、やめておこう。先ほどはああ言ったが正直ショックだったし、兵たちも衝撃が大きかろう。
あんな消え方をしたから偽者だと確信はできたが、今は帰る方が良いと思う。無論そなたたちも来てくれような」
光己の問いかけにネロはやや力ない声でそう答えた。無理もないことで、光己もかさねて問いはせず黙ってうなずく。
こうして、カルデア一行は皇帝ネロとともにローマ市に向かうことになったのだった。
ローマ市への道すがら、ネロはもともと闊達な性格だからか覚悟を決めているからか、すっかり明るさを取り戻してカルデア勢と話し込んでいた。
「とにかく、このたびはそなたたちのおかげで助かった!
っと、そうそう。ルーラーたちのことを聞きそびれていたな。改めて聞くが、そなたたちは何者か?」
「―――」
ここで、ルーラーアルトリアはフランスでも使った名目である「傭兵団カルデア」と名乗ろうとしたが、光己がそれはもう盛大に目配せしてきたのでその意向に従うことにした。
「はい、恐れながら陛下の従姉妹に当たります。証拠になるものは何もありませんが」
ネロの亡父グナエウスの娘と名乗る手もあったが、姉妹は近すぎるし姉なる者にはなりたくない。それに、カリギュラならサーヴァントになったとはいえ、敵であの様子だから嘘をバラされる恐れはないので、こちらを選んだのだった。
「何と、やはりそうであったか!
心配するな、そなたたちのことは余が認めよう。その顔と、王者や貴婦人のような風格が何よりの証拠!」
ネロは疑う気持ちもあったがこう答えざるを得ない。もし疑念を表明したら取り調べとか皇族偽称の罪で牢に入れるとかいう話になるが、そんなことしている暇はないどころか、下手したら反逆されてネロの方があの世に入れられかねないので。
逆に彼女の主張を認めれば、従姉妹なのだから当然連合などより自分の味方に―――。
(いや、母親を殺した余が従姉妹だから味方になれなんて言えようか……!!)
ネロは天上から奈落に蹴り落とされたような気分になったが、ルーラーはネロの経歴を予習済みだ。彼女が何を思ったかすぐ悟ってフォローを入れる。
「それはよかった、なら安心して陛下を助けることができますね」
「おお、そうか! そなたたちほどの勇者が味方となれば実に心強い!
いや待て。するとそなたたちは偽者とはいえ、実の父の姿をした者と戦ったことになるのか……!?」
ネロはワガママぽいが本質的には善人であるらしく、本気でルーラーたちを心配する顔をした。
ルーラーはもちろん平気なので、それらしいことを取り繕って答える。
「はい。長いこと異国で流れの傭兵をしていましたので、その辺りは割り切れますからご心配なく」
「なんと、若い女ばかりで傭兵団だと? いやそなたたちほどの武勇があれば、他の商売をするより楽か。
その見慣れぬ服も異国のものなのだな」
「はい。ローマに帰ったのは久しぶりですが、まさか陛下が帝位についていたとは驚きました」
「ふむ、そうか……」
ネロにはルーラーたちがずっとローマを離れていた理由が分かる。ネロの母アグリッピナはネロを帝位につけるためにいろいろ暗躍していたので、難を避けるために国外に脱出したのだろう。それでもうほとぼりが冷めた頃と思って様子見に来たというわけだ。
(……ん? そこまでは分かるが、ただ里帰りに来ただけなのか!?)
何しろカリギュラの娘なら帝位につく資格もあるのだ。ルーラーはネロが皇帝であることを知らなかったようだが、それは嘘で帝位を奪いに来たという可能性も考えられる。
ただその思惑はかなり顔に出ていたようで、ルーラーはベガス最強ディーラーの洞察力でネロの内心をすぐ見抜いて、またフォローを入れることにした。
元王様だけにその辺の心情は推測しやすいのだ。
「ああ、私たちは帝位に興味はありませんよ。市井暮らしが長かったので、むしろ宮廷の方が伏魔殿に思えますから」
「そ、そうなのか!?」
ネロの表情が露骨にゆるんだのを見て、ルーラーは内心でクスッと笑った。
「ええ。ですので陛下を助けるとしても官職や領地はいりませんし、政治向きのことに口を出す気もありません。
といっても本当に無位無官では何かと面倒ですから、マスターにそれなりの地位をいただければ。あと今少々手元不如意ですので、お小遣いをいただければ嬉しいですね」
「うむ、そうか! わかった、ならばその少年を総督に任命しよう。これならそなたたち皆余と直接話ができるからな。
お小遣いなら心配するな。余は寛大かつ気前もいいゆえ、そちらが目を剥くほどの恩賞を与えるぞ!!」
皇帝直属の親衛隊の前で「帝位に興味はない」と明言した以上、ルーラーたちが皇帝になるハードルはきわめて高い。つまり簒奪される恐れはほぼなくなったわけだ。
いいことずくめの展開で、ネロはすっかり舞い上がっていた。
「うむ、今日は本当に素晴らしい日だな。余はとても嬉しい!!
たとえ戦時でもローマの繁栄は曇っておらぬゆえ、久しぶりの首都をたっぷり堪能するがいい。その後で宴をしよう、色々話を聞かせてくれ!」
こうしてネロ軍とカルデア一行は仲良く首都ローマに凱旋したのだった。
最初のバトルは原作通りにしてみましたが、次からは違う展開も入れてみたいところですね。
バニ上大活躍でしたが、他のアルトリアだとここまでうまくはいかないような気がします。さすが最強ディーラー!(ぇ
ローマ市に入りましたが、混浴イベントはさすがに早いな。どうするか(ぉ